TOP


【ふたりは島を往く】

- 大吉確実の占いをしよう -



 酒持参で訪れた客人を、店の主はそりゃあ大喜びで出迎えてくれた。
「あああぁぁ〜〜ん、ちゃんってばなんて気が利くの!? こんな若いのに立派! 立派よッ!!」
 ぶちゅー。ぶちゅー。
 首に抱きついて熱烈なキッスをかましてくれるメイメイさんをどうすることも出来ず、は「あはははは」と乾いた笑い。
 変わらないなあ、このひと。
 っていうか、ますますハイテンションぶりがエスカレートしてないか? いや、時系列で考えるなら、あの頃には落ち着いてきてたって考えるほうが妥当なんだろうけど。
「……」
 そうして、以上に何も云えず立ち尽くしてるのがイスラだった。
 朝から様々な人にお目通りさせてきたわけだが、ここまで“濃い”ひとに逢うとは、予想もしてなかったに違いない。だって、ミスミの一言がなければたぶん忘れてた。
 ごめんメイメイさん。だって、あんまり逢うと、きっとやばいんです色々。
「うふ。ありがとうね〜」
 ひとしきり感激を表して、気が済んだのだろう。が持ったままだった酒を、メイメイは両手で押し頂く。
 ほんのり朱に染まってる頬で、すりすり。
 もしかして、さっきの自分ってこんなだったのかもしれない。
 まさに、人の振り見て我が振り直せ、を地で行く状態だ。
 しみじみ実感したあと、は、
「あれ」
 と声をあげていた。
 てっきりその場で開けるかと思ったのに、メイメイは酒を大事に抱えたまま、店の奥へ直しに行こうとしているのだ。
「飲まないんですか?」
「ん〜? うん、ちょっとねぇ。昨日星を読んだら、どうも変だったから煮え切らなくて……せっかくのいただき物、気晴らしのために消費したくないんだわぁ」
 明日、またいい気分でじっくり味わって飲もうかな、ってね?
 そう付け加えるメイメイのことばに、の首筋を冷や汗が伝う。
「……変?」
 まさかそれ、あたしが落ちてきたから……とかじゃないよね。
 遠い明日の話だけれど、当のメイメイから“星が読みづらい”と云われたは、心中、思わずそうつぶやいた。
 が、メイメイはそんなこと知らぬ気に、
「まあ、そういう日だってあるってこと〜♪」
 そうけらけら笑って、店の奥へ引っ込んだ。
 うーん、と、その場に残されたは、首をひねる。
 そんなに重苦しい様子でもないし、変は変でもおもしろいほうの変なのかも。たとえば、星がスペクトラルアクロバットな軌道だったとか。
 ともあれ、どうせすぐに出てくるだろう、と見当をつけて。そのままの位置で店主の帰還を待つの肩を、ようやっとファーストコンタクトの衝撃から立ち直ったらしいイスラがつっついた。
「ねえ。星を読んだ、って?」
「ミスミ様が云ってたでしょ? メイメイさん、占い師なんだよ」
 腕前もすごいんだ、と、これは心の中でだけ。
 まだこの時代でメイメイの占いを見たことはないが、その腕前にまで知ってちゃおかしいってことである。
 へえ、と感心したように云うイスラの声にかぶせて、酒をしまい終えたらしいメイメイが、ひょっこり。仕切り布の向こうから顔を覗かせた。
「そぉよぅ、メイメイさんは占い師なのっ。ここじゃあお店もやってるけどねぇ〜」
 云いながら、酒と入れ替えの何かを手に持ち、戻ってくる。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦……ま、お客さんの示唆になればいいかなって感じかしら」
「百パーセント当たるっていうんじゃ、ないんですね」
「ノンノンノ〜ン」
 どん! と、わりと大きめの筒だか容器だかを卓に置いて、メイメイさん、指をメトロノーム。
 少し気が抜けたらしいイスラの鼻先に、ずい、とその指を突きつけて、
「確定した未来なんてないのよ、坊や」
 朱に染まった頬で、にんまり笑うその表情に、は覚えがある。
 ――大事な。
 多分に大事なことを、彼女はそんなふうにして告げる。
 笑みに紛れて、雑事に混ぜて。あの頃も、メイメイは逢うたび、そんなふうに笑っていろいろなことを教えてくれた。……それを悟れたのは、生憎、すべてが終わってからだったけど。
「星の廻りは、いくらだって変わるの。メイメイさんは、今の位置から予測できる、一番可能性が高い星の配置を告げるだけ」
 運命なんてね、終わってから後付けで出てくる理屈なんだから。メイメイはそう付け加えて、
「まっ、それでも、これは確定してるなって判ることはあるわ」
 悪戯っぽく、肩をすくめてことばを終えた。
 そこへ、イスラが逆に詰め寄る。
「確定って……たとえば、どんなものです?」
「たとえばぁ」
 にんまり。
 さっきと違う意図の“にんまり”に、は、あーあと天井を仰いだ。
「たとえば?」
 イスラは、ますます食い下がる。
 メイメイは、ますます“にんまり”笑って口を開く。

「君たちが、今日中には確実にここを辞去するってこととかね♪」

 …………

。今日ここに泊まっていこう」
「負けず嫌いかあんたは」

 しばしの沈黙のあと、無表情で振り返ってたわけた提案をしてくるイスラの鳩尾に裏拳を決めるがいた。
「にゃはははははははっ、青いわねえ〜」
 そんな少年少女を見て、メイメイ、大笑い。
 よっぽどツボに来たのだろう、目の端に涙を浮かべて卓をバンバン叩いてる。上に乗ってる、さっき運んできてた筒だか容器だかが、衝撃を受けてぐらぐら揺れた。
 苦虫を噛み潰した表情になっているイスラを見上げ、はほんの少しばかり彼に同情する。……ま、これもいい教訓になったってことで。
 笑い転げるメイメイを放り出して行くのも難だし、と思ったわけではないが、しばらく彼女を見物、もとい眺めること少々。やっとこ笑い声が泊まったメイメイが、おなかを抑えて立ち上がった。
「あぁ〜、笑った笑った」
「…………」
「やん、そんな睨まないでよぅ」
 ジト目のイスラにかわいらしく微笑んで見せ、「まあ」と、補足。フォロー?
「占いなんて、そんなもんだわよ。逆に云うなら、占い師が“確実”ってことばを使うときは極目前、しかもそれが良きであれ悪しきであれ後戻りの効かない位置だってことでもあるのよ?」
 良いことならともかく、今みたいにどーでもいいこととか嫌なこととか、云われて楽しい気分にはなれないでしょぉ?
「……それはそうですけど」
 とは云うものの、イスラも、これ以上メイメイに詰め寄ってもしょうがないと判断したらしい。
 口のなかで小さくつぶやいたあとは、軽くうなだれたのみ。
 降参。白旗。
 その意図を察したメイメイはというと、別に勝ち誇ったりはせず。それどころか、話題転換の機会を待ってましたとばかりに身を翻した。
「というわけで、若人! 気分転換にこんなのはいかがかなっ?」
「……へ?」
「なんですか、それ」
 さきほど運んできた、筒なんだか容器なんだかよく判らない、樽型のモノ。それなりに重さがあるんだろうけれど、外側からではよく判らない。ふたはない。ただ、直径と同じ穴があるのみ。中に何か入ってるのかとは思うけれど、ふたりの立っている場所からはたしかめられなかった。
 だからというわけではないけれど、とイスラは殆ど同時にその筒(ということにしてしまおう)に近寄って、中を覗き込む。
 目に入ったのは、きれいに折りたたまれた白い紙。ひとつふたつじゃなくて、何十と、底から数センチの高さに詰まっていた。
「……あ」
 イスラはともかく、はそういうものに覚えがあった。
 そのため、思わず声をもらしてメイメイを振り返る。
「これ。御神籤ですか?」
「うんうん♪ お酒の代金ってことで、若人にハッピィな気分を味わってもらおうと思ってね? なにしろ、中身ぜーんぶ大吉にしてきたから!」
 引く前からバラすなよ。
 白けた視線をふたりぶん浴びて、メイメイは、自分の発言を振り返ったらしい。
「にゃは」
 かわいらしく頬に手を添えて、つつーっと壁際に逃げてった。
「まあまあま、引いてちょーだいな。せっかく運んできたんだしぃ♪」
 ちっとも懲りてないその仕草に、とイスラは、顔を見合わせ苦笑い。
 メイメイってこういうひとなんだ、と耐性も少々ついてきたらしく、イスラの表情には大した動揺も見られない。に至ってはつきまくり、動揺するだけ無駄だと承知ずみである。
 顔を見合わせたふたりは、それじゃ、と御神籤筒に手を伸ばした。
 最初にが手を突っ込んで一枚引き出し、次にイスラが以下同文。
 大吉は大吉でも中身の文章はそれぞれよ、と、フォローなんだかそりゃ当然だろうとツッコミの的になるのか判らないメイメイの科白を背中に、ふたりは御神籤を開く。
「……ふーん」
 真っ白い紙にくっきりとした黒で羅列された文字を見て、イスラがぽつりとつぶやいた。そのまま、内容を述べていく。
「五月雨集いし河のごとく流るるがまま、初に定めたままに進むべし。総合:大吉、学術:良、金運:良、恋愛運:ビバナイス、健康運:微妙、……後半、かなりヤケクソですね」
「そりゃあ、一枚一枚メイメイさんの手作りだものぉ」
「自慢しないでください。……じゃあ、この酒運:驀進は」
「もちろん、当店独自のオプションよっ!」
「……まあ、こういうのってお遊びですしね」
 自慢げに胸をそらすメイメイに心なし遠い目で応じるイスラだったが、「ん?」と、その視線が怪訝なものに変わった。
 目の前で、じーっと白い紙を眺め、頭上一メートルほどのところからどよどよした縦線を落とし、どんよりした空気を漂わせているに気づいたせいだ。
?」
 仮初の名を呼ばれた少女は、そのことに気づいているのだろうか。単にタイミングが合っただけかもしれないが、とにかく、やけに緩慢な動作で首を持ち上げる。
 が、視線はイスラを素通りし、その向こうに立つメイメイへ一直線。実に恨みがましげなまなざしに、さしものメイメイも、目を丸くしてまたたき数度。
「どしたの?」
「……これ」
 ずい、と突き出された紙。自分のものと同じ、白に黒で書き込まれた文字を見たイスラが、
「……これ……」
 実に途方に暮れた声で、同じようにつぶやいた。
 次いで、彼もメイメイを振り返る。やっぱり、視線は非難がましげ。
「うっ、そんなに見つめられるとメイメイさん困っちゃう〜」
 冷や汗垂らして応じ、最後にメイメイがそれを覗き込んだ。覗き込んで、
「にゃっ!?」
 と、驚愕も露に瞠目する。
 なんとなれば、の引いた御神籤には、

“闇雲に求めるは叶与わず。虚構築すべからず、陽炎ひ破砕すときすべての遡及と知れ。総合:大告、学術:そんなもんより運動しろ、金運:小銭貯金でコツコツと、恋愛運:気になるにゃんこはマタタビでゲッツ☆、健康運:化けの皮が剥がれます。厚化粧はお肌の敵、……、酒運:すべてメイメイさんに貢げ”

「ギャグでしょッ!? 一部真面目そうだけど、これ絶ーッ対ギャグでしょメイメイさん!!」
 そもそも大告ってなんですかー!!
「にゃははははっはは、ごめんねごめんね〜、これって四月バカ用に用意してた分だったわ、字が似てるから読み間違えちゃったみたい〜!」

 肩をつかまれ、がくがく揺さぶられながら、メイメイは再び笑いの発作に襲われたらしい。
 きゃあきゃあとかしましくじゃれる少女と女性を眺めたイスラは、少し考える素振りをして。メイメイに飛びかかる際にが落としてしまった御神籤を、そっと拾い上げたのだった。


←前 - TOP - 次→