それでもアメルは、頑なにかぶりを振る。
「……そんなこと云うのなら、あたしだってそこに行く! 天使の力なら、原罪の風を中和出来る」、そんな建前を吹き飛ばすように、「第一! はじまりの一端は、あたしでもあるんですからっ!!」
あたしが勝手にやるんだから、にそれを断る権利なんてないんですからね!!
普段の、おっとりさんは、どこへやら。
叩きつけるように、そう云って、やっぱり、アメルも足早にの隣までやってきた。
ネスティの見下ろす視線と、アメルの見据える視線に耐えかねて、は一歩あとずさる。
ネスティを止めてもらおうと、マグナとトリスへ視線を向けはしたものの、
「……約束して」
けれど、意に反して、返ってきたのはそんなトリスのことば。
「約束してくれ。絶対に帰ってくるって」
つづく、マグナのことば。
けれどそんなことばと逆に、ふたりの表情は泣き出しそう。
判っている。
判ってるんだ。
調律者と呼ばれる一族であったとしても、今の自分たちは、召喚師としての力の使い方しか知らない。
ネスティのように、メルギトスに接触するすべは持たない。
アメルのように、原罪の風を中和出来ない。
……のなかにいる彼女のように、白い陽炎を操ることも、出来ない。
自分たちは何も出来ない。
自分たちは――無力だ。
だけど。
「アメル、おまえもだ」
リューグが、ずいっと前に出てそう云った。手のひらを強く握りしめて。
「絶対に、無事で戻っておいで」
ロッカがにこり、微笑みながら云う。……何かを堪えてるような、笑みだけど。
双子からやや後方には、アグラバイン。彼は黙したまま、孫娘として育てた少女へ優しいまなざしを注いでいた。
そんな自分たちでも。
君たちがこの世界へ帰ってくる、標になれるなら。
どんなに困難だとわかっていても、その約束を望んでみせる。
望みは、強く願えば叶うものなんだろう?
「……無茶とはこのことか?」
これみよがしなため息と共に、ルヴァイドがそう云った。
「ご存知だったんですか、ルヴァイド様!?」
一連の成り行きに殆ど放心していたイオスが、それに食らいつく。だがルヴァイドの返答を待てぬとばかり、ばっ、との方を振り返った。
けれど彼は、そうして何も云わない――云えないでいる。
知っているのだ。
5年6年。もう7年目? 一緒に過ごした時間。
本当の本気で覚悟を決めたに、何を云ってもしょうがないのを、その時間のなかで、知ってきたから。
そのは、困ったように笑って、ルヴァイドの問いに答えていた。
「……はい」
「そうか」
少し。すこうし。
お仕置きがくるとでも思ったか、彼女は慌てて手を振った。
「でも、ほら。ルヴァイド様、無茶させてくれるって云ったじゃないですか」
「ここまでの無茶とは、おまえも云わなかった気がするがな」
「うっ……」
ぐうの音も出せずに口篭もるへ向けるルヴァイドの目は、声音とは裏腹に、ひどく和らか。
そうして。
彼は眼前の養い子の、
「……行ってこい」
背を。
押す、最後の一言を、搾り出す。
ルヴァイド様!?
――そう、非難も露に、イオスが叫びかけ。けれども、見上げたその表情に、ことばを飲み込んだ。
そんなイオスを苦笑とともに一瞥し、ルヴァイドはことばを続ける。
「だが――必ず戻ってこい」
最後にしないとおまえは云った。俺はそれを信じよう。
だから、おまえも誓え。
「……必ず、だ」
「……帰って、くるんだろう?」
その語尾に重ねたイオスの声もまた、必死で搾り出しているかのよう。
引きとめようと動きかねない身体を無理に制しているのは、傍目からもあきらかだった。
「君を信じる……」
いや。
いつも。いつでも。信じてる。
帰ってくると。戻ってくると。
やっと得た、時間と場所へ。還れると。
「だから、絶対……絶対に――――!」
きっと泣き笑いみたいだろうな。そう思いながら、はそれでも笑ってみせた。誰にとは云わない、強いて告げるなら向かい合ってくれるみんなへだ。
ネスティ、アメルと顔を見合わせ、同じような表情であることに、少しだけおかしくなった。
それから――ぴっ、と、手の指を伸ばして額につける。
「いってきます!」