ちらり、ちらり。
何かに遠慮しているかのように、いっときやんでいた雪が、また舞い下りだしていた。
「……ガレアノさん」
白い結晶のもたらす静寂を押しのけ、その声は発される。
雨と降り注いだ雷撃が、一段落したその場所には、まず倒れた悪魔がいた。
それから、召喚術の余波でへたりこんでいる数名。
そのなかから、ひょこりと立ち上がったが、ガレアノのもとまで近づいて呼びかけた声だ。
すでに、ぐずぐずと崩れ落ちはじめた身体をぴくりと動かし、無理に首をねじまげて、ガレアノはを見た。
「なんだ」
「……謝りませんよ。あたし」
「当然だろうが」
努めて視線強く。睨みつけて云ったら、呆れたように、そう返された。
「……」
「……」
はあ、と、ため息をつく気配。
実際は、ひゅう、と、破れた喉から呼気が零れただけだった。
「ワシに涙を流すくらいなら」、
ビーニャにでも流してやれ。と、ガレアノは続ける。
「――アイツは本当に、に好意を持っていたぞ」
「……」
何を、他人事のように。
思って、少しだけ、笑えた。
そうして告げる。
「も貴方たちが好きです」
6年間の思い出だけでなく。
今こうしていても、それは変わらない。変わらなかった。変わりようがなかった。
故郷ひとつ潰され、共にあったひとたちを喪い、命を何度も危うくされ、この手で命を絶った、そんな事実があっても。そのために、痛みを覚えてる。
憎しみではなく怒り。そうして生き延びたいという自身の心。仇討ちだなんて云えない。生きたいから戦って、生きたいからこのひとを倒した。
生きようと――生まれてきた。共に。
生きてきたのだ。は、彼らと共に。彼らも、共に。
……だから。
「あたしは、ちゃんと、責任をとります」
「……」
もう物云わぬガレアノに向けて。
――それとも、自分の奥に。世界に。続けたことばは、誰に向けてのものなのか。
「今は判る」
あたしはきっと、知っている。
「そのときに手を伸ばしたのが、たぶん、あたしがここにいるはじまりだった」
いっしょに いこう
呼びかけた声と応えた思惟。
そうしてあの日、門は開かれた。
「……だから――」
「……」
気遣うように、そっと、手のひらが肩に置かれた。
「もう、ガレアノはいない」
「……」
聞く相手はいないのだと。告げる声に、改めて、それを凝視する。
ぐずぐず、ぐずぐず。
雪に混じった黒いものは、その白さと混ざるようにして溶けていってしまってた。
混ざった分、灰色になってもいいようなものなのに、相変わらず真っ白な雪の上、ガレアノが存在していたという残滓さえもなくなっていく。
レナードが、なんとなしに複雑な顔でタバコをふかした。
「……あの世ってモンがあるんなら、そこでふさわしい裁きを受けてきな」
唇を噛みしめて、雪の上に幾つもの水滴を落としつづけるの頭を、モーリンが軽く叩いた。
「……怪我はしてないかい?」
「うん。平気」
普段どおりの問いかけに、乱暴に目元をぬぐって、も答えた。
ふとパッフェルが視線をめぐらせ、何かに気づいたらしく、ある方向をすがめ見る。
「……あら。あちらから来られるのは――」
「あっ、バルレルだ!」
ユエルの指差したとおり。
もはや歩く気力もないのか、ふらふらと、千鳥足のような感じで飛んできたのは、先ほどが広場に残してきた悪魔だった。
ただし、姿は見慣れた少年のもの。魔力を使い果たしたのだろうか。
たちが見守るなかを、バルレルは、こちらに向かって飛んでくる。
ふらふら、ふらふら……ふらり……ぽとっ
着地点は、まだ座り込んでいたの膝の上。
「……どさくさに紛れて何をしている?」
ちょっと怒気の含まれたネスティのことばに、けれどバルレルは億劫そうに手を振るだけで答えに代えた。やかましいほっとけうっせえんだよメガネ。動作を直訳すればこんな感じか。
たぶん似たような翻訳結果を導き出したんだろうネスティが、さらに眉根を寄せたとき、レナードが「ははっ」と笑う。
「ま、大目に見てやれよ。ガキのすることなんだしな」
「子供というのは得でござるな……」
「カザミネさん、今のカイナさんに教えてさしあげても――」
「ぱっ、パッフェル殿!?」
笑ってネスティの肩を叩くレナードの傍ら、ぼそりとつぶやいたカザミネに、パッフェルがぽつりと鋭いツッコミ。
大人たちの会話など知らぬとばかり、てくてくと歩いてきたユエルが、つんつんとバルレルをつついた。生きてるかどうかたしかめてるようだ。勿論バルレル、それも振り払う。
どれ? と云いつつモーリンがストラのために手のひらをかざそうとしたけれど、それも要らねえ、と、こう応じた。
「魔力切れだ。ストラじゃ治らねーよ」
それよか、他のヤツらの方治してやれ。
うっすらとした気遣いの混じったそのことばに、モーリンは意外そうに目を丸くした。
それから「そうだね」と頷くと、カザミネやユエルといった接近戦組の治療をするべく、獣人の少女を促し、立ち上がる。そのまま、先ほどから戦うメイドさんにおちょくられている、剣客の方へと歩き出した。
顔だけをそちらに向けて見送ったバルレルは、次に、その視線をに向けた。
「……、か?」
「うん……」
「そうか」
頷くと、何故だか安心したように小さく笑って、バルレルはそのまま目を閉じた。
「ねえ?」
起こしちゃ悪いかなと思いながら、それでもふと、出てきた疑問を口にする。
「もしもあたしがあのままだったら、どうしてたの?」
「――に戻してたに決まってるだろ」
「あなたが欲しかったのは、あっちのほうなのに?」
「あのなぁ」
テメエ、オレの話聞いてたか?
すさまじく胡乱げな目になって、悪魔はを軽く睨みつけた。
「何度も云わせんな。オレは――」
「」
つむがれかけたバルレルのことばを途中で遮って、ネスティがこちらにやってきた。じとっとねめあげる悪魔の視線を、しれっと無視しながら。
融機人にはシカトのスキルもあるんだろうか。
そうしておいて、には気遣わしげな視線を向けるあたり、やはり、予想は事実かもしれない。
「……話してもらえるか?」
さっき現れていた、もうひとつの人格は、なんなのか。
その問いに、は小さく微笑む。
微笑んで、
「まだ、やだ。」
――と、きっぱりはっきり云ってのけ、ネスティを硬直させたのである。
やりとりに、疲労押しのけ大爆笑した少年悪魔へ、魔力切れたはずのネスティが、さらにどこかをブチ切れさせて、ヘキサボルテージかまそうとしたのはご愛嬌。
未遂に終わったかどうかは、ただ、当事者のみが知る。