「はいはいはいー、大勢が見てるなかでいつまでもベタベタしなーい」
ぐいっ、と、ミニスがとマグナの間に割って入る。
「あー、何すんだよ?」
「大人げないわよマグナ。いつまで抱っこしてるつもりよ」
とたんに不満そうな顔になるマグナに、ミニスの厳しいツッコミが炸裂。
なんだか、ミニスの方が、よっぽど年上に見える。
目の前、今度はマグナへと呆れた顔を見せていたネスティが、小さくうなずいた。
実は抱きつかれていた間、なんとなくいつかの夜イオスに似たような体勢で腕をまわされてたのがよみがえって、かなり心臓ばくばくだったは、ミニスに感謝して座りなおした。
普段はなんてことないのだけど、意識するととたんに鼓動がでっかくなるのはどうにかしたいものなのだが。いやどうにかしよう。決心。
っていうか自然な反応だろうと誰もつっこんでくれないから、の要らん決意はまた膨らむ羽目になるんだが、それは別の問題。
「それにしても、シャムロックさんどうなんだろうね?」
今度はトリスの抱きつきを食らいながら、はぽつりと、たぶん皆がいちばん気になっているコトを口にする。
いや、だいじょうぶだろうとは思ってるけど。
心の傷が心配と云っていた、アメルのことばがちょっと引っかかってる。
「傷のほうは、アメルも云ってましたから、もう大丈夫でしょうけど」
答えたのはロッカ。
同じように、精神的な傷ということばが気がかりなのか、ちょっとだけ表情は暗い。
うーん、と。全員が頭を悩ませていたときだった。
根本からの解決を彼らにもたらすべく、小屋の扉ががちゃりと開いた。
「おっ!?」
真っ先に反応したフォルテが、がばりと、木にもたれていた身体を起こす。
続けて、も含めた全員がわらわらと、小屋に目を向けた。
「シャムロック! もういいのか!?」
「ええ。おかげさまで」
具合を問うフォルテの声に、まだ痛みをこらえているような表情で、でも笑顔を以って答えるシャムロックの姿に、ほっと安堵の息がもれた。
その後ろから、アメルとモーリンが姿を見せる。彼女たちの表情も、もうだいじょうぶだと云ってくれているようで、それでまた安心。したのだけど。
「それよりも……」
続けられた彼のことばに、また、重い空気がのしかかる。
「砦は……ローウェン砦はどうなりました? 私の他に生き残った者は……?」
「…………」
すぐに解答できる者はおらず、一瞬だけ沈黙が舞い下りる。
「すまねぇ」
それを破って、フォルテが頭を下げた。声ににじむのは、恐らく悔恨の感情。
そのひとことに、シャムロックもすべてを悟ったらしく、視線を落とす。
「……ダメ、でしたか……」
やはり、と、付け加えられたことばは、ほとんど呼気。
「全滅、と判断するしかないありさまだった」
淡々とネスティが告げる。
「正直、シャムロック殿を連れて逃げるのがやっとでござってな」
こちらも己の力不足を不甲斐ないと思っているのか、いつになく硬い声のカザミネ。
けれどシャムロックは、かすかに笑みを浮かべてみせる。
「いいえ、あの只中を無事に脱出出来たのですから……さすがは、フォルテ様のお傍に仕える従者の方々ですね」
「………………」
――――――――――――
――――――――――――――――――――
…………い、
今。
耳が、なんか素っ頓狂なコトを聞いたような気がした。
それがの空耳や幻聴ではない証拠に、周りにいた人たちもすっかり固まっている。
そんななか、ひきつりつつも声を発したのは。
「……フォルテ」
「『さま』〜っ!?」
「あわわぁぁ〜〜〜っ!?!?」
モーリンとケイナのことばに、あわてふためくフォルテ。
それをぽかんとして見ているシャムロック。
「こここいつってば目が覚めたばっかりで頭の動きが今ひとつっぽいみてーだなっっ!!?」
両手をぶんぶん振り回して、なにやらフォルテは必死に弁解している。
だけどそれを否定するのは、当のシャムロック。
「何をおっしゃるのですか? 私ならもう……」
「だわーっ!」
ぼかっ!
「っつ……!?」
急にふるわれたフォルテのこぶしが、シャムロックの頭にクリーンヒット。
さすがに顔をしかめるトライドラの騎士を見て、ケイナが眉をひそめる。
「ちょっとフォルテ。怪我人に何してるのよ!?」
「だいじょうぶだこいつなら! シャムロック、ちょっとこい!!」
「え? は? はい?」
ずりずりずり……
ほとんど強制的にシャムロックを引っ張って、フォルテはルウの小屋へと姿を消す。
残された一同は、呆然とそれを見送った。
そして、ふと、顔を見合わせた。
問。この場にいる全員の風体を述べよ。
回答。
・蒼の派閥の召喚師×3
・その護衛獣×4(ちびっことメカ)
・金の派閥の召喚師(ちびっこ)
・記憶喪失の弓使い兼シルターンの巫女(たぶん)
・同じく記憶喪失の身元不明少女
・聖女
・自警団長
・ファナンの女用心棒
・シルターンの剣客
・エルゴの守護者
・名もなき世界の刑事(変な恰好)
・アフラーン一族の末裔(変な恰好)
「「「…………」」」
先ほどの比でない沈黙が、残された人々の間に舞い下りた。
「……シャムロックさん……だいじょうぶかなぁ……」
とってもとっても心配そうな顔になって、ミニスが小屋を振り返った。
彼の怪我の手当てをしていたアメルとモーリンは、さっきは晴れた顔だったのに、今ではまた表情が沈んでいるし。
「……これは……相当精神的に参ってらっしゃるんですね……」
「無理もないさ。あれだけ激しい戦いだったんだから……」
「けどなぁ……このメンバーが従者に見えるってーのは、かなり重症じゃねーか?」
「心の傷は、身体に負うモノより見えにくいし治りにくい……それに知覚神経、認識力、判断力への影響は大きいからな」
レナードとネスティのことばに、一同、改めて自分たちをしげしげと眺める始末。
問。この場にいる全員の風体を改めて述べよ。
解答。
・蒼の派閥の(以下省略)
「「「…………」」」
静まり返った空気のなか、誰も、何もことばを発せずにいた。
「な、なんだか出て行きづらいですね」
「おい、シャムロック……どーすんだよ」
その頃小屋の中では、フォルテの『説得』終了後、トライドラに行くだの行かないだの問答を繰り広げていたフォルテとシャムロックが、どうしたものかと扉の隙間から彼らを伺っていたのだった。
まぁそのあとすったもんだで全員トライドラまでシャムロックの護衛をするとゆーことに落ち着いたものの、歩きだしてしばらくは、トライドラの騎士に対する憐憫の表情がありありと見て取れたのもまた、疑いようのない事実、だったりする。
教訓。
目に見えるものがすべてではない。……あれ?
そんなこんなでトライドラ。
領主への面会を求めるために、シャムロックと、付き添いにフォルテとケイナが先んじて王城の方へ行き、残った全員は、街で彼らを待つことにした。
すぐに戻ってきますというシャムロックのことばを信じて、街の中央にある噴水を待ち合わせ場所に決めた。
あまり離れないようにしながら、面々、好きな場所に腰を下ろしたり寄りかかったり。
さてどうしようかな?
少し考えて、は、街に入ったときからなんとなく元気のない、アメルのトコロへ行ってみた。
「アメル、元気ないよ? どうしたの?」
すっぱりさっぱり単刀直入に訊いてみれば、彼女の横にいたロッカの方が目を丸くする。
「さん、そんないきなり」
「いや……こーいうのは回りくどく訊いてもめんどくさいだけだと思って」
ふたりの他愛ないやりとりに、当のアメルがくすくす笑う。
「元気がないわけじゃないですよ、。……ただ……」
笑みを消して、ふっと、何かを考えるような顔。
周囲を見渡すアメルの動きにつられるように、もロッカもあたりを一瞥してみたり。
「ただ……なんだか、街に活気がないなって思って。どうしたんだろうって」
云われてみれば。
仮にも城下町とゆートコロなのだから、行き交う人々がいても不思議じゃないし、この噴水は公園設備の傍にあるから遊ぶ子どもたちがいても良いのだけど。
歩いてゆく人は、時折まばらに見えるのみ。
しかも、どの人もどの人も、なんとなーく、静かというか。いや、きっぱり暗いというか。
「たしかに、ちょっと静かすぎるな……」
いぶかしげな声。ロッカもそれまでは気にしていなかったのだろうけど、アメルのことばで気になりだしたらしい。
だけどまさか、道行く人をとっつかまえて、「なんでそんなに暗いんです?」とか訊いたら失礼極まりないだろう。
それにシャムロックだって、今のこの街のコトについて別段何も云わなかったし――
もしかしたら、領主への面会に気持ちが先立って、周りが全然見えてなかったのかもしれないけど。あーいう人はそーいうタイプっぽいし。
とりあえず、考えても解決できないコトは判りきってる。ついでに、これ以上議論を重ねても答えは出ないだろう。
そう考えたは、別の話題を探してみた。
「そういえば、さ。リューグどうしてるかな」
レルム村のあたりに戻って、アグラお爺さんを捜すという彼と別れたのは、ほんの数日前のコトなのだけど。
あれから随分経ったようにさえ、思えてしまう。
それもこれも、妙に密度の高い日々を過ごしてるせいだ。今日ココに至るまでを振り返って、しみじみ。
「元気でいると良いんだけど……」
「リューグのことだから、心配要らないよ。案外、もう報告に来ててルウさんの家の前で突っ立ってるかもしれない」
「うぁ。ロッカ、それ何気にひどい」
さんさんとお日様の降り注ぐ、森に囲まれ、こぢんまりした誰もいない一軒家の前で途方に暮れているリューグを想像したは、当然ふきだしてしまう。
同じようなコトを考えたのか、アメルもまた、口元を押さえて笑い出す。つられてロッカも。
なんだなんだと、いきなり笑い出した3人を見ている他の人たちを尻目に、ひとしきり笑いあったあと、
「トライドラの領主様に無事に報告が済んだら、リューグを捜しに行きたいな」
それで、怒ってやるんだから。
アメルのことばに、ちょっと苦笑まじりの笑みを返しながら頷くとロッカ。
無理もあるまい。なんたってリューグの一時離脱に関しては、ふたりとも立派な共犯者なのだから。
リューグに向けられるアメルの『怒ってやるんだから』を想像して、だけど、甘んじて受け止めてもらおうと暖かく見守ってやろうと決意する。
「そだね」
「みんなで一緒に行きましょうか」
ふたりが、それぞれアメルに告げたときだった。
一同を目指して歩いてくる人影が、視界の端に映る。王城へ行っていた、シャムロック、フォルテ、ケイナ。
たちも、それまで各々話していたほかの仲間たちも、結果報告を待って口を閉ざし、3人へと注目していた。
声が届くくらいの距離まで近づいたシャムロックが、まず第一関門を突破した安堵を伴って声をかけてきた。
「お待たせしました、皆さん。領主リゴール様との謁見がかないそうです」