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第11夜 六
lll ただ、君のことばだけが lll



?」

「え?」
 にぎりこぶしを固めて思考に沈んでいるうちに、エクス少年は去って行ってしまったらしかった。
 立ち尽くしているを、歩き出そうとしていた他の人間が何をしてるんだろうと眺めている。
「何ぼーっとしてるの? 行っちゃうよー」
「あああぁぁ、待って待って待って」
 笑いながら云うトリスに答えて、あわてて、彼らの処へ走り出す。
 もともとあまり距離もあいてなかったので、ちょっと走ってすぐに追いつく。並んで立っているトリスとモーリンの間に入って、ぎゅぅっとその腕に飛びついた。
「あー!」
 それを見たマグナが、何をとばかりにの上からがばりとかぶさる。
 裾を握っていたハサハがそれに引っ張られてバランスを崩したのか、とさりと腰にしがみついてきた。
「うわわわ!?」
「え!?」
「げっ!!」
 さすがにマグナとハサハの動きは予想していなかったは、その衝撃にバランスを崩してトリスのほうへ倒れこむ。
 でもって、トリスも耐え切れずにふらついた。
 その先には、レシィとバルレルが並んでいて。顛末を予測したのか、ばさりと翼を羽ばたかせ、バルレルは空に舞い上がる。
 刹那。

 どさどさどさーっ

「…………何やってんだい」

 一気に地面に雪崩れたたちを見て、呆れたような声で、モーリンが笑った。
殿ノ体勢ガ不安定ナトコロニ、一気ニ加重ガカカッテばらんすヲ崩シタ模様デス」
 律儀に分析せんでいい、レオルド。

 とりあえず、一番下で目をまわしているレシィを救助するべく、もぞもぞとひとりずつどいていく。
 ハサハが山からすべりおりて、次はマグナで次に、トリス…………
 ぱたぱたと土ぼこりを払っていると、一足先に身体を起こしたマグナが、すすっとの横に寄ってきた。照れ笑い。
「……ごめん」
「じゃれるのには時と場合を選びましょうマグナくん」
 本気で潰されるかと思いましたあたしは。

 モーリンに背負われようとしているレシィに憐憫の視線を向けながらそう云うと、マグナの表情がバツの悪いものに変わる。
 だけどそれも一瞬で。
「うー、でもでもでも。ネスばっかりずるいんだ」
「……は?」
 ぎゅう、と。頭ごとマグナの腕に抱え込まれた。
「ネスがあんなふうに笑うの珍しいんだぞっ」
 それはファナンに買出しに出る前の、ネスティさん爆笑事件を指していることは、あっさり想像がついたけれど。
 何故そこでマグナが『ネスがずるい』と云うような展開になるのか判らない。
 この場合、めったに見られないネスティの爆笑を見られたばっかりずるい、とか云われそうなものだが。
「……だから、ネスばっか、ずるい」
「いや、それ、逆じゃない?」
 そう思ったからそう云ったのに、マグナはますます腕に力をこめた。
「逆じゃないよ。ネスばっかりにかまってもらって楽しそうじゃないか」
「かまうって、オイ」
 こどもかあんたは。
 思わず半眼になっただったが、マグナの力はゆるまない。


 だって。

 だって、初めて見たんだよ? ネスがあんなふうに笑うトコロ。
 前からそんな感じだったけど、この旅を初めた頃から特に、何か思いつめたようなカオ、多かったのに。
 判っちゃうんだ。
 俺とトリスはずっとネスと一緒にいたから。
 ネスがほんとうに楽しそうなのが、判っちゃうんだよ。
 そりゃ、いいことだって思うけど。考え込むより笑ってるほうがいいって思うけど。
 実際俺だってそう思うから、絶対に外には出さないように頑張ってるし?

 ……だけど。
 それをネスにさせるのがなんだっていうのが。その間はがネスのになったみたいで。
 ちょっとどころじゃなく悔しいなぁって。思うんだよ。

「それを云うなら〜」

 どうしようかと思っていると、にっこりにっこり笑いながら、トリスがふたりのところへ来た。
 ――この展開は、もしかして?
 そう読めてしまったあたり、もこの兄妹の行動に慣れてきているということなのだろうか。
「兄さんばっかりかまってずるいっ!!」
 あたしだって、のこと、すごくすごく好きなのにっ。
 お母さんみたいって思ってるのにっ。

 誰が母親か。


 でも実際に、本気で、母親だなんて思ってるわけじゃない。
 ただ、あたたかい。皆の傍もそうだけど、の傍にいると、一番、派閥にいたころは知らなかったぬくもりをもらえる。
 それに、を好きだと思うのは、それだけじゃない。
 記憶がないのに自分のこともあやふやなのに、彼女は一生懸命に立っている。一歩間違えれば足を踏み外しそうな、そんな危うい場所なのに。凛、とは立ってるんだ。
 そしてその姿は、勇気をくれるんだ。
、大好き!」

 がばり。

「結局そうくるのかー!!」

 右半分にマグナ、左半分にトリス。
 兄だけでも重かったのに、それに妹の重みも加わって、が耐えられるわけがない。
「ちょっとそこの護衛獣トリオー! 主人を止めようよ!!」
 ふらふらしながら、でもさすがに気絶したレシィを背負ったモーリンに云うのはためらわれて、残り3人に助けを求める。
 だけど。

「……(困った顔でマグナの裾を引っ張る)」
「ん? どうしたハサハ〜?」
「ハサハも……おねえちゃんに抱っこしたい……」
「お、そうかそうか。ほら、ぎゅー」
「……♪(ぎゅー)」
 ハサハ……

「主殿、殿ガ苦痛ヲ訴エテオラレマスガ」
「レオルド、主命令。しー」
「シー……了解」
 マグナと揃いで人差し指(?)立ててる姿はお茶目でかわいいが従うなレオルド!!

 ここでマグナ側の護衛獣全滅。
 トリス側護衛獣の片方、レシィは現在気絶中。

 さて、残るは。

 ちらりとバルレルに視線をやるが、
「オレに何を期待してんだ?」
「……期待してないやい」
 ますます力をいれて抱きついてくる兄妹(+ハサハ)の重みに必死で耐えながら、は心のなかで盛大に涙を流したのである。


 ――だって。

 だってさ。だってね。
 怖いんだ。怖いの。
 アメルのためだし、がんばりたいけど、たまに心が不安になる。
 何かが起こりそうな気がして。心の中がぐらぐらして。
 だからさ。だからね。
 君の傍にいさせて。君に触れていさせて。

 ……勇気をちょうだい。


 結局。
「ほらほら、いい加減を放してやりな。帰るのが間に合わなくなっちまうだろ?」
 片手でレシィを支えたモーリンが、もう片方の手でトリスとマグナを、軽々とから引き剥がした。
 ハサハは、マグナが離れると同時にから手を放し、とてとてと定位置に戻る。
「やだー、まだくっついてるー」
「俺もーっ」
 それでもなお、しがみつこうとする兄妹から、今度はあっさり身をかわす。
 不意をつかれたら無理だけど、こうなるのが判ってるなら、避けるのは難しくない。
 何より、の身の軽さは仲間内でも折り紙付だ。たぶん。
「あのねーふたりとも」
 疲れた声になったのを自覚しながら、トリスとマグナに向き直る。

 森に入る前から疲れてどーするよ自分ら。

「だいじょーぶ。だいじょーぶだから。がんばろう。ね?」

 それは、繰り返し、繰り返し。が自分に云ってきただろうことば。
 の気持ちが込められて、ずしりとくる重みが安心感さえ伴って。
 ふわりと。心に届いた。
 いつもどおりに、いつも以上に、勇気をくれた。
「うん……がんばる!!」
「ありがと! 頑張ろうな!」

「現金だなあ、ふたりとも」

 呆れたように、は笑ってるけど。違うよ。誰に云われてもきっとこんなに勇気は出ない。

 たぶん、君のことばだから、心に届くんだ。
 君のことばじゃないと、きっとダメ。


 禁忌の森は禁忌の記憶。
 禁忌の森は禁忌の扉。
 過去の罪を閉じ込めるため、隠されたのは禁忌の森。

 ――さあ、禁忌の場所へ進もうか。
 先に何が待ち受けていても。


 君がいれば、君のことばがあれば。きっと前に進んでいける。


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