そろそろ、優雅なおうちでは午後のティータイムとしゃれこむ時間だろうか。てんやわんやとメイメイの店を辞したふたりは、船まで足を伸ばしてカイルたちに対面、のち島もひととおり回り終えたしということで、ラトリクスへの道を歩いていた。
その合間に交わす会話は、それこそ実に他愛ない。
今日見た集落、またそこに暮らすひとたちのことを、思いつくままに口にしながら森を進む。
御神籤をどうするか、というイスラの問いに、は当然、
「要らない」
と答えた。
メイメイは、やっぱり凄腕の占い師だと思う。こじつけかもしれないが、オチこそ実に駄洒落ていたものの、冒頭の文章は実にの現状とリンクしていたから。“嘘つくな”“ついたらバレて大騒動”と云われたも同様で、非常事態故の仮名もダメなんだろうか、と少々悩ませられた。
それはさておき、問題はその前。“闇雲に求めるは叶与わず”って――としては、そりゃないよ、って感じなのだ。帰りたくて頑張るのを、頭から否定された気分。メイメイはお茶目だったのかもしれないけど。……偶然の一致って怖い。
「要らないの? じゃあ、僕が持っておこうか」
「……捨てようよ、そんなの」
何が楽しいのか、にこにこ笑ってそんな提案をするイスラに、力なくツッコミ入れたあと。
「――――」
ふ、と。
見慣れた緑の景色のなかに違和感を感じて、は足を止めた。
さして早歩きをしてたわけでもなかったが、周囲のスクロールが止まったところで目をこらすと、違和感の正体はすぐに判った。
「……枯れてる……?」
の視線を追ったイスラが、怪訝な声でそうつぶやく。
植物は枯れて当たり前、と、ふたりの目の前の光景を見ずにそれだけを聞いた者がいたら、そう呆れたかもしれない。
もちろん、“当たり前の”枯れ方だったら、だってわざわざ足を止めたりしない。つまり、普通の枯れ方ではないのだ。
まだ距離は開いているが、そんな遠目でも異常さは判る。
のびのびと成長してたろう枝は、ほとんどが無残に折れている。茂っていたはずの葉っぱは見当たらないし、近づいてみたら下草とて一本も残っていなかった。しかも、剥き出しになった地面は何者かに踏み荒らされたように荒れてるし、木の幹なんか表皮剥がされて中のやわらかい部分が剥き出しになってる。
「……何これ」
「ひどいな、誰が……」
やったんだろう、と、イスラはつづけなかった。
代わりに、彼は小さくかぶりを振る。
「人間業じゃないよ、こんなの」
「だねえ……」
「、これ、誰かに知らせなきゃ」
当然の提案に、もこくりと頷いた。
「うん。えーと……とりあえず、急いでラトリクス帰ってアルディラさんに話そ」
島に四人いる護人のひとりの名を挙げて、は、イスラを促して歩き出す。
イスラもまた、「うん」と頷いて早足にそのあとを追った。
――ぎちり。
ふたりの去ったその場所で、何かが、金属の軋むような音をたてて蠢いていた。
アルディラに報告した結果、そういった現象は彼女の知る限り、起こったことがないらしい。注意だけは怠らないようにしておくわ、とのことばを預り、イスラをメディカルルームに送り届けたあと、はラトリクスを後にした。
まだ夕暮れには少し早いけれど、そろそろ日が傾く頃合いだ。
再び、枯れ果てたその一帯を通ることになったは、改めてその光景を眺めて息をついた。
弱くなりつつある太陽の光。枝葉を失った木々はそれを遮ってはないというのに、その場所は妙に薄暗く、そして不吉に見える。
「……」
被害のあった一帯は、わりと広い。
こんなことが頻繁に起こるようでは、護人たちだって黙ってはいないだろう。となれば、これは本当につい最近の現象なのだ。露出した木の内側だって、まだ湿り気の残ってるものが多い。
抉られた部分をそっと撫でると、木が泣いている、そんな錯覚さえ覚える。
そりゃ、まあ。森には虫もいる鳥もいる動物もいる。彼らのなかには、木を食べて生きてゆくものもいるだろう。だけど、それと今のこの有り様は全然違うのだ。木だって、こんなことが起こるとは予想もしてなかったろうに。
「――痛かった?」
ふと感傷的になって、額を木に押し当てた。
こんなになってもまだ、その木はあたたかい。隣の、周囲の、一帯すべてそうなのだろう。
……思い出す。
ゼラムで、大平原を火攻めにする、って案が出たときのアメル。焼かれる生き物の痛みを思って、難色を示してた彼女の姿。
あのころは、自分も相当切羽詰まってた。
だから、彼女に同意してやることが出来なかったけど――今なら頷いてしまいそうだ。最終的には火攻めに一票投じるとはいえ。
どうしてか判らないけど、最近、そういったことをよく思う。自然の息吹や生命の灯火を、強く感じる。焔に馴染んだからっていう仮説もたてられなくはないけど、どちらかというと、この島がそうさせてるような感じ。
けっして不愉快ではない、知らなかった感覚は新鮮で――
「ぷー」
「え」
不意に。
それまで黙っての頭に乗っていたプニムが、一声鳴いた。
「なに?」
あわてて木から離れて、周囲を見渡す。何かが接近してて、プニムがそれを教えてくれたかと思ったのだ。――今しがた、結構放心してたから。
「……」
だけど、少し待っても何かが近づく様子はなかった。
それどころか、辺り一帯に以外の誰かがいるような気配もない。
「どうしたの?」
首を傾げた弾みにバランスを崩したのか、プニムは地面に降りる。ちょこん、と、と同じように首を傾げてもう一声。
「……ぷ」
鳴いて、首を左右に振った。
違う。
――そう、に教えるように。
じぃっと見上げるつぶらな瞳に、それこそいつもとは違う何かを感じて、は、プニムへの対応を迷った。
生まれた沈黙は、十秒ほどもつづいただろうか。
には、プニムが何を待っているのか判らない。いつかのフレイズではないが、それこそ読心の奇跡なんて使えないのだから。
「……何かを、したいの?」
それでも、問いかけずにいられなかった。
小さな召喚獣と真正面から向き合い、は、気を引き締める。
「プニムは……」、
迷いは短い。
「アールたちと違うよね」
何がどう、と具体的に云えないのがもどかしい。
でも、自ら誓約をせがんだのはプニムだけ。レックスたちがいなければ、アールたちとナップたちの誓約は成らなかっただろうから。
森の向こうの実験場跡だかなんだかに、を連れて行こうとしたこともある。これだって、他の子たちはしなかったこと。
「何かをしたいんだね?」
問いかけを。多分に確認を含み、再度。
「――ぷ?」
くりっとした目をまたたかせ、プニムは、やっぱり首を傾げてを見た。だけど、今のまたたきで、プニムの持ってた何かの雰囲気は消えてしまう。
いつもの、のー天気召喚獣に戻ったプニムは、「ぷ」と空を示した。
それとほぼ同時、何者かが羽ばたく音。
「おや、さん……」
「フレイズさん?」
いつか、同じようにして舞い下りてきたのは黒髪さんことマネマネ師匠だったが。今度は、間違いなくフレイズだった。
夕暮れに金の髪を赤く染め上げた彼の表情は、心なし険しい。
まだ夜になっていないのに集落の外で何をしてるんだろう、と、考えたのが通じたのだろうか。フレイズは、視線だけで周囲を示し、
「以前、トードスたちが云っていたでしょう。森が枯れて、住居を失ったと……」
「ぷい、ぷぷ」
「あ、あのときのタケシー騒動ですか」
「ええ。折をみて調査していたのですが、なかなかその元住処が見つけにくくて……やっと今日、発見したんですが」
その続きを、もなんとなしに察した。
「ここと同じようになってたんですか?」
問いかけに、天使はこくりと頷く。
「ひどい有り様でしたよ。これでは、彼らが慌てたのも頷けます。……それから、さん。惨状は“ここと同じ”ではなく、“ここに続いて”いるんです」
「……え?」
「ぷ……」
つまり、地続きということなんだろうか。
一瞬意味をつかみかねたに、フレイズは丁寧に説明してくれる。
まだ始点はどこか判りませんが……そう前置きして、自分の飛んできた方向を示した。
「仮にトードスたちの住処を基点とすると、まずこちらに伸び、そして別の方向にも続いていました。それはヤッファ殿にお願いしましたが……現時点で、かなりの範囲が犠牲になっているようなんです」
「えっと、それじゃあ、犯人は移動している……?」
「そうなりますね。ともあれ、明日にでも、至急護人会議を開くようにファルゼン様とヤッファ殿に進言しておくつもりです」
このままでは、島全体が喰らい尽くされかねません――沈痛な面持ちで告げるフレイズのそれは、けして大げさなものではない。
ずたずたに切り裂かれ、荒らされた周囲の景色は、そんな予想を確信させるに充分過ぎるほどの不安を与えている。
「会議終了後、護人のどなたかが船に赴かれると思います。もしかしたら、また助力をお願いするかもしれません」
「あ、はい。勿論、こちらこそ。こんなの放っておけません」
力いっぱい頭を上下させるを見、フレイズの表情が少しだけ和らいだ。
そうして彼は再び空を見上げ、音もなく浮き上がる。
「船の皆さんにも、充分注意するように伝えておいてください。……それでは、私はもう少し、この先まで辿ってみますので」
「はい。気をつけてくださいね」
手伝いは必要だろうか、そう思ったけれど、フレイズの探索は上空からだ。地上を歩くしかないでは連絡もとりづらいし、逆に足手まといになるのは判りきっていた。
それに、あまり遅くなってレックスたちに心配をかけるのも申し訳ないし。
お心遣いありがとうございます、と、最後に微笑んで飛び去った天使を見送ったあと、は、再び頭に乗ってきたプニムと一緒に、船への帰路を辿るのだった。
さて、この惨状、どう言を尽くせばあますことなく伝えられるだろうか、なんて考えながら。