風が吹く。
銀の鳴るような、涼やかな音とともに。
透きとおった風が、世界中へと吹き渡る。
黒い風に煽られて勢いを増していた屍人の軍団に苦戦していた騎士団から、意外な報が寄せられたのは、その風が吹き始めてしばらくしてから。
「……屍兵や鬼たちが、次々に消えていく……!?」
報せを読み上げるケルマ自身が、驚きを隠しきれないようだった。
エクスが、目をすがめてあたりを見る。
「原罪の風が止んでいる……」
「それだけじゃありませんわ。……同士討ちをしていた騎士さんたちが、戦いをやめている……」
「エクス様……」
呆然と空を見上げていたグラムスが、そう、呼びかけるのと同時。
ひらり、
最初のひとつが、その場に舞い下りた。
ひとつが舞い下り、そして地面に消える間もなく、次から次にそれは降り注ぎだしていた。
天から降り注ぐ白銀の光は、まるで雪のよう。
「……あたたかい……」
その光をひとつ手にとって、カシスが小さく微笑んだ。
「傷が癒えていく……?」
たった今まで血のにじんでいた腕を見て、トウヤが首を傾げる。
たしかに袖は割け、赤い模様がついているのに、露になった肌には一筋の傷すら走ってはいなかった。
「それだけじゃない。ひどく安らいだ気持ちになる――」
「まるで、お母さんの腕に抱かれてるみたい……」
ギブソンとミモザが、光の降り注ぐ空を仰いで、そうつぶやいた。
ご心配をおかけしました、そう云ってカノンが外に出ると、こどもたちが庭で転げまわっていた。
「おっ、もう大丈夫かい?」
アルバたちの相手をしていたジンガが、中庭から声をかけてくる。
見送りのために出てきたナツミとクラレットが、不意にことばを失ったカノンの代わりに、それへと答えた。
「……この光のおかげかもしれません」
外に一歩踏み出すと同時、無数に舞い下りる光に、目も意識も奪われていたカノンが――ややあって、ぽつりとそう云った。
急激に始まった暴走の兆候は、やはり、急激に引いたという。
それはちょうど、この光が降り始めたときと同じ頃だった。
「なんだろうね、これ……」
手にとろうとしてもすり抜ける光を、名残惜しげに見送って、ナツミが誰に云うでもなしにつぶやく。
「……判りません」
トウヤに並ぶ博識で知られるクラレットも、首を傾げるばかり。
――だけど。
すっかり元気になったこどもたちや、カノンを、彼女は微笑ましく見つめて云った。
「だけど……私はただ、この光に感謝します」