一行がわらわらとモーリン家に戻ったのは、もうすっかり日も暮れた頃。
留守番をしていたロッカとリューグとアメルが、疲れきった一同に苦笑しながら、出迎えてくれた。
そうしてことの顛末を話して聞かせると、三人は、各々思うところの反応を返していた。
曰く、
「ミニスちゃん、これからもずっとワイバーンさんと一緒なんですね! よかった……」
「彼女もがんばってましたから、その結果でしょうね」
「まぁ、心配のタネがなくなったのは良いコトじゃねーか?」
以上名前は伏せておくが、それぞれの感想である。
最後のひとことを発した本人は、その直後ロッカにどつかれてたけど。
「でも……これでミニスちゃんが旅をする理由って云うのは……」
そんな微笑ましい光景を眺めながら、そうつぶやいたのはアメルだ。
そのことばに、その場にいた全員がはっとした顔になる。
だって、ほら、あれだ。ミニスはペンダントを捜すためも手伝って、自分たちと一緒に旅をしていたのだから。
こうして捜し物も見つかった今、彼女が同行する理由はないと云えば、ない。
だけど、
「何云ってるの? 私だけおいていこうなんて思ってないわよね?」
今度は私が、シルヴァーナと一緒にみんなのコト手伝ってあげる番なんだから!
一瞬浮かんだ懸念は、はっきりしたミニスのことばであっという間に霧散した。
そして、そのミニスは今、金の派閥に行っている。
ペンダントを無事に取り戻した報告と、これからの旅の許可を、改めて、母であるファミィ・マーンにとりつけるために。
でもってたちは、ほとんどそれと入れ替わるようにしてやってきたひとりの人物を迎え入れていた。
その人の名前はパッフェル。
さっきと同じように、ケルマからの手紙持参で彼女はモーリン宅に訪れてきたのだ。
今更云うまでもないが、戦うアルバイターさん、でも本業は暗殺者の明るくフレンドリーなお姉さんである。
なんでも、ケルマ・ウォーデンは、今回の騒動でたちに迷惑をかけたことを申し訳ないと思ってくれているのだとのこと。その詫びというのだろうか、しばらく、人手としてパッフェルを貸してくれるらしい。
それだけなら、たちは、たぶん断った。
そこまでしてもらうようなことでもない、というのが理由のひとつ。そして、自分たちの関る相手ってのが、ちょっと尋常な存在じゃなくなってきたのが理由のふたつめ。
だが、いかんせん、パッフェルはたちのやろうとしていることを手伝わなければ、今回の戦闘分の給料が出ないらしいのだ。
「……どうする?」
「僕に訊くな」
伺い顔で見上げるトリスとマグナに、ネスティがうんざりした顔で答えていたのが、またみょーに印象に残ってる。
このやりとりでも判るように、結局パッフェルは一行と行動を共にすることになった。
あ、そうそう。しばらくして、上気した顔で走って帰ってきたミニスの表情も、印象に残ってる。
彼女が教えてくれた、ファミィのことばも。
『自分のやりたいと思ったことを、自分の正しいと思う方法でおやりなさい』
それはミニスに向けられたことばだったのだろうけど、教えてもらったの気持ちまでもが、励まされそうな感覚を覚えた。
――もちろん、自分がいつも正しいわけはない。選ぶ行動が万人に賞賛されるわけもない。
だけど心に正直に動けるならば、その先に何があっても受け入れていけると思うから――それが、どんな後悔を得ることになっても。
心のままに。思うままに。
いつかの夜にイオスの云っていたことばを、そのとき、は思い出していた。
そうしたことごとを終えて、ファナンの街に夜がきた。
昼間の嵐連発で疲れてるのだから、いつもだったら夕食後に寝床へダイビングしていただろうけど今日は違う。
豊漁祭。
年に一度のファナンのお祭り。
これを見逃すわけにはいきませんでしょう!
などと無駄に意気込んで、はがさごそと荷物をひっくり返し、普段は持ち歩いているだけの服を取りだしていた。
――どうしようかな、と思ったのが実は本音。
だけど、ゼラムから愛用していたシルターン風の服は、ここのところの騒動でいい加減着れなくなっていたし、そのほかの服も旅の疲れがよく見えるから。
手持ちの服の中でまともなのは、これしかなかったのだ。
いつぞや黒の旅団から借りてそのままになっていた、ある意味かっぱらったとも云えるかもしれない、紫色の。デグレアの服。
イオスのものにデザインが似ているから、なんとなくみんなに遠慮して着れないでいた。
今日くらいなら、大目に見てくれるだろうか?
今度絶対に新しい服を買うぞと決心して、はそれに腕を通す。
やっぱりお祭りっていうからには、ちょっとくらいはきれいな格好で行きたいものなのだ。
おめかししようとか思わないけども、せめて身奇麗にしてお出かけしたいというのは、やっぱり年頃の女心というやつ。
そうして着替え終わったら、髪などとかしてみる。
黒の旅団がこの街を狙っているという事実は頭の片隅から離れないけど、今日だけは楽しもうと決めていた。
コンコン、と。軽いノックの音。
約束していた相手が迎えにきたのだとすぐ悟り、は立ちあがって扉の方へ近づいた。
がらがら、と、引き戸になっている扉を開ける。
「はーいはいはい?」
「うわ、なんかいつもより可愛くない?」
扉を開けたを一目見て、トリスの感想がこれだ。
その彼女の後ろで、マグナもうんうんと首を縦に振っている。すごい嬉しそうです。
「……ちょっとだけ、念入れて身支度してみました」
気づいてくれたことがちょっとだけ嬉しくて、笑いながら云う。
「その服、あんまり着ないよな」
くるりと回転して見せた際、やっぱり気になったのか、マグナが指差してきた。
そう? と首をかしげる。
あんまり着てない、どころか本当は全然着てないんだけど。いややっぱり、イオスを思い出させそうで――みんな、黒の旅団にはあまりいい感情持ってなさそうでもあるし。
だけど、マグナはにっこり笑う。
「、それ似合うんだから、いつも着ればいいのに」
「え?」
「気兼ねしてるんだろ? その衣装、あいつ……イオスのにデザイン似てるからって――だいじょうぶだよ。俺たち、そんなこと気にしてないし」
気にしそうな人物がひとりいるんですけど。この場に。
思いながら目を向けたら、意外にもネスティは、ゆっくり口の端を持ち上げて頷いていた。
「そうそうっ! 女の子はきれいになるってコトに妥協しちゃ駄目なんだから」
「トリス…………だったらおまえももー少し早く起きて、髪も丁寧にとかしたらどーだ」
「まったくだな。トリス、だいたい君は……」
つづけようとしたネスティのことばを遮って、トリスが大きな声で叫ぶ。
こういう日にまでお説教は勘弁ってトコロだろうか。
「兄さんだって寝起きじゃ人のコト云えないでしょ! ネスはともかく」
「俺は男だからいいんだよ」
「なにそれー! 男女平等社会への道を閉ざすってそういう発言から始まるんだよッ!?」
「君は男女平等社会の意味を知っててそういうことを云っているのか?」
「判ってないわよっ」
「トリス〜、兄ちゃんは悲しいぞ」
「じゃあ兄さんは判ってるっての?」
「俺が判ってるわけないじゃないか!」
「威張って云うな、マグナ!!」
いや、君たち、漫才はいいから。
「どーでもいいけどよ、行くならとっとと行こうぜ」
「あ、バルレルもきたんだ」
「ンだよ、なんか文句でもあんのか?」
なにやら不機嫌な顔でトリスとマグナの後ろに控えている護衛獣のひとりに声をかけると、かけられた本人はしごく不満そうに応えて来た。
「だってバルレルだったら、『めんどくせぇ』とか云って寝てそうなのに。ねえ?」
同意のことばは、誓約を交わした主でもあるトリスに向けてのもの。
ことばをかけられたトリスは、なにやらにやりと笑うと、の耳元に顔を近づけてきた。
「バルレルったらねー、あたしたちがいくら誘ってもダメだったのに、が行くって聞いたら、とたんについてきたのよ」
「ニンゲン! よけいなコト云うんじゃねえ!!」
「でもバルレル君、ほんとうのコト……うわああぁぁん、いたいいたいいたいってばー!!」
学習してくれ、レシィ。
いつもどおりの一方的などつきあいを繰り広げ始めたトリス側の護衛獣コンビを、マグナ側の護衛獣コンビであるハサハとレオルドが困ったように見ている。
そしてやっぱりいつもどおり、トリスがふたりを引き離し、どつきあい終了。
どこまでいっても変わらないやりとりに、とマグナは顔を見合わせて笑う。
「そういえば、みんなはもう出かけたの?」
「そうだよ。俺たちが最後」
つと問いかければ、まだ笑いを残したままの表情でマグナが答えた。
「行こう、」
そうして、マグナから差し伸べられた手を握り返し、反対側の手をトリスに伸ばす。彼女はうれしそうにしがみついてきた。
でもって、それぞれの護衛獣たちが。さすがに手をつなぐのはレシィとハサハだけだけど。
バルレルとレオルドはそういうことはしないものの、離れず、だけど近づきすぎずの場所を保って歩む。
ネスティはあったかい苦笑をこぼしながら、そんな全員を見てる。
そうして、夜空を照らす街の明かりのなかへと、たちは歩きだした。