さて、改めてファナンに帰ってきてみると、これがまた云いようのない懐かしさを感じるものだった。
別に記憶がどうとかそういう類のものではない。
街をとおってモーリンの家の前に辿り着いたとき『あぁ、帰ってきたんだなぁ』と、思わず安心してしまった、とそういうコト。
目の前には戦争が迫っているし、金の派閥の議長に急ぎ報告に行かなければいけないことに間違いないのだけど。
そう思うくらいはきっと、バチは当たらない。
何となしにじーんとしているの横で、トリスとアメルが
「ただいま!」
「おかえりなさい」
と、元気なコトをやっているのもまた、ほんわか気分に拍車をかける。
何やってんだか、という目でふたりを見ているバルレルもまた、ほんわか気分に拍車をかける。かけさせて。
変わらずに建っているモーリンの家。
考えてみれば、ここを出発して以来、つくづくイロイロあったものだ。
そんななか、変わらずに在ってくれたファナン。
――単純にそれがうれしい。
「」
いつの間にか一部除いてみんな輪になって、「ただいま」「おかえり」を云い合ってたなかから、モーリンがちょちょいと手招きした。
「おかえり」
にっこり、笑ってつげられることば。
「ただいま!」
にっこり、笑って返すことば。
帰ってきたんだなぁ、と思った。
さすがに旅の疲れを残したままでファミィさんに逢いに行くのは失礼だろうと云うことで、ついでに時間的な問題もあるし、全員しばらくモーリンの家で休憩することに決定。
と云っても、逢いに行くのは前回と同じくトリスとマグナとミニス。あと今回はシャムロックも。
トライドラの砦の陥落にともなう、デグレアのファナンへの侵攻の件について進言しに行くのだから、当然の人選。
「ネスティは行かなくていいの?」
「なんでだ?」
それぞれの部屋に行く途中、話しかけてみた。
だって、前回も今回も。
どうせ事情を説明するなら、ネスティが出かけた方が筋道立てて説明できるんじゃなかろうか、と。
トリスとマグナに対してはとてつもなく失礼だが、仲間のほとんどは頷いてくれそうなことを思いながらの問いかけ。
そんなの考えが伝わったのか、ネスティはかすかに口の端を持ち上げて、
「あくまでも彼らの見聞の旅だからな、これは。彼らに出来ることは彼らにやらせたほうがいい」
「……ふーん、そういうもの?」
「それに、その方がいろいろと得るものも多いだろう?」
「へえ……」
納得は出来るけど、これはあの兄妹の見聞の旅なのだと、まだネスティが認識していることにちょっと驚いた。
いや、だって、普通の見聞の旅っていうのはさ。もっと平和だったり使うのは体力じゃなく頭脳だったりでさ。戦争に巻き込まれたりエルゴの守護者に遭遇したりなんて、しないんじゃないか?
たとえば、そう、各地の有名どころ召喚師にご挨拶に行ったり、道なき道を越えて精神を鍛錬したり――
って。
逢ってるな……有名どころかは判らないけど、相当の実力者っぽい召喚師三名様。
極限状態が多いから、精神の修養にもなってるんだろうなきっと……
でも、それ、何かが間違ってるような気がする。
「も行ってくるか?」
「え?」
急に自分の名前を出されて、いったい何事かと見上げれば。
「君も記憶がない分、そういうのにはうとそうだからな……勉強になるかもしれないぞ」
「……いや、いいです」
ファミィさんって、優しそうな人だし実際そうなんだろうけど、は彼女がちょっと苦手だ。というか怖いというか。
いつぞや海賊騒ぎのときに感じた得体の知れない威圧感と、それにこないだマグナはミニスをかばって電撃をくらったらしいし。
……正直なトコロ、気乗りはしない。
とまあそんなコトを数秒の間に考えて、眉をしかめたを見て、ネスティが笑う。
「……何がおかしいですか」
むぅっとして問う。
「いや……わかりやすいな君は」
「トリスやマグナほどじゃありませーん」
「はは、悪かったよ」
とか云いながら悪びれた様子もなく笑うネスティを見ているうちに、ひょっこりと悪戯心が顔を出す。
「ネスティってさ」
「うん?」
にっこり笑って、は云った。
「なんか、あのふたりのお母さんみたいだねっ?」
意外に昔は、あのふたりの破いた服とか繕った過去があったりして?
「…………な…………!?」
固まってしまったネスティを、しばし観察。
反論が返ってこないトコロを見ると、どうやら繕い物は図星のようだ。
「だ……誰が母親だッ!?」
「ネスティ。」
ようやくのことで搾り出された彼のことばに、刹那さえも間をおかず、すっきりさっぱりどきっぱり。
云い放てば、ネスティはますます動揺して。口をぱくぱくさせるだけ。
ああ楽しい。楽しいが、
「でも、そういうの良いね」
さすがにちょっとやりすぎたかなと反省して、フォローすべく話しかけた。
話の方向転換に珍しくついていけない様子のネスティは、何か云うのを諦めたのか、視線で先を促してくる。
「それだけ、マグナとトリスが大事なんだよね。ネスティは」
応えて続けると、メガネの向こうで、ネスティの目が丸くなった。
何を云われたのか判らないといった類のものでなく、どうしてそれが判るんだと云われているような。
だけど、それは愚問だ。察しの早い彼にしては、珍しく。
兄弟子として当然という以上に、ネスティがトリスとマグナを見ている目は優しい。
派閥の先輩後輩という以上に、守らなければと思っているのがたまに見える。それが、見ようによっては母親のそれに通じるだけ。
「……やっぱ母親決定?」
「違う。」
ぽつりつぶやいたのことばにコンマ以下で反応し、
「……それを云うなら、だろう?」
ようやっと自分を取り戻すことに成功して、ネスティはいつもの表情に戻った。
苦笑と一緒に告げた彼のことばに、は首を傾げている。
「どして?」
「トリスとマグナがあそこまで開けっぴろげに懐く相手というのは、君がはじめてなんだぞ」
ラウル師範も自分も、最初は結構怯えられた。
自分たちの属する蒼の派閥が、ある街で魔力を暴発させたふたりを連れてきてずいぶんと厳しい詰問をつづけたからだろう。ネスティが見ていたわけではないが、一室から零れる声は、彼にも怖れを感じさせるものだった。
だからだろう。数日は、ふたりでずっと部屋の片隅に固まって、食事さえとろうとしなかったのだ。
そんな彼らがやっと笑ってくれたとき、師範がどれだけ安心した顔をしたか覚えている。
……そしてたぶん、自分も。
うーん。は首をひねる。
たしかに、懐かれてるなーとは思う。
特にマグナなんか、たまにわんこにさえ見えてしまうコトがある。かわいいからいいけど。
だけど。
懐いてくれるのはうれしいけど、その理由は判らない。
安心できる、とか。あたたかい気持ち、とか。トリスとマグナは云うけれど。
むしろ、それはのほうが、みんなから貰ってる気がするものだから。
なんていうんだろう。この暖かい想いと優しい気持ちは。
なんていうんだろう。ずっと昔から心にあるような気がする、この気持ちは。
「……?」
この気持ちをつきつめてみようと思考をこらしかけた瞬間、ネスティの声で我に返る。
危うく人様の前でトリップするトコロだった。
「あ? うん、なんでもない」
ネスティが何かを云う前に、あはははっと笑って両手を顔の前で振り回し、うやむやにしてしまおうともくろんでみたり。
「……やっぱりおかしな奴だな」
「あぁっ、また云う!?」
もくろみ成功したのはいいけど、今の行動は、ネスティにますます『おかしな奴』な確信を深めさせてしまったらしい。
どこか呆れた彼の声に、はふてくされて黙り込む。
もっとも本気でないのがバレバレなのか、ネスティも別になだめようとは思わないらしく、くすくす笑っているばかりだった。
はたから見れば、聞きワケのない妹と面倒見のいい兄にでも見えるかもしれない。なんて、他愛のないことを考えてしまう。
考えて、それから改めて思った。
ああもう、あたしやっぱりここの人たち大好きだ。
そしてふと、この場にいないひとりのコトが急に気になった。
トライドラで、ロッカとアメルと話していたコトを思い出す。
捜しに行こうねって。
報告が終わったら、そうしようねって。
事態が予想もしない方向に転がったものだから、まだ、それはかなってない。
どうしてるだろう。元気でいるだろうか。いや、その前に無事でいるんだろうか。
こうまで気になるのは、もしかして、そのときすでに予感があったのかもしれない。
――まぁ、やっぱり過去を振り返ったときの気持ちのこじつけとか云われたら、それまでなのだろうけど。