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第60夜【十三夜】 弐
lll 違うのに lll




 一度はおさまったはずのメルギトスの哄笑は、再び、この閉ざされた空間を満たしていた。

 止まらない。
 彼の狂気も、黒い風も。

 原罪は放たれた。

 あのとき、彼女を壊した力は再び、今度こそは世界を破滅に追い込むべく、猛威を揮っていた。

「マグナ! トリス! 無茶は止せ!!」

 吹き出す風を止めようと云うのか、メルギトスに向けて歩き出したふたりに、ネスティの制止がかかる。
「メルギトスの身体から放たれているのは、強力な邪念の塊だぞ!」
 戦いで消耗しきった状態では、近づく前に命を落とすことになる! と。
 だけど。
 それを告げられて、はいそうですかと。
 諦めるような性格だったら、自分たちはこんなところまで来ていない。
「だけど! ほっといたらまた同じコトの繰り返しになる!!」
「ここで止めなくちゃ、何も終わらない!!」
 だから振り返り、ふたりは叫んだ。
 そしてまた、歩き出そうとし――けれど。

……」

 目の前。
 水平に突き出された腕に阻まれ、再び足を止める。
 メルギトスに一番近い場所、立ち上がったの腕。
 細っこいその腕に、けれど越えさせない何かを感じて、ふたりは立ち止まらざるを得なかったのだ。
 そんな彼らを見て、はにっこり笑った。
「繰り返させたりなんか、しないよ」
「…………? 何をするつもり……?」
 そのことばに何を感じたか、アメルが手のひらを握りしめ、問う。
 ばさばさと、風にあおられる髪も気にならないのだろうか。おさえもせず、乱れるままの髪から覗く双眸は、例えようのない不安に揺れている。


 そんなアメルを安心させるため――出来るかどうか判らないけど――はもう一度、笑ってみせた。

「終わらせるんだよ。今度こそ」

 ずっとずっと昔から、途絶えたままの歌と、そして物語を。

 そのために、あたしはここにいる。
 ……まあこんな大きなことにかかわる道を選んだなんて、考えもしてなかったのは本当なんだけど。


 そこにいてねと云い置いて、は身を翻した。
 けれど、その背中にかけられる、声。
ちゃん……!」
 6年という間を経て、やっと逢えた幼馴染みの呼びかけだった。
 だけど。
 振り返ったを見るアヤは、それ以上何も云わなかった。
 ハヤトも、ソルも、キールも。バノッサも。
 かつて。季節一巡り前。
 この世界にとっての大きな決断をした人たちは、何も云わずにを見ていた。
 ……進む道を。見届けようとしてくれていた。

 けれども、誰もが彼らのように出来るわけがない。
「待て、! 君が行くぐらいなら、僕が行く!」
 怒鳴って、ネスティがずかずかとのいる場所までやってきた。
 疲れ果てているはずだろうに、かなりの早足。感情は肉体を凌駕するらしい。
 妙なところに感心するを見下ろし、ネスティは口早に云う。
「メルギトスは機械と融合している。融機人である僕なら、その機械を停止させられれば無力化できるんだ」
「……で。そのメルギトスと直に接触したネスティが、その後生きてる保証は?」
「……それは……」
 即行放ったその問いに、途端にネスティは勢いをなくした。
 判っているのだ。
 今、風にさらされているだけで、皆の体力は失われていっている。
 そんな状態で、その大元ともいえるメルギトスに接触を図れば、まず、命は――

「だけどそれは、だって一緒のはずでしょう!?」
 響く。悲鳴のようなアメルの声。

がそんな目に遭う必要なんてない! だって、は、あの人じゃないのに!!」

 メルギトスが。レイムが。
 ずっと求めつづけていた彼女では、ないのに――

「……アメル」

 いつの間に知っていたのかと。
 こんな場合だというのに、はきょとんと目を丸くする。それは、他のみんなも同じ。
 そして、そのたちの前で、ネスティもまた、アメルと同じ感情を見せて、うつむいた。

「ネスティ……」

 ……知って、いたのか。
 ……このひとたちは。

 知っていて、黙っていてくれたのか――

「……僕の一族は、メルギトスにあの折の知識を奪われた。だから確信は持てなかった」

 瞠目して見つめるに、ネスティは、まっすぐに視線を合わせてそう告げる。
「君が話すまで――そう思っていたんだ」
 では、アメルは?
「だってじゃないもの!」
 ふたりの視線を向けられて、アメルは叫ぶ。

 アルミネが知っていたのは、じゃない。
 そうして、何も云わずに動向を見守っている、あの小さな護衛獣たちが知っていたのもじゃない。


 彼らが、彼女が。
 知っているのは、白い陽炎。
 守護者と呼ばれた輪廻のはぐれ子。

 と一緒に歩くようになる前の――彼女だった。


 そうして、アメルはひたすら云いつのる。
「生まれる前に、出逢って……一緒に、いる、だけなのに……は本当に、普通の、子なのに……っ!」
 零れる嗚咽を止めようともせず。
 流れる涙を拭おうともせず。
 真っ直ぐにを見て、云うアメル。
 もういいのだと。
 もう立ち止まれと。
 これ以上引き返せないような場所に、行く必要はないのだと――
 言外の、それを受け、

「……うん」

 だから、も、真っ直ぐに見返して頷いた。
「でもね」
 そしてすぐ、そう続ける。

「そうして逢ったのが、きっとあたしがここにいる、はじまりだったんだと思うから」

 出逢ったのは偶然だったかもしれない。
 だけどあたしは、彼女に手を伸ばした。
 泣いてた彼女と、一緒に行こうと思った。

 あたしが選んだ。これがきっと、はじまりだった。

 ――だから。
 あたしは、この手にとった彼女の手を、彼につながなくちゃいけない。
 あたしの選んだこのはじまりに、ちゃんと、終わりをあげなきゃいけないんだ――


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