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第7夜 弐
lll ロマン求めて奮闘後 lll



 ――何が楽園だ!?

 いや、判らないでもない。男としては、まあ、正直な欲求だろう。フォルテの場合正直すぎて目に痛いが。
 そして、そんな本能よりも自分の身が惜しい一同は、瞬時に考えをめぐらせる。
 フォルテが勝手に覗きに行って勝手に見つかり、勝手に自滅するならいくらでもやってくれて無問題。だが、相手が相手だ。絶対にあとで、どうして止めなかったかと問われるに決まっている。
 最悪、今まで見ているだけだったケイナのツッコミが自分たちにも及ぶかもしれない。
 第一彼女たちのなかには、召喚術を使える者もいる。

 チーン。思考が結論をはじき出した。

「フォルテごめん! 俺も自分の身がかわいい!!」
「だあぁぁ、何しやがる!」
 とっさにフォルテにしがみつくマグナ。
 だが剣士VS召喚師では、勝敗は目に見えていた。
 ずるずるマグナを引きずりながら、フォルテは本懐を果たさんがため、聖地に向かう。

 続いて第二陣。
「ご主人様を覗いちゃダメですよー!!」
「テメェの気持ちは判るんだが、オレは命が惜しいんだよ」
「出たなちびっこ! だがこれくらい俺にはなんの障害にも!」
 将来はともかく、現実としてこのちびちゃい召喚獣たちが力でフォルテにかなうわけがない。
 だが。
「……フレイムナイト」
 ぼそり、ネスティの声が響く。
 とたん炎をまとった機界の召喚獣が現れ、バルレルの身体に吸い込まれるように消えた。
「おお? 力がみなぎってきたぜ!」
「その手があったね! ぼっ……ボクも! おいで、エールキティ!」
 レシィがサモナイト石を手に持ち、召喚術を発動させる。
 喚ばれたそれも、やっぱり、すぅっとレシィの身体に消えた。
 それを見て、フォルテも少々やばいと感じたらしい。我関せずの態でいながら、ちゃっかり手出ししてきたネスティを振り返る。
「おいネスティ! なんてことしやがる!!」

 第一フレイムナイトなんざこの時点で使えるわけねーだろーが!!

 二周目だからな。

 何の話だ。

 まさしくどーでもいい会話はおいといて、己の本能に忠実なフォルテの前に、護衛獣たちもあえなく蹴散らされた。
 時間にして数秒足らず。
「ううぅ、ご主人様すみません〜……」
 ほろほろ、涙をこぼすレシィ。
「まぁ止める意志は見せたんだから、最悪でも半殺しまではねーよな」
 へっ、と鼻を鳴らすバルレル、悪魔っぷり炸裂。
 ちなみにレオルドはそのへんの人間の感情の機微にはまだうといらしく、今後のために状況を観察してデータを収集するコトに決めたようだ。

 マグナを引きずったまま、ずんずか進むフォルテの前に第三陣。
 これが一番手ごわいかもしれない。フォルテは思った。
 斧と槍、それぞれの武器を構えて立ちふさがる、レルム村の双子である。

 ていうかおまえら、覗きを止めるためだけに召喚術やら武器やら持ち出すなよ。

「フォルテさん……ここで引き返していただければ命までは奪いません」

 あげくに命まで持ち出すなロッカ。

「他は別にかまわねえが、アメルとがいる以上、先に進ませるわけにはいかねえ」

 ふたり以外はどうでもいいのかリューグ。

「っていうか、アメルは判るんだが、なんでもなんだ?」
 リューグのことばに納得がいかないフォルテが問う。
「あいつは俺が拾ったんだよ! 面倒みるのが筋ってもんだろうが!!」

 犬猫かい。

 そんな双子に対してフォルテは云った。胸をそらして。
「安心しろ! 視界には入るが見ないようにするから!!!」
「一緒だ、フォルテー!!」
 しがみついたままのマグナが、半泣きで叫ぶ。こちらは、かわいい妹の怒りが恐ろしいんだろう。
「えぇい、だが邪魔されればされるほど俺の情熱は燃え上がる! 斧と槍がなんぼのもんだ!!」
 とうとうフォルテも大剣を抜き放った。
 じり。
 互いに隙を見つけられず、3人はにらみ合う。
 そんななか必死にしがみついているマグナ。

 張り詰めた緊張が、その場を覆った。



 一方、当の風呂場では。
「……なにか外が騒がしくないかい?」
「またフォルテのバカが何かしてるんでしょ……」
 さすが相方。行動はしっかり予測していたようです。
「ハサハ、シャンプー目に染みない? 平気?」
「……(こくん)」
「あぅ……」
「ミニスちゃん、どしたの?」
「わ、私だって……まだまだこれからなんだからっ……!!」
「???」
「……って着やせするタイプだったのね……」
「アメルまで何!?」
 外での大騒ぎなど知らぬげに、平和な光景が展開されていたのであった。


 そうして、風呂から出てきた女性陣が見たものは。

「……どうしたの……みんな……」
 トリスが呆然としてつぶやいた。
 庭で休んでいるようにモーリンは告げていったのに、何故か彼女たちが行く前よりもはるかに疲れた顔。
 数名、地べたに果てている者もいて。
「フォルテの覗きを止めていたんだ」
 唯一平然と、召喚術の参考書らしきものを読んでいたネスティが、それでも疲れた声で答える。
「あぁぁぁ―――あんたはァァァァッ!!!」
「ごふっ!!」
 地面に倒れ伏していたフォルテに、ケイナがとどめをさした。
「……まぁとりあえず、あんたらも汗を流しておいでよ」
 モーリンのことばに、ぞろぞろと一同歩き出す。
 ふと。動こうとしないネスティに気がついて、はそちらに向かった。
「ネスティさん、お風呂は?」
「……あぁ、いや。あとで使わせてもらうよ」
「でも、気持ち悪くないですか?」
 横からアメルも云ってくる。
 それを見ていたトリスが、困ったように笑いながらとアメルに告げた。
「ネスね、身体に大きな傷があるから、それをあんまり見られたくないんだって」
「まぁそんなところだ。気持ちはありがたいが」

 トリスのことばの尻馬に乗ったネスティは、やんわりと、親切な少女たちに断りを入れた。
 まさか傷などという嘘を、ずっと信じていたとは、と、妹弟子の素直さにちょっと苦笑する。
 傷なんかないんだよ、ほんとうは。
 この身体にあるのは人間としての血肉と、機械としての――
 自嘲気味に思い、けれど。
 それはまだ、明かすべきことではないと、気を取り直した。



 やっとのことで全員がさっぱりしたところで、モーリンは一同を道場の方に案内した。
 住居部分のほうには、大勢が集まれるような場所はないとのことだそうだ。たしかに、こんな大人数の来客なんぞ、普通想定しないよな。
「……いいんですか!?」
 しばらくの間ここで身体を休めるといい、とモーリンのことばに、目を輝かせるトリスたち。
 でもやっぱり、渋る人がいる。
「何をのんきな……僕たちは追われている身の上なんだぞ?」
 珍しくリューグが反対していないというのに、ネスティは今回も、そんなことを云っている。
 それを見て、モーリンが苦笑した。
「あんた……つくづく疑り深い性格してるんだねぇ……」
「……」
 あ、今のはけっこうぐさっときたようです。
 そんなネスティの反応も何処吹く風、モーリンは立ちあがると、すたすたと彼の方へと近寄った。

「よ、と」
「うわっ!?」

 いきなり足を持ち上げられたネスティが、バランスを崩しそうになってあわてて立て直す。
 それがおかしかったのか、ネスティはふきだしているマグナとトリスをひと睨み。それから、モーリンへ猛烈な抗議。
「何をするんだ!?」
「あんたがやせ我慢して隠してる怪我を、治してやるんだよ」
「――!」
 ネスティが目を丸くした。それは気づいていなかった驚きではなくて、何故気づかれたのかと云いたげなもの。
 そうして、彼が怪我をしていることすら初耳だったトリスとマグナが、ふたりのやりとりを見て口々に叫んだ。
「怪我だって!?」
「どうして黙ってたのよ、ネス!!」

 あぁ、だから云いたくなかったんだ……

 心配してくれているのは判るがその過剰反応はどうにかしてくれ、と、肩を前後にがくがく揺さぶられながらネスティは思ったという。

「別に騒ぐようなことじゃない。ちょっとくじいただけだ」
 実際彼はそう思っていたのだが、それを聞いたモーリンの反応は、存外に否定的なものだった。
「素人判断は危険だよ。ほれ?」
「ぐあっ!?」
 いきなりの激痛に、表情が歪む。
 ネスティのあげた声に驚いて、ハサハとレシィがびくんと身体を震わせると、の背中にささっと移動していた。

「関節が腫れちまってるね。待ってな。すぐに痛みをとってやるから」

 モーリンが、目を閉じて、なにやら意識を集中するような素振りを見せた。
 刹那。
 感じ取れた。
 彼女の周りに、澄んだきれいな空気が発生したことを、は感じた。
「こおおぉぉ……!」
 集中を高めるモーリンの手のひらが、淡い光を生み出した。

 ――そうして。
「どうだい? 少しはマシになったはずだよ」
「……すまない。『ストラ』を使うことが出来るのか、君は」
 さっきよりは幾分か表情を楽にして云うネスティのことばに、聞きなれない単語を見つけては首を傾げる。
「すとら?」
「治療法の一種さ。気の力で患部の治癒力を高めて、怪我を治しちまうんだよ」
「へぇー……」
 フォルテの解説に、初耳だったらしいマグナやトリス、アメルたちもこくこくとうなずいた。
 そんななか、ふと気がついてはモーリンに向き直る。
 もしかして。
「ネスティさんが怪我をしてたから、あたしたちを?」
 いいや、と、モーリンは笑った。
「そこの兄さんに限ったことじゃないよ。気を探ってみれば、丸判りさ」
 の頭に手をおいて、はきはきと続けるモーリン。
「あたいが信じられないならそれでもいいが、しばらくはここで休んでいきな。そのままじゃ、ほんとに途中で野垂れ死んじまうよ?」

 もう、誰も反対する者はおらず、一同こっくりと、彼女のことばにうなずいたのだった。


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