やるべきことは決まっていた。
成すべきこともわかっている。
だけど問題は、どうやってそれを実行するかということだ。
レイムが機械遺跡に干渉してこの場に呼び寄せた召喚兵器と対峙しながら、は必死で頭を回転させる。
「ガイアマテリアル!!」
トリスが中空に喚び出した大岩が、崖崩れのような様相を呈して、の目の前、一体の召喚兵器に降り注ぐ。
――いつだったか、数人の力を集めてしか行使出来なかった召喚術だった。
だが、すでにそれは、各々が個人で唱えられるまでになっている。
そのことはつまり、いつかは集団戦でさえ散々苦戦した召喚兵器にも、一体につき2、3人という、ある程度は余裕のある戦闘の展開が出来るようになったということだ。
「ありがと、トリス!」
意識を切り替えて、はそのまま召喚兵器の喉元目掛けて剣を突き上げた。
とはいえ、決して力があるとは云えないの腕力では、滅法に硬い召喚兵器の皮膚を突き破ることは出来ない。
せいぜい頑張って、短剣の中ほどまでを埋め込ませるくらいである。
だけど今は、それだけで充分。
剣の中ほどまでも欲張らず、3分の1ほどめり込ませた時点で、ずぷっと音をたてて引き抜いた。
血とも体液ともつかないものが、頬をかすめる。
入れ替わるようにして召喚兵器と接近したシャムロックが、のつけた傷――脆くなった部分――を狙って、大剣を突き立てた。
声帯を傷つけたか、断末魔の声も上げずに召喚兵器はその場に崩れ落ちる。
常識外の硬度を誇る召喚兵器を、こうして片付けることにしたのは、たった今、戦いのなかだ。
アグラバインたちでさえ、召喚兵器を一撃で沈めることは難しい。
うとましささえ覚えかねない強度を誇る皮膚が、刃の叩きつけられる衝撃を吸い、貫き終えさせないからだ。
ならば、と。
提案したのは、シオンとパッフェル。
そういう複合攻撃の案がぱっと出るのは、商売柄やはりと云うべきか。そして、その案は効を奏していた。
――ただ。
倒しても倒しても、召喚兵器は沸いて出る。無尽蔵に。
何故か。理由は判っていた。
召喚兵器でつくられた壁の奥に立ち、悠然と、楽しそうに、こちらの戦いを眺めているレイム。
彼の力を削がなければ、結局、こちらの力負けだということだ。
「メルギトス! いさぎよく勝負するでござる!!」
カザミネが叫ぶが、そんな気がレイムにあるのなら、最初からそうしているだろう。
「何を仰います。手駒があるのですから、それを使わなければ勿体無いじゃないですか」
現に、そう、しれっとのたまわれる始末。ま、彼の性格からして、至極当然の回答ではある。
とはいえ、いつまでも召喚兵器とじゃれるわけにはいくまい。
……と。なれば。
ごうっとうなりをあげて突進してきた召喚兵器に気づいたは、思考を停止し、それを躱した。
標的を見失った召喚兵器は、間抜けにも壁に激突し、衝撃で一瞬動きが止まる。
よっぽど強度な材質で構成されているのか、今回の激突だけでなく、繰り広げられる戦いの余波を受けて尚、この遺跡中枢部自体にはほとんど被害がない。
そこに連続して召喚術が叩きつけられ、アグラバインとリューグがふたりがかりで首を切り落とした。
と、そこまでを見てとって。
周囲に向かってくる敵がいないのを確認し、は視線を巡らせる。
率先して前に出たがっている、つまりはさっさとレイムとの決着をつけようとしているのが、主に蒼の派閥の3人組、それにリューグ、ロッカ、ルヴァイドにイオス。
その他はというと、彼らの心情を慮ってか、露払いに徹しているようだ。
とはいえ、押し寄せる召喚兵器の数のせいで、そんな援護があってもなお、なかなか本体に行けないのは前述のとおり。
いや、ていうか。
だめでしょ倒しちゃ。
なんだか敵さん殲滅の方向に動いてしまう思考を、あわてて軌道修正する。危ない危ない。
だって。倒しちゃったら結局、今度は彼が迷子になるだけ。
彼女がまた、泣いてしまう。
それじゃだめなのだ。
戦って、倒すだけじゃ終わらない。終われない。そんな終わりは望まない。
だけども、今あんなんしているレイムにこっちの話を聞いてもらうには、少なくとも瀕死にまでは追い込まれてもらわないと難しい。
問題は、瀕死で止めるほど余裕のある戦いではないということもある。
むしろ全然ないぞ、余裕なんか。
常の戦いではストラでもって臨機応変に回復役もつとめてくれるモーリンが、今回に限っては一度もそれをしていないこと。
たまにリプシーなんかで援護してくれるバルレルが、その魔力を殆ど攻撃系の召喚術に注ぎ込んでいること。
レシィも泣いてる暇はないとばかりに奮戦しているし、ハサハだって、たてつづけに大型召喚術を連発していた。
レオルドに至っては、弾の補充をする時間も惜しいのか、その間を縫って、普段はあまり使わない召喚術までも攻撃手段として用いている。
懸念はまだある。
いつも余裕綽々だったアヤたちが、今度ばかりは本気で戦っているっぽい。
それがまた、相手の実力を、しらしめられているようで――
「きゃあッ!!」
「ミニス!?」
天井を這うという素っ頓狂な手段でもって移動した召喚獣が、一団の後方――召喚師たちの固まった、防御の薄い場所に攻撃を仕掛けていた。
ミニスに狙いを定めたらしいその一撃は、咄嗟に間に入ったユエルがなんとか凌いだ。
パッフェルとレナードが銃の集中砲火を浴びせて硬直させたところを、いち早く前方から戻ったモーリンが拳で連打。
ようやく敵陣に開いた穴からレイムのところに向かおうとしていた人たちも、それを見て後方の援護に引き返さざるを得ない。
――ていうか、そういうときを狙って、召喚兵器に後方攻撃の指示を出されているような気もする。
ちらりとレイムに目をやれば、こちらの考えを読んだのか、それとも表情に出ていたのか。
にっこり、素敵な笑顔が返ってくる始末。
……確信してやってるの、大決定。
ルヴァイドやイオスあたりからはきっと、『いやらしいことをする奴だ』とか、感想が出るに違いない。
てゆーか、過去何度かそういう感想を聞いたコトあるし。
「、危ない!!」
横手から飛びかかってきた召喚兵器の牙を、走り寄ったマグナが剣で受け止め――「ぐ……ッ!?」きれなかった。
そのまま彼が押し流されようとしたところに、けれどハヤトが加勢に入る。
剣を交差させて、
「「だあああぁぁぁぁッ!!」」
ふたりがかりで、召喚兵器を押し返す。
そこを見逃さず、迸る――淡い紫の光。
ソルとキールの、召喚術の重ねがけ。これでまた、一体屠られた。
「ご、ごめん! ふたりとも怪我ない!?」
「うん。俺たちは平気。は?」
「気にするなよ、でもあんまりぼーっとするな?」
ぽん、ぽん。
ほんの少し生まれた、一息の間。お兄ちゃんっぷりを発揮したハヤトが、にっこり笑っての頭を撫でた。
あちこち、傷だらけなのに。それでも。
一瞬口走りかけた謝罪を、けれどすぐに引っ込ませたのはバノッサの声だった。
「……ムカつく」
この硬直長期戦が相当頭にきたらしく、地の底から響くようなおどろおどろした口調で、オプテュスの頭はのたまったのだ。
思わずビビったたちを、バノッサはちらりと一瞥。
だけど何を云うでもなく、また、襲いかかる召喚兵器をぶった切っている。
二本の剣を、少しだけタイミングを遅らせて振るう――それは一刀目のつけた傷の上を、二刀目が正確になぞり、叩っ斬る剣技。それに、思わず見惚れてしまった。
だけどそれほどの強さがあっても、決定的に突破口が開けない。
あーもうなんと云うか……ふらすとれーしょんが、たまる。
そしてふと。まだ、たちの近くで戦っていた、バノッサと目があった。
赤い双眸。宿る苛立ち。
おんなじくらいだなぁ、と、なんとなしに悟ってしまった。
そんなに気が短い自覚はなかったのだけど、彼と同じくらいイライラが溜まっているということは――
……案外短気なんだろーか、あたしも。
まあその実、が気づいてないだけで、実は殆どの人が硬直状態にうんざりしてるのだけど。
そうしては、目が合ったついでに、首を傾げた。
含む意図を読んだらしいバノッサが、ちょっと目を丸くする。
応。にっこり、笑いかける。
応。にやり、笑みが返る。
意思疎通――完了。
「ちゃん!」
横でそれを見ていたアヤが、ポワソを喚び出してお供につけてくれた。
「ありがとう!」
それと同時、バノッサが走り出す。
遅れないように、も着いていく。
「トリス! マグナ!!」
傍を通り過ぎざま声をかければ、瞬時に意図を察して、ふたりとも身を翻した。その背中目掛けて襲いかかろうとした召喚兵器には、ネスティの全力召喚術がお見舞いされる。
唐突に戦場の只中を疾駆しだした彼らに、驚いた目が向けられた。
けれど、それも束の間。一行はすぐに、走る一団へ向かおうとする召喚兵器の牽制に入る。
バカ正直に真正面から向かってくる敵は、一様にバノッサの剣にぶった切られる。
――結局。例によって、
「ヘキサボルテージ!!」
「ゲルニカ!!」
大型召喚術が惜しげもなく繰り出され、道を広げた。
――こんな風に、正面きってしか、
横手から、前方から後方から。
かなりレイムに近づいたこの位置、逆に云えばみんなの援護が期待できない場所で。
待っていましたとばかりに、召喚兵器たちが襲いくる。
けど。
「いいかげん鬱陶しいんだよ手前ェらッ!!」
それこそ、実は、こちらも待っていた状況。
場を揺るがす怒声とともに、バノッサが、床に剣を突き立てた。
――突っ込んで行くしか能がない、って、云われるかもしれないけど。
「疾く駆けろ、肉の身持たぬ髑髏の騎士!! 星を率いて此処へ来い!!」
詠唱が終わると同時、空中に、紫色の光が吸い込まれた。――そう、思った刹那。
ほとばしる。閃光。それは一瞬にして、流星を思わせる勢いで、たちの周囲へ――召喚兵器目掛けて、降り注いでいた。
そうして、ツヴァイレライが、開かれた門から姿を見せる。
流星が一段落すると同時に、今度は自身が光臨し、再び、光をまとって召喚兵器たちに攻撃を仕掛けたのだ。
――それでいいんだ。真正面からぶつかってしまおう。
――そしたらきっと、お互いの目が見える。気持ちも……判る。そうであれ。
雨というか、すでに嵐の勢いで降り注ぐ光と流星の間をくぐり、はバノッサの横を走り抜ける。
ポワソは念のため、バノッサの護衛で置いていった。
「おい、バカ野郎ども」
「バッ……!?」
その背中にかけられた呼びかけに、思わずすっ転びそうになって――けれど。
マグナとトリスとともに振り返った一瞬で、そんな脱力、消えた。
「手前ェらを待ってる奴がいるこたぁ、判ってんだろうな」
――赤い双眸に宿る色は、初めて見る感情だった。
さっき頭を撫でてくれたときの、ハヤトの表情。――強いて云えば、それに似てたかもしれない。たった一瞬見えたそれは、あとでいくら追及しても否定されたけど。
頷いた。か、どうかも定かでないまま、再び走る。
そうして最後の壁を抜けた先に、銀の髪の悪魔が佇んでいた。
昏い金色。紅い闇。――大きな淀みをその身にまといつかせて。
「メルギトスッ!!」
「――」
何を云うつもりだったのだろうか。
うっすらと口を開きかけた彼よりも先に、マグナが剣を構えて迫る。
それを見たレイムは表情を改め、
「先ほどのルヴァイドを見ていなかったのですか? 学習能力が足りませんよ、マグナ君」
再び、手のひらに闇をわだかまらせはじめる。
攻防一体の役を持つ、便利な――たちにとっては厄介な――代物。
ちょっとした既視感が、そこで生じる。
大きく剣を振りかぶったマグナが、それを見て目を見開いた。
対するレイムは、してやったとばかりに笑みを浮かべる。
そうして。
先ほどとは違い、力の減じていない闇が、マグナを飲み込むべく膨れ上がり――
「そうかな?」
にっ、と。彼は笑った。
闇が膨張しきる寸前、マグナは床を蹴り、大きく横に避けた。
それで、彼の後ろについていた人影が露になる。
走る最中に位置を入れ替えて、彼の後ろに隠れるようにいたの姿が、レイムの視界に入ったのだ。
「――――!」
壊しても良い。
……そう、たしかに明言したはずの、悪魔は。
それを認めた瞬間、誇張なしに、驚愕を浮かべた。
動きを、止めたのだ。
そうして。あろうことか――ありえぬことに、闇が、僅か、縮小する。
「――言霊の呪をもちて滅式を行使せよ!」
やはり、接近する間に準備していたトリスの召喚術が、ここにきて炸裂した。炎とともに出現した少女と狛犬が、本来ならば敵に叩きつけるべき力を、闇に連続してぶち当てる。
魔力を帯びた矢では少々威力を減じられる程度だった闇も、高位召喚術を当てられてはそうそう形状を保っていられない。
しかもそれは、術者の意志で縮小しようとしていた矢先なのだ。
パァン
ごく軽い音を立て、闇は四散した。
……刹那。いや、同時。
剣を腰だめに構えて突っ込んだの手に、ずぷり、と、肉を切り裂く感触が伝わった。
――血は出なかった。
刃が出口を塞いでるせいかもしれない。
でもそういえば、このひとの身体はかりそめの器。死んでしまった召喚師の肉体。
じんわり滲むものは、彼がこれまで蓄えてきた、血識なんだろうか?
「……やれやれ……やられましたねぇ」
痛みさえ感じていないのか、レイムは苦笑を浮かべてそう云った。
そして、呼びかけ。
「……さん?」
意図してか。無意識にか。いつかのようにいつものように――その声は、優しい。
「…………ッ」
「どうして震えているのです?」
判ってるくせに。訊くな。
そう云いたかったけれど、小刻みに震える身体はどうしようもなく、ただ持て余す。
傷つけたのだ。剣を突き立てたのだ。……この手で。初めて。
この世界の6年分の欠片をひとつ、……他ならぬ、自分の手で。
いつか。いつも。優しく笑んでいた、そのひとを。――ああそうだ。は、彼らを好きだった。は――彼を好きだった。……好きなのだ。
「っ」
怯えるな。今はそういう場合じゃない。
伝えなきゃ。
震えるな――震えるな、自分の身体。
声を。出さなくちゃ。
レイムさんに、告げなくちゃ。
……絶対の力なんて求めなくても、貴方も彼女も――
くすくす。
声を振り絞ろうとしたの耳に、笑みが降って来た。
「……まあ……ちょうどいいですね。かつて私は貴女を壊した。その帳尻を、ここで合わせておきましょうか」
「え……」
ちょっと待て。
同一視してないか、こら。
がばっ、と。衝動のまま、顔を上げ、
「レイムさ――」
その名を。
その瞬間。
呼ぼうとしたのに、出来なかった。
……その双眸はとっくに、眼前の何かなんて、映していなかった。
両の眼にたゆたう妄執は何へ?
かつて失った彼女?
かつて失った力?
手に入れようとしている新しい力?
――見えない。
揺るがず揺らがず。
最初のそれを歪ませず。
たったひとつを見据えるには、あまりにも、その妄執たちを抱きつづける期間は長すぎた――
ひんやりとした手のひらが、剣を握りしめたままのの手に添えられた。
「!?」
ぎょっとして引こうとしたそれを、意外にも強い力で止める――それは紛れもなく、剣を突き立てられたレイムの意志だった。
しかも、あろうことか、ずず、と、肉が切り裂かれていく。
腹部に突き立ったままの短剣を、彼は自らの手で、心臓部に動かそうとしているのである。
「レイムさん!」
叫び終えるよりも早く。
剣は、心臓に到達していた。
「レイムさんっ!!」
そして、二度目に叫んだときには遅かった。
――変わらずの手をつかんだまま、その腕は土くれへと還りだしていたのだ。