気分が悪い。必要なことだと判っていても、自分が誰かを傷つけるのは、あまり好きになれない。っていうか積極的に嫌い。
たとえそれが、ほっておけば次々とこちらに明確な殺意を持って向かってくる相手であっても。
「くそっ、キリがない!!」
のひきつけた魔獣を、横から大剣で切り裂きながらマグナがうめく。
彼は最近めっきり剣の扱いに長けてきて、召喚術の方はだいじょうぶですかと思わず問いかけたくなってしまうほど。
ちなみに、の手にした短剣はあくまで護身用だ、この場合。
力技で押してくる魔獣相手にかなうわけもないと早々に悟った上、召喚術が使えない以上サポートも出来ない。
身の軽さだけなら敵よりも勝っている自信がないでもないため、は早々に囮役として動く方に徹していた。
ビーニャの命令で、魔獣たちがに攻撃するとき、意識的に力をセーブしていることまでは、さすがに気づけないでいたが。
だけれど。
「マグナ! 横!!」
「うわっ!?」
息をついているマグナの横から、次の魔獣が襲いかかる。
「シャインセイバー!」
――ガガガガッ!!
無数の剣の斬撃音につづけて、魔獣の断末魔。
「ごめん、助かった、ルウ!」
「油断するな! 何体召喚されているか予想がつかないんだぞ!!」
「わざわざ云わなくたって判ってるわよ、ネスッ!」
いくら無力化しても、あとからあとからわいてくる魔獣たちに、正直うんざりしていた。
一匹一匹はそれなりにてこずるものの、倒せない強さではない。けれどそれがポンポンと出てくるのであれば――体力負けするのは、たちのほうだ。
「くそっ……! これではいつまでたっても……!!」
フォルテと背中合わせに立って、大剣を振るうシャムロック。
剣に乱れが見えるのは、怒りと焦り、どちらのせいか。
飛び出してビーニャの首を取ってしまいたい気持ちが、ちらちらと動かす視線の動きから読み取れる。
そんな散漫な様子を見せながらも、現状、シャムロックは魔獣たちに傷ひとつ負わされてはいない。ルヴァイドと渡り合っていたことからも見られるように、さすがは砦の守備隊長を任されているだけのことはある。
「キャハハハハハッ! 早く諦めたほうがいいと思うけどォ?」
なにやら、勘に障るビーニャの笑い声が響く。
ちょっとだけ忌々しく思いながら、視線を転じた。
魔獣に延々と手こずっているおかげで、肝心の召喚主であるビーニャに傷ひとつないというのがよけいに……
「ん?」
――召喚主?
メイトルパの魔獣だと、レシィは告げた。
すなわち、ビーニャによって召喚された存在なのだと。
だとしたら。
ビーニャを押さえてしまえば、魔獣たちをメイトルパに返させるコトも出来るんじゃないか。
召喚術にうとくても、それくらいの基礎は、教えてもらったから覚えてる。
となれば――!
「うぉ!?」
は、ちょうど傍にきていたバルレルの襟首を引っつかんだ。
「何しやがる!!」
「うん! バルレル君の武器のリーチと身の軽さを見込んでお願いがあるの!」
槍使いというならロッカもそうだけど、彼はアメルの守りについている。
身の軽さというならモーリンやレシィも該当するけれど、肉弾戦が主だから、あくまで接近戦向きだ。
真っ向から覗きこむの視線にこちらの意図を感じ取ったか、バルレルがちらり、ビーニャに目を向けた。
そうして小さく舌打ちしてから、
「テメエもこい」
くいくい、と、レオルドを引っ張ってくる。どこか慣れた様子で指示。
「全弾掃射して、あとはすっこんでろ」
「ダガ、ソレデハ主殿タチノふぉろーガ……」
「あぁうっせぇ! コイツの行動自体が全員のフォローだ気にすんなっ!!」
いやそこまでたいそーなコトやるワケでは。
いきなり一箇所に固まって相談体勢に入ったたちに、不思議と魔獣は向かってこない。
周りの皆の善戦もあろうけれど、何故か意図的に避けられているような気さえする。
……魔獣にも襲う人間の好き嫌いがあるんだろーか。
違いますて。
たちが固まっている間、ネスティもまた、トリスとマグナ、ミニスとルウを招きよせていた。
こちらは悠長に固まっている暇などなく、魔獣と応戦しつつの会話だったが。
「このままじゃ埒があかない……いちかばちか、全員分の魔力で」
「禁忌の森であなたたちがやったみたいな方法ね?」
こくり、ミニスのことばにうなずく。
あのときは3人だった。今度は5人。
しかも全員それなりの鍛錬を積んでいる召喚師。――完全ではないけれど、五分以上に勝算は感じる。
「判った」
「がんばる」
「うん」
マグナとトリス、ルウが同意を示す。
そんな彼らを見て、――それにしても、と、一瞬思った。
いつの間に、自分の弟弟子と妹弟子は、こんなに強い視線を以って自分を見るようになったのだろう。
……のおかげなんだろうか。
「よし、なら――」
ともあれ、ネスティはフォルテたちへと視線を動かした。
魔獣をなるべく一箇所に集めてもらうべく、彼らに声をかけようとして……
ぎょっ、と、目を見張った。
「!!!」
ガンガンガンガンガンガン!! 立て続けに放たれるレオルドの弾丸が、一斉に魔獣をなぎ倒し、道をつくった。
一瞬だけ開かれたそこを、魔獣たちが埋めようと迫ってくるが、その前に走りぬける。
ネスティの驚いた声が耳を打ったけど、走り出した以上止まれない。
っていうかココで足を止めたら、自分だけでなく露払いに付き合ってくれるバルレルまで餌食になってしまうのだ。
だから、振り返りもせずに、叫ぶ。
「みんなはそこにいて! あたしたちだけでだいじょうぶだからっ!!」
っていうかトリスごめん、バルレル借りてます事後承諾的に!!
「どっからそんな自信がわいてくんだよ、テメエ」
に併走し、槍を大きく振って近づく敵を牽制しながら、バルレルがぼやく。
「ふっふっふ」
「げ、こえぇ」
「なんてゆーか……だいじょうぶって思っちゃうんだこれが」
なんていうか、肝が据わったのかもしれない。
不思議だ。自分の記憶を揺り動かす光景に、何度もなんども不安になったというのに。
戦いの中に身を置いている間は、信じられないくらいに落ち着いている。命の危険はたしかに自覚しているけれど、それを増す集中力がわいてくる。
だから、だいじょうぶ。
「さぁ、行こーか!」
「ちっ――」
舌打ちし、それでもバルレルもまた、ほぼ完璧に、道を阻む魔獣たちを地に伏していく。
気に食わない。ほんっとうに気に食わない。
弱っちいニンゲンのくせに、誓約を交わした相手でもないくせに、自分を引っ張りまわすコイツ。
昔からそうだ。あのときもそうだ。
自覚なしに惹きつけておいて、こっちの気持ちを引っ張っておいて、最後に自分だけ全部しょい込んでいきやがった。
だから。
今度はそんなことにはさせない。させてたまるか。
オマエがそうだと気づいた以上、あんなコトには絶対させねぇ。もう二度と。
「――テメエになんぞにな、云われるまでもねえんだよッ!」
絶対に。
最後の魔獣を振り切って、大きく地を蹴った。
自分でも信じられないくらいの跳躍。刹那閉じた瞳を開けて、眼前に見えるはこの騒ぎの張本人――!
ダンッ!!
勢いのまま、ビーニャを地面に押し倒す。
彼女の周りの魔獣たちが、主を抑えられたことに動揺して動きを止める。
本当は、に手傷を負わせるなというビーニャの命令に従っているだけなのだけれど、そんなこと、は知らない。
魔力では絶対にかなわないけど、体力ならこちらが勝てる。
召喚の動作をとれないように、両腕を抑えている手に力をこめた。
「……やるじゃない」
甲高い笑い声も潜めさせ、ビーニャが云った。
王手を詰まれた悔しさの欠片もなしに、むしろ楽しそうに。
「オイ! さっさとトドメを刺せっ!!」
後ろから響くバルレルの声。鞘に直していた短剣に、手をかける。
「…………」
「どォしたの? 殺さないの?」
何がそんなに楽しいのか、ビーニャはますます笑みを深くする。
殺す? 血を、流せと?
ドクン、と。
また、心臓が大きく跳ね上がる。
なんでだろう。どうしてだろう。
あたしはどうしてこのヒトを、知っていると思うんだろう。どうして、あんなひどいコトしたこいつを、殺せないって思うんだろう。
――それが偽りでも、幻想でも、笑い合った記憶はまだ、のなかに息づいている。
それが偽りでも、たとえ夢幻にしか過ぎなくても。
それは。大好きな日々だった。
大好きな、大切な、ひとたちだった。