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第7夜 六
lll 海賊と剣客とお母さん lll



 一行がモーリンの家に世話になって、早数日。
 その間に彼らの体力も回復し、ネスティの足も完治した。
 となれば早々に、夜逃げした目的であるアメルの祖母の暮らす山に向かうべきだった、が。
「せっかくお世話になったのに……」
 しゅーん、とうつむくアメル。
 事情は話さずに、挨拶だけして出発しようという案が出たせいである。
「しょうがないさ、僕たちの事情に無関係なモーリンを巻き込むわけにはいかないからな」
 諭すようにネスティ。
 もっともこれはアメルだけではなく、マグナやトリス、ハサハにレシィ、及び、に向けてのものでもあった。
 姐御肌のモーリンは、何処となく彼らをなつかせる要素があったらしい。
 だから、このまま何も云わずに行くということに、彼らは罪悪感を覚えてしまうのだ。
 けれど事情を話せば、巻き込んでしまう予感がひしひしとする。
 結局そうするしか選択はないのだけど、理性と感情はやはり別もの。モーリンが何も訊かないでいてくれるのをいいことに、だんまり通して去るというのは、落ち着かない。
 納得出来ないまま、はその場を離れようと、押し黙ったままの一行に声をかけてから、部屋を出た。
「…………!」
「よっ」
 朝食の準備が出来たと呼びにきてくれたのだろうか。気まずそうに、片手を上げてみせるモーリン。
「…………聞いちゃいました?」
「ちょっとだけ」
 小声のの問いに、やはり小声で返すモーリン。
 さびしくなっちまうね、と苦笑して、の頭をぐしゃぐしゃにする。
 どうも彼女のこれは癖のようで、レシィやハサハも、挙句にバルレルまで被害に遭っていたり。

 被害って云うな。

「あの、あのね、モーリン」
 部屋のなかの面々を呼びに行こうとしたモーリンを、はあわてて呼び止める。
「なんだい?」
「あたし、モーリンのこと好きだから」
 だから。
 ほんの少しの間だけだけど、あたしたちがここにいたっていうことを。
 どうか忘れないで。
「あぁ。あたいも、アンタたちのこと好きだよ?」
 てらいなく、翳りなく。いつものようににっこり笑うモーリンの顔が正視できなくて、はそのままうつむいた。



 朝食をとり、お礼も兼ねて、いいよと辞退されつつも押し切って、モーリンの家の大掃除も完了。
 そうして、街の出口まで見送ってやるというモーリンのことばをありがたく思いながら、たちはファナンの街を歩いていた。
 フォルテが、馴染みになったらしい出店から土産を受け取っていたり、そんな他愛ない一幕も見られた。
 そうして、
「世話になったな」
「困ったときはお互い様だよ。近くまできたら、また寄っておくれよ?」
 軽やかに笑って、モーリンが云う。
 飲食店街にひとしきり、明るい笑い声が響いた。
 名残惜しいと思いながら、一同は改めて荷物やらの確認をすると、くるり、モーリンに背を向け――

 その瞬間。

 ひゅるるるるるるるる…………

 何かが風を切り裂いて飛んでくる音を、全員の耳がとらえる。
 「ん?」と異口同音につぶやき、空を振り仰いだと同時。

 どごおぉぉぉぉぉぉん!!!

「うわっ!?」
「きゃああぁっ!!?」

 耳をつんざく爆音、腹の底まで響く振動。

「な、なんだっ!?」
「これは……大砲の砲撃だぞ!!」

 ひゅるるるるるるる……

「まだくる!!」

 どがあぁぁぁぁぁぁっ!!!!

「海の方から……ちくしょう、海賊のやつらだっ!!」
 呆然と、撃ち込まれる弾を見ていたモーリンが、とたんに表情を変え、走り出す。
「モーリンっ!!」
「ぼっとしてんな、。俺たちも行くぜ!」
 の肩を、後ろからリューグが叩いた。
「リューグ?」
「話は聞いている。僕たちにとっても、まんざら無関係なことではないからな」
「ネスティさん!」
 トリスとマグナはすでに、それぞれの護衛獣を従えて走りだしていた。モーリンの去った方向に。



 一方、その海。
 海岸近くに泊められた一隻の船。よく目をこらしてみれば、乗組員のなかに、先般モーリンにやられた男たちの姿がちらほら見える。
 そうして彼らの先頭、船の舳先に立って大砲のぶちこまれる街を気分よさそうに眺めている男がひとり。
 これでもかと髭をたくわえて、大仰な服を着、どこから見ても船長だと一目で判るいでたちである。
「燃えちょる、燃えちょる。がはははっ!」
 いかにも上機嫌の風で、船長は額に手をかざして、街の被害を確かめる。
「よっしゃ、次々撃ちまくれいっ!」
「「「おー!!」」」
 前々から、下町あたりに住む生意気な女格闘家が、部下を何度も痛い目に遭わせたことは聞いていた。
 たまりにたまった鬱憤を、今日はようやくぶちまける日なのだ。
 これで上機嫌にならないわけがない。
 ますます大きな笑い声を、彼があげたそのとき、
「ジャ、ジャキーニ様!!」
 ひとりの部下が、砂浜の方を指差して切羽詰った声を上げた。
「ん? なんじゃい」
 良い気分だったところを邪魔されて、ジャキーニはむっとした顔でそちらを振り返った。
 そして目を見開く。ぎょっ。

「やめろおおおぉぉぉぉっ!!」
「ファナンに何するの――――っ!!」

 とんでもない速さで走ってくる、片方はいつぞや話に聞いた金髪の女性格闘家。
 そしてもうひとり、勝るとも劣らない速さで隣に並ぶのは、小柄な黒髪の少女。

、アンタ足速いんだね!」
「自信ありますっ!」

 ずざざざっ!!
 彼女らは、砂を撒き散らして停止する。
 目の前の海賊船を見上げるモーリンを、海賊のひとりが指差した。
「船長、アイツです!」
 その顔に、は見覚えがあった。
 この間飲食店街での騒ぎのときに戦った、荒くれ者ども数名様のなかに、たしかいたはずだ。
 部下をコケにされた報復ってやつですか。
「だ……だから、。モーリンも。速すぎ……」
 後ろから追いすがってきていたマグナたちが、ようやくふたりのところまで辿り着いた。
「ごめん」
 ぱん、と顔の前で手を合わせて謝る
 その緊張感のなさに、後からきた一同がちょっとだけ脱力。
 けれど、そういう場合ではないのである。

「がはははは! これを見い!!」

 クソやかましい笑い声とともに、馴染んだ波動を、ミニスは感じた。
「あっ、あれ……!!」
 目の前の海賊の親玉が手にしているモノを見て、彼女は声をあげる。
 若草のひかりを放つそれは、まごうことなきメイトルパのサモナイト石。
「なんで海賊が、召喚術なんて使えるのよー!?」
 突如として彼らの周囲に現れたのは、ミニスもよく世話になっているローレライにも似た、マーメイド。
 その数、おおよそ5〜6匹。
 囲まれる前に散開したが、どうして海賊が、という疑問は消えない。
 パニックになりかけたミニスの横、憎たらしいくらい冷静な声でネスティがつぶやいた。
「まさか海賊の親玉が外道召喚師とはな。まったく、どんな師匠についたのやら」
 外道召喚師。
 派閥に属さず己の欲望のままに召喚術を奮う、蒼の派閥からも金の派閥からも忌まれている存在だ。
「みんな、その子たちは喚ばれたから海賊に従ってるだけなの! あんまり傷つけないでッ!!」
 とっさに叫んだ。
 召喚獣を喚ぶのは人間。召喚獣を使うのは人間。
 どうして人間の勝手な都合で、異世界のともだちを傷つけなければいけない?

「わわわ、判ってるけどー!」
「テメエらは引きつけて避けてろ! 要は親玉を叩いちまえばいいんだろうが!!」

 リューグが難しい注文をつけて、一気に船に乗り移ろうとする。
 だが、船のほうは海賊の下っ端たちが守っているのだ。そしてそっちに集中していると、召喚獣たちが横から向かってくる。
「どうしろってのよー!!」
 なすすべもなく、攻撃をかわしつづけながら、途方にくれては叫んだ。 

「がはははは! 撃て! 撃てー!!」

 召喚獣たちにたちが手間取っている間に、ジャキーニはさらに大砲を放つ気だった。
 数人の手で、弾が大砲にセットされる。
「このっ……! やめろーっ!!」
 剣の腹で召喚獣たちを気絶させながらマグナが向かうが、間に合わない。
「これ以上撃たせたら、街がめちゃくちゃになっちゃうよぉ!?」
 半泣きでミニスが叫んだ。

 火がつけられる。

「撃てぇぇぇ――――い!!」
「だめぇ――――――――っ!!」

 ジャキーニの号令と、誰かの絶叫が重なった。瞬間。

「下がっておれ!!」

 ざっざっざ、と、彼らの対峙している横手から、新たに駆けてくる足音。
「危ないっ!?」
 いきなり飛び出し、大砲の進路に立ちふさがったその男は、アメルの声が聞こえないのか――故意に聞かなかったのか。恐れる様子もなしに、腰に差した剣に手をかけ身体を低く構える。
 誰もが、男の無謀な行動の、無残な結末を予想した。

 けれど。

「キエェェェェイッ!!」

 怪鳥のような雄叫びを男が発し、目にも止まらぬ速さで腰の獲物を一閃したその結果は。

 ……ぱかっ

「……」

 ごとん。ごろごろごろごろ……

「……………………」
「……嘘。」
 思わず全員が戦いの手を止めた。
 今何が起こったのか把握できないというか、いやたしかに把握しているのだけど、あまりの現実に脳みそが理解するのを拒否しているというか。
「た、大砲の弾を切りやがった!?」
 海賊が叫んだ。
 いったい何者だと全員が思ったが、それはマグナの呼びかけで打ち消される。
「カザミネさん!!」
 聞き覚えのある名前に、はふと記憶をひっくり返す――までもない。
 数日前の騒ぎのときにマグナやロッカが話していた、釣りをしていたという……どうりでマグナたち以外は『誰だろう』という顔をしているわけだ。
 抜き放った剣を鞘に収め、男は堂々と名乗りをあげた。
「おぬしたちには、ひとかたならぬ世話を受けておるからな。シルターンが剣客、カザミネ……。義によって助太刀いたすっ!」

 ひとかたならぬ世話というと、マグナたちが金銭を分けてあげたことですか。

 なにはともあれその声に、はたっとは我に返る。
 カザミネのかました人間離れした技のおかげで、敵味方問わずに全員が彼に注目していた。

 ……チャンス!

 すぃ、と身体を傾がせる――その一瞬で、は向いている方向を反転させると、呆然としている海賊たちの間を通り抜け、一気に船に乗り移ろうと試みた。
 数人が止めようと向かってくるが、自然と身体が動いて次々と交わす。
「みんな! 行くぞ!」
 先陣を切るを捕えようと、海賊たちが動き出した隙を見逃さず、マグナが叫んだ。
 召喚獣たちは剣の腹や槍の柄で無力化させ、海賊たちには少々手荒に、威力を弱めた召喚術や矢の雨が降る。
 そんな乱戦気味の場所を突っ切って、モーリンがに追いついた。
 ふたり一瞬目を合わせ、こくんと小さく頷きあって、そのまま一気に船に乗り移る。
 船に残っている海賊の手勢は少なく、瞬く間にふたりは避けたり当て身をお見舞いしたりして、その間を走り抜けた。
 目指すは一ヶ所。船の舳先に立っている、海賊の親玉ただひとり!
 迫る彼女らを見、引きつった表情で腰のサーベルを抜こうとしているが――こちらの方が速い!

「くたばりなっ!!」
「げふううぅぅぅッ!!」

 モーリンの渾身の一撃が、すべてを終わらせた。
 …………かに、思えたのだが。


「頼むッ、ワシの嫁になってくれ、その強さに惚れたんじゃ!」
「ええぇぇぇい、しつこいんだよっ!!」
 げしげしげしげしげし。

「……なんか、どこかの護衛獣を彷彿とさせるわね、あの蹴り」
「ちょっと待てそりゃどういう意味だ」
「べーつーにー」
 いち早く船から飛び降りたは、バルレルのツッコミもなんのその。手をかざして、未だに舳先に留まっているふたりを眺めている。
 必死にしがみついてくるジャキーニを、嫌悪感丸出しで蹴り放そうとしているモーリン。
 なんでもモーリンのこぶしを食らって『目覚めた』らしいが、モーリンにだって好みってものがあるだろう。
 海賊たちは、ジャキーニが撃沈されたことですでにやる気をなくし、手馴れたフォルテやケイナに縛り上げられるがままになっていた。
 召喚獣も早々に送還させたので、残る問題はこの一味をどうするかということだが……
「モーリンさーん! あとはもうファナンの兵士さんたちにお任せしませんかー?」
 街のほうから群れをなしてやってくる一団に気がついて、アメルがモーリンに呼びかけた。
「おっと、それもそうだね……あぁもうしつこいっ、いい加減にしとくれっ!!」

 げしぃっ! どさっ

 説明するまでもなく、モーリンが全力でジャキーニを舳先から蹴り落とした音である。
 打ち所悪かったら死ぬぞ。

 そこに、がちゃがちゃと金ぴかの鎧の兵士たちが到着した。
 その豪奢さにあっけにとられている一同を尻目に、さくさくと海賊たちを縛り上げ、引っ張っていく。
 ジャキーニはしつこくモーリンのところに行こうとしていたが、彼女には蹴り飛ばされるわ兵士にはどつかれるわ、ほうほうの態で連れ去られていった。
 なんとなしにそれを見守っていた一同の前に、兵士たちの間から、ひとりの女性が歩いてくる。
 柔らかい金の髪に同色の瞳、服装も物腰も上品な、いかにも上流階級の人間であると窺い知れるいでたち。
「貴方たちですね? 海賊をやっつけてくれたのは……」
 口調もまた、外見を裏切らない上品さ。
 なのに嫌味な部分がないあたり、いつぞやのガントレットお姉さんより良い人かも、とが思ったとき。
 ずぃ、とモーリンが前に出て、険しい顔で女性を睨んだ。
「そうだけど。何やってたんだい、街が危険にさらされてたってのに!」
「ええ、申し訳ありません。貴方たちのご協力に、深く感謝いたしますわ」
 けれどそれをさらりと交わし、女性はにこりと笑んでみせる。
 モーリンはこの手の相手は苦手らしく、苦々しい顔でそのまま黙ってしまった。
 対して、女性はにこにこと一同を眺めていた。
 が、

「あら? あらら? あらららららら?」

 不意に表情を怪訝なものに変えると、少し離れたところに立っていたネスティたちの方を見やる。
「変ですわねえ。派閥にいる子の顔はきちんと覚えておいたつもりなのに……」
 そのことばを聞き、ネスティが小さく苦笑した。
「物忘れではないですよ。僕たちは、蒼の派閥の人間なのですから。金の派閥の議長、ファミィ・マーン様」
 うえっ!? と、声にならぬ声をあげて、マグナとトリスが固まった。
「あらあら、そうでしたの」
 金の派閥の議長。
 聞き覚えのある単語に、もまた、しばし考える。
 だが、が自分で答えを出す前に、こそこそと彼女の背中に隠れるようにやってきた、ミニスを見て思い出した。
「あ――もしかして、じゃああの人がミニスちゃんのお母さ……むぐ」
「しぃぃぃっ!!」
 えらい勢いでの口をふさぎ、必死の形相で云うミニス。
 ……そういえばペンダントなくしたことは、おうちのほうにはひみつだったんだっけ……?
 かなりあやふやな記憶をひっくり返していると、また、の後ろに人の影。
 の立っている場所は、ファミィから死角になりやすい場所だとでも云いたいのだろうか。
 ていうかレシィくんはともかく、その翼がどうしてもはみ出てるんですけど、バルレルくん。
 ハサハはマグナの裾にしがみついているし、レオルドはもともと隠れる気も隠れようもなさそうだから問題ないとして、何故、こちらの彼らはトリスの方に行かないのだろうか――と不思議に思い、すぐに納得する。
 現在トリスのいる場所は、ネスティの隣だ。すなわち、ファミィ・マーンにもっとも近い。
「……ミニスちゃんは判るけど、なんで君たちまで?」
 ふと問えば、
「だだ、だってあの方、なんだか…………」
「……妙な気迫を感じやがるんだよ」
 なんだそれは。
 そんなもの感じないので、首を傾げるしかないの目の前で、全員の連行を完了したひとりの兵士が、ファミィの処へやってきて報告していた。
 それを聞いたファミィも、柔らかな微笑みを崩すことなく兵士に応じる。
「ご苦労様。あとで私が直接おしおきをしますから」
「はっ。それから街の住民たちも無事に非難させました。怪我人はほとんどおりません」
「ええ、ありがとう」
 ぱちくり。
 モーリンが数度、瞳をまたたかせた。
「……あんた……」
 それを聞き、もまた納得する。街の人たちの非難のほうを優先させていたんだ、と。
 いつかのミニスのことばを思い出す。
 金の派閥の議長、大勢の人々の暮らす街を預かる身。
 そのときそのとき最優先にすべきものは何か、目の前の女性はきっと、知っているのだ。
「さて」
 兵士が去っていった後、くるり、とファミィがまた、一同の方に向き直る。
「明日にでも改めて、派閥の本部にご招待させてくださいな」
「あ、はい」
 微笑みながら告げられたそのことばに、ネスティが代表して頷いた、その次の瞬間。

 にもはっきりと判った。
 バルレルとレシィが目の前の女性を恐れたわけを。

 笑みを絶やさず、口調もそのままで、ファミィはむしろ、無邪気な調子でこう云った。にっこりと、の方を振り返り、

「その時はぜひ、そちらの貴方の後ろで隠れている私の娘も連れてきてくださいね」

「!?!?!?」

 今まで何も反応がなかったところに、いきなりそんなひとことを投げかけられれば、ミニスでなくても心臓が飛び出す。
 ましてミニスは母親に対して後ろめたい部分がある。
 何か云おうとしてことばがことばにならず、半泣きで口をぱくぱくさせているミニスをくすっと笑って一瞥すると、ファミィは歩いていってしまった。
「……見つかっちゃったね、ミニスちゃん……」
 慰めようと、比較的明るい調子でアメルが云うが、
「あうう〜っ!?」
 ……パニック状態極まれり。
 というか見つからないほうがおかしいんじゃないかと、ちょっぴりは思ってしまったわけだが。今それを云うと、ますますミニスがかわいそうなことになりそうで、黙っていたのであった。

 ……ミニスに幸あれ。

 いや無理だろう。


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