TOP


【ふたりは島を往く】

- 至福is風雷の郷 -



 そろそろ鳴きだすかもしれないおなかを抱えて、次に巡りますは鬼妖界集落こと風雷の郷。
 ここに来ると落ち着くのは、やはり、風景が風景だからだろう。
 あまつさえ、たった今まで目の前にあった和食の山までついてきて、食する部屋が和室だったりした日には、至福とはここにこそあるのだと、思わずにはいられまい――――

「それ、君だけだと思う」
「同感じゃな。見ていて楽しくはあるが、真似しようとは思わんしのう」
「……殿。埃が付きますよ」

 三者三様に投げられる感想など、知ったこっちゃない。
 せっかくだからと勧めてもらった昼食をきれいに平らげたは、食後の休憩とうそぶいて、今日も縁側に寝転んでいた。
 郷に来るたびに毎度毎度やってる気がする。他ではどうだか知らないが、ここでの“”の評価は、史上稀に見るシルターンマニアだろう。異論はないが。
 これがリィンバウムの文化様式のなかにぽっかり浮かぶ感じであったら、だってこうまでとち狂ったりしない。郷を囲むようにある山、かやぶき屋根の家、井戸に垣根、遠くに見える池に鳥居……見渡す限りそうだからこそ、理性のひとつやふたつ、ふっ飛ばしてしまうのだ。
「埃さえ至福」
「いいかげんになさい」
 うふふと笑うを持ち上げたのは、青空学校へスバルの弁当を届けに行ってたキュウマだ。
 彼の場合、食事も修行の一環だとかで、めったに郷で食べることはないらしい。
 修行に使う場所に自生してるものたちを、その日その日の収穫に応じて簡単に調理し、食べてるそうだ。また、一粒で腹が満たされ栄養的にも満点近く、という怪しげな通販的謳い文句のつきそうな携帯食も、いつだったか見せてもらった。
 ……どう見てもうさぎのフンにしか見えない、と云ったときの彼の顔を、ぜひとも写真に撮りたかった。
 ともあれ、愛する縁側と引き離されたは、だが、それまでさんざん食事や畳や風景を堪能したおかげで、そう悲壮な気持ちにもならずにすんだ。
 起こされた身体は途中から自分で動かして、よいしょ、と縁側に腰かける。これなら誰も文句は云うまい。最初からそうしろ、とは云われそうだけど。
「やれ、やっと隣に座れるわ」
 ころころ笑った鬼姫が、の隣に腰をおろした。
 お昼の太陽を浴びて、長い黒髪がつややかに輝いている。つくづく、子持ちだなんて信じられない若さだと思うこのごろ。
「じゃあ、僕も」
 黒髪ふたりめが、反対隣にやってきた。
 正座をするのは初めてだ、と、食事が始まる前に云ってたが、特に足がしびれたりはしてないらしい。ちょっと見たかったのに。
 そうしてキュウマはというと、井戸端会議、もとい縁側雑談スタンバイオッケーになった三人を苦笑して眺め。そこから少し離れた縁石にかけていた草鞋に、手を伸ばした。足首まで編むようになってるそれを、手慣れた様子で編み編み。イグサ敷物も、あんな感じで織ってくれたんだろう。
「なんじゃ、もう行くのか?」
「ええ。日課をおろそかにするわけには参りませんので」
「堅物め。たまには世間話もよかろうに。のう?」
 キュウマの答えを聞いて、鬼姫は、からかうようにに目を向けた。
「そうですよー。キュウマさんも世間話をしましょう。シノビは情報収集も仕事です」
「……この島って、シノビが本領発揮するだけの問題でもあるの?」
「ないと思うけど」
「なら勿体つけなくてもいいじゃないか。普通に話しようって云えば」
「甘いぞ、イスラ。キュウマはの、本業や任務に引っかけてやらんと、なかなか誘いには乗ってこんのじゃ」
 すでに立ち去りかけていたキュウマの背中を、そこで、とミスミは何かを期待したまなざしで眺めた。
 が、
「……」
 すたすたすたすた。
 キュウマは何の反応も見せず歩を進め、すでに門への角に差し掛かろうとしてるころ。
「……なんじゃ、あやつ」
 拍子抜けした顔でそれを見送って、ミスミがぽつりとつぶやいた。
「反応薄かったですね」
 同じ方向を眺めながら、も小さくつぶやいた。
「いつもやってるんですか?」
 そんな鬼姫と少女を見るイスラの目は、心なし呆れてるようだった。
 そこへ、
「ミスミ様」
「へっ!?」
 角を曲がる寸前、足を止めたキュウマが振り返り、主を呼ばわった。
 フェイント反撃か……!
 そう身構えたのも束の間、キュウマは身体を硬くしたミスミとを不思議そうに見やっただけ。
「学校ですが、明日は休日で間違いないそうです。レックス殿とアティ殿をミスミ様がお呼びである旨、伝えておきましたので」
「へ――あ、ああ。そうか。それはご苦労じゃったの」
 間抜けな一文字目を、は聞かなかったことにした。イスラも右に倣う。
 一方キュウマはというと、たちと同じなのか、そもそも聞いちゃいないのか。用件を伝え終えると再び一礼し、今度こそ歩き去って行ってしまった。
「……むう。いつにもまして淡白じゃのう」
 腕組みして唸るミスミ、こっくり同意する
 その横から、の頭上を飛び越して、イスラがミスミに問いかける。
「レックスさんとアティさんに、何のご用事なんですか?」
「ん? ああ、ちょっと、学校でのスバルの様子を聞きたいのじゃ。あの子に聞いても要領は得んし、手間をかけるが先生たちに来てもらおうと思ってな」
 いわゆる家庭訪問か。
 の知るものとは、ちょっと逆の部分があるけど、大まかな意味としてはそう差もないだろう。
「親心ってやつですねえ」
「まあ、一度粗相をしたことでもあるし……まったくもって、いくつになってもわんぱくな子じゃからな」
 聞くだけなら半ば愚痴めいた科白だが、その表情と口調が、見事にそれを裏切っている。
 スバルにはまだ遠い話だろうが、子がいくつになっても、親にとって子供は子供なのだ。気にかけるし、手を出したくなることもあろうというもの。何より、成長もしくは変化していく我が子の話を聞くなんて、親でなくちゃ味わえないこと。
 楽しそうに表情をほころばせるミスミを見て、も口元を弛ませ――
「あ、そうそう」
 部屋の隅に置かせてもらってた籠を思い出し、立ち上がる。
 なんだなんだと振り返るふたりぶんの視線を浴びて、籠を縁側に移動させた。
「これ、ユクレス村でもらった果物なんです。お昼ご飯のお礼に、よかったら。いいよね、イスラ?」
「そうだね。美味しいご飯をもらっちゃったんだから、お礼しないと」
「なんじゃ、若いうちから、そう気を遣ってどうする」
 今からそんなだと、しまいにはキュウマみたいになるぞ? ――そう云う鬼姫の表情が、すっごく真面目だったので。
 とイスラはというと、当然のように顔を見合わせて、ふきだしてしまったのだった。
「じゃが」、
 笑いつづけるふたりを眺めたミスミは、果物の山にうずもれていた酒をつかんで引っ張り出す。
「果物はありがたく頂戴するが、これは持っていき。子供のいる家にこんなもの置いては、要らぬ興味を持つかもしれぬからのう」
「あ、そっか」
「でも、あたしたちもお酒飲まないし……」
 だからって、酒かついで帰るのは、にとってもイスラにとっても、ちょっと首をひねってしまうところ。
 渡された酒を、いっそ植物の栄養にしてしまおうか、と、植物にとってはちょっと迷惑かもしれない案が、どちらともなく浮かんだとき、鬼姫が悪戯っぽく笑って云った。

「占い師殿が、おるではないか」
「――ああ!!」

 ぽん! と手を打って晴れやかに頷くを、メイメイにはまだ逢ったことないイスラが、不思議な顔で眺めていた。
 そのしばらくのち、彼もまた納得顔で頷く未来が訪れることは、間違えようのない確定事項だったのであるが。


←前 - TOP - 次→