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第60夜【幾望】 弐
lll 最後のわがまま lll




 その事件は連日、新聞をにぎわせることになった。


 5年以上前に行方不明になった少女が、ひょっこりと無傷で帰ってきたせいだ。
 おかげで町にはマスコミが殺到し、少女も少女の両親も、記者会見やらインタビューやら。
 また、かつて少女の友人であった者たちも、我先にと彼女の家に押しかけてその無事を確認し、涙していた。




 ――だけどただひとり。いや、ふたり。
 当時、少女がおねえちゃんおにいちゃんと慕っていたふたりは、とうとう少女の前に姿を見せることはなかったけれど。



 5年以上もどこにいたのか、何をしていたのかという問いも当然出たが、少女はかぶりを振るばかりだった。
 何も覚えてない、と。
 幼馴染みの友達の家から戻る途中、目の前が真っ暗になって、気づいたら今この場所に立っていたのだと。

 けれど。
 その幼馴染みのおねえさんの家を訪れて、少女はその両親にこう告げている。



「綾姉ちゃんは、きっと元気です。きっときっと元気です。自分が生きる場所を見つけて、大切な人たちと一緒に、きっと絶対元気です」



 同じように、おにいさんの家と、それからあと数軒の家を訪れたらしい。
 それらは、おねえさんとおにいさんを含め、1年前に神隠しに遭ったとされる高校生4人と同じ苗字の家だったそうだ。












 そうして、少しずつ時が流れる。



 人の噂も75日とは、よく云ったものである。
 世間を騒がせた奇跡の生還も、そろそろ他のニュースに押しのけられそうになった頃。


 彼女はまた、ふっつりと、人々の前から姿を消していた――










「おとうさん、おかあさん」
「たぶん、これが最後のわがままだと思います」

 ――だけど、今度はちゃんと、さようならを云って行く。


「さようならじゃないでしょ?」
「何があっても、ここはおまえの故郷だよ」

 もう二度と、君がその声で、対になることばを聞かせてくれることはなくても。
 私たちが、旅立つ君にかけることばは変わらない。




 ――いってらっしゃい



       ――いってきます


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