予想通り、次の日の朝は、まずロッカのおかげで目が覚めた。
ばたばたばた、と、廊下を走ってくる音。
次に木の床をこすって急停止する音。
それから、バタンと勢いよくドアが開いた。
「さん!! ――っと……」
「しー」
なんだかゆうべも同じコトをやったような気がしながら、苦笑して人差し指を立ててみせる。
疲れのせいかなんなのか、アメルは昨夜から死んだように眠っていた。
も何度か様子を見たけれど、特に身体に異常はないから、ほんとうにただの疲れなんだと思う。
毛布を直してやって、ロッカと一緒に部屋の外に出た。
彼が何を云いたいのかは察しがついていたけれど、相手から話してくるのを待つ。
「……さんは知ってますよね」
「うん……?」
てっきり、リューグがいなくなったと騒ぐんだと思っていたのだが、予想外に落ち着いているロッカを、不思議に思う。
「リューグが出て行ったのを」
知ってますね?
「……ん」
それは問いではなく、確信の意味がこめられていたから。は小さくうなずいた。
考えてみれば、双子は同室に割り当てられていたのだからして。
すなわち片方がごそごそやっていれば、寝ているもう片方が気づいて起きても不思議じゃないのだからして。
まあつまり、これは、
リューグ、黙って行くつもりなのはいいけどバレバレだったんじゃないか。
脱力したを見て、ロッカが小さく笑う。
「……まあ、リューグのことですしね」
昔から肝心なところ、バカです。肝心じゃないところも。
「こらこらこら」
そんなやりとりを交わし、ふと浮かび上がった疑問をついでに訊いてみることにした。
「止めなかったの?」
「僕が止めて聞くような性格じゃありませんから、あいつ」
朝、ベッドが空になってるのを確認したときは、『やっぱり』と思ったぐらいでした。
さすが兄、よく判っていらっしゃる。
「それにリューグが行かなくても、僕が動いてましたよ」
アグラおじいさんが嘘をついたとは思えないけれど、この森を見る限り、あまり望みは持てない。ロッカはそう云った。
出来れば今日もう一度だけ森を探索してみて、それでダメだったときは自分がアグラお爺さんを捜しに行くつもりだったのだ、とも。
「へえ」
やっぱり兄弟だなぁ、と、は思わずしみじみとする。
性格正反対で、何かあっちゃぶつかる双子。
でもやっぱり、いちばん大事なときには同じ選択をしてしまうんだ。
「……ふふ」
顔をほころばせたを、ロッカは不思議そうに見たけれど、すぐに表情を改める。
「それで、ですね」
「はい?」
「他の皆さんは大味ですからとにかくとしても、アメルには、事情を説明しないといけませんよね」
手伝ってもらえますか? リューグが話して行ったのは、さんだから。
大味とのことばにツッコミたい気持ちは、とりあえず横へ置いといて、
「勿論です、お兄さん」
同意を込めてそう答えたのだけれど、云われたロッカは少しだけ、目を丸くし――それから、なんとも云えないような顔になった。
「お兄さんですか?」
「え? うん、ほら、ロッカってなんか落ち着いててお兄さんみたいで。……ダメだった?」
ほんとうにそう思っているから、そう返答しただったが、ロッカの表情が変わらないことに気がついて、どうしようと途方に暮れる。
でも、だってほんとうにそう思うんだ。
リューグとぶつかってるときは怖いけど、それ以外は優しいし。
最初に逢ったときも、服を気前よく貸してくれたし。
アメルのこともさりげなく励ましたり、ミニスが無茶しないように見ててくれるし。
……もしかしてそういうふうに思われるの迷惑だったとか仰るんでしょうか、だとしてもお願いだからあのコワイ笑顔はやめてほしいぞ。
おたおたしているを、ロッカはじっと見ていたけれど、不意に手を伸ばし、の髪に触れてきた。
「わっ、ロッカ!?」
触れられる手の感触と、自分の髪が首筋をなでるくすぐったさに、は思わず首をすくめる。
「…………ト」
「へ?」
それがあんまりにも小さな声だったので、聞き返す。
目を向ければ、ロッカは変わらずを見ているコトに変わりなかったのだけど、その視線は、首元にそそがれていた。
……正直云って、けっこう恥ずかしい状況です。
「ロッカって首フェチ!?」
「違います。ていうかどこで覚えたんですかそんな単語」
ギブソンさんちの書庫で、本を手当たり次第に読んでたころに。そう答えるより先に、ロッカが、す、と手を動かして、の髪を梳いた。
さらさら流れる焦げ茶の髪は、すぐにロッカの手を離れて、またもとのように彼女の首のあたりに戻る。
首もと。昨日までは銀のペンダントが付けられていた。
今日はもう、何も付いていない。
メイメイさんって人からもらったの、と、なんだか嬉しそうにが話していたのを聞いたことがある。
「……ペンダント、どうしたんです?」
答えなんて判りきっていたけれど訊いた。自分の声が少しだけ、嫌な感情を帯びたのを自覚しながら。
案の定、はきょとんとしてこちらを見返してくる。
「ペンダント? あ、うん、おまもりのつもりでリューグに貸した」
もらい物だからご利益なんてあるわけないけど、気休めのために!!
握りこぶしまでして力説するを、素直にかわいいと思う。弟のためにそうしてくれたことを、嬉しいと思う――けれど。
じゃあ、この、心に浮かぶ感情はなんなんだろう。
リューグのために、が、自分のペンダントを貸してやった、それだけのことなんだけれど。
どうして、僕は、こんな感情を抱くんだろう。
「ロッカ? 気分悪いの? だいじょうぶ?」
黙ったままのロッカを心配してか、が、ずぃっとロッカを見上げてきた。
――ああ。
どうして今のこの状況が、心地良いと思うんだろう……?
「なんでもないです。ありがとう、さん」
どうせ答えは出ないと思って、考えるのはそこでやめた。果てもない思考の海にしずみこみそうだったから。
変わりに、目の前の少女の髪に手を差し入れて、数度梳く。
最初は驚いた様子を見せていた子が、心地よさそうに目を細めるのを見て、まるで妹でも出来たような気分になる――けど、それとはちょっと違う?
ああ、そうか。これは――この感情は。
急に。天啓のようにひらめいた、それはきっと、答え。
けれども、それは刹那。
「……あ!」
とアメルの眠っていた部屋で、がさごそと誰かが動く音がして。それに反応したの声に、すぐに答えはかき消されてしまった。
どこかぽかんとしたロッカは気になったけど、さしあたっての問題は、扉の向こう。
「アメル、起きたんだ。……よし」
気合を入れるに続いて、ロッカも扉に近づいてきたけれど、は、ふとそれを手で止める。
「さん?」
「あたしが……あたしに話させて」
ふたりで行くと、数に物を云わせてるみたいだから。
それに、出ていく直前のリューグと直接に話したのはだったから。
ロッカの気持ちを無下にするつもりはないけれど、自分が話したほうがいいんじゃないかと思った。
「……」
つと、ロッカはをしばらく眺めていたけれど。
やがて静かに微笑んで、頷いた。
「お願いします、さん」
「うん」
「だけど……ちょっと悔しいですね」
「……え?」
唐突なことばに、すでに背を向けて歩きだしているロッカを振り返った。手はドアノブにかけたままで。
「リューグのこともアメルのことも、なんだか僕より貴女の方がよく判っているみたいで、ちょっとだけ悔しいです」
同じようにこちらを振り返って、ロッカが云う。
その顔は笑っていたけれど。
「……判ってないよ」
たったひとこと。うまく笑えたか判らないけれど、振り切るようにそう云って。は部屋の扉をくぐった。