意地悪してるわけじゃないよ?
信用してないわけじゃないよ?
でも、あたしがやろうとしてること、知ったら、きっと、みんな止めるから。
止められたら、揺らぐから。
だから今はまだ、何も云わない。
ただそれだけ。
「ー、いいかげん白状しないー?」
「イヤー」
ちょっとふざけた感じで云うマグナに、も笑って返した。
ここはゼラム。ギブソンとミモザの屋敷。
怒涛の勢いでそれぞれのやることを成し遂げた彼等は、やっぱり怒涛の勢いでこの街に戻ってきたのである。
タイミングがいいのかご都合主義のせいか、明日はメルギトスの軍隊が大平原に到達するそうだ。
すなわち、例の火攻めの決行日、というわけである。
任せておけばいいよ、と、ギブソンたちは云ってくれていたけれど、マグナとトリスはじめ、全員が首を横に振った。
やっぱり、気になるものは気になるのだ。
昨日の夕方のうちに帰り着いたマグナたち、夜遅くに戻ったトリスたちについで、たちが戻ってきたのは今朝早く、まだ夜明け前。
蛇足。むしろ召喚獣車とともに待機して、挙句に夜を徹して飛ばしてくれた、派閥の召喚師さんにもご苦労様、である。
そうして、お互いの戦果を話し合った後。
明日のために英気を養おう、と、突発的にだが、丸一日休養となったのだった。
普段なら、三々五々とみんな分かれて動くのだけど、今日は違った。
なんとなく名残惜しいような気持ちが働いて、報告のために集まった居間から、誰も動かないでいる。
マグナとの『ねーってばー』『いやー』を、少し呆れたように見ていたリューグが、とうとう二人の間に割って入った。
「いいかげんにしろよ、ったく」
「リューグは知りたくないのか? のもう一人」
そう。
かいつまんで話した各自の報告のうち、一同の興味が集中したのは、のもうひとつの人格とやら。
しかも、証人がいる。ネスティやレナードやユエルやら。
ちなみにパッフェルは、別件の証人だ――カザミネの自爆発言の。
部屋のすみっこでまた必死になっているカザミネと、ぷいっとしてるカイナがなんとなくこっけ、いやいや、微笑ましい。
そんななか、マグナのことばに、リューグは、ちょっと口ごもる。
「……そりゃ、俺だって知りたいけどよ」
迷いを正直に告白し、
「だろだろ?」
「かと云って、こんなときのこいつが素直に自白するかとなると、あんたのやってることのほうが無駄に思える」
「うっ」
直後、我が意を得たと意気込んだマグナを見事撃沈。
「……道理だな」
小さく喉を鳴らして、ルヴァイドが同意した。
少し離れた席に腰かけて、じっとを見ていたイオスも、ふぅっと息をついて苦笑する。
「相変わらず、頑固だな。は」
そう云って、マグナに追い詰められていたの傍まで歩いてくると、ひょいっと腕を伸ばして抱え上げた。
華奢な外見を裏切る行動だ。そりゃまあ、軍人としてしっかり鍛えられているのだから、当然といえば当然なんだろうけど。なんか悔しい。
外見美少女のくせに。
「……何考えてるか当ててみようか」
ため息をつきながら、イオスは、唇とがらせたを、自分の座っていたソファの横に座らせる。
実に自然なその光景を、一同、ある意味ぽかんと見守るばかり。
が、
「イオス。何、しれっとかっさらってるのよ」
兄の傍から持ってかれたに接近し、ぎゅうっとしがみついて、トリスが抗議の声を上げた。
「何か問題があるのか?」
そうして、さらにしれっと返すイオス。
面白がっているんだろうか、少し不機嫌そうにしているけれど、目の奥には笑みが浮かんでいる。
で、トリスはそれを読めなかったらしく、む、と、口篭もった。
「それは……が嫌じゃないんなら、あたしがどうこう云えるんじゃないけど……」
でもは兄さんのお嫁さんになるんだし、やっぱり今のうちから親睦を……
「……何の話だ」
「ルヴァイドの旦那落ち着け。相手は女子供だ」
そんな剣呑なやりとりにも気づかず、もごもごとつぶやくトリスの頭上に、ふっと影が出来た。
先ほどマグナを云い負かしたリューグの片割れの兄、バルレル曰く触覚兄の、青い髪の彼。ロッカである。
「さん。ひとつだけ、訊いてもいいですか?」
「……マグナと同じコト訊くならだめ」
「違いますって」
そんな無駄なことしませんよ。
悪意がないのは判っていても、ロッカのことばで頭上に岩石を落っことされたマグナが、膝を抱えていじけたふりをしてみせる。
撃沈したわんこを一瞥した後苦笑して、ロッカはことばを続けた。
「……覚悟、しているんでしょう?」
なんとも曖昧な、だけど、芯に近い一撃。
「僕たちには云わないけど、何かを。それが避けられないことも、その先に予想する未来も」
「……覚悟……?」
頷いたの視界の端、ぽつりとミニスがつぶやいた。
「まさか、命に関わる無茶なんてしないわよねっ!?」
少し顔色をなくして、がばっと身を乗り出すのはルウだ。
否定も肯定も出来ないは、少し困った顔をつくって首を傾げた。
「っていうか、命に関わる無茶なんざ、ここの誰だってやってるさ」
その援護なのだろうか、軽い調子でモーリンのことばに、ルウも気を取り直したらしく、それもそうねと苦笑する。
……それはそれでなんだか、命知らずな集団って気がするんだけど。
いや、大悪魔に戦い挑みに行く時点で、すでに命知らずか。
そこにリューグがやってきて、ぺしっとの額をはたく。
「……結局おまえは、それをしなけりゃ先に進めないんだろ?」
俺が、強さを求める理由を見つけなければいけなかったように。
「やるしか、ないんだろ?」
「うん」
真っ直ぐに見据えて告げられた問いに、ほとんど間もおかず頷けば、そこかしこでため息の零れる気配。
呆れているようでもあり、諦めているようでもあり、だけど、しょうがないなあと苦笑しているような。
それは、泣きたくなるほどに優しい空気。
止められずとも思いとどまってしまいそうな、手放したくない至宝のようだ。
「そうだ」
そんな心境、いやさ少し重くなった空気を変えるべく、は、ぽん、と手を打ち鳴らした。
一斉に視線を向けてきた一同を見渡して、にっこりと笑う。
「昔話を、しようか」
リィンバウムの守護者になった、クレスメントの一族の人の話だよ。
昔話ってなんだそりゃ、と云いたげな表情になった人たちは、ことばの後半を聞いて真顔になると、居住まいを正したのだった。
世界を守るために、その人は守護者になった。
だけど次の守護者に相応しい人が現れぬまま時は過ぎ、死を迎えることになったその人は、だから、世界にお願いした。
『魂に刻まれたものを失することなく、次の生のときに再び、喚んでくれますか?』
世界は、守護者を必要としていたから、それを良しとした。
たったひとつの、それは約束だった。
だけど、その約束は、その人を世界に縛りつける鎖になってしまった。
その人はずっとずっと、長い間、守護者として生を繰り返した。
エルゴの王が現れてからは、安息の日々を得たけれど、鎖はそのまま、魂にまといついていた。
鎖は、記憶。記憶は、絆。絆は 鎖。
その人が魂に刻まれた記憶を消し去ってしまわない限り、鎖は鎖のまま。
生を繰り返し、絆を重ねるたびに、鎖はますます強くなる。
消し去ってしまいたくても、交わした約束が、それをさせなかった。
記憶は絆。絆は鎖。解けることのない、永劫のくびき。
だけどあるとき、ひとりの悪魔がそれを壊そうとした。
世界ごと、鎖を破壊してしまおうとした。
けれどその人は、世界を壊させたくなかった。
世界を壊す力を全部受け止めて、その人は壊れ、リィンバウムから消え失せてしまった。
そうして時はめぐる。
守護者を失ったまま。
守護者の残した、鏡像を生み出す鏡を代わりとしたまま。
――世界はそれでも、平和を保っている。
「教えてもらった昔話は、これだけなんだけどねー」
いつ。誰から。そんな部分を明らかにせぬまま、そう云って笑ったから、少し離れた場所。
バルレルが、何やらブツブツ云っていたのは、彼の傍にいた護衛獣軍団しか知らない。
まるで歌うように、祈るように、は、話してた。
その表情を思い出すたびに、不思議な切ない感覚が、胸から零れるようだった。
本当は、とても、追及したかったよ。
その話は、の――そう、前世の話なのかな、って。
クレスメントの魂を抱くのなら、いつか、トリスたちの祖先という存在が、に呼びかけたのも頷ける。
守護者。そう呼んだことだって納得できる。
あの白い陽炎――世界の力を借りている、というのも、うん。守護者なのなら、判る。
君は誰?
白い陽炎。
知らぬ誰か。
折に触れて、誰もが思ったことのある、に対するその疑問。
答えは、まだ、得られない。
うっすらとした予想を抱いて、だけど確信にまでは至らない。
君は、誰?
昔話を終わらせて、は静かに微笑んでいた。
それから、じっと話を聞いていた自分たちに、こう云った。
「全部終わったら」、
と。
「そしたら、あたしも全部判ると思う。ちゃんと、筋道立てて話せるように、なると思う」
今はまだ、情報がぐるぐるまわってるだけで、ジグソーパズルがうまくはまらない感じ。
それでも拾い集めたのが、この昔話。
そうして拾ってなおは話してないんだろう、いくつかの欠片。
――それは、なんだろう。
――君は、誰なんだろう。
明らかになるときが近いのは判っているのに、いや、判っているからこそ。
その答えを得たいと、心は逸り、主張する。
ねえ。
君は、誰?