今度こそお店の手伝いに戻らなければいけないらしいユエルを見送って、一行は道場に輪になって座り、金の派閥での顛末を拝聴していた。
「――と、いうわけでね。最低豊漁祭とその後始末とか終わるまでは、街の人たちのためにも今回の件は内緒にしておくことになったの。だからみんなも秘密にしておいてね」
こっくりと頷く一同。
ちなみにリューグはやっぱり疲れていたのか、「急ぎじゃないなら、あとで誰か説明してくれ」とことばを残して部屋に引っ込んでいた。
アメルとロッカは彼の看病のために――というのが表向きなのだが、やはりイロイロと話したいコトもあるんだろう。
「そっかぁ……豊漁祭かぁ」
こんなときだと判ってはいるのだけど、お祭と聞いてなんとなくわくわくしている。
いややっぱり、こういう楽しいコトがあるっていうのはすべからく、たいていの人間がわくわくするものでしょ。
「それから、ね」
ミニスと一緒に派閥に行っていたトリスが、付け加える。
「ファミィさんから親書を預かったの。金の派閥の議長から、蒼の派閥の総帥に……だって」
「なんだかお母様がみんなを利用してるみたいで、私はあんまり好きじゃないんだけど」
懐から取りだされた、何やら立派な封蝋のほどこされた文書を見て、ミニスがちょっとだけ顔をしかめて云った。
だけどミニスはファミィの娘だし、トリスとマグナとネスティは蒼の派閥に属している。
手紙の運び役として、これ以上の適任もないだろう。
それは判っているのか、別に反対というわけではないのだろうけど、ちょっとだけ気持ちが追いつかないらしい。
「えっと……じゃあ、アグラお爺さんトコより先にゼラムに戻るの?」
ふと、気になって問いかけてみたけれど。
「どうせゼラムに戻る途中に村はあるんだし、ちょっと寄り道していくくらいでいいんじゃねぇか?」
というフォルテのことばに全員がうなずいたことで、とりあえず、当面の行動予定はほぼ決定。
「あ、それとさ」
親書の件を同意した皆に、今度はマグナが告げる。
「……ファミィさんから聞いたんだけど、ケルマさんが、まだミニスを狙ってるんだって」
正確には、そのペンダントを、だけど。
――それを聞いた瞬間――きみょーな沈黙が、特定の人間の上に覆い被さった。
トリスとマグナとミニスは事前に聞いていたからともかくとして。バルレルとハサハ、それから。
いずれも、いつぞやゼラムでケルマと向かい合った面々だった。
いや、ハサハが無口なのはいつものことだけど。
そうして完全にとは行かないけれど、ぎょっとした顔をしたのは、恐らくこの前、ケルマがこの家にミニスを追い詰めに来た時に運悪く遭遇してしまった人たち。
共通しているのは、誰もかれも非常に微妙な表情を浮かべたということ。
そんななか、露骨にヤな顔をしているのはバルレル。
「年上はやっぱり趣味じゃないの?」
真顔で問うトリスに、
「そういう問題じゃねえ」
噛みつきそうな勢いで答えるその原因は、果たしてケルマのせいかトリスのせいか。
いや、
「だいたい、オレぁこの場の誰より年積んでるっつの!」
……がなった、これが、答えだな。
「……いいかげん、白黒はっきりつけたいところじゃねえか? おまえさんも」
なにやら同情を含んだ声で、フォルテがミニスに話しかける。
ミニスは、ちょっとだけむぅっと膨れた。
「私は別に、ケルマと戦いたいなんて思ってないわ。それにこのペンダントは、うちの一族がれっきとした手段でウォーデン家から手に入れたもの……それに」、
シルヴァーナは私の大事な友達だもん。
やっとこの手にある。
やっと傍にいれる。
やっと取り戻せた大切な友達を、どうして再び手放せようか。
ぎゅ、と。
胸に下げているペンダントを大事そうに握り締めるミニスを、はなんだかまぶしい気持ちで見ていた。
大切にしているのが伝わる。何に変えても譲れない、大切なものをミニスは知ってる。
それは――何故だろう。自分の心の琴線に、ささやかにだけれど訴えかける。
「だから、ケルマがそれをとっちゃうっていうなら、悪いけど全力で迎え打ってやるんだから!」
全然『悪いけど』なんて思ってなさそうな声でミニスが云った、そのとき。
「ごめんくださいましー♪」
あっけらかんとした、気の抜けるフレンドリーな、だけどにとってはかなり複雑な感情を呼び起こしてくれる声が、玄関の方から聞こえてきた。
おそらく今日は、モーリン宅にとって二番目に来客の多い日になるんじゃないだろうか。
もちろん一番は、たちがこの家に転がり込んできたときだ。
とりあえず解散ということにして、家の主として客を出迎えるべく玄関に向かうモーリンの後ろから客を覗き見て、やっぱり複雑な気持ちになりながらは思った。
にこにこと笑っているのは、オレンジのメイド服を着た女性。
長い茶色の髪をひとつにまとめて、ちょっと身体の線が出すぎだけど動き易そうな格好の。
パッフェル。
もう随分と前のような気がする。
スルゼン砦で遭遇し、と剣を交えて行った戦うアルバイターこと彼女だった。
――もっとも、以外の人たちは、ただのメイドさんとかアルバイターさんとしてしか認識していないのだろうけど。
は律儀に約束を守っているから、今でもパッフェルの正体(?)はしか知らない。
だから、トリスなんか無邪気に、スルゼン砦以来逢っていなかったパッフェルの無事を素直に喜んでいたりする。
「パッフェルさん! 無事だったんですね!?」
「はい、おかげさまでー。でも金庫は見つからなかったんですよねー」
にかまけていなけりゃ、もしかしたら見つかったかもしれないぞ。
「で、今日は何の用だい?」
「ええ。ちょっとある方から伝言をお願いされましてですねー」
「パッフェルさん、それもアルバイトですか?」
『あなたの伝言お届けいたします』とか。
けっして本気ではなかった問いに、
「そんなのあんまり稼ぎにはなりませんよー、いえ心づくしは頂きましたけどー♪」
と、パッフェルは笑って返す。つわものめ。
そして彼女はこう続けた。
「ケルマ・ウォーデン様からなんですけど」
…………
噂をすれば、なんとやら?
なんとも云いようのない表情になった一行を、その理由を知らないパッフェルはきょとんとして眺めた。
が、ともあれ自分のお仕事を果たすのが優先、とばかり、再び笑顔になって一枚のメモを取りだしたのである。
それは、本日みっつめの嵐の予感。
そして夕暮れのファナンの街。
豊漁祭が今夜に迫っているせいか、あちこちが雑然とした雰囲気の街の中央にたちはやってきた。
パッフェルの持ってきた、ケルマの伝言はこうだ。
今度こそ決着をつけるために、今日のこの時間、この場所で待つと。
とりあえず、まだ本調子でないリューグと、ついでにロッカとアメルを留守番においた一行は、えっちらおっちらこの場にきたわけなのだけど。
「……待ってないじゃん」
身もフタもないツッコミを入れたを、あわててマグナが後ろから押さえた。
「、それは禁句っ!」
「年増とおんなじなの?」
そうして繰り出される質問に、逆にマグナが撃沈する。
ゼラムでの一件を覚えているトリスとバルレルが、なにやら含み笑いを洩らした。
「それにしても……今回でいい加減終わりにしたいものだな」
多少ならずともうんざりした顔でネスティがつぶやいている。
他の数名も、なんとなく似たような表情。特にミニスなど、話している最中にピンポイントで呼び出しをかけられたものだから、かなりげっそりした顔をしてるし。
あぁ、今になってもケルマの高笑いが思いだせる自分がちょっとうらめしいです。
記憶喪失の癖に、要らんトコロで発揮される記憶力が心底恨めしくなった今日この頃。
そうしてそういうコトを思い出した時に限って、
「ほ〜っほっほっほ! よくぞきましたわね、チビジャリ!!」
……ほーら、ピンポイント。
いつぞやも見た、金の鎧に身を包んだ兵士たちを引き連れたケルマと向かい合うたち。
どうでもいいが、ファミィ・マーンが引き連れていた兵士たちも金色の鎧だったから、彼らは恐らく金の派閥に仕える兵隊たちなんだろうけど。
そういう公の機関をさ。ここまであからさまな私闘に、使ってもいいのだろーか。
自信たっぷりに「いいに決まっておりますわ!」とか返ってくるのが目に見えて、結局訊きはしなかったけど。
「今日こそ、決着をつけてさしあげますわよ!」
みょーにハイテンションな声も、でっかいガントレットも健在。
そういえばこの人、こないだ逢ったときそれを付けてファナンの街を疾走したんだよね……?
召喚師のくせに体力あるじゃないか。
ネスティに見習わせてやりたいかもしれない。
「……なんだ?」
「なんでもー」
どうでもいい会話をしているうちに、ミニスとケルマのにらみ合いも始まっていた。
「ケルマ殿……先日拙者が申したことは聞き入れられなかったようでござるな」
どっこい、意外なことに、先陣をきったのはカザミネだった。
そういえば、ケルマがミニスと決闘したとき、トリス&マグナと一緒に立会人として現場にいたらしいから、そのとき何か話していたんだろう。
……惚れられた、らしいしね?
いまいち信じられないでいたけれど、カザミネのことばに頬を赤くしているケルマを見て、あー、と納得。
「私も、愛するあなたとは戦いたくなどありませんが……」
うっわぁ、乙女だ。
「ですがウォーデン家の当主として、ここは退くわけには参りませんの」
思いっきり爆弾発言なケルマのことばに、カザミネはずざざぁっと退いた。50メートルほど。
「だだだだだ誰が愛しておると申すか!!??」
「もちろん、私がカザミネ様、あなたをですわ……」
ケルマもけっこうな美人さんであることに間違いはないので、ああやってしなを作って大人しめな風情だと、ぐっと来る人はくるように思える。
彼女にはあまりいい思い出のなさそうなこちらの男性陣はちょっと遠い目だけど、道行く人たち、もとい野次馬のなかにはケルマに惚れ惚れとした視線を送っている人もいる。
もっとも、そのケルマは、カザミネしか視界に入っていないようだが。
どうしたものかと思っている一行のなかから、すっと、一人がケルマたちの近くに進み出た。
は、意外な気持ちでその人を見る。
「カイナさん?」
ミニスも不思議に思ったのか、それのにじんだ声音で彼女に呼びかけているけれど、彼女はそれさえ聞こえてない様子。
そんなエルゴの守護者は、昼間アメルがリューグをひっぱたいたときに見せたような笑顔を鮮やかに浮かべて、ひとこと、云った。
「……カザミネさん」
「かっ、カイナ殿っ!? これはその、つまり……ッ!!」
カザミネとしては不本意なこの状況を弁明しようと必死なのだろうが、いかんせん、あの慌てぶりがどうにもこうにも怪しさ大爆発という感じ。
カイナもそう感じているのか、一転して眉根をよせると、
「不潔ですっ」
すっぱりきっぱり、云い切った。
「…………!!!!」
カザミネ撃沈。かと思いきや、
「か、カイナ殿〜〜〜っっ!!」
「知りませんっ!」
すたすた、どこぞへ歩き去ろうとするカイナへすがり、振り払われている始末。
は頭を抱えた。
「ああぁぁ、なんかえらい方向に話が進んでるよ―な……」
そもそも自分たちがこの場所に来たのは、今度こそ正真正銘ミニスと決着をつけようとしているケルマに呼び出されたせいだというのに。
なんなんだ、目の前で繰り広げられている愁嘆場は。
一同のあきれ返った――もとい、冷たい視線に気がついたケルマが、はたっと三角関係から抜け出してきた。
カイナとカザミネは……もう何も云うまいて。
「って、ケルマ。こんな街中で決闘なんて何考えてるのよ? 無関係な人を召喚術に巻き込んじゃったらどうするつもり?」
話を進めようと、ミニスがとりあえずの疑問をケルマに投げかけた。
それはもっともな疑問である。
何しろ、ミニスもケルマも召喚師。しかもお互い、それなりの実力者。
決着というからには、やはり双方全力での戦いになるわけで。そーなると召喚術の使用っていうのはまぬがれないわけで。
だが。
「ほーっほっほっほ! それくらいの制御も出来ないつもりかしら? マーン家のチビジャリは!?」
「やってやるわよそれくらいっっ!!」
「……火に油ってのはこのことだな」
ぼそりとレナードのツッコミが入る。
飄々とした彼の横に立っているシャムロックなど、妙齢のご婦人の暴走っぷりに目を点にしている始末だった。騎士団純粋培養の彼には、刺激が強すぎたのかもしれない。
……まぁ、これも貴重な人生経験ってコトにしてもらおう。
「ていうか……今まであの人、あなたたちに勝ったことないんでしょ?」
「ゼラムでは勝ったし、こないだの決闘じゃ大騒ぎでそのまま流れたしね…一勝一引き分けってトコかな?」
ケイナのつぶやきに、トリスが指折り数えて答えている。
プライドを刺激するそのことばを、当然ケルマが聞き逃すはずはない。
背景に燃えさかる炎を発生させながら、ビシィッ! とこちらに指をつきつけてきた。
「今日はこれまでのようにはいきませんわよ! なんといってもこの日のために助っ人を用意したんですからねッ!!」
自信満々のケルマの様子に、ざわっと一行に緊張が走った。
仮にも、ウォーデン家は召喚師の一族。かつ名門。となれば、それなり以上の財力を保有しているだろう。金に物を云わせれば、闇の世界の一流どころをかき集めることも難しくないのかもしれない。
「……厄介だな」
「ここまでやるってぇと……本当に本気ってワケかぁ?」
ネスティのつぶやきに重なって、バルレルの険しい声が響く。
そうして、ケルマは高々と腕を持ち上げると、大きく宣言した。
「さあ! 出番ですわよ!!」
そして、夕陽が鮮やかに照らす道ばたへ、新たに現れる人影ひとつ。
「はいはいはーい、どうもどうもみなさん、またお逢いしましたねー♪」
………………………………
「「「パッフェルさん!?!?」」」
全員の合唱になった。