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第60夜【磨鑛】 壱
lll 誓約者、ご到着 lll




 大草原の真っ只中を蠢く、黒い影。聖王都に向かって進むそれらを眼下にしながら、誓約者たちを乗せたレヴァティーンは、空を駆ける。
 実に音速間近のスピードで飛んでくれたサプレスの高位生物も、さすがにちょっと疲れ気味だろう。
 何せ、いつぞや数時間で制覇した同じ距離を、今回は数十分で飛び終えたのだから是非もない。戻ったらゆっくり休憩してほしいところだ。――すぐに戻れるかどうかは、別として。
「なっ……なんだあれ!?」
「屍人たちだな。一種の憑依だ」
「冷静に云うなよ……」
 蠢く影どもを初めて目にした瞬間、彼らが交わしたのはそんなやりとり。
 仰天したハヤトに対して、キールの冷静な解説。最後に横から突っ込んだソルは、兄のあまりの落ち着きぶりにちょっと頭を抱え気味だ。
 ――偶然か故意か。それとも、単に彼らの勝負運の強さだろうか。
 というよりも、くじ引きに細工をしたのはむしろ、女性陣の方かもしれない。
 出発の間際だったが、アヤに、『だってバノッサがキレたら、止めるには男手が絶対必要ですし』とか『ハヤトが行っちゃって不安なクラレットの傍には、やっぱり女友達がいないとね!』とかのたまっていた誰かさんらの姿は遠く、サイジェントにあることだし。
 ……単に、苦労は男どもにやらせようという強かさ故ではない、と思う。思うったら思う。
「……屍人やら鬼兵やら……迎え撃つのは聖王都の騎士団か?」
 遠くを見透かして、トウヤが、ひとりごちた。
「バノッサさん、だいじょうぶですか?」
「……るせェ」
 レヴァティーンに旋回のお願いをしたアヤが振り返れば、白い顔をさらに蒼白にしたバノッサの姿。
 一年前の事件以来、どうにもサプレス関係の影響を受けやすくなったらしい。今の景色からすれば、彼のこの反応は当然のことかもしれない。
 苦りきった顔で、ソルが頭に手をやった。
「参ったな……ここまで気配が入り混じってると、何がなんだか判りゃしないぜ」
「せめて、あの魔力が見えればいいんだけどなあ……」
 そう云うカシスの表情も、ソルとあまり変わらない。
 最後にそれを見たのは、いや、感じたのは、そう遠くない日のことだった。
 自分たちに涙を流させた、あの清冽な風のような。
 突付けば消える、蜃気楼のような。
 そんな、魔力とも云えないような儚い、だけど、はきとした力。
 でも、今、それは欠片も見当たらない。

 だものて――やってきたのはいいけれど、さて、どうしたものか。そう、一同は思案に暮れようとした。
 だがしかし。
 それよりも先に、行動を起こした人物がいた。

「え?」「あ」「うわっ!?」

 ――ばびゅん!!

「な、なんだ!?」

 急に目の前に出現した気配は、高速で彼らの横を通りすがる。
「ぺ……ペン太だぁ!?」
 ばっと振り返り、その正体を確かめたバノッサが間抜けな声を上げた。
 というか、発言内容自体が間抜けだぞオプテュスの兄ちゃん。
 しかし、事実はそのとおり。
 まるで大砲から発射された弾のような勢いで、誓約者たちの乗るレヴァティーンの横を飛び去っていったのは紛れもない。
 丸い青いボディに気の抜ける目。だけど触ったら火傷するぜの危険な香り。
 どっかの幻獣界の女王様が得意にしてる、あれは正に【ペン太君ボム】!
 ――と、そこまでを見てとったときだ。
 空気中の何かにぶつかったのか、それとも単に臨界点だったのだろうか。

 どかーん!

 実にプリティな爆発音とともに、ペン太君ボムは爆発したのである。
 それと同時、
「……ん?」
 爆風に乗って、ひらひらと、何やらが彼らの目の前に落ちてきた。紙片だ。
 反射的に、手の届く距離にいたトウヤが、それを手にとる。ざっと目をとおすやいなや、彼はアヤに、レヴァティーンをある場所へ降ろすよう指示を出した。
「なんだ、それ?」
 横からひょっこりとハヤトとカシスが覗き込み――
「……ミモザさんって、つくづくお茶目な人だなー」
「何今さら云ってるのよー」
 と、だんだんと接近する地上の人たちをちらりと見て、思わず笑いを零したのだった。


 彼らが舞い下りたその場所には、召喚師たちが勢揃いしていた。
 蒼の派閥の召喚師だけかと思ったら、金の派閥だろうと思われる人たちの姿も見える。
 蒼の派閥と金の派閥。
 常々仲が悪いと聞いていたけれど、さすがにこの危機に、協力体制をとることになったんだろうか。
「良かったわ、気づいてくれて!」
 出迎えたミモザのことばに、誓約者と護界召喚師、それに元魔王は顔を見合わせる。
 あれに気づかないほうがどうかしてると思うし。
「すまないね、加勢に来てくれたのかい? ――エルジンとエスガルドは?」
「彼らは、サイジェントに残ってもらいました。あちらにも、はぐれ悪魔が頻繁に出現しているんです」
「……そうか……そんなところにまで、奴は手を伸ばしていたんだな」
「奴?」
 きょとん、と。
 もう一度、サイジェントからの援軍は顔を見合わせた。
「おい、ヤツってのは間違いじゃねぇのか? ぶっ倒すのは、悪魔3匹とそいつらを従えてる召喚師1匹なんだろうが?」
 バノッサのことばに、今度はギブソンとミモザが顔を見合わせる番だった。
 直後、ふたりは、ぽんっと手を打ち鳴らした。
「エルジンから、どこまで話を聞いたの?」
「たしか……岬の屋敷を調べたら、悪魔が3匹いて、それを率いてる召喚師が1人いた、というところまでだったが」
 その後まだ、何かあったのか?
 ソルのことばに応えたのは、けれど、ギブソンでもミモザでもなかった。
「そうなんです」
 少し離れた場所で、召喚師たちの指揮をしていた人物が、こちらに向かってやってきたのだ。
「実はその召喚師と思われていた方も悪魔で、おまけに今回の黒幕だったんですのよ」
「貴女は?」
「ファミィ・マーンと申します。はじめまして、誓約者の皆さん。いつかはうちの娘がお世話になりました」
 優雅に会釈する金髪のご婦人に、アヤとハヤト、トウヤの目が丸くなる。
 当時、調べものと称してサイジェントを離れていたソルとキールは、首を傾げただけだった。
 バノッサに至っては、もはやどうでもいいと云った感じで、
「つまり、ぶっ倒すのは一匹に減ったんだろ。ソイツは何処にいやがる?」
 と、実に好戦的。
 ファミィが小首を傾げると同時、今度は横手からもうひとつの声。
「たった今、報せが入ったよ。彼らは、アルミネスの森に向かったらしい。……そこに、彼もいるんだろう」
 禁忌の森付近に位置していた召喚師たちが彼らを見かけて、こちらまで報を寄越してくれた。
 そう云いながら、エクスがこちらにやってくる。
 その後ろには、グラムスとラウルが控えていた。フリップの姿はない――当然といえば、当然かもしれないが。
 初対面であるラウルに、誓約者たちは軽く頭を下げる。
 が、ちょっぴり過去に含みのあるグラムスに対しては、少しだけ複雑な笑みを向けた。
 しっかりと思い当たるところのあるグラムス本人も、苦笑して小さな会釈を返すだけ。
「アルミネスの森……機械遺跡、召喚兵器か」
 そんなやりとりを余所にキールがつぶやいて、
「こちらの戦況はどうなっている? 加勢は必要か?」
 ソルが、ざっと一帯を見渡しながら問うた。
 その問いに、グラムスが小さくかぶりを振る。
「いや、所詮指揮官のおらぬ屍兵軍だ。聖王都の騎士団、それに我々召喚師だけで充分だろう」
 たしかに。戦局を見やれば、それは充分に納得のいくものだった。
 一撃必殺といかんばかりの勢いはないが、それでも徐々に、最終目的である包囲網は完成しようとしている。
「そのようですね」
 同じくそれを見てとったトウヤが、軽く頭を上下させた。
 ですが、と、彼はさらに続ける。
「万が一ということもある。僕はここで彼らの加勢をするから、君たちはアルミネスの森に向かってくれ」
「トウヤ一人で!? それなら、ボクも残るよ」
「そうだな。カシスはトウヤの手伝いをしていてくれ」
 任せて!
 そう云って握りこぶしをつくったカシスを促して、トウヤがエクスやグラムスから戦況の聞き取り、打ち合わせに入る。
 そこまでを見て、誓約者たちは、再び召喚獣を喚び出した。
 場に現れたレヴァティーンの姿を見て、周囲の召喚師たちが感嘆の息をこぼす。
 事情を知ってか知らずしてか、妬みの混じった視線も集まるけれど、そんなもの今は気にするほどのものじゃない。
 何せ、ここには蒼の派閥の総帥がいる。そして彼は何も云わない。
 それはつまり、お墨付き、というわけで。
 ――戦場の真っ只中の聖王家の騎士団が、神々しいまでのレヴァティーンの姿を見て、士気を高めたことや、逆に屍兵たちがたじろいだことまでは、彼らが知る由はないけれど。

 そして再び、レヴァティーンは舞い上がる。
 目指すはアルミネスの森――禁忌の封じられた、否、目覚めようとしている、かの地。


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