てくてく、てくてく。てくてくてく。
今度はしっかりお天気も見て、気休めながら雨対策もばっちりやった一行は改めて、アメルの祖母の暮らす森へと向かっている。
街道を北へ進み、途中から道を外れて進むこと数時間、ようやく、目の前にうっそうと茂る木々が見え出した。
「ほぇー、思ってたよりずいぶんうっそうとしてるんだねー」
入り口の方はまだよかったが、奥に進むにつれて、だんだんと日光が遮られ始めた。
それなりに突き進んだ今となっては、薄闇と云っても過言ではなさそう。
っていうか……人が住んでそうな雰囲気じゃないんですけど、ココ……
そんなこと云ったらせっかく元気になったアメルがまた落ち込みそうなので云わないが、気持ち的には周囲の人間も一緒のようだ。
声に出しては誰も何も云わないけれど、怪訝な顔をして辺りを見渡している。
……沈黙が重い。
「オイ、ほんとうにこの森なのむぐ」
痺れを切らしたバルレルが、とうとうアメルに問いかけたのを、後ろから抱え込んで口をふさぐ。
「はひひやはるはへふぇへえは〜!」
「……バルレルくん」
じたばた暴れる少年を、ぎゅぅっと押さえ込んで睨みつけ。
うっ、と、おとなしくなったのを見て、とりあえず解放してやると、
「ンだよ! 本当のコトだろうが!! どう見ても……」
「ねぇ! あっちに煙が見えるわよ!」
ケイナさん、ぐっどたいみんぐ!!
彼女の指差す方向に手をかざして見れば、木々の合間からようやく見えるほどの細い煙が、うっすらとたなびいていた。
山火事などの黒っぽい煙ではなく、モーリンの家でもよく見かけた、生活の煙。
ということは、とりあえず人が住んでいると判断してよさそうだ。
「行ってみようっ!!」
ぺいっとバルレルを放り出し、ぐいっとアメルの手を引っ張って、はとっとと走り出した。
森が騒がしい。ペコたちが騒いでいる。
いったい何事かと思っていたら、今度は近づいてくる人間の気配。
考える。
普通の人間がこんなところにくるはずなんかない。だってあの森の奥には結界があるから。
では誰?
普段はおとなしい森の木たちが騒ぐのはどうして?
ここ数日、ずっと感じていた、誰かの出入りする気配。 誰?
もしやこれは、
「――悪魔?」
遠くに見えた煙だったが、実はそれなりに近かったようだ。
半時もせずに、たちは煙の出所に辿り着く。
家の立っている周辺だけは、やはりというか木々も少なく、久しぶりに見たような錯覚さえ覚えさせる、たくさんの日の光が溢れていた。
「……一軒家か」
「一軒家だねぇ」
見れば判ることをつぶやいているのは、フォルテにモーリン。
アメルが云っていたのは『村』なわけで……そうなると、ここが彼女の祖母の家とはちょっと考えづらい。
まさか、たかだか十数年の間に、村がなくなるわけもなかろうし。
でも、人が住んでいるならこのあたりのことは知っているだろうから、少なくともそのへんの情報は得られる。
「とりあえず、訊いてみようか」
誰ともなしに云ったマグナのことばに、全員がうなずいた。
云いだしっぺということもあり、発案したマグナが家に向かおうとした――そのときだ。
くい。
ハサハが急に、マグナの裾を引く。
「どうした? ハサハ」
「だれか……出てくる……」
いつものようにぽつぽつと、ハサハが云い終わったと同時。
ぎぃ、
目の前の家の扉が開いた。
最初に目に入ったのは、真っ直ぐな黒い髪。それから褐色の肌と、初めて見るタイプの白い服とのコントラスト。
それから、彼女の横に浮いている、たぶんなにかの召喚獣。
ピンクとオレンジで、けっこう可愛い。
身構えていた一行だったが、現れたのがやトリスとそう年の変わらなさそうな少女だったので、目に見えてほっとする。
少女の表情は硬かったが、それはまあ、誰だってこんな大勢で押しかけられれば警戒するだろう。
話せばだいじょうぶ。
そう思って、それは往々にして適用される事実ではあるのだけれど。
「騒がせてごめんなさい、ちょっと尋ねたいことが……」
ケイナが代表して、そう切り出した。
刹那。
瞳の鋭さを増した少女が、すぃと両腕を持ち上げた。
つづいて、引き結ばれていた唇が開く。
「アフラーンの一族、ルウが古き盟約によりて命じる……」
「召喚術の詠唱だと!?」
「みんな散れっ!!」
ネスティが驚愕の声をあげ、マグナが退避を促す。
その直後、いや、殆ど同時。
ドカカカカカカッ!!
とっさに飛び退いた一同のいた場所を――地面を、何かが大量に貫く貫く音がした。
体勢を整えて振り返ってみれば、それは無数の剣。
――本気だった!?
あと少し避けるのが遅れていたら、きっと何人かは傷を負っていた。それが判る。
あっけにとられていた皆のなか、リューグが厳しい表情で、攻撃を仕掛けてきた少女に向き直る。
「いきなり何しやがるっ!!」
その剣幕にひるんだのか、彼女――ルウという名らしい――は、びくりと後ずさる素振りを見せた。
けれどすぐに気を持ち直したのか、油断なく両手を持ち上げながら、
「お、お黙りなさいっ、悪魔の手先のくせに!」
「……は?」
予想外のことばというか、カンペキに勘違いしまくったルウのことばに、だけでなく何人かが間抜けな声をあげた。
悪魔って……悪魔ですか?
たしかにそこに一匹いますが、なんでこんなちびっこの手先にならないといけないんですかってゆーかむしろそこの子はこちらのトリスさんの護衛獣なんだからある意味こっちが手先にしてるって云っても良いような気もしないでもないんですが。
「……、なんか失礼なこと考えてない?」
「ううん、そんなことありませんわよトリスさん」
「テメエあとでしばく」
「あ、君とは一度サシで勝負つけようと思ってましたバルレルくん」
約三名の間抜けな会話を、他一同、賢明にも聞かなかったことにする。
「ちょっと待ってください、僕たちはただ」
「問答無用よっ! ――古き盟約によりて命じる、きたれシャインセイバー!!」
ロッカの再度のことばもさえぎって、ルウが、またもや召喚術を発動させた。
「うわたたーっ!!」
話せばだいじょうぶ。それは往々にして適用される事実ではあるのだけれど。
今回に限っては、例外らしかった。
無数に降りそそぐ刃の雨からなんとか見をかわしたの前に、ぬっ、と、ルウの傍にいるのと似たような、ピンクとオレンジのぽわぽわしたボールのような物体が現れる。
普段だったらその可愛さに思わず抱きついていたけれど、さすがに状況が許さない。
なんとなればそのボールは、こちらに向かって雷などぶちかましてくれたのだから。
「どわーっ! それは反則ー!!」
戦いに反則もへったくれもあるまいに、そんなことをのたまいつつ、はボールから距離をとった。
見れば、そこかしこにいったいいつの間に現れたのやら。
ピンクとオレンジのボールみたいなぽわぽわの生き物と、長い帽子をかぶった絵本に出てきそうなオバケがそれぞれ3〜4体、その場に出現している。
こちら側の人間に攻撃をしかけているところを見ると、ルウの召喚獣かなにかだろうか。
「サプレスの召喚獣だ。ピンクがペコ、帽子がポワルージュ」
傍にきていたネスティが、怪訝な顔のに教えてくれる。
予想大当たり。
……うれしくないけど。
でも、かわいいからあんまり戦いたくないよーな……
そんな悠長な。
どうしたもんだろうと思いつつ、は、ルウの誤解を解こうと話しかけてみることにした。
「ねぇ、ルウさん!」
「な、なんでルウの名前を知ってるのよ!?」
で、名前を呼べばこの反応。あなた、人間不信の気でもあるんですか。
「自分でルウって云ってるじゃないですかっ!」
「……あ。」
もで思わずつっこむものだから、このふたりの間だけ、妙に雰囲気が丸くなる。
他は、相変わらず戦闘中だけど。
とりあえずひとりくらい戦力外が抜けてもだいじょうぶだろうと考えて、会話を続行。
「えっとですね、何を勘違い、されて、いるのか、知りませんけど。あたしたち悪魔なんかじゃないんです、よっ」
声が妙に途切れるのは、攻撃避けつつ話しているからである。戦力外とはいえ、相手にそれが通じるわけもない、いい例だ。
「嘘だわっ! ルウは知ってるんですからね!」
「決め付けないでこっちの話を聞いてください!!」
あまりといえばあまりな対応に、思わず途方に暮れる。
追い打ちをかけるように、ルウが召喚術の構えをとりながら、また口を開く。
「キミたちが……」
この際聞くだけ聞いてみるかと思いつつ、
「あたしたちが?」
うながしてみると。
返ってきたのは、すさまじい意味で誤解しまくられのおことばだった。
「キミたちが禁忌の森に封印された、仲間の悪魔を解放して、悪いことをしようと企んでるってことを!」
「「「「「はあぁ!!?」」」」」
「――――!?」
さすがに。これには全員があっけにとられた。
ただひとり、ネスティを除いて。
「……禁忌の森だと……!?」
耳にした単語に、身体の芯が一気に冷えた。
ただでさえ体温の低い肉体が、まるで氷になったような感覚に見舞われる。
普段はあまり意識しない――しないようにしている己の一族の記憶が、滝のように奥から溢れだした。
「ッ」
いけない。今はいけない。
こんなことに気をとられてはいけない。
思うのに。身体が動かない。
それは罪の記憶だ。
それは裏切りの記憶だ。
それは――
「ネスティ!!」
ぱぁん、と。心を侵食しようとしていた黒いなにかが、一気に払拭される衝撃。
「避けて!!」
の声だった。自分を呼ぶ声。
こちらへ走ってくる。黒い髪が、木々の間からこぼれる光に透けて、とても綺麗だった。
そうして、自分の上に召喚術の光が溢れていることに気がついた。
――シャインセイバー。
そう認識したのと、無数の剣がこちらに向けて降り注ごうとするのは、同時。
そして、
「ネスティ!!」
叫んだが、走ってられるかとばかりに地面を大きく蹴って飛び込んできたのも、同時だった。
ドカカカカカカカッ!!!
……ずしゃあぁ……
もうもうと、土ぼこりが舞った。全体重をかけてスライディングしたおかげで、生えていた草たちが無残に押しつぶされている。
ごめんねと心で謝って、それから。
自分の身体の下にいる、ネスティを見た。
ネスティは、呆然とした表情でを見上げている。
状況がこんなんじゃなかったら、「よっしゃ押し倒し!」とか茶化して遊ぶとかいう選択肢もあるんだが。
しょうもないことを考えつつ、ぺち、と、軽くネスティの頬を叩いた。
「だいじょうぶ?」
訊くと同時に、やっとネスティの眼の焦点が合う。
「……すまない」
「もう、戦いの最中にぼーっとしたら命取りでしょ?」
危機を回避できたことに、ほんとうに安心して、それから身体をどかす。
立ち上がったネスティが、もう一度口を開いた。
「……ありがとう」
どういたしまして、と、軽く答えたけれど、そのときは、また視線をルウの方に戻したあと。
だから知らない。
ネスティが泣きそうな、安堵したような顔をして、そう云ったのを。は知らない。
気づかないまま、ルウに向かって感情を爆発させる。
いい加減に、我慢の限界だった。
今まで我慢してたのかとか、訊いちゃいけない。
「とにかく、こっちの話を聞いてよっ!! 何も聞かずに攻撃を仕掛けるなんて、あなたのほうがよっぽど悪魔みたいよっ!!」
「なっ!?!?」
がごーん。
金タライ直撃音。
ようやく話を聞いてくれそうになったルウに、一行は、事情を懇々と説明し続けた。
時間にしてどれくらいだったのか、考えたくもない。
ただ判っていたことは、
「じゃあ、あなたたち、ほんとうに旅の人たちだったの!?」
そのことばが出たときには、一同、本当に本当に疲れきり、ぐったりとなるほどには、気力消耗したということくらいか。
「旅の人以外の何に見えるってのよ……って、悪魔に見えてたわけか」
はああぁ、と、巨大なため息と一緒にそのことばを吐き出して、はもたれかかっていたレオルドに沿ってずるずると崩れ落ちた。
硬いからよけいきついんじゃないかと誰かからツッコミが入ったが、レオルドは機械兵士=磁力持ち=健康磁力。
我ながら無茶苦茶な三段論法だ。
ほんとうは、ただ単にいちばん近い場所にいたからなのだけど。
「殿、地面ニ寝ルト服ガ汚レマス」
「本人が気にしません〜」
とまあ、ふたりの会話ものんきなものである。
これもひとえに、やっとルウの敵意を消すことが出来たからなのであるが。
しばらくは多大な脱力感に身をひたしていた一行だったけれど、ふと、ネスティがルウに向き直った。
「さっき、君は、禁忌の森とか云っていたが……?」
唐突に声をかけられて、ルウがきょとんとした顔をする。
けれどすぐに相好を崩すと、「そうだよ」とうなずいた。
「知らないの? アルミネスの森とも云うんだよ、あそこは」
「アルミネス!?」
過剰な反応を示すネスティを、マグナとトリスがなんだなんだと振り返った。
あまり感情を表に出さない兄弟子を、珍しがっている様子。
その横で、フォルテがなんだか呆れた調子で、
「おいおい、それってあれか? 天使が悪魔と戦ってできたっていう……」
「私も知ってる。昔、リィンバウムに攻めてきたサプレスの悪魔の軍勢が封じ込められてるっていう禁忌の森、でしょう?」
でもあれはおとぎ話なんじゃないの?
ぐったりしていたミニスも、少しは体力が回復したのか、身を乗り出して話に加わってきた。
けれど、そのことばに、ルウは首を横に振る。
示されるのは否定の意。
「おとぎ話じゃないわ。本当の話よ」
そこでことばを一度切り、彼女は、ちょっと記憶を確かめるような素振りをした。
「……ルウたちアフラーンの一族は、あの森を中心に出るサプレスの力を研究するために、ずっと昔からここで暮らしてるんだもの」
「ずっと昔から?」
思わず、おうむ返しにつぶやく。
一族だけで、こんな森の奥深く、召喚獣と一緒に、他人と交わることもなしに?
……どんな気分なんだろう。
自分の血縁以外の人間を見ないというのは。
こんな森の奥、ずっとずぅっと、暮らすというのは。
レルムの村も森に包まれていたけれど、こんなにうっそうとしていなかった。それに、何より人がたくさんいた。
……どんな、気持ちなんだろう?
じっと自分を見つめるを不思議に思ったのか、ルウは首を軽くかしげたけれど、すぐに、にっこりと笑ってみせてくれる。
誤解がとけて改めて接してみると、ルウは、とても素直な良い人に思える。実際その認識でいいんだろうけれど。
ちょっと初対面でえらく警戒、どころじゃないことをされまくったけれど、それは育った環境からすればしょうがないことなのかもしれないなぁ、と思った。
喉元過ぎればなんとやら。
そして、ネスティが、ふと思い出したように、また口を開く。
「すると君は、派閥に属さなかった召喚師の末裔なのか」
けれど、ルウは是も否も示さず、ただ怪訝な顔になる。聞いたことのない単語を耳にしたような、表情だった。
「はばつ?」
「派閥って云うのは……簡単に云うと、召喚師の集まり、かな」
マグナの傍で、膝を抱いて座っていたトリスは、そうルウに告げる。
派閥。召喚師の集団。
でも仲間意識なんて感じられない冷たい場所。排他的な感情が、肌に突き刺さる、場所。
好きじゃなかった。今だから思う。
あの場所であたたかったのは、今傍にいてくれる兄と、兄弟子。それから養父――
つと、マグナにすりよった。
木漏れ日の下で兄妹こうしていられることを、なんとなく確かめたかったのかもしれない。
トリスの説明を聞いて、それでもルウはなんとなく、判ったような判らないような、そんな顔をしていたけれど。
「ふーん……まぁ、とにかく、このあたりのサプレスの魔力が強いのは本当よ。ほら」
自分の横で地面にぺたりと寝ていた、ペコを示してみせた。
さっきまで戦っていたというのに、その召喚獣は今にも『♪』など出して踊りだしそうなほどに回復しているらしい。ルウがちょっと合図してやると、ぴょいぴょいあたりを飛び跳ねる。
うらやましい……と思った人間が、約数名。
と、同じくサプレスの出身であるバルレルに、次の瞬間、視線が集中した。
「おお、そういや、いつもより身体が軽い気がするなァ」
彼は彼で、故郷の空気か、魔力かに触れられてうれしいのか、いつもより上機嫌な顔で、腕をぶんぶん振り回したりなぞしていたりする。
恩恵にあずかれない他の護衛獣たちが、何か云いたげに見ているが、そんなの気にするバルレルでなし。
「けどね」、
と、ルウが云う。
「ここのとこ、なんとなく森の様子がおかしくて……ザワついて嫌な感じがしてたの」
それから、人の出入りする気配もした、と。
感覚を思い出しているのだろう、少し顔色が悪い。
「君たちの歩いてきたところは普通の森なんだけど、もうちょっと奥に進むと結界が張ってあるのよ。だから、普通の人間は入れないはずなんだけど……」
「え?」
ルウが話しているのをさえぎってしまうのも考えられず、は声をあげた。
今、なんて云った?
『普通の人間は入れない』?
たぶん何気なく云っただろうルウのことば。
思わず聞き流しかけて、あわてて留めた、そのことば。
「じゃ、……あの、もしかして、この森には、他に誰も住んでないの?」
「そうよ? ここにはルウしか住んでないけど」
表情を変えた一行を見て、ルウは何事かと首を傾げつつも、穏やかに答えてくれた。
けれど。
それは、彼らにとって、絶望にも似た衝撃をもたらすものだ。
「ちょ――ちょっと待てよ! 俺たちは、ここに村があるって聞いてきたんだぞ!?」
リューグが、己の疲れも忘れて立ち上がった。
その顔に怒りがみてとれる。それから……不安?
揺れ動くその表情を見て、片割れであるロッカに目を転じると、声には出さないものの必死に葛藤と戦っている様子。
……嫌な。感じ。
嫌な予感。
ぎゅ、と。自分の横に座っていた人が、しがみついてくるのが判った。
見てしまったら後悔すると思った。
だけど、見ずにはおれなかった。
「アメル……」
痛いほどにの腕を握り締めてくるアメルを、見下ろした。
血の気がひいて、身体を小刻みに震わせて。
だって。
アメルが心配していたのは、そんなことじゃない。
村があるかどうかなんて、そんな、どうしようもないレベルのことじゃない。
受け入れてくれるかどうか。
孫と思ってくれるかどうか。
笑いかけてくれるかどうか。
そんな、緊張とぬくもりのある、不安だ。
だって。
祖母がいる。そのことを教えてくれたのは、アメルのお爺さんなんだから。
逢ったことのない相手の対応を不安に思ったりはしても、存在自体を疑ったりなど、誰がするものか。
自分を暖かく包んでくれた、大切に育ててくれた、そんなひとのことばを。
ことばを疑ったりなど、するものか――
「……嘘、だったって、云うの?」
ぎり、と。
の腕を握るアメルの手に、信じられないほどの力がこもる。
顔を見る。泣いていない。
けれど瞳には、不安と絶望が渦巻いていた。涙に濡れていないからこそはっきり判る、それがとても痛い。
「おじいさんの云っていたことは……嘘だったっていうの!?」
「アメル!! よけいなコト考えるんじゃねえッ!」
「あたし――!」
リューグの声も耳に入っていないのか、アメルは、溢れ出す感情のままに叫んでいた。
「あたしが今まで信じてたのは、何だったの……――!!」
そして、ふっと、の腕を握っていたアメルの手から力が抜ける。
どさり。
倒れこむ彼女を、は地面すれすれで支えることに成功した。
「アメル!」
心配して駆け寄ってくるリューグとロッカに、「しぃっ」と指を立ててみせる。
気を失っているアメルを指して見せると、双子は、はっと目を見開いた。
そうなってからようやくこぼれた一筋の涙が、つぅと頬を伝って地面にしたたっていて。
それを見ていられなくて、は目を閉じた。強く。