考えてみれば、傍目にも従者とは思えない一行を王城に招きいれてくれるのだから、トライドラの領主という人はとっても懐が広いのか、それとも大雑把なだけなのか。
もちろん、そんなコトを口にしたらシャムロックに苦い顔させそうな気がするため、というか確定事項だな。ともあれ、一行は失礼にならぬ程度の会話を交わしつつ、城内へと案内された。
だが、実はあんまり、今の雰囲気にいい気分もしていない。
まず、門でのことだ。一行を案内するために迎えてくれた兵士たちの沈黙は、あんまり歓迎されてないんじゃないかと邪推するには充分だった。
次に待合部屋に着いても、その態度は変わらない。だもので、邪推がいっそ確信にさえなりそうだ。
「……あたい、こーいうの苦手なんだよ……」
実はこちらも結構うんざりしていたらしいモーリンが、しかめっ面でに声をかけてきた。
「というと?」
「なんか妙に見張られてる気がしてね……あたい下町育ちだからさ、礼儀とかなってないんじゃないかって、余計なコト考えちまって」
そんなコト云ったら、今この場でまともに領主に対して礼儀が払えるだけの人間は、果たしてどれだけいるのやら。
ネスティ、ミニスは楽勝ぽいけど、トリスとマグナは苦手なような気がする。ケイナは記憶がないけどそういうのは心得てそう、カイナは元から丁寧だ。
レシィも礼儀正しいけど、人見知りが先に立ちそうで、ハサハも以下同文。レオルドはぎりぎり? バルレル問題外。
それから――
「……だいじょうぶだと思うよ」
しみじみと周りを見渡して、は、ぽんっとモーリンの肩を叩いてやった。
だいいち、あたしだって記憶喪失だかなんだかでそういう領主様への謁見態度なんて欠片も判りませんわな。
「ていうか、この静けさが逆に異常なような気がするんだがな、俺様としては」
途中から会話を聞いていたらしいレナードが、タバコのない手元を所在なさげにひらひらさせながら参加してきた。
一応こういう場だから控えているのかと思いきや、買い置きするのを忘れてたらしい。
……肝が据わってると云っていいのだろうか、こういうのは。
「向こうの世界で何度かVIP……重要人物の警護をしたコトがあるんだが。なんていうか……まぁ、これがこの世界のやり方ってんなら、俺様には何も云えねえけどよ」
単語の意味を訊く前に、きょとんとした顔のとモーリンを見て、レナードは判りやすく云いなおしてくれる。
とどのつまりは、彼もなんだか落ち着かない、というコトか。
そうと判ると、周りのみんながどことなくそわそわしてるのは緊張のせいかと思っていたけど、同じような違和感を感じてのものだったりするんだろうか。
バルレルなんか「辛気臭すぎて食える感情がねぇ」とかふてくされてる始末だ。でもってトリスにどつかれてる。
いや、これは違和感とは関係ないけどね。
だけど。
……嫌な予感がするなぁ……
いつか過去形で思った感情が、今度は現在進行形での心に浮かび上がる。
形態こそ違えど、落ち着かない感情には違いない。
ついでに云えば。
外れてほしいそういうものに限って当たってしまうことも、また、違いないことだったり……する。
覚悟を決め、予感を突き詰めて考えてみようかと思った矢先、がちゃりと扉が開く音がした。
その方向に目をやれば、領主のもとへ行っていたらしい案内の兵士がひとり、なにやらシャムロックに話しかけているところ。
数度頷いたシャムロックが、くるりと一行に向き直り、謁見の準備が出来たと告げた。
そこは、他の部屋とは明らかに造りの違う空間だった。
入り口から玉座まで、真っ直ぐに敷かれた、きれいな赤い絨毯に、両脇に整然と並べられた鎧や槍、剣は、騎士国家を象徴しているかのよう。
立ち並ぶ兵たちさえも、どことなく荘厳とした雰囲気で。
それだけで、たぶん一般庶民のとしては、気後れしてしまいがちだったのだが、いやいや負けてなるものか。そう気合いを入れて、一行とともに正面へ歩いていった。
ある地点でシャムロックが立ち止まる。
彼が一段高くなったその場所を見上げるのにつられて、も目を上げた。
玉座に悠然と腰かけているのは、円熟した壮年というもの以上の凄みを感じさせる男性。どことなく、ファナンの街で出逢った金の派閥の議長を思い出させる。
何かの長というものは、似たような雰囲気を持つものなんだろうか。
自分の決断が、自分の決断を受け入れる人々の命運を左右することを知っている、そのすべての責を負う、覚悟を知っている。そんな目……
「……?」
ふと、違和感。
だけど、それ以上、領主――リゴールを見上げたままでいることは出来なかった。
「ご無沙汰しております、領主様」
シャムロックがそう云って膝をつくのを見、含め、一同あわてて膝を折る。
「そう改まらずとも良い、火急の用件なのだろう」
その外見にふさわしいと思える、重厚な声が頭上から。
それに促されて、膝はついたままだけれど顔を上げた。
シャムロックが一歩前に進み出て、スルゼン砦とローウェン砦が全滅させられたこと、その背景にはデグレアが関っているらしきことを告げる。
それから、聖王国との戦争のために、アメルの身柄を彼らが欲しているだろうということを。
相変わらず、『何故』アメルを――聖女の力を欲するのかは判らない。
どんなに考えてみても、それは推測の域を出ないものだから仕方ないと云えば仕方ないのかもしれないけど。
これまでに数度遭遇した彼らに訊いてみれば早かったんじゃないかなあ、と今さら思っても後の祭りと云いますか。
ガレアノとかビーニャは聞く耳持ってなさそうだが、ルヴァイドやイオスなら案外話してくれそうだ。……今度訊いてみようか。
とか考え込んでいるうちに、シャムロックの報告及びそれぞれのことばは出尽くしたらしい。
気づけば、沈黙がその場を包んでいた。
……っていうか領主様、何か反応してくださいませんか……?
戸惑っているのはだけではなく、シャムロックもだ。
今後の展開や指揮、それからあまり聞いて嬉しい類ではないが、砦を失ったシャムロックの処遇とか。云うコトはありそうなものなのだが。
……ふと。気づく。
街で、待合室で。それから、さっきほんの一瞬、感じた違和感が再び、に忍び寄っていた。
「リゴール様……?」
とうとう痺れを切らしたのか、シャムロックがいぶかしげに声をかけた。
けれど、ことばとしての返答はなく。
「…………ククッ」
微妙に顔を歪めて、領主リゴールは、笑いともうめきともとれる声をこぼす。
の視界の端で、カイナがかすかに眉をひそめた。
「何がおかしいのですか……?」
なお怪訝な顔でシャムロックが問いかける。領主への疑いなど微塵もなく、ただ、いったいどうしたのだろうという戸惑いがそこにあるのみ。
「聖女、ですか」
「っ!?」
それまで何も感じなかった玉座の陰に、瞬時にして、気配がひとつ出現していた。
領主の声ではない。当然たちのうちの誰かでもない。
この場にいるべきはずのない、第三者の声と気配。
「――誰だ!」
領主の前の無礼はこの際かなぐり捨てて、全員が一気に立ち上がり、体勢を整えた。
ゆらり、まるで陽炎のように、黒い何かがそこに出現した。その何かからにじみ出るように、現れる人影。
「そこの聖女が本物であるなら、ワタクシは労せずして、あのお方の望む鍵をひとつ、手に入れるコトになるのですなぁ……」
悠然とした、勝ち誇ったような笑みさえたたえ、その者は告げた。
――既視感。
異常な顔色の悪さとか、見た目悪人だろうとか、思わずセンス疑っちゃいそうなその服装とか。
いや、そーいう変なトコロへの既視感はおいといて。
「おまえっ……!?」
腰の剣に手さえかけて、マグナが誰何する。その結果は判りきっているけれど。
こんなトコロまで。こんな場所まで。いや、どうしてトライドラの領主の間近に、あいつらに連なる存在がいるというのか。
イヤな予感。ヤな感覚。
往々にして、そんなものばっかり良く当たる。
当たってほしくなんか、絶対にないけど!
「ワタクシはキュラー。貴公たちのことは、同輩より耳にしておりますよ」
スルゼン砦でガレアノを倒し、ローウェン砦ではビーニャを退けたご活躍とのこと……
「ガレアノやビーニャの仲間か!」
「おまえさんも、デグレアの手先ってわけかい」
続けざまの問いは、すべて肯定の頷きにより返された。
ついさっきまでは静寂に満ちていた謁見の間を、またたく間に敵意と殺気が染め上げる。
「リゴール様、こちらへ!!」
大剣を構えたシャムロックが、領主の安全を確保しようというのか、玉座までの段を一気に駆け上がり、キュラーから少し離れた位置に腰かけている領主に手を伸ばした。
だが。
――バシィッ!
「うああぁぁっ!?」
「シャムロックさんっ!」
差し伸べた手は、不可視の力によってはじかれる。シャムロックの身体ごと。
先日ほどの衝撃はなく、うまく受身をとって着地したシャムロックが、驚愕の目で領主を見た。
それはたちも同じコト。
トライドラの騎士であり、己の部下であるシャムロックの手を拒み、敵だと明言されている者の傍に、何故領主が留まる必要があるのか。
「……クックック……」
ビーニャの高い笑い声とは違う、だけど勘に障るトコロは同じキュラーの笑いが場に響く。
イヤな予感。
というか、すでにそれは確信。
ただ一人、信じられないでいる――いや、信じたくないのだろう。呆然としているシャムロックを除いて、全員が戦闘態勢をとった。
「領主殿に何をした!?」
カザミネの厳しい声が飛ぶ。
「ワタクシは、他のふたりよりも少々勤勉でしてな」
対するキュラーの答えは、答えになっていないような抽象的発言。
何を云っているかと、おそらくそういうことを問おうとしたのだろう、ネスティが口を開きかけたとき。
「ぐゲがアぁァッ!!」
――絶叫。