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第17夜 弐
lll 気分は保母さん lll



 なおも笑っていたネスティと別れて、はとりあえず部屋に向かった。
 途中で、何やら『疲れたときには甘いもの』を実践してお菓子を全員に配り歩いているらしいレシィとばったり。
 いい子だ……
「はい! さんにもどうぞ!」
「ありがとー!」
 両手を広げて待機すると、レシィの抱えた大袋が傾けられて、ざらざらと砂糖菓子が手の中にこぼれてきた。
 落とさないように手で包み込み、漂ってくる甘い匂いにしばしひたる。
 甘いものは苦手なはずなんだけど、レシィのくれたこれは結構いい感じ。
 くどくないし、お砂糖の加工品らしい割には、爽やかな香り。
 ってか、やっぱり疲れたときには身体が甘いものをほしがるってのも、一役買ってるんだろうけど。
「ん」
 と、何やら背後に気配を感じて振り返ったらば。
「…………」
「うわ!? ハサハちゃん!?」
 何やら訴えかけるような目で、を見上げている妖狐の少女がちょこんと立っていた。
「どうしたの? マグナと一緒じゃないの?」
「……疲れたからって、寝てた……」
「あれ? ご主人様たち、金の派閥に行くんじゃ……?」
 が問えばハサハが答え、レシィがいぶかしげにつっこむ。
「……メガネのお兄ちゃんが、『寝ぼけまなこで金の派閥に行くつもりか』って……蹴り起こしてたから…………逃げてきたの…………」
「……蹴……」
 笑っていいのか同情すればいいのか、浮かべかけた笑顔を引きつらせる

 ああネスティさん。さっきまであんなにステキな笑顔でしたのに、今は般若の形相ですか?
 しかも大切な弟弟子と妹弟子を蹴り起こしてますか。
 おまけに寝せてあげる気もないのですか。
 いや、あのふたりの寝起きの悪さはあたしも知ってますから、ちょっと酷だと思いつつもしょうがないなぁとか考えてますが。

 逃げてきたと云うわりに、ハサハは、別に怯えた様子も見せていない。
 人見知りで内気だというのはレシィもハサハもタメはってるが、実際、それ以外、そこらの物事で怯えるようなコトはめったにないのだ。
 っつーかレシィの泣き虫っぷりは、ただ単に荒事が嫌いなだけだろうと、は思っている。
 ハサハなんかぽややんと戦いに出ている割に、けっこう頑張っているし。
 バルレルやレオルドに至っては、戦闘に向いてる性格と性能だし。
 ……で。ふと思った。気づいた。
 が、彼らの心底怯えるような、毛嫌いするようなそんな様子を見たのは、ただひとりの人物と相対しているトキだけだというコト。
 トリスやマグナのように長い時間、この子たちといるわけではないけれど、それでもそれは、考え出してみればかなりの信憑性があるような気がする。

「あー、なんで俺までとばっちりくわなきゃいけねーんだよっ」

 不機嫌そうな少年悪魔の声が、たちの耳朶を打った。
「あれ。バルレル君にレオルド君まで。どしたの」
 軽い足音と重厚な足音で不協和音を奏でながら、護衛獣カルテットの残りふたりがやってくる。
 方向からするに、これもトリスたちの部屋から避難してきたんだろうか。
 問うてみれば、
「あのメガネ、勢いあまってオレまで蹴っ飛ばしやがった……」
 哀れバルレル。
「ねすてぃ殿ノ心拍数ガ異常ニ上昇シテオリマシタ、他ニモ不安定ナ要因ガアッタタメ、トリアエズ捕獲シヨウトシタノデスガ叩キダサレノタノデス」
 レオルド、君は何かが違うぞ。

 なんだか不安げなレシィと、ちょっとだけご機嫌ななめなハサハ、すっごく不機嫌なバルレル、よく判っていないレオルド。

 のまわりに揃った護衛獣たちを見て、少し考えて。
 それから、
「じゃ、みんなであたしの部屋に行こっか?」
「え?」
 お誘いに、真っ先に反応したのはレシィ。
 勢いあまって、抱いていたお菓子の袋をべしょっと潰して空気抜きしている。
 に渡してくれたのが最後だったらしく、中身が入っていなかったのが幸いだった。砂糖菓子はけっこう脆いモノだから、つぶれてしまうとすでにただの砂糖と変わらないのである。
「だって今からマグナたちの部屋に戻っても、たぶんまた叩きだされそうだし。だったらあたしの部屋に行ってみんなで遊ぼ」
「……何、するの?」
「んーと……まぁてきとーに。それこそ昼寝したっていいし」
 特にバルレル君なんか寝てる途中で叩き起こされたから、寝足りなくない?
「おう。足りねぇ」
 どこか瞼重たげにしつつも、ニヤリと笑う悪魔少年君は、まんざらでも
なさそうだ。
「レオルド君も。あたしの入れてもらう部屋、縁側ついてて日光浴できるよ」
「ソウデスカ……ソレナラバオコトバニ甘エテ」
 最初はとんちんかんな答えの多かった(さっきもだが)レオルドだけど、このところは打てば響く返事。
 学習、したというのだろうか、こういうのも。
 ……日光浴する機械兵士ってのも、ほのぼのでいいかも。

 たとえばいつか、霞の向こう。

 ――わあ、いい天気!
 ――ソウダナ……
 ――日光浴日和だね、――――

 それは珍しい晴れの日。うっすらかかる雲の合間から零れる陽光。
 空を見上げる自分、傍らに佇む漆黒の、

「――さん?」
「え」

 ふっと、何かが琴線に触れたような感じがしたのだけれど。呼びかけるレシィのことばで我に返った。
「あ、う、ううん? レシィ君も一緒にくるよね?」
「はい!」
 もうお菓子も全部配り終えましたから!
 そう云ってにこやかな笑顔を振りまいてくれるレシィのことばに、はっとして手の中を見る。
 砂糖菓子はつぶれてしまうとただの砂糖。 
 砂糖菓子は溶けてしまうとただの砂糖水。しかもべたべた。
「あー…………溶け易いやつだったのか、これ……」
「バカかテメエは」
 ずぱっと突っ込んでくれるバルレルをはたきたい衝動にかられるが、さすがにこの手では無理だろう。
 けっこうな量の砂糖菓子を封じ込めていたの両手は、妙にベタベタしたものと、ギリギリ形を留めている砂糖菓子の残骸とに支配されていた。
 こうなったら洗い落とすしかない。
 部屋に戻る前に、庭にある井戸で手を洗っていこうと方向転換したの腕を、けれどハサハがつかんだ。
 何だろうと足を止め、見下ろすと、
「……」
 ぺろり。
 ハサハの小さな舌が、の手のひらを舐めた。

 ――うわぁ。

 どーやらさっきの物云いたげな視線は、お菓子のおすそ分けをご所望だったようだ。
 甘いお菓子の味にちょっとうっとりした顔で、ハサハは一心に、の手のひらを舐めている。
 たまに形の残っている小さな欠片を、ぱくっと口に含んでいる彼女の様子はなんといいますか、もう。
 らぶりぃ。
 ってかすげぇかわいい。
 ってかちょっとくすぐったい。
 でも身動きしたら、せっかくなんとなく幸せそうなハサハに悪い気がして、立ち尽くしたままの
 その横から、バルレルが身を乗り出してきた。
「何?」
「なんかコイツ一生懸命だけどよ。コレ美味いのか?」
「んー……どうだろね? あたしもまだ食べてなかったから……」
 ハサハに舐められていない方の手を持ち上げて、行儀悪いかもと思いつつ、ひと舐め。
「……おいしい」
 溶けてしまったのが悔やまれる、ほどよい甘さ。
 これをちゃんと食べれていたら、さぞやふんわりと幸せな気持ちになれたろうに。
 一度やってしまうともういいやという気になって、まだ手に張り付いている欠片のほうを食べようと口を開けた。ら。
 口元に持って行っていたほうの手に、ハサハ側と同じような加重。同時に下に向けて引かれる。
 その勢いで、手が頬にかすって砂糖菓子の一部がぺったり。
 顔も洗わなきゃいけなくなったなと遠い目をしたの視界に、掴んで引っ張った手のひらを見るバルレルの姿。
 ……ちょっと待て、なんだその舌なめずりは?
「ちょっ、バルレル君?」
「味見」

 ぺろり、ぱく。

 ――うわあぁ。

 ハサハはともかく、バルレルまでが仕掛けてくるとは思わなかったこの攻撃。
 普段は散々小憎たらしいとゆーのに、なんでこうかわいく見えるんだ今目の前にいる悪魔君は。
「……いいなぁ……」
 そして、ぽつりと聞こえる声。
「……レシィ君……」
 だけど右手はハサハだし、左手はバルレル。
 砂糖菓子を持っていた手は両方とも、ちびっこ護衛獣の攻撃にさらされていた。
 関係ないがいやあるが、くすぐったいのなんのって。
「レオルド君、ちょっとかがんでくれますか?」
 答えようもなく曖昧な笑みを浮かべているをじっと見ていたレシィが、隣のレオルドになにやら要請した。
 快く承諾したレオルドが、がしょりと機械チックな音を立てて上半身をかがめる。
 よじよじ、大方の予想通り、レオルドによじ登るレシィ。
 何をする気だ、と、さすがに展開の読めないの前に、えへへ、と頬をほんのり染めたレシィの顔が接近した。
「いただきます」
 手を合わせるな。

 ぺろ。

 うああぁぁぁぁ…………

 顔も知らないおとーさんおかーさん、なんか今、ちびっこたちにすげぇ懐かれてます。
 それはそれで嬉しいんですけど、なんでこうも刺激的というかすさまじい状況なんでしょうかっつーか、この子たちの将来がちょっと心配です。
 いや、砂糖菓子が食べたいのは判った。
 ハサハは好きそうだし、バルレルはたぶんからかってる意味もあるんだろうし、レシィは配り歩いてはいたものの自分が食べてはいなかったろうし。
 だけど、だけどさ。

 ほっぺたのトコまで舐めにくるってのはいったいどういうことなんだ。

 さすがにレシィのこの行動には驚いたのか、バルレルが顔を上げ、同僚護衛獣を見やる。
「テメエ、けっこうやるのな……」
「え?」
 判ってない様子のレシィ。
 天然決定。
 ただ単純に、お菓子の味見をしてみたかっただけなのだろう。の両手はふさがれてるし、最後の手段でほっぺたの方に目が行ったのだろう。
 ――けれど。それをさしおいても、と、は思った。
 やっぱりあたしはこの子たちの将来が心配だ。
 トリス、マグナ。きみたちに彼らの未来はかかっている。逼迫と書いてマジに。
「……おねえちゃん……ごちそうさま……」
 ちょっとトリップしているの耳に、ほんわかしたハサハの声が届く。
 見れば、手にこびりついていた砂糖菓子の残骸は、きれいさっぱり舐めとられていた。
 反対側はどうかと見れば、こちらもこちらで、バルレルがきれいにしてくれている。
 頬の方は、もともとちょびっとしかついてなかったから、レシィのひと舐めでとれてしまったようだ。
 ありがとう護衛獣カルテット。何かが違う気がするけどな。
 でもやっぱり、水で洗わないとすっきりしない。
 当初の予定である井戸に向かい、ざばざばと手を洗ってタオルで水気をぬぐう。そしてやっとさっぱり。
 それから改めて、彼らと一緒に自分の部屋へ向かった。
 外見を裏切らない広さのモーリンの家は、やっぱり一部屋一部屋もそれなりに広い。先日は、召喚師4人+がいて充分な広さだった。
 レオルドひとりで面積を占めそうな気がするものの、それを補って他の3人がちびちゃいし。
 わいわいとやりながら、縁側へ移動。
 いちばん日当たりのいい場所は、充電のためにレオルドに譲ってあげて、みんなでわらわらとそれに寄りかかる。
「オイ、テメエ膝貸せ」
「え?」
「コイツの硬い身体によりかかるよか、テメエのほうが枕にちょうどいい」
 その前に、機械と人間を比べるな。
「おねえちゃん……ハサハも……」
「えーと、じゃあバルレル君こっちでハサハちゃんこっちで、レシィ君は……」
「…………」
 さっきの二の舞というかなんというか。とっととふたりに場所をとられて、さみしそうなレシィ。
 は、日に当たって多少あたたまりかけているレオルドの背中にに寄りかかっているから良いけど。
「ちょっとバルレル君、つめてくれない?」
「ケッ、やーなこった」
「……レシィ君……こっち、いいよ?」
「あ、ありがとうございます〜っ」
 ハサハが身体をずらしたおかげで、レシィの膝枕スペースも確保。
「……重クアリマセンカ、殿」
 心配してくれているらしいレオルドの声が背中から振ってきたけれど、気にしないでと笑って答えた。
「あったかいから、いいよ」
「アタタカイ……?」
「そうそう。この子たちと触れてるトコロとか、今君によりかかってる部分とか。あったかい気持ちだから、平気。ていうか幸せ」
「私ノぼでぃデモアタタカイト思ワレルノデスカ?」
「うん」
「……日光ノ」
「じゃなくてね」
 一瞬の躊躇さえせず、そして間髪入れずに答えたを、レオルドはまるでまぶしいものでも見るように振り返っていた。
 もっともその頃には、はすでに目を閉じていたけれど。
「ってかな」
「なーに?」
 不意に発されたバルレルのことばに、目を閉じたまま応じる。
「別に君とかつけねーでいいっつーの。ムズムズすっからむしろやめろ」
「……そうなの?」
「そうだよ」
 それはつまり、呼び捨て許可ってことですか?
「……うん。バルレル」
 なんとなく嬉しくて。なんとなく以上に幸せで。だから、は自然と笑顔のこぼれるまま、頷いた。
 追いうちをかけるように告げてくれた、レシィとハサハのことばもそれを大きなものにする。
「ボクも、レシィでいいです〜……」
「……ハサハも……ハサハって呼んで、おねえちゃん……」
「うん」
殿……」
 ことばを捜しているふうのレオルドを、ぽんぽんと叩いてやった。
「うん、レオルド」
 なんだか、もう、うれしいの満腹。
 対等だと思ってもらえたような、同じラインに立てたような、そう見てくれてるんだと実感できるような、あたたかい感覚。
 護衛獣を持つ召喚師は、みんなこんなふうな瞬間を感じるコトがあるんだろうか。
 それはトリスもマグナもきっと、例外じゃないね。
「ふふっ」
 笑いがこぼれた。
 何がおかしいというわけでなく、ただただ、このことを、とても幸せに感じていた。
「……とりあえず、おやすみ」
 そうしてそれを皮切りに、ひとり、またひとりと護衛獣たちも眠りの誘い手にその身を任せていく。

 最近イロイロあった。
 ほんとーにココロが痛くなったコトもいっぱいあった。

 ……だけど、今は。久しぶりに訪れた、穏やかな時間を満喫しよう。
 たとえすぐにまた、嵐が吹き荒れるコトになっても。


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