どう戦えばどう傷がつくのか、今のはよく知らないけれど、剣を使う者であるカザミネが云い、そうしてフォルテもうなずいている。
ならば間違いはないのだろう。
「どうして……!?」
アメルが、ふらりとにしがみついてきた。
手を握ってやったものの、握り返してくる力が弱い。
どうしてなんてそんなこと、にだって判らない。だけど、ひとつだけなら判る。
ここに長くいてはだめだ。
こんなもの、ずっと見ていたら、気が狂ってしまうかもしれない。
つと、傍にいたリューグの袖を引っ張って。
「ねえ、もう出よ――」
ガタン
音がした。死体の他には自分たちしかいないこの砦から。
「誰だ!?」
全員が武器を構え、ロッカが誰何する。
この惨状をつくりだした張本人かもしれないという懸念が、気を緩めさせない。
ガタガタ……ガタン……
ガタッ
音が続く。だんだんとこちらに近づいてくる。
そうして音の主が姿を見せた。
「ちょっとちょっと! 暴力沙汰は勘弁してくださいってー」
「パッフェルさんッ!?」
「私はただの雇われの身。雑用係のメイド…… あら、皆さん!」
云いながら現れたのは、オレンジの服に身を包んだ、はりきりアルバイターさんことパッフェルだった。
見慣れた顔に、マグナやトリスはほっとした表情になる。
それはも例外じゃなくて。
パッフェルを知らない他の人間も、その様子に敵ではないと判断したのだろう、場に張り詰めていた緊迫感がとりあえず薄れる。
「どうしてここに?」
質問は、やはり顔見知りがすることになる。
トリスの問いに、パッフェルは困ったように笑うと、自分の格好を指差してみせた。
かわいらしく頭に乗っけたフリルのカチューシャ、身体のラインを強調した服、というところに変わりはなかったのだけれど、今日は大きな白いエプロンをつけていて。
「また、新しいお仕事を始めたんですか?」
「ええ。数日前に住み込みで雇っていただいてたんですよ。そしたら……」
この有様で、と云うパッフェルの様子には、死体に驚愕した色はない。
環境への適応が早いのか、それとも。
けれどそんなことを悠長に詮索している余裕はない。気持ち的に。
「何が起こったんだ?」
「それが私もさっぱり。突然、殺し合いが始まって……身の危険を感じたので、今しがたまで、酒蔵の中で隠れてたんですー。それで、やっと静かになったから……」
「外へ出たら、僕たちに見つかったわけですか」
「……うらやましいヤツ」
なにがうらやましいんだろう。
ふとバルレルを振り返ると、目が合う。彼の目はこう語っていた。
酒蔵ってことは酒がたんまりある! ――と。
そんなアイコンタクトに気づいたトリスが、バルレルの脳天を引っ叩く。いい音だ。
なにやら微笑ましい光景もあるが、今の状態では場を和ませるにはほど遠い。
「パッフェルさん、ここは危ないから、逃げたほうがいいと……」
どう考えても戦闘力などないだろうパッフェルの身を心配して、はそう云ったのだけれど、彼女は、予想外な反応をした。
首を横に振ったのだ。
「いいえ、そうは参りません! 今日の分までのお給料を、まだ頂いてないんです!!」
…………
思わず沈黙する一行。
「あー、ひとつ訊いていいか」
髪を乱暴にかきながら、フォルテが云った。
「給料と自分の身の安全とどっちが大事だ?」
「お給料ですッ!」
「即答かよ」
「たくましいわ……」
脱力する数名、呆気にとられた数名の前で、パッフェルは、朗らかな笑顔のまま宣言した。
「そういうわけで、ぱぱっと金庫くらい発見してからおいとまいたしますっ!!」
そして身を翻し、走り出す。
「パッフェルさんー!? 危ないよ、待って!!」
いきなりの彼女の行動に、驚いたは、半ば条件反射で彼女を追いかけだした。
後ろで、トリスたちが引き止めようとしていた声も聞こえずに。
「……っ!」
役割を果たさない声は、雨にかき消された。
「――」
いなくならないでって、あれだけ云ったのにっ!!
ことばとしての形にならず、頭のなかで繰り返すのは、ただそのことば。
パッフェルが心配なのは判る。判るけど、今はぐれたら何が起こるか判らないのに、それなのには行ってしまう。
「あたしも行くっ! みんなはここで待ってて!!」
「待てトリス、俺もっ!!」
だから追いかける。
知らないんだ、は。昨日あれだけ云ったのに。
あなたが急に目の前からいなくなるのをどんなに嫌だと思ってるか、はどうして判ってくれないんだろう。
走って、走って。
ふと気づけば、自分の横にはネスティとマグナが並んでた。
「ネスもきたの……?」
「なんだその顔は」
意外だったから、うわずった声になった。それを聞きとがめたのだろう、ネスティは不機嫌な顔で返してくる。おまけに。
「彼女は僕たちの仲間だぞ。心配して当然だろう」
不機嫌な顔のまま、そんなことを云うからよけいにびっくりした。
ネスティの人見知りは、ミモザが強引なピクニック案を持ち出したくらい筋金入りなのだ。
それなりに長いこと、今のメンバーで旅を続けているけれど、ネスティは自分から積極的に関わろうとしていなかったし、新しく増えたモーリンやカザミネに対しても、それは同じだった。
なのに、自分から、「仲間だ」なんて――
「……う、うんっ!」
だから、
「そう、そうだよねっ」
。
みんなこんなに、あなたの心配してるんだから。
ちょっとはこっちのことも考えて。
そうして、こんなふうにあの人のことを考えるとき、思い出すのはいつも笑顔。
――ガァン!
「わっ!?」
「何だ!?」
思考と足を急停止させたのは、金属が破裂するような音だった。
トリスたちは足を止め、音と声の出所を油断なくさぐる。
「ホールドアップ!!」
「……えっ!?」
敵意の混じったその声は、間違いなく、生者のものだ。
自分たち以外の声を聞くなど予想もしていなかったためか、彼らの目は驚愕に見開かれた。
その少し奥の物影から、彼らの前へと姿を表す者がいる。
それは、硝煙のおさまっていない銃を手にした、ひとりの風変わりな男だった――
……銃?
少しおさまってきた雨の中、遠くから響いた異音に、ふと足を止めた。
もしかして、この砦をこんなふうにしてしまった奴がまだ残っていたのだろうか。
だったらみんなが――
「だいじょうぶです」
「……え?」
云いようのない不安に襲われたに、いつの間にか戻ってきたパッフェルが告げる。
「今の銃声は、この砦にいた方ですよ。殺し合いが始まったとき、途中まで一緒に逃げたんです」
レナードさんと仰る方でなかなかダンディでお買い得だと思うのですがいかんせん妻子が故郷にいらっしゃるとか。
「……いや、そんなもん教えられても」
ぱたぱたと力なく手を振る。
まぁ、それなら、改めて警戒する必要もないだろう。
銃声は一発きりだったから、威嚇で放った可能性もある。ていうかあってほしい。
ほっと胸をなでおろしただったが、ふと。
黙ったまま自分の方を見ているパッフェルに気がついて、彼女の方に向き直った。
「えと……金庫は?」
そのために走り回っていたのだろうに、わざわざ足を止めたのは何故だろう。
が心底そう思っているのが伝わったのか、パッフェルは、浮かべた笑みを苦笑に切り替えて。
「いえ実は、あなたに少々、お願いしたいことがありまして」
「はい?」
無用心に自分を見上げてくる少女に、パッフェルは、改めて苦笑を禁じえない。
思い出すのは一度きりの邂逅。
久しぶりに命の危険さえも感じさせてくれた瞬間。
それをくれたのは、今目の前で、敵意の欠片も見せずに突っ立っているこの子のはずなのに。
夜の闇の中、初めて逢ったときには、畏怖を覚えた。そしてちょっぴり、奇跡を信じかけた。
だのに、二度目にゼラムで逢ったときには、何の冗談だと思った。
――だから、調べてみたのだけれど。
遡ることほんの少し。
デグレアが聖女捕獲の命を出した折、黒の旅団が動き出す直前にかの地を離れたと――そんなことしか、結局判らなかった。
そうして今、彼女は聖女一行のもとに身を寄せている。
「さん」
名前を呼んで、もう一度笑う。
任務に支障をきたすかもしれないと思っていたけれど、これだけはたしかめたかったのだ。
あの夜自分が感じたものが、幻ではないと思いたかった。
だって、あなたは、あの夜の闇のなかでも、私のように沈まないでそこに在った。
強い強いひかりを抱いて、私に、鮮烈な輝きを見せてくれた。
なのに、今のあなたはまるで春のひだまりみたい。
それはそれで可愛らしいのだけど、
「ごめんなさいませ」
微笑んで。隠しもっていた短剣を抜き放つ。
もう一度、あなたのひかりを見たいんです。
あの遠い、遠いひかりを。
「パッフェルさんっ!?」
声をあげたものの、にそれ以上驚いている余裕はなかった。
短剣の鞘を放り投げ、横手に抜き身のそれを構えたパッフェルが、瞬時にこちらへと肉薄する。
どうしよう。そんなこと思う間もなく、身体が動いた。
半歩分上身を右に動かし、かするギリギリの場所で刃をかわす。
そのまま相手の懐にもぐりこみ、足払いをかける――避けられる。けれどその勢いを利用して、はパッフェルの後ろに回りこんだ。
けれど、それを察知していたらしく、パッフェルもまた、避けたときの勢いを殺さずにから距離をとる。
刹那の攻防。瞬間の交差。
何がどうなったのか、正直判らなかった。
けれど。
パッフェルの攻撃を避けきれたのだと、少しの間をおいて理解した。