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第60夜【磨鑛】 六
lll 朽ち、そして lll




 ……その頃には機械魔たちも、数の粗方を片付けられていた。
 やバノッサが突っ込み始めたときから、新しい機械魔を呼び出すことをレイムがやめていたことも理由だ。
 数がそれ以上増えないのならば、現時点の戦力をすべて倒してしまえばおしまいだったから。
 ――最終的に無謀なほどの数を相手にしたバノッサや、前線に立っていたフォルテやシャムロック、カザミネ、ルヴァイドやアグラバインにリューグ、彼らには天使エルエルが治療に当たる。
 後の面々は、傷に応じてリプシーやプラーマ。
「……メルギトス……ぼろぼろになって朽ちてっちゃったわね」
 傷跡の残っていない頬に、けれどかすかについた血を拭い、ルウがつぶやいた。
 視線は、へたりこんでいるのその向こう――ついさっきまで、敵の総大将が位置していた場所。
「彼の依り代は、とうに死んでしまった召喚師の肉体でしたから……」
「あるべき姿に……土に還っていくというわけか」
 カイナのことばに、キールが続ける。
「諸行無常、ですね」
「うむ」
 シオンとカザミネが頷きあう横で、アグラバインがかすかに目を細めた。
「これで、あの者も忌まわしい悪魔から、解放されたということになるか」
 いったいどれほどの昔から、かの召喚師はメルギトスに支配されていたのだろう。
 それを考えると、ようやっと訪れる魂の眠りが安らかであるよう、祈らざるを得ない。
 ――カイナとケイナが、小さく黙祷していた。
 傷が大方治ったフォルテが、ぶんっと勢いをつけて立ち上がる。
 歩いていく先は、マグナとトリスがへたりこんでいる場所――の前に、さすがに疲れたのか、剣を支えに片膝ついてるバノッサ。
「なあ、バノッサ。おまえ、さっきと見合いしてたのって、アイコンタクトってやつ?」
 なんなんだよ、あの見事な連携プレーはさ。
「知るか。そもそも見合いなんぞしてねえ」的の外れた返答をしつつも、バノッサは、そうまんざらでもなさそうだ。「だいたい、発案したのはあのバカだ」
 そこに、アヤがくってかかる。
「バノッサさん! わたしのちゃんをバカ呼ばわりしないでくださいっ!」
「アヤ。論点が違う論点が」
「しかも君の所有物じゃないだろう」
 ことばのあやですっ、とかなんとか返すアヤに、それは洒落か、と、ハヤトが云って、ペン太くんをかまされている横を抜けて、フォルテがさらに前進。
 そうして、彼のでっかい手のひらが、べしっ、と、マグナとトリスの背を叩いた。
「……あ」
「やりやがったな! おまえら!」
 振り返った二人の目にまず映ったのは、全開笑顔のフォルテの姿。
 それから。
「ご主人様お怪我ありませんかっ!?」
「……っ!」
 全力で駆け寄ってくるレシィとハサハ、がしょんがしょんとやってくるレオルドに、ケッ、とか云いつつそれでもやってくるバルレル。
 と。
 そのさらに後ろから歩いてくるのは、ルヴァイドとイオス。
「見事な戦いだったぞ」
 しこりの一端が解放されたせいか、いつにない穏やかな表情のルヴァイドに賞賛され、マグナとトリスは喜色も露に顔を見合わせた。
 が、その横から、イオスがちょっとむっとした顔で、
「……とどめを刺したのはだがな」
 とか云うおかげで、喜びは一気に可笑しさへ変じ、そのままふたりはふきだしてしまう。
 ただ、そんな和みだした雰囲気のなか、アメルだけは複雑な表情だった。
 彼女の心情を読み取ったリューグが、ぽん、と彼女の肩を叩く。
「しょうがねぇよ。……今の俺たちには、これしかなかったんだ」
「……リューグ」
「悪魔が滅びて、あの人の魂もやっと解放されたんだ。そう考えることは出来ないかい?」
「ロッカ……」
 うん。と、アメルも頷いた。
 それでも彼女はまだ、気がかりそうに視線を転じる。それが向けられるのは、これほどの騒ぎにも反応せずに座り込んだままの
 倣って追い、見上げた双子の表情も、微妙なものになる。
 そんな3人の視界にふと、新たな人影が映る。

 肩に置かれた手のひらにようやく反応し、が、ゆっくりと振り返った。
「……ルヴァイド様」
 そうしてその人の姿を認めた瞬間、放心して無表情に近かった彼女に、感情が戻る。
 ……ぼろぼろっ、と、零れる大粒の水滴が、頬を濡らしだした。
「なんで……っ」
「……」
「レイムさん……、返してあげたかったのに、どうして……っ」
 多分にそれは、意味のよく判らない嘆きだった。
 それでも。少しだけなら。
 この戦いに赴く前に聞いた、『昔話』が。これまでのレイムの言動が、事実の一端を予測させるから。

 ほら。たとえば。
 ――守護者と出逢った悪魔がレイムであるなら、その彼がこだわっていたは――

 だから。その嘆きに頷きを返せない。
「……俺は、おまえがおまえのままでいることを、このうえなく思うぞ」
「……っ」
 この場も誰もが思うことを代弁して、ルヴァイドが利き手の手甲を外す。
 伸ばされた手は、の頭を髪の流れに沿って何度か撫でた。
 一度――二度――三度――
 手が往復するたびに、嗚咽がだんだんと小さくなる。
 まるで魔法のようなその光景に、ぽかんとした者数名、むっとした顔になった者数名、当然だ、と云いたげな表情になったのが一名。これは云うまでもない、イオスだ。
 とはいえ、それに見とれている暇など、実はあまりなかった。
「とりあえず」
 なんとなしに一帯を見渡し、カイナがつぶやいた。
「……あとは、主をなくした屍人たちの軍団をなんとかしなくてはいけませんね」
「あ、そっか。まだ決着はついてないのかな?」
「さあ……」煮えきらぬ返答だが、声はそんなに暗くもない。「最低最悪にはなってないだろう。何せ、トウヤさんとカシスさんが残ってくれたんだ」
「なんにしても、先輩たちの手伝いをしにいかなきゃね」
 これからの動きが決まり始めたときだった。
「その前に――」
 ネスティがつぶやいて、遺跡の一箇所に向き直る。
 つくづく丈夫な素材らしい、傷ひとつついていないパネルと、いくつかの機械のある一角へ歩きながら、彼はことばを続けた。
「この遺跡を完全に廃棄しておこう。天使アルミネの結界が失われた今、このまま放置しておくわけにはいかない」
「召喚術かまそうか?」
 また大味なハヤトが云うが、ネスティは苦笑してそれを辞退する。
「いや、それは外に出てからお願いする」
 でもやるんだな。とか無言のツッコミを無視して、解説続行。
「内部から、動力炉の活動をストップさせる。下手に防御機構が働いても困るからな」
「そんなこと出来るのか?」
「……ああ」
 陰りは見せずに苦笑して、ネスティは目当ての機械の前へ到着した。
 そして、その姿が露になる。

「――アクセス!」


 初めて見る光景に驚いている誓約者たちへ、マグナやトリスが説明をはじめた。
 バノッサも興味だけはあるらしく、聞いてない振りして耳を傾けている。
 ネスティの表情を見て何かを察したらしく、彼の性格からすればやりそうな差別っぽい発言もない。
 そんなやりとりを視界の端に映しながら、も、ルヴァイドの手を借りて立ち上がった。
 気遣ってくれる養い親に笑顔を返し、心配そうなイオスにだいじょうぶと手を振る。

 ……それでも、どこか空虚な感が残るのは否めない。

 今度は彼女が、彼の魂を捜して彷徨うことになるんだろうか。
 そう考えると、結局何も出来なかった自分がとても悔しかった。
 それでも――だからと悔やんで止まったままでは、動けない。そうだ。どうにかまた、輪廻の道筋を辿る方法とかないか、捜すことくらい出来るはず。
 半ば無理矢理気を取り直したは、先に階段を下り、皆のところに向かいだしたルヴァイドについていこうとして――ふと足を止めた。
 歩みを進めるルヴァイドの背から、視線を転じる。

 背後を――ついさっきまで、彼が立っていた場所を振り返る。
 いや、

 振り返ろうとした瞬間だった。


 ドスッ、と。鈍い衝撃が腹部に走ったのと。

「ぐあああぁぁぁっ!!」
 ――ネスティの叫びが、空間に響き渡ったのは。


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