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第60夜【十三夜】 伍
lll 白く、…ただ白く lll




 巻き添えを避けるためだから、と。むしろ頼み込むような形で押し出し、逃げてもらった皆の姿はすでにない。
 メルギトスの狂乱のせいか、閉じられていたはずの空間にはとっくに穴が空いていたから。そこから、おそらく遺跡の外に出れるはずだった。

 そうして殆どがらんどうの空間に、今存在しているのは、とネスティとアメル。――それにメルギトス。
 もはや、何も見えていないのか聞こえていないのか。
 見ることも聞くことも、捨て去ってしまったのか。
 哄笑をあげつづけるメルギトスは、けれど、ネスティがアクセスを仕掛けた瞬間、我に返ったようだった。

「き、貴様……、こノ私に、ハッキングを!?」

「……機械と融合したことが……仇になったな」
「貴方の中枢を、引きずり出します!」

 防御機構を軒並み機能停止させられたメルギトスの身体に、アメルがその力をぶつける。
 ネスティによって分解を選ばされる機械の部分。
 アメルによってひきはがされていく悪魔の素体。

「バカなことヲ……!」
 信じられない、と、メルギトスは吼える。

「天使ヨ、私と相打ちするツモリか!?」
「相打ち、ですか」
 困ったように、アメルは笑う。
 そんなつもりない、なんて云うには、今自分のなかに残る力は少なすぎた。
「うん……貴方がアルミネの結界を完全に壊したおかげで、その欠片である、あたしの力と存在は限界に近いです」
 そんなこと、もう、判ってました。
「でもね」
 続く否定の接続詞は、力強い。
「まだ、あたしの力は残ってる。まだあたしは、のこと、助けることが出来るんです」
 そのとおりだ、と。深く、ネスティが頷いた。
「……この世界で僕はたしかに異端だが、それでも受け入れてくれた人たちを、この能力で守ることが出来るんだ」

 たすけることができるんだ。
 まもることができるのよ。

 かけがえのない人たち、大切な人たち。そんな彼らの想い、心。

 ……たすける、手助けができる。この子といっしょに。
 おまえに伸ばされる手の、後押しをしてやれる。

「リ、理解――できな……ッ!? 自分が滅びて、それで、貴方たちは本当に、幸せだと云えるのですか……ッ!?」

「――だから、レイム。そんなつもり、誰にもないんだってば」

 苦笑して、彼女がそう告げる。

「――しあわせっていうのは生きてこそ、でしょう?」

 いつかどこかで、彼女はそう云った。

「うん、そういうこと」

 今、ここで。が頷いた。



「……!」
 メルギトスの気配が、歪んだ。
 それは、これまでに感じていた邪気の一切もなく。ただ泣き出しそうな。途方に暮れた子供のような。
 そんな――ひどく、ひどく孤独な気配だった。

 彼女が、手をのばす。
「さ、出ておいで」
 わたしはここにいる。
 が、手をのばす。
「預かりもの、お返しにきました」
 世界中が混乱している今なら、鎖はこのひとに気づかない。

 帰れます。あなたのところに。
 返せます。あなたのもとに。

 白き陽炎を、黒き悪魔の傍らに――



 ずるりっ、と。人型の何かが、機械魔メルギトスの中から引きずり出される。
 長い間憑依していたせいか、核と用いるために再構築した折に、それとも偶然そうなったのか。
 それは、赤黒い液体に濡れた、銀色の髪の詩人の姿をしていた。
 ――ふと。ネスティとアメルは、首を傾げる。
 自分たちだけでは、まだずっと時間がかかると思われたそれを、何かが手伝ってくれたように思えたのだ。
 ひとつじゃない。ひとりじゃない。

 ――ひとつ。ふたつ。みっつ? いや、よっつ。

 を守っているものが、ひとつ。

 メルギトスに語りかけているものが、みっつ。

 それらは、出ておいで、と、促していた。
 もういいから、と。
 もう、こんな力に執着などしなくて良いのだと。

 貴方が望んだのは、こんなものなどではなかっただろう、と。

 ……それらは、メルギトスに語りかけていた。



 ――黒い風の吹き抜ける、大平原。
 馴染んだ気配を見つけて、エクスは、苦笑まじりに微笑んだ。
「総帥?」
 怪訝そうなグラムスのことばに、なんでもないよと手を振ってみせる。

 それから――暗雲立ちこめる空を見上げて、ため息ひとつ。

「……反魂の儀なんてやる傍観者が、どこの世界にいるっていうんだい?」

 ――ねえ、メイメイ?



 は、ひとつ息をついた。
 ネスティに、アメルに。そして手助けしてくれたそれらに、礼を云って。
 手を伸ばす。
 手を添える。
 それから、云った。
「……ありがとう」
 あとは、あたしたちがやるね。
 そう云って振り返るに、何を見たのか。
 原罪に中てられて、呼吸さえも難しいだろうに、ネスティとアメルは、何故か必死でかぶりを振っていた。


 だって。思ったのだ。
 ここで頷いてはいけないと。
 ここで行かせてはいけないと。

 まだ、自分たちは頑張れる。

 にそう告げようと、ふたりが口を開いたのは、ほぼ同時。


「……だいじょうぶ」


 が微笑んだのは。そう云ったのは。それよりも先。

 爆発するように出現した白い焔がネスティとアメルを飲み込み、そして、場の何もかもをも埋め尽くしたのは、そのすぐ後――


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