不思議な感覚。
部屋に連れてこられて、これはやはりしておかねばとかましたベッドイズダイビング。
それでもって落ち着いてきた瞬間からずっと感じてる、この感じはなんだろう?
「…………」
突っ伏していた身体を回転させて、はぐるりと部屋を見渡した。
ギブソンの家とは違う、その部屋。木の壁に、横にひいて開く扉。この部屋ではないけれど、通りすがりに覗いた部屋には『畳』というものがあって。
……なんだろう?
不思議な既視感。
ルヴァイドやイオスたちに感じるものとは異なる既視感。
あの切ないまでに強い慕情とはぜんぜん違う。
なんというか――
「あたし、こーいう部屋に住んでた……とか?」
ぽつりとつぶやいて。首を傾げる。
そう、こんな風に寝転んで…………壁際に机があってランドセルがかかって……
「…………何。らんどせるって」
ぼけっとして思考を飛ばしかけただったが、ふと我に返る。
軽いノックがして、誰かが部屋に訪れたことを告げていた。
「どうぞー?」
さすがに寝転んだままでは、と、起き上がり、扉の向こうの人間に告げる。と。
「入るぞ」
声の後、がらがら、と引き戸が開けられた。
そうして入ってきたのは、
「ネスティさん?」
……だけではなく。ミニスにトリスにマグナ。仲間の召喚師たちが、勢ぞろいしていたのである。
なんだなんだと思いながらも、は4人を部屋に招きいれた。
敷き物を取り出し、座らせる。
そうして自分も空いた場所に座ると、ちょうど5人で円陣を組んでいるような光景の出来上がりだ。
「どうしたの? みんな」
黙ったままの4人を見渡して、問う。
彼らが集まるからには、なにか召喚術関係の話なんだろうか、と思う。
だけどどうして、それに自分が含まれるのかが判らない。
しばらくそうして沈黙を味わっていたが、やがて、ネスティが口を開いた。
「君は、ゆうべのことを覚えているか?」
「夜逃げしようとして黒の旅団に追い詰められました」
「いや、それはそうだが」
速やかに晴れやかに淀みなく返した今の答えの何が不服なのやら、ネスティはなんともいえない顔になる。
横からミニスが身を乗り出した。
「が撃たれそうになったとき、マグナとトリスが召喚術発動させたの覚えてる?」
「うん、覚えてるよ?」
おかげでは助かったのだし、彼らは通常なら一体こっきりの護衛獣が2倍に増えたのだ。
マグナの護衛獣であるハサハとレオルドはそれなりに仲良くやっているが、トリスの方のバルレルとレシィは、はたから見ても正反対の性格なのがちょっと問題。
ことあるごとに、レシィがバルレルにどつかれている姿が見られるのが、かわいそうやら微笑ましいやら。
この場にいない4人の召喚獣を思い出して、はくすくす笑った。
そこに、気を取り直したらしいネスティが声をかける。
「そのときに、トリスのほうのサモナイト石が暴走しようとしたのは覚えてるか?」
「うん」
「では、そのサモナイト石に自分が何をしたのかは?」
「……え? え、と」
ことばに詰まった。
何をしたのかと云われれば、ただ手を添えただけなのだ。
なんだか遠く懐かしい、そんなものを感じたけれど、実はろくに覚えていない。
「あんまり……覚えてない」
ただ、手を添えただけ。
サモナイト石から発されるひかりが、怖がって、泣いて、それでも出たいと暴れていたのを感じただけ。
だから――
ただ、だいじょうぶだよ、と。云ってあげたかっただけだった。
そう話すと、4人は、なんとも云えない複雑な顔をした。
「……あの、なにかまずいことしたかな」
さすがに、そういう反応をされると不安になる。
もしかして、と思ってしまう。
けれど、そんなを見たマグナはふわりと笑って、ついと手を伸ばして髪に触れた。
指をからめて、梳きながら、数度頭をなでられる。その行為に落ち着いてしまう自分がいる。
お兄ちゃんだなぁ……と、ほのぼの、和んでいると。
「まずいことをした、とか。を怒りに来た、とか。そんなんじゃないのよ?」
ミニスが口添えしてくる。どこか困った表情で。
「ただね、ネスが……」
トリスがちらりとネスティを見やった。
なんで自分を悪者にするんだ、とでも云いたげな顔で、ネスティはふたりをそれぞれ軽く睨んだ。
それから、再度口を開く。
「メイトルパのサモナイト石に、注がれたのはサプレスのサモナイト石を律するための魔力」
その時点では、トリスはたしかにサプレスの召喚術を扱うすべしか知らなかった。
だから必然的に、その図式は出来上がる。
「当然、サモナイト石本来に含まれるマナと、注がれた魔力の反発が起こる」
その結果が、あのひかり。
夜の闇を切り裂いた、若草のひかり。
マグナの方は運良く、そのまま発動して大事にはならなかったわけだが、トリスの術はそうはいかなかった。
……まぁ、予想外の護衛獣を喚んだことが大事ではないかどうかはこの際、範疇外として。
「混ざってしまった魔力の暴走を、君はひとりで止めたんだ」
マグナにも、ネスティにも。そもそも発動させたトリスにもどうにもできなかった、あのひかり。
異なる世界の魔力が混ざり、混沌にも近しくなったあのちから。
そんなものを、誰の力も借りず、ひとりだけで止めたのだ、と。
告げられたそれが、普通ならありえないことなのだと、理解するや否や、はぽつりとつぶやいていた。
「……なんで?」
なんであたし、そんなこと、出来たの?
「それを僕たちが訊きたいんだ!」
「っ!!」
「やめろよネス! が怖がるっ!」
激したネスティのことばに、身を震わせたをかばうように、マグナがふたりの間に割り込んだ。
「今のはネスティが悪いよ。は記憶がなくて不安なのに……」
「……すまない」
激情を振り払うように、ネスティが云って、に頭を下げる。
そうさせたのは、ミニスのことば。
彼女がを心配して、そう云ってくれたのは判った。
判ったけれど、それまでつとめてしまいこんでいた事実を告げらて、不安が一気に表層へ押し寄せる。
しかも、魔力の暴走がどうだとか止めたとか、そんなことまで付いてきてるのだ。
ありえない。普通の召喚では。
どういうこと。あたしは、召喚師でさえないのに。
――あたしは何。
「…………っく…………」
噛みしめた唇から、零れる嗚咽。
知らない。あたしはこんなにも、何も知らない。
自分が自分であることを証明するものを、あたしは何も持ってない。
名前だけだ。
誰かが呼んでくれる名前だけでしか、あたしはあたしを知らない。
「――」
――パシッ
伸ばされたトリスの腕を、反射的に払って、はっとする。
拒まれたことに呆然としているトリスの瞳に、いつか見た寂しい色が浮かんでいるのが見えた。
「……ごめんなさい」
いつか思った。どうしてそんなに寂しそうなの、って。
あなたたちがそんな顔をするのは嫌だ、って。
なのに自分でそれを引き出してしまった。
「ごめんなさい」
トリスの手を、そっとなでて、は立ち上がる。
そのまま、制止の声も拒否して、外に走り出した。
なまえ。あたしのなまえ。 。
たぶん16歳。
たぶん人間。
たぶんルヴァイドやイオスたちと知り合い。
たぶん――
「…………たぶんばっかりじゃないのよ――――――っ!!!」
ぐすぐす泣きながら歩いていたけれど、次第に哀しみよりも怒りの方に比重が傾いていった。
真っ赤な目をして涙声、そんな態でいきなり叫んだを、周囲の人たちはぎょっとしたように見た。
普段ならそこで我に返るのだろうが、いかんせん今のは感情の昂りの方が大きすぎて大きすぎて、どうしようもない。
「ううぅ……今からルヴァイドさんとこに夜逃げしちゃおうかな……」
莫迦な考えだ、と、ちらりと考えるだけの隙間はまだ、思考に残っているけれど――
けれど、そんなこと考えてしまうくらい、逃げ場に思い浮かべてしまうくらい、あの人はとっても優しかった。
いつか包み込んでくれたイオス。
機械だけど温かみを感じるゼルフィルド。
「……でも……」
たぶんばっかりの、あやふやな、自分の心にただひとつ。
アメルを守りたいという気持ち。
唯一それだけが、たしかなものとして、根を張っているから。
難しい。
自分の気持ちをどこまでも貫き通そうと思っても、本当にそう出来るようになるのは、とてもとても難しい。
「あぁら、どうしたの〜? かわいいお顔が台無しよ〜? にゃははははっ」