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第18夜 伍
lll 祭りの夜 -5- lll



 最後のイオスの様子がどうしても気になったけれど、彼の様子は追いかけていくのを拒否しているようにさえ見えて、どうしようもなかった。
 モーリンの道場に置いてあるという、彼からのプレゼントのコトでさえ、今考えると心が重くなる。
 そんな気持ちのまま祭りのなかに戻る気になれなくて、とぼとぼと歩いているうちに、
「ん?」
 ふっと視界が開けた。

 ――銀砂の浜。
 最初にファナンにきたとき、たちが倒れ伏していた場所に近い、ある意味思い出深い場所でもあった。

「あ! ーっ!」

「みんな!?」
 不意の呼び声に驚いて視線をめぐらすと、こちらを見て、ぶんぶんと手を振っているトリスが見えた。
 なんとまあ。は目を丸くする。
 打ち合わせなんかしなかったはずだけど、みんながそこに集まっていたのだ。
 小走りにそこに走って行くと、まぁいるわいるわ。今一緒に行動している全員が、銀砂の浜に揃っている。
「……カザミネさん、よく逃げてこれましたね」
 疲れきった顔で座り込んでいるカザミネが真っ先に目に入って、しみじみと話しかければ、
殿……判っていただけるでござるか……」
 とてもとても大きなため息と一緒に、カザミネの返事が返ってくる。
 これは相当苦労したんだろうなぁ、と思わず同情。
 っていうか、もうちょっと押しを強く……したところで無駄だろーかやっぱり。ケルマの押しには誰も敵わなさそーである。
 もはや何も云えずに視線を転じれば、ぐったりしたシャムロックを肩に担いだフォルテもいた。
 イオスと一緒にいたとき聞こえた会話だったのでツッコミには行けないが、いったいシャムロックがドコまで走っていってたのか、それだけは気になる。酔いが覚めて覚えてたら本人に訊いてみるか。見かけたとか云って。
さん、無事だったんですねーっ!」
 横手から、なにやらえらく感激した様子で飛びついてきたのはレシィだった。
「え? え?」
 目を白黒させているの横に、ハサハがてくてくとやってくる。
「はぐれたあと……あの詩人の……ひとに、さらわれてないか……心配だったの…………」
 もともと声の小さいハサハだけど、いつもに輪をかけて小さいのは、多分マグナやトリスに聞かせるまいとしているのか。
 っていうか、そこまで警戒されまくりのレイムがある意味哀れだ。
 たしかにちょっと以上に変な人ではるが……あるが……変な人だし。ってフォローになってない。
「だから心配ないって云ったでしょ? レシィ。ハサハも。だってこどもじゃないんだから」
「むしろ危ないのは君とマグナもだがな」
 目を離すと、何処に行くか知れたもんじゃない。
 自分の護衛獣をなだめるべくやってきたトリスの後ろから、淡々としたネスティのツッコミが入る。
「なによ。ネスだってのコト心配してたくせに」
「それとこれとは関係ないだろう!」
「いや、ある。ありあり。なあネス」
 あははは、と笑いながらさらにつっこむマグナ。
 ぴき。
 ネスティの額に青筋が立つ音を、久しぶりに聞いた気がした。
「だいたい君たちは…………!」
 そうして、いつものお説教開始のゴングが鳴ろうとしたとき。

 ひゅぅぅぅぅぅ……ドーン!

 ドップラー効果つき飛翔音の直後、大きな音が、一行の耳を打つ。それから、夜空がぱぁっと明るくなった。
「なんだ!? 敵襲か!?」
「バカだなリューグ。ほら、花火だよ」
 コンマ1秒すら間をおかずツッコミを入れきれるロッカが素晴らしいと思ったその瞬間。
「うわー、花火って云うんだ」
も初めて? ルウも初めてよ……年に一度、ファナンの方から大きな音がすると思ったら、これだったのね」
 森にこもったままでたちと出逢わなかったら、きっとこんなふうに知ることもなかったかもしれない、とルウが笑った。
「そうだよ。こいつが、ファナンの祭りのしめくくりなのさ」
「これがあがったら、もうおしまいなの。……そう思うとちょっとさみしいわね」
 ファナン出身のモーリンとミニスが、他の面々に解説してくれる。
 記憶喪失中のとしては、初めて見る花火にやっぱり感激。
 夜の闇さえ吹き飛ばしそうな大きな音も爽快だけど、その直後に、まるで夜空に大輪の花を咲かすみたいに飛び散る色とりどりの火花。
 ――でもどこか、懐かしい。
「私も初めて見たわ……きれいなものね」
「ねえさま、こういうときは『たまやー』って云うんですよ」
「そうなの? じゃあ一緒に云いましょうか、カイナちゃん」
「はい!」
「「たまやー」」
 ……姉妹実にほのぼのとしたいい会話である。
 記憶がなくても、ケイナとカイナは立派な姉妹だと思わせてくれる光景に、ふっと心が和む。
 酔いつぶれているシャムロックの世話に追われているフォルテが寂しそうに見ているが、あれはもう自業自得だ。
「一度ジャパンに行ったときに見たが……こっちの世界のもまたフゼイってのがあるもんだな」
「レナードさん? これ、『日本』にもあったんですか?」
「ああ。もしかしたらおまえさんも見たことがあるかもしれんぞ?」
「そっか」
 だから、懐かしい感じがするんだろうか。
 そんなふうに教えてもらうと、目の前の花火がまた別格に感じられる。
 しばらくの間、声もなく空を見上げていただったけれど、
、見てみろ」
「……わぁ」
 ネスティのことばに目を転じれば、夜の海に映る花火。
 空に上がるものと一緒のはずなのに、さざめく波に光が散らされて、ずいぶんと儚い印象――だけど、こちらもとてもきれいな。
 パッフェルが、にこにこ笑いながら、
「花火が海に反射してるんですねー。こんないいものを見れるとは……私もまだまだ、人生経験が足りませんでした」
 暗殺者にバイトに駆け回ってるんだから、充分イロイロ見てそうなパッフェルでも、そうなのだということに笑いがこぼれた。

 そうして再び空を見上げれば、音が聞こえて火の花が咲く。
 打ち上げ音が響くたびに、空と海が彩られる。
 ただただ、ひたすらに、空と海を交互に眺めた。
 繰り返される、光と音。まるで幻想世界に迷い込んだような錯覚。

「きれいだね……」
「うん」

 誰かがそう云って、誰かがうなずいた。

「不思議デス…コノ光景ヲ見テイルウチニ、何カ指先ニ熱ヲ感ジルヨウナ感覚ヲ覚エマス……」
「レオルドも感動してるってことだな」
「感動……?」
「そう。こーんな光景見てるんだ。感動して当たり前だよ!」
 戸惑いがちのレオルドに、笑いながらマグナがレクチャーしている。
 それでもまだ、ロレイラルの機械兵士は何かを考え込むようにしていたけれど。
「……コレガ、以前主殿ノ仰ッテイタ、心、トイウモノデショウカ」
「そうそう! そうだよ!」
 良く出来ました! と云いたげに笑顔全開のマグナの声がまるで先生のようで、何人かがくすくすと笑う。
「ケッ、なぁにが心だか……悪くはねぇけどよ」
「きれいですねー……」
 バルレルもレシィも、今は珍しく、一方的などつき合いを展開することなく穏やかに会話している。
 ハサハは、レオルドの肩に乗せてもらって、ひときわ高い位置で花火を眺められてしごく満足そうにしていた。


 今、このとき。
 みんなが同じ場所にいる、ここで。
 みんなが同じモノを見ていると、信じたい。
 それぞれの気持ちを抱いて、それぞれの道を歩きながら、それでも今は同じ空を見上げてる。

 コトバは要らない。

 ただ、あたしたちはココにいる。
 同じ世界に立って、同じ空を見上げるコトが出来る。
 同じものを見ることが出来る――同じ気持ちはないけれど、きっと通じ合うコトが出来る。

 気がついて。手を伸ばして。
 望めばあたしたちは手をとりあえる。

 違う道を歩いているように思えても、望めば道は交わるコトが出来る。

 たとえば昨日みたいに、また、逢えて同じ道を歩きだすコトが出来る。

「……なんだよ?」
「ううん」

 リューグを見て、不思議そうな顔されたものだから、ちょっと笑ってみせた。
 それからまた、花火を見ようと顔をあげたをどう思ったか、リューグは、頭を軽くなでてくれた。
 気持ち良いなと目を細めて、されるがままになっているの横……リューグの反対側の位置から、ロッカが肩をぽんぽんと叩く。こどもをあやすように。
「……何してんだよ兄貴」
「ははは、おまえこそ」
 人の頭上で展開される、ある意味一種の花火から逃げるべく身体をずらせば、そこにはアメルが立っていた。
 やっぱり、生まれて初めて見る花火に感動したように、彼女はずっと、空を見上げている。それからの視線に気がついて、そんな自分に照れたような笑顔を浮かべた。
「……あたし、今日これをみんなで見れただけでも、生まれてきてよかったなって思います」
「うん、そうだね。あたしもそう思う」
 ゆっくりと同意を示し、頷いた。

 ――さあ。
 明日は、ちょっと遅れてしまったけれどアグラおじいさんのところに行こう。
 何を思ってあの人がアメルにあんなことを云ったのか――その理由を訊きに行こう。
 だいじょうぶだよね?
 今アメルがそう思っていてくれたというコトが、そう、に思わせる。
 だいじょうぶだよね。
「あたしも、良かったなって思うよ。、アメル」
 後ろからふたりに抱きついてきたトリスが、笑いながら云った。
 彼女の表情から、たまに見せていた寂しいものが今はなくなっていることを、唐突には気づく。それがまた、表情を弛ませた。

 ――だいじょうぶだ。

 他に、今のこの気持ちを表現することばを知らないコトを、ひどくじれったく思うけれど。
 だいじょうぶ。

 そうして。
 本当の本当にしめくくりとして打ち上げられた、これまでの比でない大きな花火を、しっかりと目に焼き付けた。


 明日は、レルム村に行こう。
 みんなで、アグラお爺さんに逢いに行こう――


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