……正に。たった今。
そのひとは、警備システムを沈黙させたところだったらしい。
数体ほど、彼を迎撃しようとして逆に破壊された召喚兵器の残骸がある。
「おやおや――」、
ゆっくりと振り返ったそのひとは、
「……よく、私の狙いがここだと気づきましたね?」
よく出来ました、とでも云いそうな、優しい笑みを浮かべてにそう云った。それから、ちょっと首を傾げる。
「後ろからくる騒がしい気配は、皆さんですか?」
「……」
応え、こくり、と、頷く。
その拍子に、彼の手首に揺れる銀細工が目に入った。
時折吹く風に揺れて、それはかすかな音を立てている。
りぃん、りぃん、と。
響く音は、ひどく哀しげ。泣いているよう。
「レイムさん」
呼びかける。
「……その名で呼ぶのは、おやめなさい?」
やはり、優しく微笑んで。返る応え。
「どうにも、昔のデグレアでのほのかな甘い初恋の香りを思い出して、押し倒したくなりますし」
「……………………」
……云ってることは奇天烈極まりないが。
はあ。
ことさらに大きな息をつき、はレイムを見据えた。
「初恋じゃないでしょ?」
ここで彼のペースに巻き込まれるわけにいかない。
云うべきことがある。
告げなければいけないこと、成さねばならないことがある。
あのとき、まだ自分が生まれる前。
嘆く迷い子の魂に、一緒に行こうと手を伸ばした。
あたしは、彼女に手を伸ばした。
彼女は、それに応えた。
の発したことばに、ふとレイムの目が見張られたようだった。
それから彼は、にっこりと微笑う。
「そうですか」
頷いて。
「返していただけるのですか?」
頷いた。
「そのために、あたしはたぶん、ここに来たんだと思うから」
誰が喚んだわけでもなく。
誰の声に、応えたわけでもなく。
ただ、彼女を呼んで彼女が応えた。
この世界の魂を、この世界に還すために、たぶん――いや、だから、あたしは、リィンバウムに落っこちた。
遠い昔に悪魔と出逢った、守護者を。彼女を、彼に返すために。
ふと。
レイムの表情が、たゆたえる色を変える。
それは、デグレアで共にいた頃、ずっと見せてくれていた顔だった。
まだ自分が小さかったせいもあるのかもしれない。
だけど、そうして見守ってくれていたような、その人の表情を覚えてる。
ビーニャやガレアノや、キュラー。彼らの表情も覚えてる。
きっとそれは、紛れなく。嘘も虚構もなかったのだと。今、レイムを見て思った。
その彼らはもういない。
そう思うと、たしかに胸は痛む。
ただの感傷かもしれなくても、たとえそれが、彼らにとって嘘や虚構と同義だったのだとしても。
その頃があったから、今、はこうしてここにいる。
自分がここに立つための道標は、彼らも担ってくれていた。
そしてこれから、歩くための礎としても。
ゆっくりと。そんなレイムの手が、に向かって伸ばされる。
「……良い子ですね、さんは。本当に……」
彼女を除けば唯一、腐れたニンゲンたちのなかでは輝く宝石のようですよ。
レイムの表情は、ひどく優しい。
だから。
「いくら人間嫌いだからって、そこまで云いますか?」
これで幕を下ろせるのだと、安堵とともに、も受け答えして――
キュォン、
――何かが。空間が。軋む、音がした。