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第60夜【十三夜】 参
lll いってきます lll




 それでもアメルは、頑なにかぶりを振る。
「……そんなこと云うのなら、あたしだってそこに行く! 天使の力なら、原罪の風を中和出来る」、そんな建前を吹き飛ばすように、「第一! はじまりの一端は、あたしでもあるんですからっ!!」
 あたしが勝手にやるんだから、にそれを断る権利なんてないんですからね!!
 普段の、おっとりさんは、どこへやら。
 叩きつけるように、そう云って、やっぱり、アメルも足早にの隣までやってきた。
 ネスティの見下ろす視線と、アメルの見据える視線に耐えかねて、は一歩あとずさる。

 ネスティを止めてもらおうと、マグナとトリスへ視線を向けはしたものの、
「……約束して」
 けれど、意に反して、返ってきたのはそんなトリスのことば。
「約束してくれ。絶対に帰ってくるって」
 つづく、マグナのことば。
 けれどそんなことばと逆に、ふたりの表情は泣き出しそう。


 判っている。
 判ってるんだ。
 調律者と呼ばれる一族であったとしても、今の自分たちは、召喚師としての力の使い方しか知らない。
 ネスティのように、メルギトスに接触するすべは持たない。
 アメルのように、原罪の風を中和出来ない。
 ……のなかにいる彼女のように、白い陽炎を操ることも、出来ない。

  自分たちは何も出来ない。
  自分たちは――無力だ。

  だけど。

「アメル、おまえもだ」
 リューグが、ずいっと前に出てそう云った。手のひらを強く握りしめて。
「絶対に、無事で戻っておいで」
 ロッカがにこり、微笑みながら云う。……何かを堪えてるような、笑みだけど。
 双子からやや後方には、アグラバイン。彼は黙したまま、孫娘として育てた少女へ優しいまなざしを注いでいた。

  そんな自分たちでも。
  君たちがこの世界へ帰ってくる、標になれるなら。

  どんなに困難だとわかっていても、その約束を望んでみせる。


  望みは、強く願えば叶うものなんだろう?


「……無茶とはこのことか?」
 これみよがしなため息と共に、ルヴァイドがそう云った。
「ご存知だったんですか、ルヴァイド様!?」
 一連の成り行きに殆ど放心していたイオスが、それに食らいつく。だがルヴァイドの返答を待てぬとばかり、ばっ、との方を振り返った。
 けれど彼は、そうして何も云わない――云えないでいる。
 知っているのだ。
 5年6年。もう7年目? 一緒に過ごした時間。
 本当の本気で覚悟を決めたに、何を云ってもしょうがないのを、その時間のなかで、知ってきたから。
 そのは、困ったように笑って、ルヴァイドの問いに答えていた。
「……はい」
「そうか」
 少し。すこうし。
 お仕置きがくるとでも思ったか、彼女は慌てて手を振った。
「でも、ほら。ルヴァイド様、無茶させてくれるって云ったじゃないですか」
「ここまでの無茶とは、おまえも云わなかった気がするがな」
「うっ……」
 ぐうの音も出せずに口篭もるへ向けるルヴァイドの目は、声音とは裏腹に、ひどく和らか。
 そうして。
 彼は眼前の養い子の、

「……行ってこい」

 背を。
 押す、最後の一言を、搾り出す。

 ルヴァイド様!?
 ――そう、非難も露に、イオスが叫びかけ。けれども、見上げたその表情に、ことばを飲み込んだ。

 そんなイオスを苦笑とともに一瞥し、ルヴァイドはことばを続ける。

「だが――必ず戻ってこい」

 最後にしないとおまえは云った。俺はそれを信じよう。
 だから、おまえも誓え。

「……必ず、だ」

「……帰って、くるんだろう?」
 その語尾に重ねたイオスの声もまた、必死で搾り出しているかのよう。
 引きとめようと動きかねない身体を無理に制しているのは、傍目からもあきらかだった。

「君を信じる……」
 いや。
 いつも。いつでも。信じてる。
 帰ってくると。戻ってくると。

 やっと得た、時間と場所へ。還れると。

「だから、絶対……絶対に――――!」


 きっと泣き笑いみたいだろうな。そう思いながら、はそれでも笑ってみせた。誰にとは云わない、強いて告げるなら向かい合ってくれるみんなへだ。
 ネスティ、アメルと顔を見合わせ、同じような表情であることに、少しだけおかしくなった。

 それから――ぴっ、と、手の指を伸ばして額につける。



「いってきます!」


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