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第17夜 七
lll お祭り前にひと騒動・本番 lll



 ケルマの伝言配達人だったオレンジ色のアルバイターさんは、にっこにこと微笑んで、彼らの前にすっと立つ。
 あんまり信じたくない――というか、ぽかんとした顔で、マグナが一応尋ねていた。
「……助っ人って……パッフェルさん?」
「はい。一日20000バームで雇っていただきました♪」
 さすが貴族様、お金の使いどころを判ってらっしゃいます。判りかたが絶対間違ってると思うがな。

「はははははっ! こりゃいいや、そいつが助っ人ってかぁ!?」
「ば、バルレルくん、あんまり笑っちゃ失礼だよ!?」
 耐え切れなくなって笑いだしたバルレルをレシィがいさめているが、その甲斐もなくげしげし攻撃をくらっていた。
 雉も鳴かずば撃たれまいに。
 けれど、ケルマは悠然としたもの。
 傍にある、準備中だった屋台からリンゴをひとつとると、パッフェルに向けて放ってみせた。
「見せておやりなさい、パッフェルさん」
「はい♪」
 やっぱりにこにこと応じるパッフェルを見て、はたっとその意図に気づいたのはだけだ。
 リンゴの皮剥きでもやるつもりかと、判りやすい揶揄の視線で彼女を見ているバルレルに、もうちょっと人を見る目を磨けと云いたくなったが、ひとまずはパッフェルに注目する。

 ヒュッ、と風切る音をたてて、パッフェルがリンゴを宙に放り投げた。
 不意の動作に、一行の視線がリンゴに集中した刹那。

「はッ!!」

 スパパパパパパパパッ

 一瞬にして、幾筋もの刃のきらめきが、瞳に残像を焼き付けた。
 すとととととんっ、と、実に食べごろの大きさに切られたリンゴが、いつの間に用意したのか、パッフェルの片手にある皿にきれいに落下する。
 さりげに品良く盛り付ける形になっているのも評価したいトコロ。
 ってそういう問題じゃない。
「へぇ、やるもんだなぁ」
 にやりと笑ってフォルテが云った。
「ありがとうございますー。私、本業は暗殺者なんですよ♪」
 と、とんでもないことをさらりと云ってのけつつ、パッフェルも笑った。
「暗殺者って……」
 思わず愕然としたものの、おかげで、にとってはスルゼンで見せられたとんでもない技量の説明がようやくついた。
 で、その暗殺者と渡り合った自分についての疑問は、相変わらず謎のままなんですけどね?
「…………暗殺者?」
 と同じように単語だけつぶやき、ぽかん、としたのが約数名。
 そりゃそうだと云うか、気さくなアルバイターさんとしての認識しか持っていなかった相手がいきなり闇の世界の関係者だと云われれば、誰だって呆然とするだろう。
 おまけにパッフェルのオレンジ基調の服はどうしても、そのテの人を想像するには難しすぎる。
 だけど。
 見た目がどうであれ、いくら笑顔が親しみやすいフレンドリーな人であれ、現実は現実。
 今見せつけられた彼女の技量は――間違いもなく現実、本物だった。
 さすがに油断できない相手だとの思いが、たちの顔を厳しくする。
 それを見計らったように、ケルマが声を張り上げた。
「さぁ! 行きますわよ〜ッ!!!」
 ……こないでいいです。切実に。

 そして願い空しく、戦いは始まったのである。


 がしゃーん!
「ああぁぁっ! うちの店のガラスが!!」

 がらがらがらっ!
「あーっ! うちの樽が!!」

 どががががががっ!!
「ぎゃあぁっ、うちの前の道がー!!」

 ふぎゃああぁ!?
「あぁっ、伝説の勇者から名前を頂いたうちのエトランジュ・マリネーラ・ネクロフォビア・アストラルサイドU世ちゃんがー!?」

 ……妙に説明ぽいセリフはともかく、猫はどっかにしまっとけ。

 ――そう。
 問題は召喚術だけではなかった。
 そんなもの使わなくても、直接攻撃で吹っ飛ばされた兵士がぶつかったり、射程の長い槍をぶんまわしたり、あげくに銃の乱射などしていれば、当然周囲に被害は出るのである。
「ちょっとアンタ騎士様だろ!? あのバカたちを止めてくれよ!!」
「い、いや私にはとても……!」
 バカ云われてるよ、あたしたち。
 騎士として私闘に手を貸すわけには行かない、と云っていたにも関らず、無理矢理フォルテにつれてこられたシャムロックが街の人に捕まって、しどろもどろになっている。
 きっと、今となっては、ついてきたことを激しく後悔しているだろう。
 だが止めようとしないその選択は、正しい。
 っていうか誰も近づきたかないだろ、今のこの状況は。
 怒りというより、むしろ呆れから半眼になって、は改めて戦局を眺めると、「あーあ」とでっかいため息をついた。

「ちょっとー! ケルマ卑怯よッ!!」
「ほーっほっほっほ! 私の魅力に敵うとでも思っていますの? チビジャリの分際で!!」

 ……アメルつれてくればよかったなぁ……

 が思うのも無理はない。
「兄さんのバカー!! あとで覚えてなさいよー!!」
 必死こいてマグナの大剣を避けながらトリスが叫べば、
「フォルテ! 目を覚ましなさいッ!!」
「げぼォ!?」
 ケイナがフォルテに正気を取り戻させようと、黄金のこぶしを数発叩き込んでたり。いや、矢で射すよりはいいかもしれないけど相当痛そうです、アレ。
「…………」
 ハサハがバルレルとレシィに向けて、やっぱり元に戻すべく、実力行使に及ぼうとしていたり。
 ってハサハ、刀はやめなさい刀は。

 いきなり始まった味方同士の大乱闘。それにもともとケルマ側の兵士たちが混ざって、実に混沌とした戦いの場になっていた。

 原因など考えるまでもない。
 戦闘開始早々、ケルマが放った魅惑の召喚術『ラブミーストーム』のせいである。術者にとっての異性を、骨抜きメロメロにして従えるのが、術の効果だ。
「……どうしようもないな、あいつらは……」
「あれ、ネスティ。あなた無事だったんだね」
 疲れきった顔で横についたネスティを見つけて、は軽口を叩いてみせた。
「当たり前だ。マグナみたいな単純バカと一緒にしないでくれ」
 レナードとレオルドがケルマ側の兵士に向かっているところを見ると、どうやらネスティと同じく魅了にはかからなかったらしい。
 ……カザミネもかかってないけど……なんかもう、戦いから遠く遠く離れた位置でまだカイナのご機嫌をとっているので、戦力としては考えないコトにするのが賢明だと思われる。
 とりあえず、近くに行かなければ魅了された仲間の攻撃の対象にはならないようなので、少し離れて様子を見る。
 とか悠長なコトは、させてくれない人がいるわけだが。
さーん、お覚悟ー!」
「うああぁぁ」
 思わず頭を抱え込みたくなった衝動を、そのまま剣に伸ばした腕に移動させて、まずネスティを突き飛ばす。
 それから剣を抜き放ち、頭上から武器を構えて降ってきた、パッフェルの一撃をかろうじて弾いた。
 っつか今のセリフ、なんとなく語尾に音符がついていたのは気のせいであってほしい。
「……またあの光出せなんて無茶なことおっしゃいませんよね……?」
「まさかー♪ 今回は純粋に本業に徹させていただきますですよー♪」
 それもそれでイヤだけど。
 こうして、はパッフェルと睨みあう。
 お互い、いつぞやの件でだいたいの技量がつかめているせいもあって、容易に行動に移れないでいた。

 そうこうしている間にも、魅了にかからなかったこちら側の戦力のおかげで、ケルマ側の兵士たちはばたばたとなぎ倒されている。
 ついでにそこらの街の公共物も、ばたばたと破壊されている。
 これの弁償誰がするんだ。
「いい加減に観念しなさいケルマ!! このまま戦ったってあなたの負けよ!」
 一応全員をなんとか正気に戻し終えたところで、ミニスがケルマに向かって叫ぶ。
 正気に戻された際に彼らが負った傷は、モーリンのストラやルウのプラーマで目下回復中だ。バルレルはリプシーで自給自足。レシィはトリスが面倒みている。
「なんのですわ! まだ私の魔力はついえていませんわよ!!」
 その発言に、ぎょっとする人間が数名。
 今度かかって実力行使で正気に戻されたら、間違いなく死ネル。
 実に切羽詰った状況のなか、は先ほどのネスティと同じように疲れきった顔でつぶやいていた。
「……なんか、身体以上に神経のほうが先に限界きそうです……」
「まぁまぁ、これもいい経験だと思えば♪」
 若いときにはこれくらい無茶しないと、立派な大人にはなれませんかもですよ?
「無茶してんのはケルマさんでしょ……っと!」
 横合いから突き出されたパッフェルの剣を、ギィンと音をさせて弾き返す。
 そのまま彼女の手を剣の腹で叩いて、短剣を落とそうと試みるも、瞬時に距離をとられ不可能になる。
 さっきからずっと、お互い決定的なものを与えることが出来ずにいるこの状況は、ある意味手合わせに見えなくもないような気がしていた。
 もっとも、周りからしてみればがパッフェルをひきつけている(ように見える)おかげで、攻撃力はあまりなさげな兵士たちの殲滅に集中することが出来ていたわけなのだけれど。
 悲しいかな、さすがにそこまでの状況を読み取れと云うのは無茶な相談だ。
 そして、たちが一進一退の状況を繰り広げている間にも、ケルマはしぶとく粘っていた。

「ラブミーストー……ッ!?」
「させないわよ!」
 召喚の構えをとったケルマを牽制すべく、ケイナが矢を打ち込んだ。
 狙い違わず、放たれた矢はケルマの足元に音高く突き刺さり、彼女の体勢を崩す。
「よし! 今だ!!」
「くっ! お行きなさいテテノワール!」
「きゅーっ!」
「気をつけろ! 可愛い外見だけど強いぞコイツ!!」
 だが、好機と見て詰めかけようとすれば、相手もさるもの。今度は控えていた召喚獣を前線に出してくる。まとわりつかれてしまうと、なかなか前に進めない。
 そうしている間にまたもや召喚術を唱えようとするケルマを、またしてもケイナが制する――と。
 何度繰り返したのやら、ケルマはともかくこちら側の一行がかなりうんざりした顔を見せだしたとき。

 プッツン。

 ……あはは、今すっごいイヤな音が聞こえたような。

「もー頭にきた!! あんたなんかシルヴァーナの炎……ガトリングフレアでけちょんけちょんにしたげるんだからーッ!!!」

「どわー!? 待て待て待てミニスー!!」

 大慌てのマグナたちが止めに走るが、何かが切れてしまったミニスには聞こえない。
 だけどさすがにこんなトコロで呼んでしまっては、絶対に街の被害はこれまでの比じゃない。
 ガトリングフレアとかゆー物々しい名前は、それだけの想像を彼らにさせるのに充分な威力を備えていた。
「ミニス・マーンが新しき友愛の誓いによって願う!!」
「だー!?」
 制止も聞こえていない様子で召喚術の詠唱に入る、彼女の首にかけたペンダントが輝きを放ちだした。
 これはもしかしなくても、相当ヤバイんじゃないんでしょうか。
「ちょっと!? チビジャリ本気ですのッ!?」
 さすがにこれには仰天したか、ケルマが青ざめた顔で後ずさっていた。
 頼むからもう少し早くに戦闘意欲を無くしてほしかったと、今、何人の人間が思ったか。
 だが、それを尻目に、ミニスはなおも詠唱を続け、そして。

「心優しき友よ! 猛き翼打ち鳴らし、きたれ、私のもとへと!!」

「「「「だぁぁぁあぁぁぁっっ!??」」」」

 全員が、反射的に物陰へ退避した。
 もパッフェルも、戦いを中断して物陰に身を伏せる。

 …………待つことしばし。

「?」

 いくら待っても炎の熱さも、そもそも攻撃したという爆音さえも聞こえてこないことに、怪訝に思いながら顔をあげた。
 そうして、の目の前には、その光景。
 全員が逃げたり伏せたりしてしまって、もうその場にはミニスしか立っていなかった。
 その彼女を守るように、ゆっくりと翼を鳴らして滞空している、銀色の竜のような生き物――あれがワイバーンなんだろうか。
 ミニスを慕うように守るように。ずっと傍にいるよと……語りかける訴えかける……優しい目。優しい存在。
 ペンダントごしに名を訊いたとき、応えてくれた存在だとすぐに判った。
「……シルヴァーナ」
 つぶやくと、それは風に乗って届いたらしい。銀のワイバーンは軽く首をもたげて、の方を見た。

「なーんて、ね」

 その傍らで、まだ不機嫌な顔したミニスがつぶやいた。
 むっちゃくちゃ莫迦にした目で、青ざめているケルマを眺めている。
「私は別にマーン家とウォーデン家の対立とか、メンツとか、どうでもいいのよ」
 それから、傍のワイバーンに頬をすりよせて。
「ただ、私は早く一人前の召喚師になりたいだけ。それに……」
 そうなれば、きっと、お母様も認めてくれる。
 シルヴァーナと今までより長い時間、一緒にいれる。
 そう。

「それに、私は私の友達と一緒にいたいだけなの」

 初めて自分が呼び出した召喚獣。
 初めて心通わせた相手。
 手を差し伸べれば応えてくれる、優しい友。
 この存在を失いたくないと思うから。たとえウォーデン家が正当なペンダントの持ち主だったとしても、きっともう、譲れない。

 表情をぽかんとしたものに変えて、ケルマは、ミニスを凝視していた。
 それはどれくらいの時間だったろう。そうして何を思ったのか、ケルマは肩を震わせてうつむいたかと思うと、
「…………くくっ」
 くぐもった、小さな声を漏らした。
「ケルマさん?」
 泣いているのだろうかと心配になって声をかけたけれど、ゆっくりと顔を持ち上げたケルマは、なんだか妙にすっきりした顔。
 云い方に問題があるが、憑きものが落ちたような印象を受ける。
 はぁ、と。
 大きく息を吐き出して、ケルマは、視線をミニスに戻す。

「……バカバカしいですわ」
 視線の先には、ミニスに頭をなでてもらって、嬉しそうにしているワイバーンの姿。
「ケルマ?」
 不意の発言に、ミニスの表情がきょとんとしたものになる。
「もう、いいですわよ」
「え? それって……」
 トリスのことばに、ウォーデン家の当主はうなずいた。
「つまり私は、小さな子供の友達を取り上げようとやっきになっていたということですのね」
 小さなってのが余計よ、と、頬をふくらませるミニスを尻目に、ケルマは再びくすくすと笑い出す。

「ほんとうに、バカバカしいったらありませんわ」

 そのことばは。
 諦めたというよりは、それでいいじゃないかとケルマが思っているのだということを、感じさせてくれた。
 だから。ミニスを筆頭にして、全員の表情が明るくなる。
「……せいぜい、見放されないようになさいな」
「そんなコト、たとえ世界がひっくり返ったってありえないわよ!」
 事実として戦いの終わりとなるケルマのことばに、ミニスが軽口で返している。
 それでようやっと身体の力が抜けて、はその場に身体を起こしかけたものの、ずずっとへたりこんでしまった。
 パッフェルも、なんだか苦笑に似た表情を浮かべてケルマの方に視線を送っている。
 雇い主が戦意を失っているのだから、自分がこれ以上戦う理由もないということか。
 視線はあちらに向けたまま、パッフェルが小さな声で云う。
「あなたのひかりが見れませんでしたね」
「見なくていいです」
 っつーか本人がなんであんなもん出せるのか判ってないんだから、もしここで出して、他の誰かに見られてみろ。つっこまれたって、説明なんか出来ないぞ。
 余計な悩みのタネは増やさないほうがいい。むしろ増えるなこれ以上。

 考えることは多すぎる。
 まだ判らないでいることは多すぎる。
 この手に在るひかりのコト。
 まだ思い出せないでいることも多すぎる。
 黒の旅団を思うときの、遠く懐かしい思慕の気持ちの理由。

 まだ、あたしはあたしを知らずにいるね。

 それは遠く優しい、だけど哀しい記憶。思い出さずにいるのは、間違いなく自分の意志だけど、それを今の自分は知らない。
 求めているのは、として過ごした記憶なのだけど、もしかしたらそれよりも大きなものを呼び覚ましかねない……知らずの不安が、自覚なしに制限をかけていて。

 それに、なにより。
 あたしは今、ここにいるこの状況を。
 ここにいる、あたしを。あたしは、きっと――


 そんなとりとめのないコトを考えているうちに、ケルマは行ってしまったらしかった。
 パッフェルが、お給金の支払いを求めてそれを追いかけて行った声が、小さく木霊してた気がする。
 それでもぼうっとしていたの頭を、誰かがぽんぽんと、二度叩いた。
「……う?」
 ことばにならないことばを発して見上げたの視界に、ゆっくりと微笑んでいるマグナの姿が映る。
「帰ろうか、
 優しく微笑んで、彼は云った。
 遠く近く懐かしい、あの感覚を思い出させてくれるマグナの表情。
 こんなにもこの人たちのコトを好きになっていたのだと。今更ながら――自覚させられる。
 黒の旅団の彼らに感じるのと同じような気持ちを、今目の前にいる彼らにも抱いているというコトを、思い知らされた。
「……うん」
 そしてもうひとつ、思い知る。
 この気持ちこそが、自分を動かす力なのだと。
 この人たちが大好きで、あの人たちを大好きな、自分の気持ちが。道を選んできた拠であり、先を選ぶ標であり、そして、力なのだと。
 ……好きだ。大好きだ。本当に。何も誰も、何より誰より。
 マグナの手をとりながら、心の中で祈る。願う。――叶う願いにしてやるんだと、自分を鼓舞した。

 絶対に。みんなで、しあわせに……大好きな人たちで、しあわせに。

 とか、奇妙に神聖な気持ちになったのも束の間だった。

「あー! また兄さんだけ抜け駆けしてるー!!」
「うわっ!? トリスちょっと待てっ!」
「だぁぁぁ、兄妹揃って乗っかるなー!! ハサハも便乗しない! レシィうらやましそうに見るな、バルレル楽しそうに眺めてるんじゃない、レオルド主を止めなさいー!!」

 やっぱり最後はこうやってオチるわけですか……?

 嵐のみっつめが終了して、のまわりに小型の嵐がいくつか出没し始めたのを機に、本日日中の騒動はとりあえず、幕を下ろしたのだった。

 ……一応はな。


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