――なんてことがあった翌朝。
いつもどおりにレックスたちを見送って、カイルたちに見送られて。なんか縁があるよなあ、と思いつつ、はラトリクスへやってきた。
「……散歩?」
「そう、散歩」
一直線にやってきたリペアセンターにて、挨拶も早々の提案に、イスラがぽかんとしたので、なんとなくしてやったり的勝利感。
そうそう。今日は一緒に入ったプニムをまず紹介し、流れ着いたら懐かれたと云ったら、彼はなんだか複雑な顔で頷いていた。頭にトーテムポールで連れてきたのが、そんなにまずかっただろーか。
「辛かったら云ってくれれば即ここ戻るから、気分転換も兼ねてどう? 寝たきりの間お日様浴びてなかったんだし、ここはひとつ熱射病になる勢いで」
「ぷいっぷー♪」
「……熱射病は嫌だなあ」
なんて苦笑しつつも、散歩自体を断るつもりはないらしい。
服――流れ着いたときにも着てたやつだ。潮でがびがびだったけど、クノンが洗濯機に放り込んだらあら不思議、新品のように見違えた――を着るから、と、部屋から放り出されて待機すること数分。
「おまたせ」
と出てきたイスラといっしょに、いざ散歩へ出発したのだった。
肩を並べて歩いてく少年少女の背中を、アルディラさんが微笑ましく見守ってたことを、たぶんふたりは知らない。
――そうして、歩くことしばらく。
約束してたこともあるし、が真っ先に案内したのはレックスとアティの待ち構える青空学校だった。
半ば獣道めいた道を、出来るだけ歩きやすい場所を選んで進んで。
木々の向こうに見慣れた風景が広がったなと思ったら、向こうもこっちを発見したらしい。教科書片手に黒板を指してたレックスが、「あ」ってな形に口を開けて一瞬停止。それから、アリーゼと向かい合ってるアティに呼びかけた。
で、アティも身を起こす。
触発されて、他の子たちも。
そうなると、後の展開は目に見えていた。
「こんにちはー! 遊びにきましたよー!!」
「ぷーぷっぷー!」
「……え?」
ぶんぶか手を振るとぶんぶか耳を振るプニムの横、イスラが「学校って遊ぶところだっけ?」と、なんだか真面目な顔で疑問符を発生させていた。
が、ンなことあるわけない。
勉強は勉強、遊びは遊び、けじめはつけなけりゃなりませんが、別に時間割がきっちりかっちり決まってるわけでなし。こんなふうに例外休み時間が発生したって、誰も文句は云わないのですよ。
……ちなみ、あのウィルやベルフラウもである。最近耐性がついてきた、というか慣れてきた、というか。
ともあれ、イスラの手を引っ張って、はとっとこ駆け出した。
そう速度は出さなかったけど、一分も経たないうちに、とプニムとイスラは文字通り、学校のなかへ飛び込んだ。
とたん、待ち構えてた先生と生徒が、わらわらと周りに集まってきた。
「はい! 皆さんどうぞご照覧あれ! この人が、あたしとレックス先生が拾い上げた土左衛門未遂です!」
みんなのわくわくした視線に影響されて、つい紹介も悪ノリになってしまう。
ばっ! と示されたイスラはというと、実に途方に暮れた顔。
「ど……どざえもんって」
「あっ、オイラ知ってる! 四次元ポ「ピー!」の青いやつ!」
「はいスバルくん、大間違いですよー」
固有名詞発言を防ぐためホイッスルを鳴らしたアティが、朗らかにスバルへイエローカード。
「お酒の種類?」
今度はパナシェが首をかしげる。
「それはドブロク。漢字だと濁り酒って書きます」
メイメイさんは、これより清酒のほうが好きなんだそうです。でも、これしかなければこれで我慢する程度には嫌いじゃないそうな。
「漢字って何だよ?」
「名も無き世界の文字だよ。こうでこうでこう書いて……これで『昴』。スバルくんを書いたらこうなるんだよ」
へー、と感心するスバルの頭上で、レックスが「はい」と挙手。
「興行団の巡業」
「それはどさまわり」
先生が間違えてどうする。
呆れる一行の視線を受けて、レックスは照れ笑い。ウケを狙ったようだけど、ちょっと読みが浅かった。
「さまざまなことですよね?」
「違う。それは、とさまかくさま」
アティ。あなたまでウケを狙うな。
「ちっちっち、ですよー?」
宙を漂いながら、マルルゥが何やらかっこつけて指振った。が振り仰いだのを見計らい、彼女はばーんと両手を広げ、
「ニワトリさんの頭にある赤いののことなのですー!」
「……とさかだよ」
そうか、メイトルパにもニワトリがいるんだな。
恐ろしいことに自信満々、本気も本気だったらしいマルルゥは、あえなく落下。落ちた先がスバルの頭の上、ふわふわでよかったね。
ちょっと離れたところで真っ直ぐな金髪を揺らして、ベルフラウがさらりと述べた。
「北海道民」
「そりゃ、どさんこ」
ウィルが相変わらずポーカーフェイスで、でも参戦。
「マンサク科の落葉低木。本州の高野山、高知県の山地に自生し、広く庭木として栽植もされる。高さは約2、3メートルになり、葉は柄を持ち厚みがある。裏面は粉白色……」
「それは土佐水木……なんで知ってるのよ、そんなこと。ベルフラウも、ウィルくんも」
「軽い雑学ですよ」
「ええ。たしなみですわ」
さらっと答える双子。
マルティーニ家についての謎が、ますます深まっていくんですけど。
「あの……どざえもんって水死体のことなんじゃあ……」
そんなこんなで会話はどんどんエスカレート、かつ脱線。
とうとう土佐日記なんてもんがどこからともなく出てきたとき、アリーゼがぽつりとつぶやいた。
おおー、と集中する一行の視線。
内気なアリーゼが、それに耐えられる道理もない。ぼっと顔を真っ赤にして、彼女は長兄の後ろに逃げ込んでしまった。
盾にされたナップはというと、呆れて背中を振り返り、
「恥ずかしいならやめときゃいいのに」
と、ため息ひとつ。
でも、普段からあんまり前に出ない末っ子が、自分から発言したのは嬉しいんだろう。わんぱく坊主じゃなくて、ちゃんとお兄ちゃんの顔してるし。
そうしてアリーゼを背中に置いたまま、ナップは「で」との後方を指差した。
「そいつ、どうすんの?」
「……あら?」
いきなりノリノリで始まった青空学校漫談に着いてけなかったイスラさんが、なんだか涙目で佇んでいた。
「……ひどいよ、」
むーとの服の裾をつかんで、言葉と目で抗議が振る。
誰にって、そりゃ、初っ端から妙ちきりんな紹介してくれたにだ。
そうしてそんな表情されてしまうと、さしものもちょっと慌てる。
港で逢ったときのイスラが結構いい性格してたから、そのままのつもりでやっちゃったんだけど。記憶がないんだから、その辺が変わったりしてるのかもしれないわけで。
あっちゃあ。
これは、どう見ても自分に非がありすぎ。
「ご、ごめん。やりすぎた?」
慌てて頭を下げて謝罪。したら。
「ううん、気にしてないよ?」
顔を上げたときには、すでに、イスラは笑顔になってた。おい、涙はどこいった。
呆気にとられたを見下ろし、当人は、
「……焦った?」
すっげえ楽しそうに、訊いてくださいました。
前言撤回。
やっぱイスラはイスラだ。
逆にむくれたを見て、今度はイスラのみならず、周囲の全員が大笑いした。
……まあ、あれだ。
イスラとみんなが打ち解ける潤滑剤的役目だったと思えば、腹も……立……つっつーの。