そうして。
お互いがお互いを目指して歩いていれば、しかも道が一本ならば、途中で出くわすコトになるのは理の当然。
「「「「あ。」」」」
「げッ」
「あ。」
角を曲がったところでばったりと、お互い目的の人物に逢ってしまったわけだ。
いきなりだったので、当然どちらも驚いて固まったものの、
「こんにちは、バノッサさんカノンさん」
にこやかに挨拶するアヤ。
「こんにちは、みなさん」
にこやかに挨拶するカノン。
おまえら絶対似た者同士だ。と、バノッサ及び他一同。
「……まぁ、北スラムまで行く手間が省けたな」
アヤにいい加減慣らされたのか、次に復活したのは予想外にソルだった。
その漏らされたことばに、バノッサがぴくりと反応する。
「なんだ? 北スラムに用事か? 果し合いならいくらでも受けて立つぜ?」
眼光鋭く睨みつけるが、それでひるむような人間なら誓約者だの護界召喚師だのやってない。
「ううん、違うよ。あんたたちに用事なの」
「……訊きたいことがあってな」
ナツミとキール、並んで復帰。
「わぁ、奇遇ですね。ボクたちも、ちょうどおねえさんたちに訊きたいことがあったんですよ」
「そうなのか?」
「はい」、
にこやかにカノンが続けた。
にこやかにアヤが質問しようと口を開いた。
「「ちょっと前から、耳鳴りが聞こえてませんか?」」
きれいにそろった少年と少女の声に、まず発したふたりが目をぱちくり。
続いて、同行の人間が目をぱちくり。
「キィン、リィンって」
「甲高い音で」
「半時くらい前から」
「聞こえてんだが」
「…………」
どちらからともなく証言しだし、結果。
「……予感は当たったみたいだな、アヤ」
同じ音だ。これは。
同じ声だ。今聞こえるものは。
不意に、バノッサが表情に険を含ませる。
「テメエらが何かしやがったのか?」
「そんなコトしないわよ。バノッサって相変わらず気が短いわねー」
「ンだとっ……!!」
「まあまあまあ」
憤るバノッサを、なれた調子でカノンが諌める。
「僕たちにも原因は判らない。ただ、先日感じた大きな魔力のこともあってな。調べておいたほうがいいかと思ったんだ」
「魔力だァ? ……夜中に人を叩き起こしやがった、あのでかい波動か?」
「ええ、そうです。数日前のでしょう? あのときも、わたしたち全員がそれを感じたんですよ」
「……ていうかバノッサ、夜ちゃんと寝てたのか」
ぽつり。妙なところに感心するキール。
聞きとがめたクラレットが、
「感心なことです」
と微笑んだ。
そんなささやかな彼らの会話を彼らの兄が聞いてたら、怒髪天で余計なことだと怒鳴ったろう。
幸い、そんなことはなかったが。
――数日前。いつぞやの夜、現れて消えた大きな魔力。
あれは純粋に、召喚術に関係するものだった。
何処か遠くで大きな召喚術が使われたのだと、そう納得するコトもできなくはなかったけれど、今回のこれは。
……キィン、リィンと音がする。
遠く遠く、何かを呼んでいるような音がする。
全員が、思わず黙り込んだ。
だんだん大きくなっているような気がする、この音はいったい何なのだと。
沈黙のおりた空間に、音がひたすら木霊する。
余人にはけして聞こえない、これは異界の呼び声なのだとでも云いたいのか。
……そうして。
「とりあえず――」
ふと、ソルが口を開いたとき。
「……音が止んだ……?」
それまで散々自己主張していた音が。止む。
急に始まった音は、急になりを潜めた。
そして次の瞬間。
――パアアァァァン……!
強いて云うなら、何かの断末魔にも似た、最後の響き。
何かが砕け散った、音がした。
顔も知らないおとーさんおかーさん(たぶんいるでしょういてください)、あたしは現在大ピンチです。
いやもうどうすればいいんでしょうかって訊いても答えはないんですけど訊かざるを得ない状況です。
どうすればいいんでしょうか。訊くな自分。
このままだと記憶取り戻す前に、輪廻の環に戻れそうなイキオイですネ。
……冗談じゃ、ないけどさ!
刃を弾き、間合いをとって、は目の前の悪魔と対峙した。
覚えてる。
森の奥の方で、何かが破れた感覚がしたのを覚えてる。
覚えてる。
今自分たちと刃を交えている、彼らの叫びを覚えてる。
「ヨクも……ヨクも我ラをッ、コノ地に縛り続けタナアァァァッ!!!!」
「許サない!! ヨクも、我ラをッ!!!」
何が起こるのか、何が出てくるのか。
判っていたのに動けなかったたちを、あざ笑うように。森の奥から彼らは出てきた。
そして、こちらの姿を認めると同時、炎のような憎しみと怒りに空気の色さえ染め変えて、いきなり攻撃をしかけてきたのだ。
先陣だとでもいうのだろうか、数が少なかったのは、不幸中の幸い。
不調を訴えていたミニス、自失していたアメルを後ろに下げてもなお、ぎりぎりで1対1の構図になるくらいの余裕はあった。
けれど早急に片をつけなければ、次々と悪魔たちはこちらにやってくるだろう。
奥の方から感じる濃密な冷気。
こんなの気のせいであればいいと、これほど願ったことはない。無駄な願いだと判っていても。
ネスティのことばを実感する。
狡猾残虐はともかく、戦闘能力に優れた存在……そうであることを、つくづく思い知らされていた。
訓練した記憶はないけど、自分の身の軽さに感謝。
でなければ、連続して繰り出される攻撃を避けつづけるなんて出来なかったろう。
「……あたし、そんな……どうして……!?」
結界を破った自覚がないのか、はたまた状況の把握が遅れているのか、アメルが焦点の合わない目でつぶやいている。
そちらに向かおうとする悪魔の一匹を、ロッカが槍で制しているが、横手からもう一匹が、ケイナの横をすり抜けて、向かう。
それもなんとか、レオルドの射撃で足を止めた。
……狙われてる? アメルが?
そう思って見れば、の向かい合っている悪魔も、こちらを殺そうというよりはこの場を突破しようという動きが見え隠れ。いや、明らか。
剣を大きく凪いで距離をとろうとした、たった今のその行動も、実際相手を殺すには不合理な動きだ。
いや、だからあたしはどうして、そういう人を殺す動きなんてもんを知ってるんですか顔も知らないおとーさんおかーさん。
この場合養い親に訊くべきだろう。誰だか覚えてないけど。
「全員下がれ!!」
「!?」
混戦状態の只中に、ネスティの声が響き渡った。
考えるより先に、身体が動く。
悪魔に向かって全力で突っ込んで行く――と見せかけて、寸前で剣を止め、大きく地面を蹴って距離をとる。
そのまま、声のしたほうに走った。
見ればいつの間にか、ネスティ、トリス、マグナが一箇所に集まっている。彼らはたったひとつのサモナイト石に向けて、3人分の魔力を集中させていた。
ちょっと待てあんたら、扱える属性違うんじゃなかったっけ!?
この間のような暴発を、思わず覚悟した刹那。
『出でよ!!!』
唱和する声。
輝く光。それは、安定したいざないのきらめき。
――ドガガガガガガガガアアァァァァッ!!
どこからともなく、怒涛のように岩石が降りそそぎ、こちらと悪魔たちとの間に、壁とも云えるほど降り積もった。
さすがに、すぐにそれを乗り越えるわけには行かないらしく、怨嗟のうめきに似た声が、岩石壁の向こうから聞こえてくる。
「今のうちだ!」
呆気にとられていたの腕を、ぐっと引っ張る腕。
「マグナ!? 今のは!?」
なんで暴走もしないで素直に発動したの!?
後半途切れてしまった問いを察してくれたのか、マグナが、手にしたままのサモナイト石をに見せた。
無色のサモナイト石。
「無属性の召喚術なら、属性にこだわらずに使えるんだ。3人分まとめたおかげで、すごくでかいの喚べたんだよ」
……たしかに。
走りながら振り返れば、薄暗い緑に包まれた森の中、景観ぶち壊しで積み重なった茶色の塊。
って。
振り返って気がついた。思わず足を止める。
勢いのまま、数歩先に行ってしまったマグナが、あわてて引き返してくるけど。
「?」
「ちょっと、他のみんなは!?」
姿が見えない。自分たちのほかに誰もいない。
「それは……」
マグナが説明しようとしたとき、
「バカが! 足止めてんじゃねぇ! あの家集合場所にしてばらばらに逃げたんだよ!!」
木の枝の上を飛んで移動していたのか、ざざっと葉っぱを散らしながら、バルレルが降ってきた。
いきなりのことに驚いたけれど、そのことばに安心する。
……って。
「バルレル!?」
「バルレルくん! 怪我ッ!!」
「あぁ? たいしたコトねーよ」
そう、バルレルは云う。
けれど、槍を握った右腕から、ぼたぼた、かなり盛大に血が滴り落ちていた。
思い出してみれば、バルレルが相対していた悪魔は、剣を手にしていた。隙をつかれ、懐にもぐりこまれでもしたのだろうか。
「ダメだよ、手当てしないとっ」
「バカかテメエは! 逃げるのが先だろうが!!」
ぐいっと引っ張ってみたけれど、邪険に振り払われる。
だけど、そこからさらにしがみついた。
「逃げ切っても失血死したら意味ないよ! ていうかリプシー喚べるでしょ君は!!」
「魔力なんざさっきの戦闘で尽きたっつーの!」
「莫迦ー!!!」
マグナはと見るけれど、彼も首を横に振る。
あんな大技出したのもあるけれど、そもそも彼の使える鬼属性と機属性には回復を促す召喚術はない。
トリスなりアメルなりと合流したいところだが、全員、とっくに散開していて集合場所はルウの家。
でもって、ここにくるまでそれなりの時間歩いてきてる。
っていうか。
帰り道ろくに覚えてないぞ、少なくともあたしはッ!
「とりあえず走るぞッ! 追いついてきてやがる!!」
切羽詰ったバルレルの声に、はっと後方に注意を向ける。
感じるのは、濃密な敵意と殺意と憎悪。――近づいてきている。
察して。ため息。
……ダメ。
ここで諦めちゃダメだ。
びりっ、と、服の裾を破いて、それをバルレルの腕にきつく巻きつけた。あっという間に血色に染まったけど、気休めの止血にはなるはずだ。
「……」
「あはははは、走りやすくなっておっけーです!!」
この服、気に入ってたんだけどね。実は。
「バルレルくん走れる?」
「誰に訊いてやがる。これっくらいでへたれるかよ!」
「よし、行こ――」
身体を反転させようとした、マグナの動きが凍りついた。