……ザァァ……ザン……ザアァ……
ザザン……ザァ……
遠く近く、聞こえる優しい音。
寄せては退いて、退いては寄せて。繰り返す――それはまるで、お母さんの胎内にいたときのように。
優しい羊水のなか、ただ眠っていれば良かった、ときのように。
でももう、生まれてくることを選んだね。
世界を求めて外に出たね。
……ザァ……
夢を見ていられる優しい時間を振り切った。
傷ついて、傷つけられて。それでも求めることを繰り返す、留まることなく歩み往く、外の世界へと生まれた。
――夢を。見ていたね。
「おーい」
……ザァ……ン……
「もしもーし」
……ザ……
「ちょっと、アンタだいじょうぶかい? 死んでるんならそう云っとくれよ、弔う支度もあるんだから」
「死んでない――――――――!!!!」
っていうか死人が返事できるかー!
がばり。
起き上がって、はたっと目の前の人を見て、誰だろうと首を傾げる。
金の髪を頭の上の方で結わえ、額にはゴーグル。そしてロングコートをラフに羽織った女性が、を覗きこんでいた。
「お、生きてた生きてた」
心配したんだよ? こんなところで大勢、倒れてるもんだから。
口を大きく開けて豪快に笑う女性。
不思議と下品な印象はなく、なんというか、闊達とした雰囲気で、そう、フォルテに似てる――そこまで思って。
「みんなは!?」
あわてて周囲を見渡した。
「みんな? ――そこで全員寝てるよ」
の剣幕に驚いたらしい女性が、すぐに気を取り直して、彼女らの周囲を手で指し示す。
目でざっと数え、全員が揃っていることを確認して、ほう、と安堵。
それからようやく、目の前の女性を誰だろうと思える余裕が出来た。
「えぇと……?」
「あぁ、あたいはモーリン」
問えば、散歩をしていたら、ここに転がっている一行を見つけたんだそうだ。何だろう、と、様子を見にきてくれたらしい。
「あたし、っていいます。起こしてくれてありがとう」
「いいよ、それより他のお仲間は――と、そろそろ起きる頃かな?」
モーリンの視線を追うと、ちょうど、アメルが目を覚まして伸びをしていたところで。
さらに転じれば、ハサハが目をこすりつつも身体を起こしているし、フォルテの鼻提灯がパチンと割れてるし。
全員が起きるのを待つこと、2〜3分。
さすがに疲れが残っているのか、目を覚ましてもどこか夢見心地のようだ。
それに関しては、だって人のことは云えないのだけど。
頭痛でもするのだろうか、頭を振っていたネスティが、ふとモーリンを見つけて声をかけた。
「? その女性は……?」
「黒騎士たちの追手か!?」
誰だ、と問おうとしたネスティの声を遮ってリューグが叫ぶ。
右手にはしっかり斧の柄を触れて。
げし。
「そこの人は、倒れてる僕たちを見つけてくれたんだよ」
ロッカがリューグの頭をどつく。
どうでもいいケド、そんなにぽんぽん叩いてばかりだと、そのうち頭の方に影響が出るんじゃないですかお兄さん?
そんな思惑が混じったの視線に気づいたロッカは、にこりと微笑んだ。
「ご心配なく。これ以上バカになりようがありませんよ」
「…………」
酷。
兄のスパルタに周囲は沈黙し、弟は反撃の気力もなくして、再び砂浜に落ちた。
そんな双子の様子にあははと笑って、モーリンがもう一度自己紹介。
「驚かせて悪かったね。あたいはモーリン。そこのファナンの住人だよ」
それにつられて、一同もぞろぞろと自分の名前を名乗る。
は先般名乗ったので、割愛。
「モーリンだね? よろしく! 俺はマグナ」
「で、その妹のトリス!」
「……ネスティと云います」
「不肖の弟がご迷惑かけました、ロッカです」
「アメルです、よろしくお願いします」
「…………リューグだ。そっちがボケのクソ兄――いてぇッ!」
「はは、すいません弟が失礼を」
「……え、えっと! 私はミニス! モーリン、よろしくね!」
「ニンゲン、オレ様はバルレルだ! よぉっく覚えと――いてぇッ!」
「あはは、ごめんなさいこの子が失礼を」
「口調がぎこちないぞ、トリス」
「――れおるどト申シマス……もーりん殿デスネ……いんぷっと完了」
「あたしはケイナよ。で、こっちでイビキかいてるのがフォルテ。……いい加減起きろ!!」
ケイナ姐さんの裏拳炸裂。飛び起きるフォルテ。
「うぉっ!? なんだ、敵か!!?」
「……バカ。」
「えーと、それから」
トリスがきょろきょろと辺りを見て。レオルドの後ろに隠れていた、レシィとハサハをつれてくる。
初対面の相手にちょっとおどおどしているふたりを、モーリンの前に並べて立たせ、
「ほら、モーリンさんに自己紹介して」
「あはは、モーリンでいいよ。さん付けなんてくすぐったい」
「ははははははははじめましてっ!? レシィですっ!」
「……はじめまして……おねえさん……」
軽やかに笑うモーリンに、ふたりも警戒心を解いたらしい。
さっきまでのどこかおびえた感じはなく、あとは初対面の相手に緊張しているだけだろう。
それにしても、改めて見るとつくづく大所帯である。
たしかにどこぞの軍隊に比べれば遥かに少ないが、一般の旅人よりは遥かに多い。何かの行商隊と云っても通じそうな勢いだ。
がぼうっとしている間に、モーリンは指差し確認で顔と名前を一致させている。
しばし後、全員を照合させることに成功してから、彼女がふと思いついたように、こう云った。。
「どうだい、アンタたち。うちにきて少し休んでいかないかい?」
「ほえ?」
「よければ寝床も貸すけどね? 部屋なら余ってるんだ」
ぱちん、とウインク。
「うわぁ、いいんですか!?」
声をそろえて喜んだのは、とトリスとマグナ。だが、それにネスティが横から水を差す。
「……君たちはバカか。見ず知らずの人間に、ホイホイついていってどうする」
せっかく喜んでいたところにつっこまれ、これで不機嫌にならない人間がいたら珍しい。
たちもご多分にもれず。
「バカはネスでしょっ? モーリンとはもう自己紹介しあったんだから見ず知らずじゃないもん!」
「そうだよネスっ、せっかく親切で云ってくれてるんだから」
「…………ネスティさんのいけず」
いけずってなんだ。
三者三様の反応に、ネスティも気勢をそがれてつぶやいた。
「まったく……どうなっても知らんぞ、僕は……」
とりあえず、砂浜から歩くこと小半時。
途中からそうではないかと思っていたが、実際にその前に連れてこられて、はやはり目を疑った。
「うっわあぁぁ、大きいー……」
「ギブソンの旦那の家に負けてねぇなぁ」
ゼラムで見た家々とは、やはりどこかつくりが違う。
材木をふんだんに使われた、縦よりも横に広い家。
なにか、大勢の人が集まって何かをするには都合がいいと思えた。
「君の家は拳法の道場か、何かなのか?」
ネスティの問いに、モーリンがうなずく。
「そうだよ。あたいはここの師範代をやってるんだ。といっても、門下生はほとんどいないんだけどさ」
「……え? どうして?」
「館長やってんのは、あたいのクソ親父なんだけど……。ずっと前に修行の旅に出たっきり、ちっとも帰りやがらなくて」
ふと、モーリンは道場に視線を転じる。
「それ以来、この有様でね。昔はもっと賑やかだったんだけど」
その横顔が、寂しそうに見えて。
は、ふっとモーリンの服を引っ張った。
モーリンが、優しい笑顔でを振り返る。
「どうしたんだい、?」
不安がっているこどもをあやすように、左手で、頭を優しくなでてくれる。
「あのね、あの……あとで一緒に、手合わせしよう?」
「ははははは、気持ちはうれしいけど、あたいはけっこう強いよ? 一人組手用の設備ならあるんだから、鍛錬はだいじょうぶだって」
「……だけど」
だけど。設備と人間は、違う。
決まった動きしかしない機械仕掛けのからくり人形よりも、予想外の動きをしてくれる人間のほうが、きっといい。
「あたし、まだリューグやロッカに稽古つけてもらってるようなものだけど、避けるのなら得意だから……だから」
なんでこんなに必死になるのか、自分でも判らなかった。
ただ、誰かが寂しい顔をするのは好きじゃない。むしろ、嫌だと思う。
だから――
一所懸命に云い募るを、モーリンがさらになだめようとしたけれど、
「安心しろ。そいつ、パンチもキックもすげえから」
というリューグのことばが、さりげなく横手から合の手を入れる。
それは正直助かるが、
「……いい加減忘れてよ、リューグ……」
「あはははははっ」
多少意味は違うものの、涙ながらに訴えるを見て、モーリンが笑った。
「そうだね。そこまで云ってくれるなら、あとで一緒にやろうか」
「はいっ!!」
ぱぁっ、との顔が一気に晴れやかになる。
それを見たモーリンは、まるで自分のことのように口の端を緩めて、再度一行をうながした。
「さぁさ。とりあえずその潮っ気まみれの身体をどうにかしないとね。悪いが、男どもはそこの庭で待ってな? 先に女連中からいこうか!」
ぱああぁぁ、と、のみならず全員の顔が輝いた。
「お風呂ーっ♪」
「よかった、実はベタベタして気持ち悪くって……」
「ハサハも……うれしい……」
わいわいやりながら風呂場へ歩いていく女性陣を見送って、云われたとおりその場に、各々腰を下ろし始める男性陣一同。
とりあえず、こびりついている砂やらなにやら叩き落とし始める者も数名。
だが。
どこの世界にもそういう奴はいる。
先ほどのに負けないくらい輝かしい顔で、フォルテがすっくと立ち上がった。
「フォルテ? どこか行くのか?」
不思議に思ったマグナが、レシィをはたいてやりながら声をかける。
「んっふっふ」
途端フォルテのこぼした含み笑いに、何故か、ロッカが傍においていた槍に手をかけた。
「決まってんだろ、マグナ〜?」
振り返り、にんまりと弛みまくったフォルテの顔を見て、リューグが斧の柄を掴んだ。
そして、フォルテは、なにに憚ることもなく、大音声にて宣言する。
「俺は目指すぜ男のロマン! レッツの・ぞ・き!! いざゆかん楽園へと!!!」
「「「な。」」」
絶句する他一同。