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第13夜 四
lll 景品なしの我慢大会 lll



「かいな殿ハ、しるたーんノえるごノ守護者トシテコノ世界ニ召喚サレテ以来ズット、谷ノ奥深クデ一人デ過ゴシテキタト聞イテイル」
 とりあえず姉妹(未確定事項)と相方(確定事項)で話し合ってもらおうということになり、隣の部屋にケイナとカイナとフォルテを押し込んだあとのことだ。
 誰か事情を説明してくれという一行の無言の願いが通じたのか、エスガルドが、そうぽつりと漏らした。
 そのことばからなんとなく、カイナの気持ちも推察できる。
 家族と離れて、自分の世界と離れて、ずぅっと一人で暮らしていて。
 信頼できる仲間がいても、やっぱり、家族というのは特別のものなんだろう。
 さっきの、とてもとても嬉しそうな表情が、強く、の印象に残っていた。
「そっかあ……」
 ケイナは記億喪失だから、きっと戸惑っているだろうけど、それでも彼女は、自分を知ってる人に逢えたのだ。
「良かったですねぇ」
「良かったねー」
 傍にきていたレシィと、顔を見合わせて笑う。
 自身、黒の旅団の陣営に身を寄せていた一夜、とても安心した感覚を抱いたコトを覚えているし。
 だから。
 部屋に戻ってきたケイナとカイナが、戸惑いながら困った顔ながら、それでも。
 ほんのりと、安堵したような空気を抱いているコトに、よけいに嬉しくなった。
「とりあえず、事情は説明したぜ」
 何を苦戦していたのやら、もしかしたらよけいなコトを云ってケイナにどつかれたのかも知れない。
 疲れた顔のフォルテが、ふたりの後ろから姿を見せる。

 ……微妙に頬が紅いんですが、やっぱりどつかれたんですか?

 視線で誰かが問うたのか、フォルテは、つ、と、目を泳がせた。
 その動作の意味するところはおそらく、
 ノーコメントだ。
 ……と、そんなところだろう。

「……えぇっと」
「あの……」
 視線を合わせづらいのか、目を彷徨わせていたケイナとカイナが、同時に話しかけようとして、きれいにことばを重ならせる。
 それで目がばっちり合ってしまって、また、なんとも云えない沈黙。
 だけど。
 安心してる空気がある。
 懐かしい気持ちを思わせる雰囲気がある。ケイナとカイナの間には。
 だから。

「……良かったですね」

 不意に発されたことばに、ケイナとカイナが目を丸くして、にこにこ笑っているを見る。
 それから。もう一度お互いに顔を見合わせて。
「そうね」
「そうですね」
 にっこり笑った。

 だいじょうぶ、きっと。記憶がなくても、ふたりは姉妹だから、心はそれをきっと覚えてる。

 ……ちょっと、うらやましいけど。

 そう思ってふたりを見ているのが判ってしまったのか、モーリンがすぃっとの横にやってきた。
「うぁ!?」
 いきなり後ろから腕をまわされる。
「も、モーリンっ!?」
「なんだいさっきから、湿気たカオして。だいじょうぶだよ? アンタだってきっと、いつか家族に逢える日がくるからさ」
 片手で頭をぐしゃぐしゃにしながら、ケイナたちによけいな気を遣わせまいとしているのか、小さな声でモーリンが話しかけてきた。
 ……優しい声。
 そうであるように祈ってくれる声。そして気持ち。
「うん」
 最近、妙に沈みがちな自分の心をちょっと反省して、笑って頷いた。
 だいじょうぶ。
 自分で何度も云ってきたことばだけど、人に云ってもらえると、また違う安心感。だから笑えた。
 トリスとマグナが、なんだか母親をとられたような、むぅっとした顔でたちの方を見ているけど、それはとりあえずおいといて、モーリンの腕に手を添えた。それから、ぎゅぅっと頬を押し付ける。
 女の人らしく柔らかいけど、鍛えられた筋肉も同居しているのが判る。でもたくましいとかではない、頼りがいあるモーリンの腕。
「……うん」
 えへへ、と。笑って、もう一度だけ頷いた。
 その前をスタスタ歩いて、エルジンがカイナに声をかける。
「それで、提案なんだけど――カイナお姉ちゃん、しばらくこの人たちと一緒にいない?」
「え?」
 今度はまた、これもいきなりの発言に、カイナが目を白黒させる番だった。
 他の面々はもう慣れてしまったと云うべきか、ちょっと目を見張っただけ。
 にしてみれば、ココのところ驚きすぎる出来事が連続して起きているせいで、神経が鍛えられたような気さえしている始末。
 今なら初対面苦手病も克服出来ているよーな気がするし。気がするだけかもしれないが。
「せっかくお姉さんに会えたんだもん、このままお別れなんてダメだよ」
 とりあえず、少々の困惑を抱きつつ向けられている周りの視線は流す方向らしく、エルジンは、そのままカイナへことばを続けていた。
「心配しないで。僕とエスガルドで、ちゃんと捜査は進めておくから……ね!」
「エルジンくん……」
 力づけるようなエルジンのことばにも、まだ迷っているのか、カイナは首を縦に振れないでいるようだ。
 一緒にいたくないわけではないのだろうけど、記憶をなくしてしまっている姉の傍にいて負担にならないかと考えているのが判る。
 もう一押し必要かな、と。
 は口を開きかけたのだけれど。
「俺からも頼むわ」
 それより先にことばを放ったのは、ケイナの相棒――フォルテだった。
 いつもの飄々とした態度はドコへやら、戦闘以外の日常の中、きっとこれまで見たうちでいちばん真面目な顔。
「妹のあんたが傍にいてくれりゃあ、こいつも、ド忘れしたことを思い出せると思うんだ……」
「フォルテ、あんた……」
 めったに見れない相棒の表情に、当のケイナも驚いた顔。
 カイナは、それでも迷っているみたいだったけれど。
「――」
 目の前のエルジンを見て。エスガルドを見て。それからフォルテに視線を移し、最後にケイナと顔を見合わせたあと。
「……皆様が宜しければ……」
 やっぱり、再び傍にいれるのが嬉しいのだろう、顔をほころばせて、そう云った。



 そうして、先に出発するという、エルジンとエスガルド。
 彼らがファナンに買出しに行くというので、ならば昨日のお礼にと、モーリンがいれば買い物が安く出来るというコトで、たちは、しばらく時間を割くことになった。
 やっぱり街道から外れて、真っ直ぐ真っ直ぐ草原を突っ切る。
 地元人の助けがあると、実にいろいろなトコロで便利である、これもひとつの例。
「ふぅん、お姉さんも記憶がないんだね」
「うん、だけど名前だけは判ったから、それが救いかも」
 本来なら、着いていくのはモーリンだけでも良かったのだけど、何故かエルジンと談笑しているの姿がそこにあった。
 いや、だってせっかくお逢いしたんですから、話もしてみたいじゃないか。
 初対面苦手病はどうした、とか、どこかから突っ込まれそうな気がするが、これはなんというか、神経が丈夫になった結果だろう。ええええ、密度の濃い毎日を送ってますから。

 そんなこんなで、のんびりと会話しながら歩いていたのだけれど、ふと、エルジンがじぃっとを見上げてきた。
 ちなみにふたりの少し後ろでは、エスガルドとモーリンが『格闘戦における背筋力の使い方』について熱い論議を繰り広げている。機械兵士にも筋肉はあるのだろうか。ってあるわけない、単に動作効率の問題だろう。
「うーん、でも、お姉さんってなんとなく不思議な感じがするよ」
 アホなこと考えつつ視線を戻すと、エルジンのことばが待っていた。
「?」
 首を傾げて見せても、少年自体、自分のことばが良く判ってないらしく、こちらも首を傾げている。
「僕の知ってる人に似てる気がするんだ……」
「エルジンくんのお友達に?」
 世の中3人は自分に似た人間がいるというけれど。
「うぅん、外見じゃなくって。雰囲気っていうか魂の持ってる香りっていうか……」
「……?」
 魂?
「そうだ」
 ますますワケが判らなくなって、首を傾げているのコトはさておいたらしいエルジンが、ぽんっと手を打つ。
「お姉さんのコト、今度僕の知り合いにも話してみていい? 色々スゴイことが出来る人たちだから、もしかしたらお姉さんのコト判るかも」
 君たちもじゅーぶんスゴイと思いますが。守護者さんズ。
「自分のことかぁ……」
 ふと、思い返してみた。
 相変わらず名前しかはっきりしてないし、判っているらしきことは、当たっているのやら外れているのやら曖昧なものが多すぎる。
 可能性全部当てはめてみたとしたら、さぞや謎の人間になるコト間違いなしだ。
 それこそフォルテ以上にだ。
 だけど、エルジンのことばはうれしかった。それはたしか。
「そうだね。お願いします」
 だから、そろそろファナンの街門が見えてきたのを遠目にしつつ、は笑って頷いた。


 一方、こちらはとモーリン待ちの一行の、ルウの家の一角。
 例によってネスティの出す課題に四苦八苦している、蒼の派閥の新米召喚師ふたり。
「……ネス、こないだより元気になって良かったけどさ」
 ペンを口にくわえてマグナがぼやけば、
「今までの分まとめて課題出されるくらいなら、って思っちゃうね」
 まぶたの上から目を押さえながら、トリスがつぶやく。
 ふたりの向かっている机の上にはレポート用紙がどっちゃり。資料としてルウが親切に貸してくれた本も、どっちゃり。
 見ただけでうんざりする光景である。
 そのなかに最初から埋もれていたマグナとトリスなど、すでに諦めの境地に達してるし。
 敬愛すべき彼らの兄弟子は、何か暇があるとこうして課題を寄越してくれる。
 鍛えてもらっているのは判るのだけど、たまには手加減してほしい。
 だけど。
「だけど、やっぱりこうじゃないとネスじゃないよね」
「な」
 マグナが云ってトリスが頷いて。顔を見合わせてにっこり笑う。
がいてよかったな」
「ね」
 もう一度、顔を見合わせて笑って、
「誰がいてよかったって?」
 こんなトコロもよく気の利いてるネスティが、息抜きさせてくれるつもりなのか、食べ物と飲物持参で部屋に入ってきた。
 さりげなく、兄妹の好物なあたり、いい奥さんになれるぞきっと。よけいな世話か。
「「わあ!!」」
 思ってもみなかった差し入れに、マグナとトリスが目を輝かせた。
 飛びつこうとする弟弟子と妹弟子を制したネスティが、ちらり、レポートに目をやって、その真っ白っぷりに息をつく。
「君たちは……」
 云いかけるものの、食物を前にした腹ペコどもには無意味な行動だと悟り、諦めの気分で差し入れを渡す。
 元気に食らいつくふたりを見ていると、まるで自分が母鳥にでもなったような気分。不本意だが。
 代わりに、答えの返ってこない先刻の質問を、もう一度繰り返した。
「で、誰がいてよかったって?」
 ぴくりと同時に顔をあげ、トリスとマグナはやっぱり同時にことばをつくる。

「「」」

 この場にはいない、今ごろファナンにいるだろう、ひとりの仲間の名を挙げられるコトまでは予想外だった。
 ついていた頬杖が思わずずれたのは、まあご愛嬌か。
 どうしてがいて良かったのか問おうとしたが、それよりも、彼らの方が早い。
「えーと。ネスって禁忌の森に関ったあたりからいろいろ考え込んでたけど、今度の行動決まったあたりから普通に戻ってる」
 それは単にこれ以上この森に関らないで済むから、なのだが。
 禁忌の森は禁忌の記憶。
 何も知らされずに育ってきたこのふたりを、自分のような苦しみに落とさずに済むから、なのだが。
 アメルが鍵であったコトは以外だったものの――出来るならば、このまま、もう、この森とこの件からは、遠ざかってしまいたい。
 それでも心の何処かが、もう一度辿り着く場所なのだと示している。その矛盾。
「……僕はいつでも平常だよ」
 無理矢理に、それを振り払ってふたりに答えた。
「だいたい、それは彼女と関係ないだろう」
 ところがそのことばには、首振って否定される始末。

「そうじゃなくってー。ネス、自分で判ってないの? と一緒にいるときのネスって、随分表情違うんだよ?」
「そうそう。俺たちの前じゃ兄ちゃんぶってるけど、と一緒だとなんて云うんだろ、リラックス? してるよな」

「……まさか」
 まさかじゃないって。そういうマグナのことばも、どこか遠い霞のよう。
 普通に、接しているつもりなのだけど。
「だって、ねー」
「なー」

「さっきが『なんでもない』って云ったときのネスティの顔」
「すっごい優しい顔だった」

「……まさか」

 そんなはずないだろう、と。
 苦笑して否定しようとしたけれど、ことばが途中で止まってしまう。
 
 記憶喪失の身元不明の、だけど不安の欠片も見せずに立っている子を思い出す。
 いつかつないでいた手は、とても暖かくて。
 ――「だいじょうぶ」。
 いつか云ってくれたそのことばが、どれだけ自分の心を軽くしてくれたか。
 たかがことばひとつだった、だけど暖かい、強いことばだった。

「あー、ネス顔あかーい」
「なっ……!」
 横からはやしたてるトリスの声に、ネスティは、はっと我に返る。
 にやにや笑いながら覗き込む弟弟子を睨みつけるものの、マグナの反応を見るにあまり効いてないらしい。
「そうだ!」
 トリスが楽しそうに云う。
が、マグナ兄さんかネスのお嫁さんになってくれたら、ずぅっと一緒にいられるねっ!」
 何を云いだすかと思ったら、これがまた素っ頓狂な発言。
「え!?」
「トリス! 何を云い出すんだ君は!?」
「だってだって、あたしとずっと一緒にいたいもん! でも女の子同士じゃ結婚出来ないでしょ?」
「君はバカか!? そういう問題じゃないだろう!」
「いや、俺……心の準備がまだ」
「君もバカか!! の同意もないのに心の準備なんかしてどうする!!」
「じゃあ、ネスはが良いって云ったら結婚したい?」

 …………………………………………………………

「…………」

「ちょっと、ネス。なんでそっぽ向くの?」
「ネスー。返事はー?」

 こちとら禁忌の森の件で真剣に悩んでいるというのに、どこまでもどこまでも能天気な弟妹弟子相手に、いつまで理性の糸が耐えられるかの理不尽なガマン大会(参加者1名)を強いられる羽目になったネスティが限界に達するまで、あと3分。

 とりあえず、爆発の前にお茶が冷めそうだ。


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