巻き添えを避けるためだから、と。むしろ頼み込むような形で押し出し、逃げてもらった皆の姿はすでにない。
メルギトスの狂乱のせいか、閉じられていたはずの空間にはとっくに穴が空いていたから。そこから、おそらく遺跡の外に出れるはずだった。
そうして殆どがらんどうの空間に、今存在しているのは、とネスティとアメル。――それにメルギトス。
もはや、何も見えていないのか聞こえていないのか。
見ることも聞くことも、捨て去ってしまったのか。
哄笑をあげつづけるメルギトスは、けれど、ネスティがアクセスを仕掛けた瞬間、我に返ったようだった。
「き、貴様……、こノ私に、ハッキングを!?」
「……機械と融合したことが……仇になったな」
「貴方の中枢を、引きずり出します!」
防御機構を軒並み機能停止させられたメルギトスの身体に、アメルがその力をぶつける。
ネスティによって分解を選ばされる機械の部分。
アメルによってひきはがされていく悪魔の素体。
「バカなことヲ……!」
信じられない、と、メルギトスは吼える。
「天使ヨ、私と相打ちするツモリか!?」
「相打ち、ですか」
困ったように、アメルは笑う。
そんなつもりない、なんて云うには、今自分のなかに残る力は少なすぎた。
「うん……貴方がアルミネの結界を完全に壊したおかげで、その欠片である、あたしの力と存在は限界に近いです」
そんなこと、もう、判ってました。
「でもね」
続く否定の接続詞は、力強い。
「まだ、あたしの力は残ってる。まだあたしは、のこと、助けることが出来るんです」
そのとおりだ、と。深く、ネスティが頷いた。
「……この世界で僕はたしかに異端だが、それでも受け入れてくれた人たちを、この能力で守ることが出来るんだ」
たすけることができるんだ。
まもることができるのよ。
かけがえのない人たち、大切な人たち。そんな彼らの想い、心。
……たすける、手助けができる。この子といっしょに。
おまえに伸ばされる手の、後押しをしてやれる。
「リ、理解――できな……ッ!? 自分が滅びて、それで、貴方たちは本当に、幸せだと云えるのですか……ッ!?」
「――だから、レイム。そんなつもり、誰にもないんだってば」
苦笑して、彼女がそう告げる。
「――しあわせっていうのは生きてこそ、でしょう?」
いつかどこかで、彼女はそう云った。
「うん、そういうこと」
今、ここで。が頷いた。
「……!」
メルギトスの気配が、歪んだ。
それは、これまでに感じていた邪気の一切もなく。ただ泣き出しそうな。途方に暮れた子供のような。
そんな――ひどく、ひどく孤独な気配だった。
彼女が、手をのばす。
「さ、出ておいで」
わたしはここにいる。
が、手をのばす。
「預かりもの、お返しにきました」
世界中が混乱している今なら、鎖はこのひとに気づかない。
帰れます。あなたのところに。
返せます。あなたのもとに。
白き陽炎を、黒き悪魔の傍らに――
ずるりっ、と。人型の何かが、機械魔メルギトスの中から引きずり出される。
長い間憑依していたせいか、核と用いるために再構築した折に、それとも偶然そうなったのか。
それは、赤黒い液体に濡れた、銀色の髪の詩人の姿をしていた。
――ふと。ネスティとアメルは、首を傾げる。
自分たちだけでは、まだずっと時間がかかると思われたそれを、何かが手伝ってくれたように思えたのだ。
ひとつじゃない。ひとりじゃない。
――ひとつ。ふたつ。みっつ? いや、よっつ。
を守っているものが、ひとつ。
メルギトスに語りかけているものが、みっつ。
それらは、出ておいで、と、促していた。
もういいから、と。
もう、こんな力に執着などしなくて良いのだと。
貴方が望んだのは、こんなものなどではなかっただろう、と。
……それらは、メルギトスに語りかけていた。
――黒い風の吹き抜ける、大平原。
馴染んだ気配を見つけて、エクスは、苦笑まじりに微笑んだ。
「総帥?」
怪訝そうなグラムスのことばに、なんでもないよと手を振ってみせる。
それから――暗雲立ちこめる空を見上げて、ため息ひとつ。
「……反魂の儀なんてやる傍観者が、どこの世界にいるっていうんだい?」
――ねえ、メイメイ?
は、ひとつ息をついた。
ネスティに、アメルに。そして手助けしてくれたそれらに、礼を云って。
手を伸ばす。
手を添える。
それから、云った。
「……ありがとう」
あとは、あたしたちがやるね。
そう云って振り返るに、何を見たのか。
原罪に中てられて、呼吸さえも難しいだろうに、ネスティとアメルは、何故か必死でかぶりを振っていた。
だって。思ったのだ。
ここで頷いてはいけないと。
ここで行かせてはいけないと。
まだ、自分たちは頑張れる。
にそう告げようと、ふたりが口を開いたのは、ほぼ同時。
「……だいじょうぶ」
が微笑んだのは。そう云ったのは。それよりも先。
爆発するように出現した白い焔がネスティとアメルを飲み込み、そして、場の何もかもをも埋め尽くしたのは、そのすぐ後――