一度はおさまったはずのメルギトスの哄笑は、再び、この閉ざされた空間を満たしていた。
止まらない。
彼の狂気も、黒い風も。
原罪は放たれた。
あのとき、彼女を壊した力は再び、今度こそは世界を破滅に追い込むべく、猛威を揮っていた。
「マグナ! トリス! 無茶は止せ!!」
吹き出す風を止めようと云うのか、メルギトスに向けて歩き出したふたりに、ネスティの制止がかかる。
「メルギトスの身体から放たれているのは、強力な邪念の塊だぞ!」
戦いで消耗しきった状態では、近づく前に命を落とすことになる! と。
だけど。
それを告げられて、はいそうですかと。
諦めるような性格だったら、自分たちはこんなところまで来ていない。
「だけど! ほっといたらまた同じコトの繰り返しになる!!」
「ここで止めなくちゃ、何も終わらない!!」
だから振り返り、ふたりは叫んだ。
そしてまた、歩き出そうとし――けれど。
「……」
目の前。
水平に突き出された腕に阻まれ、再び足を止める。
メルギトスに一番近い場所、立ち上がったの腕。
細っこいその腕に、けれど越えさせない何かを感じて、ふたりは立ち止まらざるを得なかったのだ。
そんな彼らを見て、はにっこり笑った。
「繰り返させたりなんか、しないよ」
「…………? 何をするつもり……?」
そのことばに何を感じたか、アメルが手のひらを握りしめ、問う。
ばさばさと、風にあおられる髪も気にならないのだろうか。おさえもせず、乱れるままの髪から覗く双眸は、例えようのない不安に揺れている。
そんなアメルを安心させるため――出来るかどうか判らないけど――はもう一度、笑ってみせた。
「終わらせるんだよ。今度こそ」
ずっとずっと昔から、途絶えたままの歌と、そして物語を。
そのために、あたしはここにいる。
……まあこんな大きなことにかかわる道を選んだなんて、考えもしてなかったのは本当なんだけど。
そこにいてねと云い置いて、は身を翻した。
けれど、その背中にかけられる、声。
「ちゃん……!」
6年という間を経て、やっと逢えた幼馴染みの呼びかけだった。
だけど。
振り返ったを見るアヤは、それ以上何も云わなかった。
ハヤトも、ソルも、キールも。バノッサも。
かつて。季節一巡り前。
この世界にとっての大きな決断をした人たちは、何も云わずにを見ていた。
……進む道を。見届けようとしてくれていた。
けれども、誰もが彼らのように出来るわけがない。
「待て、! 君が行くぐらいなら、僕が行く!」
怒鳴って、ネスティがずかずかとのいる場所までやってきた。
疲れ果てているはずだろうに、かなりの早足。感情は肉体を凌駕するらしい。
妙なところに感心するを見下ろし、ネスティは口早に云う。
「メルギトスは機械と融合している。融機人である僕なら、その機械を停止させられれば無力化できるんだ」
「……で。そのメルギトスと直に接触したネスティが、その後生きてる保証は?」
「……それは……」
即行放ったその問いに、途端にネスティは勢いをなくした。
判っているのだ。
今、風にさらされているだけで、皆の体力は失われていっている。
そんな状態で、その大元ともいえるメルギトスに接触を図れば、まず、命は――
「だけどそれは、だって一緒のはずでしょう!?」
響く。悲鳴のようなアメルの声。
「がそんな目に遭う必要なんてない! だって、は、あの人じゃないのに!!」
メルギトスが。レイムが。
ずっと求めつづけていた彼女では、ないのに――
「……アメル」
いつの間に知っていたのかと。
こんな場合だというのに、はきょとんと目を丸くする。それは、他のみんなも同じ。
そして、そのたちの前で、ネスティもまた、アメルと同じ感情を見せて、うつむいた。
「ネスティ……」
……知って、いたのか。
……このひとたちは。
知っていて、黙っていてくれたのか――
「……僕の一族は、メルギトスにあの折の知識を奪われた。だから確信は持てなかった」
瞠目して見つめるに、ネスティは、まっすぐに視線を合わせてそう告げる。
「君が話すまで――そう思っていたんだ」
では、アメルは?
「だってじゃないもの!」
ふたりの視線を向けられて、アメルは叫ぶ。
アルミネが知っていたのは、じゃない。
そうして、何も云わずに動向を見守っている、あの小さな護衛獣たちが知っていたのもじゃない。
彼らが、彼女が。
知っているのは、白い陽炎。
守護者と呼ばれた輪廻のはぐれ子。
と一緒に歩くようになる前の――彼女だった。
そうして、アメルはひたすら云いつのる。
「生まれる前に、出逢って……一緒に、いる、だけなのに……は本当に、普通の、子なのに……っ!」
零れる嗚咽を止めようともせず。
流れる涙を拭おうともせず。
真っ直ぐにを見て、云うアメル。
もういいのだと。
もう立ち止まれと。
これ以上引き返せないような場所に、行く必要はないのだと――
言外の、それを受け、
「……うん」
だから、も、真っ直ぐに見返して頷いた。
「でもね」
そしてすぐ、そう続ける。
「そうして逢ったのが、きっとあたしがここにいる、はじまりだったんだと思うから」
出逢ったのは偶然だったかもしれない。
だけどあたしは、彼女に手を伸ばした。
泣いてた彼女と、一緒に行こうと思った。
あたしが選んだ。これがきっと、はじまりだった。
――だから。
あたしは、この手にとった彼女の手を、彼につながなくちゃいけない。
あたしの選んだこのはじまりに、ちゃんと、終わりをあげなきゃいけないんだ――