「うわー! すごい人ー!」
街の広場にさしかかったあたりで、手でひさしをつくっては感嘆の声をあげていた。
王都にはこれ以上の人間がいるのは判っていたけど、普通に歩いていくのも困難そうな人数が集まっているなんてのは、初めて見る光景だった。
あ、いや、レルム村での集まりようもすごかったけれどアレはきっちり整列してたし。
「すごいな……はぐれたりしないようにしないと」
そう云って、マグナが手に力をいれたのが、にも判った。
きっと反対側のハサハとつないでいる手にも、同じようにしたんだろう。
何か目的があるわけでもないので、みんなで屋台をひやかしたりして歩く。
今は夜のはずなのに、街のそこかしこに灯された明かりのおかげで、なんだか昼間のような錯覚さえも感じる。
「、あーんっ」
いつの間に買ってきたのか、トリスが、丸っこい物体をに差し出していた。
「え? えぇと、何これ?」
戸惑うに、ずずい、と、その物体がなおさら突き出される。
……なんか香ばしいにおいだ。そして、蕎麦を見たときと同じような懐かしさも。
「たこ焼きっていうんだって。ほらほら、あーん♪」
「……あーん」
ちょっと恥ずかしかったけど、にっこにこ笑っているトリスの好意のほうが嬉しくて、照れながらだけど口を開けてぱくついた。
出来たてのあたたかさもそうだが、人から食べさせてもらうというのがまた、新鮮で、胸がほかほかする感じ。
咀嚼して飲み込んでから、トリスからたこ焼きパックをもらって、逆に彼女へ向けた。
「トリスも、あーん」
「わーい♪」
ぱくり。もぐもぐ。
実に幸せそうな顔で食べているトリスを見ていると、なんだか自分が母鳥にでもなったような気分。
ごめんネスティ、ちょっとだけ母親役やらせてください。
で。
いるわけだ。もうひとり。母鳥の手をかけさせたいお子さんが。
「、、俺も!」
ちょうだいちょうだい! とでっかく顔に書いたマグナが、の向きを変えて自分の方へと固定する。
「はい、マグナも」
「いただきまーす!」
「おねえちゃん……」
至極うれしそうに口を動かしているマグナの横から、ハサハがひょっこり顔を覗かせた。
この状態でその顔で見上げられて、これで判らないほどは鈍くない。いや一部に関して鈍い、とか、誰か云いそうだが。
まだ5つ残っているたこ焼きを確認して、ハサハの口にひとつ入れてやった。横にいるレシィにも、ちょっと離れたトコロにいるバルレルにも。
それから――ちょっと困った顔でレオルドを見る。
機械兵士さんは、こういうモノを食べたりできるんだろうか。
疑問のまぶされた視線に気づいたレオルドが、首を横に振った。やっぱり無理らしい。
……となると。
「ネースティっ」
「僕はいいよ」
「あははははー、遠慮しないー! トリス、マグナ、おさえつけちゃいなさいっ!」
「「はーい!」」
母親――もとい、の号令のもと、素直に従う兄妹の行動により、ネスティは後ろから羽交い締めにされて身動き出来ない状態になった。
体力なさすぎるぞ召喚師。当たり前か。
「はい!」
我ながら全開の笑顔でもって、ネスティにたこ焼きを差し出してみせる。
食ベナキャドツク。とか顔に書いてあったとのちにバルレルが語ってくれたが、とりあえずそれは後日談。
「…………」
ネスティは、それでもしばらく硬直していたけれど、やがて、観念したように大きなため息をついた。これみよがしに。
それから、別に逃げやしないから、とトリスとマグナの腕を振り解き、少し身をかがめて――の差し出したたこ焼きを一口で食べてしまった。
あまりの早技に呆然としているから顔をそむけ、数度の咀嚼。それからあっという間に飲み込んでしまう。
「……これで満足か?」
「はい!」
ネスティ本人としては多少以上の皮肉が入っていたのだろうケド、いかんせん今日の浮かれまくりご一行には何を云っても無駄であることを、答えたの笑顔は物語っていた。
それを見て、ネスティがまたため息をもらしたことは彼の名誉のために内緒にしておこう。
……それとも、少しだけ頬が赤みを帯びていたコトを内緒にしたほうがいいんだろうか。
とりあえずそれに気づかなかったは、最後のひとつに爪楊枝をさして掲げる。
「誰か欲しい人ー?」
誰もいなけりゃあたしが食べますよー。
と、続けようとした矢先。手首を軽く握られた。
「?」
マグナを見てトリスを見てネスティを見る。該当者なし。バルレル、レシィ、ハサハ、レオルド――該当者、なし。
第一彼らは自分の前に立っているし、手を握っている人は後ろに立っている。
誰だろうと思って振り返るより先に、
「あ、レイムさん」
トリスの声が、答えをつむいでいた。
振り返れば真っ先に目に入るのは、腰のあたりまである銀の髪。それから、毎度おなじみけったいなハート模様服。
小脇にかかえた竪琴と、優しげに細められた瞳。
「おひさしぶりですね、さん」
にっこり微笑んでレイムは云った。の手首を握っている自分の手を、さりげなくさわさわと動かしながら。
妙にくすぐったいんですが。
「……以外の人間、アウトオブ眼中なのかな、レイムさん」
「さん、だもんねー」
「…………そういうヤツだよな、ケッ」
「バルレル君何か云った?」
「何も」
俺たちもいるんだけどなー、と、マグナが己を指さす横で、トリスがむくれたように頷いた。
「ああ、すいません」
兄妹の会話が聞こえたらしいレイムは、すまなさそうに、彼らへ頭を下げる。
「真っ先に目に入ったのがさんなもので……ええ、つい、祭の灯りに照らされて幻想的なこの方に目を奪われ意識を攫われ、気づけば炎に飛び込む虫のようにふらふらと……ああさん、この愚かな私をお許しいただけますか?」
「「……」」
云いながら、ことばの対象がナチュラルにへ移行してくっていうのは、謝罪としてどうよ。
よほどむずがゆかったのだろうか、目一杯顔をしかめて腕をぼりぼりかいてるバルレル以外、全員、顔を見合わせた。
いや、まあ、とりあえずあれだ。は、話題がこれ以上坂道を転がる前に、元の位置へ引き戻さんと試みる。
「レイムさんもたこ焼き欲しいんですか?」
妖しい動きのレイムの手から逃れるように、は、ずいっとたこ焼きを差し出してみた。
「ええ。是非さんに食べさせていただきたいです」
いまだかつて、ここまで爽やかな笑顔でもってたこ焼き食いたいとぬかす吟遊詩人がいただろうか。いやいるまい。
ちょうど傍を歩いていたお姉さまが、さりげに悩殺されている。
通りすがりのたくましいお兄さんが、頬をしっとり染めている。
ザシュッ
「ああぁっ!? 兄貴どうしたんだいきなり!? まるで細い針で全身を貫かれたような傷がッ!!?」
「この銀の糸がもしかしてッ!?」
「いや、待て! これは糸って云うよりは人間の髪に……」
「なにやら騒がしいですねぇ……」
「……だいじょうぶかな、あの人」
いまだ騒然としている、レイムの背後の現場を眺めながら、運ばれて行ったお兄さんを心配してトリスがつぶやいた。
「大丈夫でしょう。まあ、そんなことより」
あっさりと話を切り替えて、吟遊詩人は銀の髪を揺らし、身をかがめてを覗き込んでくる。
「では、いただきますね」
「はい、どうぞー。あーん」
「ぐは。」
「レイムさん!?」
てっきりそのままたこ焼きを食べるだろうと思っていたレイムが、とたんにうずくまった。
(ナイスアングルですさんッ! その微笑みが今私だけに向けられているこの至福に勝るものが他にありましょうかあろうはずがありませんねっていうかあーんなんてそんな悩殺なことばを口にされるなんてこのまま押し倒してたこ焼きよりむしろあなたを頂いてしまいたいんですがOKですかしかしギャラリーが邪魔ですね調律者の一族がいますし何より私の正体に感づいていそうな奴が約一名…… ……あぁ、あぁぁ! 残念です! 今この場にあなたとふたりきりであったならこの欲望に身を任せてそのままゴールインできたかもしれませんが仕方ありませんここはたこ焼きでがまんしてさしあげましょうしかしいつかきっと…!)
十秒ほど、彼らは黙って詩人を見守っていたけれど、さすがに心配になってきた。
マグナが一行を代表し、ちょいちょいとレイムをつつく。
「……レイムさーん?」
「も……申し訳ありません、ちょっと立ちくらみを起こしてしまいまして」
と、レイムは立ち直った様子を見せると、再び身を起こす。
どうしたもんかと思案していたを安心させるように微笑んでみせると、改めてたこ焼きを口に運んだ。
その仕草さえもが無駄に優美。あんたいっそ何処かのマダムのお抱え詩人にでもなったほうがよっぽど儲かるぞと突っ込みたくなるような。
しかし、その片手はいまだの手首を握ったまま、その肌を撫でつづけていたりして。
はっきり云ってくすぐったい通り越してコワイ。
だから。
「。あっちから焼きイカ買ってきてくれ。あとカキ氷にりんご飴。全員分!」
横からかけられた、なにやら妙に必死なネスティの声は、ある意味天の声。
しかしネスティ、買ってきたらほんとに食べるんですか? 焼きイカとカキ氷とりんご飴。むっちゃ食べ合わせキツそうですが。
「うん、判ったっ!」
ともあれ、これに乗らない手はあるまい。ごめんなさいと云ってレイムの手から手首を放すと、はすたこらとそちらに逃げようとした。
その護衛、もとい同じく買い出し係に任命されたらしい、レシィとマグナが横に並ぶ。
「……では、私もそろそろ」
ついてこられたらどーしようかと本気で悩んだが、予想外にもすんなりと状況を受け入れたレイムのことばに、ほっとして振り返る。
お別れの挨拶くらいまともにしても、バチは当たるまい。
「そういえば、トライドラが陥落したと聞きましたが……本当のところはどうなのでしょうね? こんなにゆっくりしていますから、もしかしてただの噂だったのでしょうか?」
それならそれにこしたことはないですけど。
あくまで噂だとしてとらえている風のレイムのことばを聞いて、たちは一瞬にして表情が曇るのを感じた。
挨拶をしたらすぐさま出店に逃亡しようとしていた足をピタリと止めたは、改めてレイムに向き直る。
声音に違わぬ、穏やかな微笑みをたたえた吟遊詩人は、とらえどころがない。戦争の行方を口にしながら、それをまるっきり信じていないのか、不安の欠片すら見ることが出来ない。
「……本当なのですか?」
表情を改めたのが判ったのだろう、今度はさすがに怪訝なものをにじませて、レイムが再度問いかける。
横にいたマグナが、ネスティと顔を見合わせる。それから、小さくうなずいた。
「レイムさんも、旅するときには気をつけたほうがいいと思います。もうすぐ、本格的に戦争が起こるかもしれない」
「ありがとうございます、マグナさん。肝に銘じておきますよ」
では、今度こそ私はこれで。
そう云ってレイムが立ち去ったあと。
たちは顔を見合わせて、それから、歩き出した。
そうして、心のなかを占めるのは――
たとえどんな美形のどんなさわやかな笑顔でも、歯に青ノリがついてたらなんもかも台無しだなというコトだった。
……とりあえず、歯磨いとけ。レイム。