掛け布団のせいで、見えるのは顔だけだった。
けれど、その顔でさえ、あちこちに貼られたばんそうこうや、それを貼るまでにはいたらないけれどまだ生々しいかさぶたが複数。
きっと布団の下のほうは、こんな比じゃないのだろうと想像出来た。そうして、どっと押し寄せてきたのは大きな後悔。
行かせなきゃ、よかった。
こんなに傷だらけにさせるくらいなら、あのとき止めておけばよかった。
――そんなコトしても、たぶん無駄だったのは、直接あのとき話した自分がよく判っているけど、それでも。
なんでこんな無茶、するかな。バカリューグ。
自分のことを棚にあげ、は深くうつむいた。
「……だいじょうぶですよ。傷は多いですが、致命傷の類はありませんでした。どちらかというと、眠りつづけているのは疲れが大きいせいでしょうね」
安心させるように頭をぽんぽんと撫でながら、シオンがリューグの枕もとに膝をつく。
「ゼラムまで買出しに出た帰りに、街の近くで彼が倒れていまして……とりあえず、こちらで保護させていただいたんですよ」
「どうして、あたしたちの連れかもしれないって思ったんですか?」
事情を説明してくれるシオンに、リューグを起こしてはいけないと思って小声で問いかけた。
リューグに逢っていないまでもロッカに逢っていれば、双子だと判ったかもしれないけどそれはないし。
拾ったときが、初対面のはずなのだが。
応えて指差されるのは、リューグの寝ている傍に置かれた彼の荷物。――に、ゆわえつけられている、銀のペンダント。
「一度見たきりですが……あなたのものですよね?」
こくり。頷くことしか出来なかった。
預けておいて良かったと心底思った。そうでなかったら、シオンはもしかしたらリューグを身元不明者と思って街の保護機関とかにつれていったかもしれないから。
ただの客の連れにそこまで親切にしてくれることに、まず感謝を抱いた。
それから、ペンダントに気づいてくれたことにありがたく思った。
「……ありがとうございます」
「いいえ。お客様のお役に立てて光栄です」
そんな義理っぽい返事だけれど、シオンの笑みはとても優しかった。
彼から視線を移動させ、もう一度、眠っているリューグを見る。
傷だらけ。寝顔にも、疲れがありありと見てとれて。
「……リューグ……」
思わず名前がこぼれて、そのまま彼の頬に手を添えた。
伝わってくるぬくもりに、安堵する。
がんばったんだね。
リューグのやったことの結果はまだ判らないけど、きっといい結果が出てるよね?
がんばったんだね。
大切なアメルのためだから、こんなになるまでがんばれたんだね。
眠り続けているリューグの様子をじっと見ていると、の方が、なんだか胸に迫るものを覚えてしまう。
「だいじょうぶですか?」
そうシオンが問いかけてくれるまで、それなりの時間、固まっていたようだった。
「あ、はい」
再び、こっくりうなずいて笑ってみせる。
怪我してるし、つかれてるみたいだし、それでも。
無事に自分たちのトコロ――いやいや、アメルのトコロと云うべきか――に帰ってきてくれた喜びの方が大きいのも、事実だし。
だから笑えた。
だけど次にまたびっくりした。
「……?」
ぴくり、リューグの頬に触れていた手が、彼の身じろぎを伝えてきたと同時。
自分に向けて発された、ことば。名前。
それは、ずいぶん久しぶりに聞く気がする、リューグの声だった。
「目を覚まされたみたいですね」
シオンの声が聞こえるなか、ぱちぱち、とリューグは数度またたきする。そうして、今自分の目の前にいる人間をようやく確認出来たらしく、もう一度、
「?」
かなりの確信をこめて、そう呼ばれた。
「うん」
うなずくと。
リューグは目を細め、けだるそうにだけど片手を持ち上げて笑う。満足そうに。
「ジジイ――見つけたぜ」
「ほんと!?」
身を乗り出す。その報告をこそ望んでいたのだから当然か。
「ああ……アメルを連れてこいとさ。だから呼びに来たんだが……黒の旅団に見つかってこのザマだ」
そこまで話して、ようやく、の後ろにいるシオンに気づいたのだろう。視線を転じて、それからゆっくりと上身を起こすリューグ。
彼が倒れないように、そっと支えた。
黒の旅団ってことは、もしかしてイオスやルヴァイド、ゼルフィルドにも逢ったんだろうかと思いながら。
でもって戦ったということは、また彼らは聖女捕獲の任務に戻ってきたのだろうかと不安になりながら。
訊くのが怖くて、追究はしなかったけれど。
「アンタがこの手当てしてくれたのか?」
「ええ。お節介だとは思いましたが、どうもさんのお知り合いのようでしたから、放っておくわけにもいかないと思いまして」
にっこり笑って、リューグの荷物を指差しながらシオンが答える。
正確には、荷物に結わえられたペンダントを。
そうしてそれに気づいたリューグが、荷物を自分の横に引き寄せて、ペンダントを解いた。
――りん、。
涼やかな金属音と一緒に、手のひらにひんやりした感触がもたらされる。
「返すぜ」
「うん」
約束したもんね。っていうかさせたしね。
アグラお爺さんを見つけたら返しにくるって。帰っておいでって。
首筋にかすかな冷たさを感じながら、ペンダントを再び首に通した。
どうしてか、そうするとずいぶんと落ち着くというかしっくりくるというか。もらい物のはずなのに、不思議な感じ。
ほんわかした笑みを浮かべているを、リューグはじっと見た。
それに気がついた彼女が、「?」と疑問符を貼り付けて見てくるけど、答えずに。
思い出すのは光。
大平原のど真ん中、いつかの夜を髣髴とさせた光の奔流。
あれはなんだったのかとか。
そのペンダントはなんなんだとか。
いろいろ、訊いてみようと思ったのは事実だったのだけど。
「まあとりあえず、それのおかげで助かった」
「へえ? がんばろうって思った?」
何があったのか知らないは、リューグのことばにそう返してくるだけ。
「ああ。リンリンリンリン風に鳴ってうるせえから、いいはぐれ避けに」
「…………叩くよ?」
「やめろ」
かなり本気なのかもしれない。げんこつ作って脅しにかかるを、笑って制する。
助かった本当の理由。今云ってもたぶん、目の前で笑っているを戸惑わせるだけだろうと思った。
だから今は云わない。訊かない。
そのときがくることがあるなら、きっとそれは、が記憶を取り戻したときだろう。
出来るならそのときに、彼女が自分たちのことを忘れないでいてくれるようにというのが、叶う願いであってほしいものだが。
シオンに礼を云ったあと、とリューグは連れ立って『あかなべ』を後にした。
ついさっきまで昏々と眠っていたくせに、今ではちょっとふらふらしながらも普通に歩いているリューグに拍手を送りたい。
鍛え方が違います、やっぱり。
それでもちょっと心配だったので、彼の荷物はが持っている。
斧も持とうかと云ったけど、やめとけと云われて諦めた。
リューグは普段ブンブン振り回して平然としているけど、それなり以上に重いんだろう。たぶん。
あとは帰るだけ、という気の軽さから、他愛のないことを話しながらのんびり歩いていると、ふと、横から声がかけられた。
「!」
「あ、ユエル」
さっきを案内してくれた獣人の少女が、にこにこと手を振っている。お使いの途中だろうか、買い物カゴ片手に。
ユエルを知らないリューグは、小走りに近寄ってくる彼女に首を傾げた。
「誰だ?」
「ユエルっていうの。ゼラムで友達になったんだよ」
「ふーん」
再度朝のお礼を云って、ユエルと少しだけ話す。
急いでみんなの処に戻らないといけないから、と。ちょっと残念だったけれど断って、また歩き出そうとしたのだけど。
ぐい、と。リューグがの腕を引いて立ち止まらせた。
「な、なに?」
うろたえているに気づいているのかいないのか、リューグは顔を寄せると、耳元でささやいてくる。
「アイツのポケット見てみろ」
「……?」
人様の持ち物をじろじろ見るのは趣味じゃないんだけど、などと思いつつ目をやって。
「――!」
ようやく認識したそれに、どきっとした。
たくさんのものが入ってるんだろう、ユエルの数あるポケットのなかのひとつから、しゃらりとこぼれているペンダント。
ペンダントの先には、緑の石。
その輝きを知っている。
伊達に召喚師一行と一緒に旅をしているわけじゃない。
ミニスが、ソレを用いて誓約を交わしていくのを傍で見たコトだってある。
それは、
「あれ、召喚石じゃねえのか?」
――そう。サモナイト石。メイトルパの輝きを持つ、若草色の石。
緑の石のついたペンダント。
ミニスが必死になって捜していた、友達の召喚獣がいるという、ペンダント?