「……あら?」
は、ぽつりとつぶやいた。
あれからも8人でわいわいと、祭りの中を練り歩いて夜店を冷やかしたりしていたのだけど――
ふと、気がついたときには、
はひとりで、雑踏のなかに立ち尽くしていたのだ。
「…………あらららら???」
いったいいつの間にはぐれたのだろうと記憶をたどってみるものの、思いだせるはずもない。
あんまり賑やかであんまり楽しくて、ついふらふらとはぐれてしまったんだろうコトは、とりあえず予想がついたけど。
「ま、いいか」
ぽん、と後頭部をひとつ叩いて、人ごみにめぐらせていた視線を戻した。別に、街から出るわけでもないし。
こんな日だから、悪漢とかもちょっとはおとなしくしてるか、一緒に楽しんでるかだろう。
それに万一はぐれたときには、ちゃんとモーリンの家まで帰るようにって、みんなと打ち合わせ済みだ。
だから、トリスたちだって心配はするかもしれないけど、いつかとかいつかとかみたいに、不安になったりすることはないと思う。
つまり。
別に問題なし。
早々とその結論に達したは、再び人ごみの中に紛れ込んで行った。
そうしてはしばらくの間、大勢の人たちの熱気にもまれながら、なんとなしに歩いていたのだけど、
「!」
不意に自分を呼ぶ声が聞こえたため、足を止めて振り返った。
「あ、アメル! リューグにロッカも!」
「、どうしたの? マグナさんたちとでかけたんじゃないの?」
不思議そうな顔で、それでも駆け寄ってくるを、笑って迎えてアメルが問うた。
直接口に出しはしないけれど、後ろの双子も同じようなコトを思っているらしく怪訝な表情。
たぶん余所見していてはぐれたんだろうコトを答えると、
「なんてお約束な奴だ、おまえ」
呆れた顔で、まずリューグのツッコミが入った。
それをごすっと叩いて、ロッカが笑顔のまま提案する。
「じゃあ、トリスさんたちが見つかるまで一緒に回りますか?」
「あ、そうね! 、一緒にまわりましょう?」
人数が多いほうがきっと楽しいですよ!
そう云って腕を引っ張るアメル。もうすっかりその気になっている彼女の様子にちょっと笑って、こっくり、うなずいた。
そんなやりとりを経たは、さっきはトリスたちと歩いた道を、今度はレルム村の三人とまわっていた。
同じように買い食いしたり、店を冷やかしたりだけれど、一緒の人が違うとまた変わったものを感じられて、楽しい。
「あっ、! あれやらない!?」
そう云ってアメルが指差したのは、なにやら輪投げをして、うまく入れば景品がもらえるというもの。
「あたしやったコトないけど……?」
「いいのよ、そんなの。行きましょう」
笑顔全開で腕をひっぱるアメルに従って、は輪投げの店に近づいた。
そのふたりの後ろから、リューグとロッカがゆっくりと歩いて追いついてくる頃には、お金を払って規定回数の輪をもらう。
「じゃ、アメルからどうぞ」
「うん!」
ひゅっ、と、いい調子で投げられたと思ったアメルの輪は。
「あー!?」
景品に引っかかるかと思った直前、不意に直進から方向を変えて、ちょっと離れた地面に情けなく落ちていった。
「おかしいなぁ……昔は出来たのに」
むぅっとうなるアメルを、笑ってなだめて。
「あはは、じゃあ次はあたしね……っと!」
ひゅーん、ぽす。
やっぱり情けない音と一緒に、の投げた輪も、地面にぺたりと落ちる始末。
そんなに簡単に出来ちゃ意味がないからね、と、お店のおじさんが、手近のカゴをたちに差し出しながら笑った。
「はい、残念賞のキャンディ」
「むー」
ちょっとだけふてくされた顔で、アメルがキャンディを口に放り込む。
行儀が悪いぞ、聖女さん。
と茶化して、今度はが二度目の輪投げにチャレンジするべく進み出――
「おい」
ぐいっと肩を引かれて、なんだなんだと思って見れば、リューグがなにやら強気な感じで口の端を持ち上げて、を見ていた。
「何が欲しいんだ?」
「え? えぇっと……」
唐突な問いへ、すぐに答えは返せない。
別に、個人としては、なにかが欲しいというわけではなかったのだ。アメルが楽しそうだから、やってみようかと思っただけで。
だからとりあえず、アメルが狙っていた、異世界の懐中時計とやらを指差してみた。
「あれ」
「……それはアメルが欲しいって云ったやつじゃねえか。おまえのはないのかよ?」
「えーっと……」
なにやらご不満らしいリューグのことばに、あわてては自分の欲しい物を景品のなかから品定めしようと視線を転じる。
「あはは、じゃあ僕が先に。アメル、あれでいいのかい?」
そんな様子に笑いながら、ロッカが進み出てアメルに問う。
ついさっきが指差した懐中時計を示されて、彼女は首を縦に振った。
たちが見守る中、ロッカはアメルから残りの輪を受け取って――
1回目、おしい。
2回目――
「わぁ! とった!!」
パチパチパチ、と。周りで見ていた人たちと一緒に思わず拍手して、とアメルは大喜び。
2回目にロッカの投げた輪は、見事にアメルの狙っていた、異世界の懐中時計をひっかけたのだ。
はい、と渡してもらった懐中時計をつけてみて、嬉しそうにアメルが笑う。
それを見て、和んでしまっているを、再びリューグがつついた。早く欲しいものを決めろと云いたいらしい。アメルのはロッカがとってあげたから、自分はのをとってやろうというコトなのだろうけど。
あれ? でも云い出したのはリューグが先だったっけ?
「えーっと……」
そんなこんな思いつつ、改めて景品を眺めてみた。
さすがにお祭りと云うべきか。アメルの懐中時計もそうだけど、普段ならまずお目にかかれないような珍しい品物もそこかしこ。
せっかくリューグがとってくれると云ってるんだから、素直に好意に甘えるコトにして。
「じゃ……あれ」
「……本気か?」
半眼になってリューグが訊き返してくるのも無理はない。
が指差しているのは、でっかいクマのぬいぐるみだったからだ。
自分たちは、今、あちこちに旅の空だし、あんなもの持ち歩くほど余裕があるわけでもない。っていうか戦いになったら邪魔以外のなにものでもあるまいて。
だけど。
だけどだけど。
なんか目が合ったのよ。運命を感じたのよ。
じーっとリューグとにらめっこして、先に根負けしたのはやっぱり彼のほうだった。
「しょうがねぇな……ドコに置いとくつもりだよ?」
ため息ついてそんなコトを訊きながら。だけど、どうやらその気ではあるらしく、輪投げの位置に歩を進める。
「モーリンの家! あそこが今のあたしの家だから!」
「そうか」
軽く手を振って、リューグが輪を持った。
頭の上に乗せるか、身体のどこかの部分に通せばいいよと店のおじさんは云うけれど、はっきり云ってどっちもかなり難しい。
――だけど。
ヒュッ、と。風をきって、輪が飛んだ。
わあぁぁっ!!
見物していた何人かが、1回でそれをしとめたリューグに感嘆の拍手を送る。
ほんとうに持っていかれる羽目になるとは思っていなかったらしいおじさんが、苦笑しながらぬいぐるみをとると、リューグに渡していた。
で、リューグはそれを、そのままに渡してくれる。
「ありがとうっ!」
両腕でやっとこ抱えられるくらいの大きなぬいぐるみは、ふわふわの、ふかふか。抱いているだけで幸せな気持ちだ。
「……歩くのに邪魔じゃないですか? それじゃ」
半分ほど視界の遮られる形になるを見て、ロッカが笑って云った。アメルもクスクス笑ってる。
たしかにそうかもとうなずくからぬいぐるみを取り上げて、リューグはもう一度店のおじさんに向き直った。
「悪いけどよ。コレ、街の東の拳術道場に――そうだ、モーリンって奴の家だ。そこに後で届けておいてくれないか?」
「ありがとう!」
快く了承してくれたおじさんと、それから本当にとってくれたリューグにお礼を云って、は再び、祭りのなかに身を投じんと踵を――
「あれ?」
「カザミネ様〜……」
「けっ、ケルマ殿はなれるでござる〜〜!!」
「カザミネさん……」
「カイナ殿! だからこれは大いなる誤解でござってな……!」
「…………」
「カイナ殿〜!」
「あぁん、カザミネ様いかないでください〜!」
何やらカザミネと、彼に寄り添おうとしているケルマ。それから不機嫌そうにそれを眺めているカイナの姿。
聞き覚えのある声がしたと思って、足を止め振り返れば、そんな光景が目の前で繰り広げられていた。
その一角だけ、妙に人が避けて歩いているように思えるのは、きっと気のせいじゃあるまい。
声をかけようとしたを、あわててロッカが止める。
「……障らぬ神にたたりなしです」
しごく真面目な顔でそういう彼に、珍しくリューグが同意を示すうなずきを返し、その横でアメルが困ったような笑い顔を浮かべていた。
……がんばれ、カザミネさん。
心のなかで黙祷を捧げ、たちはその場を離れた。
たった今見た光景を忘れてしまいたい、とかそんな切羽詰ったものでもないが、口をついて出たのは他愛ない話。
「そういえば、ふたりとも輪投げ上手だよね」
「村のこどもは、みんな木でつくったおもちゃで遊ぶんです。だからですよ」
「昔はアメルもそれなりに上手かったんだけどな?」
「もう! リューグっ」
ぷぅっと頬を膨らませているアメル。いやもう、こんな風にしていると聖女だとかなんだとか云うコトを、思わず忘れそうになるくらい普通の女の子。
……うん。本当に普通なのだ。
普通の範疇なんて知らないけど、そう、自分とどこも変わらない彼女。
――守りたいね。こんな彼女を。
アメルがアメルとして生きてきたこれまでと、生きていこうとするこれからを。
どうか守りたいね。
それから、腕相撲大会でチャンピオンをとっているモーリンと出逢ったり。
射的でびしばし高得点を稼いで、店主泣かせなコトをしているレナードとパッフェルを見たり。
お祭りは初めてだというルウを案内してやっているミニスと一緒に、初めて見る食べ物に挑戦してその味に遠い目をしてみたり。
そうしながら、今度はちゃんとお互い了承ずみでアメルたちと別れた。
もっといようって云ってくれたのはうれしかったけど、久しぶりのきょうだい水入らずを邪魔したくなかったのも、本音だ。
別に変なトコロに入り込まない限り、危険はないと判っていたし。
はしゃいだ熱を冷まそうと、ひとりでぶらぶら、人込みの中を縫って歩き出したの耳に、また、
「?」
名前を呼ぶ、声が聞こえた。