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第10夜 壱
lll ま、女の子同士ということで lll



 スルゼン砦でトリスたちが出逢ったという男性は、レナードと名乗った。

「しょうかんじゅう?」

 見た目はまるっきり自分たちと同じ姿のこの人が、実は召喚獣なのだと云われて、は目を丸くする。
 いやたしかにカザミネもそうなのだが、こちらにしたって、最初はやはりリィンバウムの人間かと思ってたし。
 数度目を瞬かせて見上げると、レナードは紫煙をくゆらせて苦笑。
「まったく同感だ。俺様としてもいまいち実感がないんでな」
「召喚されるというのは、そういうものでござるよ。拙者もそうでござった……」
 そういうものなのだろうか。
 妙にしみじみと話している異世界の人間ふたりを目の前に、共通項を発見したような気になる。
 でも、外見が変わらないということは、こちらでの生活にもあまり特別な目を向けられないですむんじゃないか――と、そう思ったのだが。
 やっぱりその認識は甘かった。
「俺様のいた世界とはけっこう違いがあるみたいだぜ? あの砦にはしばらくしかいなかったから、まだよく判らんがな」
 とのおことば。
 結局よその世界からくるということは、必然的に奇異の目を向けられる対象になるということか。
 目立つのが嫌いなとしては、同情を禁じえない。

 って、カザミネさんはなんのために召喚されたんだろう?

 これまた問うてみれば、
「戦の助っ人として召喚されたのござるよ」
「そうなんだ。カザミネさんなら納得できるかも」
 の横に座っていたトリスが同意を示す。

 ちなみにここはモーリンの道場だ。
 スルゼン砦から戻ってきた翌日。
 アメルが体調を崩して寝込んでいるが、モーリンの診立てでは雨にうたれて体力が落ちていたトコロに、急に大きな力を使ってつかれたのだろうということだった。
 双子もついているし、あまり心配しなくてもいいだろうという話。
 でも、昨夜部屋につれられていくのを見たきりだよなー……
 ちょっと考えて。

 うん、あとでお見舞いに行こう。

 違うことを考えている間に、カザミネがどうしてリィンバウムに残っているのかという話になっている。
 彼はしごくあっさりと、
「そのときの戦いで召喚師殿が亡くなられ、帰る方法が無くなってしまったのでござる」
 と仰ってくれた。
 それを聞いて、ネスティが少しだけ眉をしかめた。

「典型的な、はぐれ召喚獣の誕生のしかただな」

 はぐれ召喚獣?
 きょとんと首を傾げる。けれど今回は自分だけでなく、レナードも同じように首を傾げているのがちょっと仲間意識。
 記憶喪失のと、異世界からきたばかりのレナードは、この世界に関しては同じくらい真っ白けなのだ。
 横からマグナが、『元の世界に帰る方法をなくしちゃった召喚獣のことだよ』と説明してくれる。
「自分で帰れないの?」
「ああ、は知らないんだっけ?」
 召喚獣を元の世界に還せるのは、召喚した術者本人だけなの。
 そう、ミニスが教えてくれたとき。
 ぽとり。
 レナードのくわえていたタバコの灰が、道場の床に落ちる。
 こらこら人様の家の床を――誰かがそう云おうとしたのかどうかは判らない。よしんば云おうとしてたとしても、凝然と目を見開いたレナードの表情に気圧されて、かなわなかったろうが。
 そしてその表情のまま、レナードは悲嘆の叫びをあげていた。

「なんてこったい! 俺様を喚びだした奴はあの砦でくたばったんだぞ!?」

「「「「え。」」」」

 はぐれ決定?



 なにはともあれ、レナードには、しばらくこちら一行とともに行動してもらうことになった。
 危険に巻き込むのは判っていたが、このままでは確実に『はぐれ』になってしまうだろうし。せめてこちらの常識を覚える間だけでも、という次第だ。
 そのときのレナードのセリフが、なんとなく、の心に残っていた。
 危険がくるのが判ってるんなら。彼はそう云って、どっちも同じだろう、という意味合いのことを続けた。
 判っているからこそそんな目にあわせたくはなかったのだけど、逆に判っているなら気が楽らしい。
 いろいろな考え方があるというコトを、学んだ気がする。
 ……って、あれ?
 廊下を歩いていたは、ぴたりと足を止めた。
 その正面から歩いてきたのは、リューグとロッカだ。
「アメルの調子は?」
 もしかしてもうだいじょうぶなのかと思って問えば、ふたりともこっくり頷いて。
「一度目を覚ましましたから、もう心配ないですよ」
「顔だけでも見せてやれ、安心するから」
「うん」
 頷いて、双子を見送った。そのまま廊下を歩き、目的のアメルの部屋に辿り着く。
 ノックしようかなと思ったのだけど、女の子同士だしまあいいか、と考え直したのがまずかった。

「アメル、入るよ」
「っ、きゃ!?」

 なんとは、聖女の着替えシーンを網膜に激写してしまったのである。

 ばったーん!

 あわてて閉じた扉がぶつかる盛大な音に、なんだなんだ、と、離れた場所にいる数人が、しばらく耳に手を当てていたとか。

「ご、ごめんねアメル。もういい?」
 そうしてから、しばし。
 扉の影から、おそるおそる覗いてみると、服を着終えたアメルが、困ったように笑っていた。
「もう、びっくりしたじゃないですか」
「ごめんなさいごめんなさい」
 顔の前で手を合わせて、ひたすら謝罪。
 同性だから良いかと思ったのはほんとうだけど、気にする人は気にするもんなのね……っていうか、それはにしてもだが。
 そういえば、アメルと逢った次の日に着替えてるときも、アメルこっち見ないでくれてたのになあ。
 先日ファナンに来たばかりの頃、女性たち全員でお風呂に入ったときも、身体洗うときは隅っこにいたし、そもそもバスタオル巻きっぱなしだったような、なんてことを思い出し。
「ごめんなさーい」
 なんか最近、謝ってばっかりのような気がしないでもない。
 のしつこさに根負けしたか、最初からそんなに重大問題でもないのか、アメルは笑って許してくれたのだけど。
 不意に頬を薄紅に染めると、そっとの耳元に口を寄せて。
「……見ちゃいました?」
「え?」
「あの……着替えてる途中の」

 聖女の玉の肌を?

 なんて茶化しかけた己の口を、無理矢理矯正。
「えっと、背中だけ」
 前は見てないからだいじょうぶ! 天地神明にかけて!!
 そう力説するを見て、アメルがくすくすと笑う。
 それからやっぱり頬を染めたまま、何かためらう様子を見せて。また、内緒話の体勢になる。
「あのね、あたしの背中……アザがあるんです。だから、見られるのは恥ずかしくて……」
「アザ?」
 申し訳ないかと思いつつ、ついさっきの記憶を掘り出してみる。が、すぐに諦めた。
 ……反射的にドア閉めたんだからそんな細部まで見えてるわけないです。
 そう云うと、アメルはほっとしたような表情になった。
 それから、話を切り換えようという意図もあるのだろう、ちょっといたずらっぽい表情になって。
「ねえ、。あたしも、ほら、もう大丈夫ですし。お散歩に行かない?」
「はい?」

 ちょっと待ってください、ついさっきまで寝込んでた聖女さん。

「ダメだよ、寝てなくてもいいから、部屋でおとなしくしてないと。体力ちゃんと戻ってないでしょ?」
 当然、は反対意見。
 だけど、アメルもさるものだった。
 病人だからと甘く見ていた部分もあったが、彼女はするりとの横を抜け、あっという間に廊下に出てしまう。

「ちょっ、ちょっとアメルっ!?」
「ふふ、こっちですよ。

 なんでさっきまで寝てた人がそんなに元気なんですか!?
 それも聖女の力とか云うなら、あたしはちょっとだけ聖女がうらやましい。
「ああ、もー!」
 しょうがなく、アメルのベッドにかかっていた上着を掴むと、は彼女を追って駆け出した。



 本気で逃げる気はなかったらしいアメルは、モーリン宅から少し歩いたところ、銀砂の浜であっさり捕獲に成功した。
 とはいえ、ここまでくると、今さら部屋につれて戻るのも莫迦らしくなる。
 結局、ふたりでファナンの街をぶらぶらと歩くことに話はまとまって――

 そういえば、このへんってリューグが稽古してるとこじゃなかったっけ?

 そう思って耳を澄ませば、聞こえる聞こえる。
 何やら妙に気合の入った、特訓音。
 何か思うところがあるのか、最近、リューグはの稽古そっちのけで自分の修行にのめりこんでいるのだ。
 別にその分ロッカが相手してくれるし、先日何やら自分には体術のたしなみがあるらしいと判ったので問題はないと云えばないのだが。
 のほうには。
 そう、のほうはいいのだけれど、問題はリューグ。以前にも増して、無茶な特訓ばかりしているような感じがする。
 今もアメルが心配そうに、音の聞こえるほうを伺って。
「リューグ、だいじょうぶかしら……」
「……ちょっと心配だよね」
 止めても聞きはしないだろうから、自分たちが行ったところでどうなるわけでもないのだけれど。
 それでも放っておけなくて、どうしたものだろうとしばし逡巡していると、横からひょっこり影が差す。

「やれやれ。熱心なこって」

「モーリン!」

 自分もトレーニング帰りらしく、クラブやらタオルやらの道具の詰まった袋をかついだモーリンが、たちの横に立っていた。
 呆れた顔で浜辺の方をあおぎながら、
「強くなりたいって思うのは間違っちゃいないんだけど……大事なものを忘れてんだよ、あいつ」
「話してきたの?」
 今のモーリンのことばには、そう思わせるものがあって。問うと、予想に反さず、彼女はこっくり頷いた。
「ああ、ちょっとね。――自分で見つけなけりゃ、どうにもならない問題ではあるんだけどさ。せめて倒れないようには見ておいてやりな?」
 今日のところはちょっと痛めつけてやったから、あんまり無理もしないだろうけどね。
 さらりと付け加えられた彼女のことばに、とアメルは、ちょっぴりぎこちない動きで顔を見合わせていた。

 痛めつけたって何したんですかモーリンさん……

 なんか洒落にならない痛めつけっぷりが想像出来そうで、ちょっと怖かった砂浜での出来事。



 結局。大丈夫だよ、と笑って云ってくれるモーリンの笑顔を信じることにして、ふたりはとりあえず砂浜を離れた。
 もちろん、アメルが出かけていることは内緒にしてもらって。
 ついでに寝ているからしばらく部屋に入らないように、と嘘の伝言も頼んだし、で散歩に出たと裏工作もカンペキである。
 妙にノリ気だったモーリンに、感謝。
 気になるのは、厳しい訓練をしてるリューグだけど。
 まあ、モーリンが何をしたのかは知らないが、ことばをいくつか繋ぎ合わせてみた結果、どうもぶつかり合ってリューグが負けたっぽい。
 彼だってそんなときに、人に逢いたくはないだろう。

 それから歩くことしばらく、どこかぎこちなさの残る、ぽつぽつとした会話が途切れたとき、は飲食店街の入り口あたりで何処に行こうかと考えていた。
 けれど、ふと、マグナたちが話していたあることを、思い出し、隣を歩くアメルを振り返る。
「ね、アメル」
 思いついたがなんとやら。
 わくわくしながら云っているに気づいたのだろう、少し沈んでいるようだったアメルも、
「なぁに?」
 と、気分回復気味の笑顔を見せてくれる。
「えっと、『あかなべ』っていう美味しいお蕎麦屋さんがあるんだって。行ってみない?」
「そうなんですか? ええ、ぜひ行ってみたい!」
 笑顔になって両手を叩いたアメルだったけれど、次の瞬間、はたっとつぶやいた。
「場所、知ってる?」
「知らないけど」
 となれば知っている人間に訊くしかない→知ってる人間=マグナたち→アメルが部屋に戻される
 連鎖完了。散歩完了。

 それじゃだめじゃないですか……

 いえいえ奥の手が。


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