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第54夜 六
lll 伝えたいこと lll




 目を覚まして真っ先に視界に入ったのは、心配そうに覗き込んでくる、今回の同行者一同だった。
 ルウやカイナなんか涙目。
 レオルドは、表情動かせないけどなんか挙動不審。
 アグラバインやシャムロックは、かなり顔を強張らせてる。
 だけど意外だったのは、ルヴァイドやイオスまでもが真顔でこちらを覗きこんでいたことだ。
「マグナ……?」
「うん」
 不安そうな問いかけに、笑って頷いたら、
「わっ!?」
 全員、糸が切れたように、その場でへたりこんでしまった。
「……ハサハに感謝しなさいね、マグナ」
 やはり座り込んだままのルウが示したのは、倒れていたマグナの上に、折り重なるようにして眠る、ハサハの姿。
 闇の中で見た大人の姿ではなくて、いつもの、小さな姿だった。
 一瞬不思議に思ったのが判ったのだろう、レオルドに手伝われて身体を起こすマグナから落ちないように、そっと彼女を支えてくれたカイナが、こくりと頷いてみせる。
「ハサハちゃんが、宝珠に溜めていた魔力を使ってまで、頑張ってくれたんです……」
 変化と呼ばれる妖怪は、一度魔力を失ってしまったら、二度と化けることは出来なくなってしまう。
「それだけの覚悟で、この子は、貴方を助けたんです」
「……そっか……」
 身体を起こして、ハサハをカイナから受け取った。
 よほど疲れたんだろう、ハサハはマグナの腕の中で、ただ眠る。それこそ、幼子のように。
「夢じゃなかったんだな……」
 闇も光も。
 侵蝕しようとしていた、キュラーも。
 大事なことを教えてくれた、ハサハも。

 思い出す。ハサハのことば。
 思い出す。あの日。
 大好きだって云ってくれた、彼女を思い出す。
 どうしてだろう、今、無性に逢いたい。

 ただ、伝えたい。
 照れ隠しにじゃれたりしないで。ちゃんと目を見て、真っ直ぐに。

 気持ちに突き動かされるようにして、ふと視線を巡らせた。
「――――え」
 その眼前に。
「マグナ……!」
 わだかまる闇。そして、緊迫感を増した仲間たちの声。
 だが、
「……」
 駆け寄ろうとした彼らは、微笑みながらそれに触れたマグナを見て、凍りついてしまった。
 最初の一瞬は、きっと、先刻の繰り返しになるだろう不安。
 次の瞬間は、
「だいじょうぶだよ」
 なんら変わらず、闇を手のひらに移動させたマグナへの、驚き。
「……心はあるんだな。悪魔にも」
「それは――キュラーの……?」
「うん」
 ハサハがマグナから押し出した残滓。きっと、その、最後のひとかけら。
「……」
 見つめるうち、その闇は、霧のように消えてしまった。
 なんともないのか、という問いかけに、なんともないよと答えながら、マグナは静かに目を閉じる。

 キュラー。
 おまえものこと、見てたんだもんな。向かい合って、たんだよな。

 大好きです。と。告げる彼女に。
 応えて笑んだ。それは、いつか誰かの遠い記憶。

 ……大好き、か。

 声には出さず、復唱し。そういえば、と、思考はめぐる。
 そういえば――ライバルがいたなあ。目の前に。別の場所にも。
 そんなことを考えて、さらに視線を動かして、双眸に映し出したのは、彼女の親とも云える存在。
 になるために、一番大きな部分を占めてるだろう、人。
 あ、なんか感謝したいかも。
 でもそんなこと云ったら、剣の腹で殴られそうだ。
「……何がおかしい?」
 妙な闇を消えるまで見てたと思ったら、不意にこちらをじっと見上げて、挙句にクスクス笑い出したマグナを、さすがに不審に思ったのだろう。
 プロテクトをかける手順もレオルドから伝えられたのか、元々持っていた大剣の横に、ジェネレイターの柄を下げたルヴァイドが、眉宇をしかめて問うてきた。
「あーいや」、少し慌てて手を振り回す。「なんでもないなんでも……」
 いや、
「あるかな」
「何を云っている?」
 呆れた様子でツッコミ入れてくるのは、イオスだ。
 シャムロックやアグラバインは、そんなやりとりがおかしいのか、かすかに笑みを浮かべている。

 和んだ空気が、漂っていた。
 塵となった鬼兵たちの残骸が心を痛めるが、キュラーの屍が徐々に灰と化していくのを横目に、安心感が生まれる。
 もう、これ以上、鬼に変わる者はいないのだ。
 ……自分のやるべき約束を、果たせた。
 自分が自分でいようと、少しだけ、強くなれた。
 そう考えて、ちょっと気が大きくなってしまったのだろうか。
 それとも、理性のタガが少し弛んだのか。
 なんにせよ。
 にぱ、と、マグナはルヴァイドに笑いかける。
「なんだ?」
 いきなり全開の笑顔に少しばかり退き気味な、ルヴァイドに。
 ありがとう、は、ちょっと云えないけどさ。
 これくらいはまあ、いいだろ。牽制も兼ねてね?

「俺さ、のこと、すごくすごーく大好きなんだよ」

 ルヴァイドは、少し驚いたように目を見張りはしたものの、
「そうか」
 けれどすぐ、少し表情を和らげて、そう応じてくれたのだった。
 それもそれで、少し意外。
 でもむしろ、周囲の面々が何やら固まりかけていたことの方がおかしくて。眠っているハサハを起こさないように笑うのに、マグナは大変苦労したのである。


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