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第6夜 参
lll 闇からの襲撃者 lll



 夜がくる。決行の時間が訪れる。
 最初の難関、ギブソンやミモザに気づかれないように、2〜3人ずつ時間をおいてこそこそと、窓やら裏口から脱出。

 夜逃げに見えなくもない光景だ。

 フォルテがふざけてそう云ったら、ケイナにつっこまれるというお約束の1シーンもあったものの、全員でゼラムの門を抜けることに成功。
 そうして今、たちは大平原を歩いている。
 意外にも夜目が利くことが判明したので、フォルテ、ケイナと並んで、は先頭に位置していた。
 召喚師であるネスティ、トリス、マグナ、それにミニスは中央。アメルとハサハもそこだ。
 その後ろを固めるように、ロッカとリューグ、バルレル。
 そこそこゼラムから離れたところで一行は足を止め、改めてアメルの云う村に向かう道への確認に入った。
「問題は、どのルートを通るかだよな」
 道は三通り。
「街道をこのまま直進するか、方向転換して一気に山に向かうか、それとも草原から迂回して行くか」
 指折り数えてマグナが云い、うーん、と考え込む一同。
「黒騎士たちが待ち伏せているのは、まず間違いないですね」
 先日湿原に入るのを察知された件からしても、今日に限って監視を解いているとは考えづらい。
 となれば、
「少しでも立ち回りやすい場所に行きたいな。山はやめておかない?」
「そうだな。の云うとおり、山道は避けるか」

「いや、山の方に行こう」

「ネス?」
「わざわざ動きにくい場所に行くってのか?」
 理由は?
「今、が云っただろう」
 問われ、ネスティはを指して答える。
「判ったわ。今そうしようとしたように、私たちが山に入る可能性は低いって、敵も考えるかもしれないのね?」
 それを見たケイナが、得心して頷いた。
「そうだ、それに、僕たちも動きにくい分、相手もそれは同じはずだ。明らかに敵の数が多い今、大人数で周囲を囲まれることもありえるが、障害物があればそれも難しくなるだろう」
「その間に各個撃破する……ですか」
「ケイナの弓や、対個人用の召喚術が頼りだな。大技は使えない」
「大技も何も、ネス。俺たち、まだそんなでっかい術使えないじゃないか」
 あはははは、と笑いながらマグナが云う。
 ぴき、とネスティに青筋が走る音が、全員の耳に聞こえた。

「君はバカか? 戦闘中の召喚術の扱いには特に注意を要するんだ! 魔力が暴走したあげく、予想外の、しかも大きな術を発動させてみろ、どうなるかぐらい君にだって判るだろう!」

 大声になりそうなところを、夜逃げ中だということで、小声で怒鳴るネスティ。

 器用な奴だ。

「う……ごめん、ネス」
 さすがに怖くなったのか、しゅーん、とうなだれてマグナが謝罪した。
 ケイナが苦笑しながらまとめに入る。
「じゃあ、とりあえず山に向かうってことでいいかしら?」
「……(こくん)」
 黙ってなりゆきを見ていたハサハが、こっくり、頷いていた。



 そうして、山へと進路変更して半刻もしないうち。
 の10歩ほど前を歩いていたフォルテとケイナが、不意に足を止めた。
「……そういう手もあったわよねぇ、考えてみれば」
「うむ。こいつは俺たちの作戦ミスだな」
 疲れきった顔でつぶやくケイナ、遠い目をして、それでも飄々とぼやくフォルテ。

「みんな散れ!!」

 ガァァン!!

 フォルテの叱咤が飛び、一同がばっと散らばると同時。銃声が、夜の平原に響き渡る。
 それを合図に、彼らの周りに灯る明かり。
 月の光をかき消して、松明の光が場を支配する。
 そして現れる――

「ゼルフィルド!」

「我ガ将ノ命ニヨリ、聖女ヲ捕獲スル」

 銃声からそうではないかと思ったが、やはりそうだった。
 漆黒のボディに明かりを反射させ、追っ手として現れたのはゼルフィルド。黒の旅団の機械兵士。
「ちっ……山に入り込む前に捕らえるつもりだったんだな」
 油断なく斧を構えながら、リューグが舌打ちする。
 ゼルフィルドの背後に見える山々こそ、彼らが目指していた場所だった。
 だが、今、その道を塞ぐように陣を張られ、それ以上進むことは出来ない。

「逃げるぞ!」
 ネスティが全員に呼びかける。
 けれど。
 その声と同時に、自分たちの背後にも出現する無数の気配。

 進めない。退けない。
 ――戦うしかない。

 皆が、そう覚悟を決めたのと同時に。
 タッ、と。ゼルフィルドの後ろから、ひとりの兵士が走りだす。
「どこかで張ってやがる黒騎士に伝令するつもりだ、つかまえろ!!」
「あたしが行く!」
 意図を察知して叫んだフォルテの声に、は素早く反応して飛び出した。
 それが合図。
 散開していた旅団たちが、一気に彼らとの間合いを詰める。完全に囲まれる前に、はその包囲網を抜け出した。

 走る。

 ガァンガァンガァン!!

 銃声が立て続けに響くが、そもそも直進する弾丸というものは、動き続けている標的にはほとんど当たらない。
 それに気がついたは、更に加速して兵士に追いすがろうとした。
 刹那。
「疾く来て目をくらませ! ムジナよ!!」
「――あ!?」
 横合いから飛び出した召喚師が、に向かって鬼属性の召喚術、ムジナを放つ。
 タヌキにも似たそれは、の目の前に喚び出されると同時に、黒いものを彼女に向かって投げつけた。

 一瞬、夜に慣れたはずの視界が、完全に闇に覆われた。

 それだけで充分。
 不意に視界を奪われて、全力で走っていたはバランスを崩してたたらを踏んだ。
「シマッタ……!!」

 ――ガァン!

 本当は当てるつもりはなかったのかもしれない。
 ゼルフィルドの叫びを聞いて、はそう思った。
 けれど引き金を引いて発された弾丸は。――真っ直ぐに。今、が足止めされたその場に。

――――――――――!!」
「だめ――――――――――――ッ!!」

 弾丸が迫るのが、妙にスローに見えた。
 走馬灯ってこんなものなのか、と、現実味のないことを、刹那、考えたの目に、トリスとマグナの姿が見えた。彼らが絶叫しているのが、聞こえた。


 ――ごめん、と。そのとき思ったのはたぶんそれだけ。

  ごめん ね

 誰かの声に、重ねるように。



 キィィン!!

 音が響く。――硬質な。

 いつまで経ってもやってこない痛みに、は、知らず閉じていた目を開いた。
 暗かった。目の前が。
 それは、先ほどの召喚術のせいではない。
 空を見上げれば月は見えるし、星明りだってはっきりと見て取れる。
 だいたいさっき迫った銃弾だって、もうあのときには、しっかりと視界にとらえていたのだ。
「…………?」
 目の前に、何かがいた。
 自分よりずっと背の高い、何か。
「ゴ無事デスカ」
「…………ロレイラルの!?」
 見ただけで判った。機械兵士。
 自分以外何もいなかったはずのその場に、突如現れた彼(かどうかは判らないけれど)が。弾丸をその身で跳ね返したのだろうか。
 けれど状況は、それ以外の解答を用意してくれていない。
「あなたは――」
 が召喚したわけではない。それは断言できる。でもそれなら誰が?
 問おうとした。そしてその疑問には、答えがすぐに返される。


「トリスさん、マグナさんっ!!」

 切羽詰ったアメルの声が聞こえる。
 敵も、この状況にどう判断をつけていいか判らないで立ち尽くしているようだった。

 ひかり。
 ほとばしるひかり。

 さっきは鋼色と若草の色だった。
「うっ……!」
 マグナの手にしたサモナイト石から発された、鋼の光は瞬時に消えてしまったけれど、トリスの持った石からの若草のひかりは、止まらない。
 妹に力を貸そうと、手を添えたマグナの両腕にも、信じられないほどの負荷がかかっていた。
 同じように手を貸してくれているネスティにも、その負荷は及んでいるのだろう。いつもは無表情に近い彼の顔が、苦渋に歪んでいる。
「バカがっ……!! 自分の扱える属性以外のサモナイト石に魔力を注ぐなど!!」
 絞り上げるようなネスティの声に、マグナは、ぎゅ、と眉を寄せる。
 ごめん、ネス。
 だけど俺たち、止められなかった。

 あの機械兵士が凶弾を放った瞬間、がそれに貫かれるのが見えてしまった。

 とっさだった。まだ誓約していなかったサモナイト石。それを自分たちは手にとって。
 己の属性など考えずに、身体だけが動いていた――

 ただひとつ、を助けたくて。それだけが、俺たちを動かした。

「ミニス、君も手を貸してくれ! メイトルパのサモナイト石は君の領分だ!!」
「わ、判ったわ!!」
 呆然と立ち尽くしていたミニスが、ネスティの叫びに応じ、急ぎマグナたちのもとへ走る。
「え?」
 たんっ。
 軽い足音。けれどミニスのそれより成長した少女のもの。
 ミニスを追い越して、ひとつの影が彼らに向かっていった。

!!」

 あまりの事態に動けないでいる敵の間をかいくぐり、味方の横をすり抜け。がマグナたちのところへ向かう。
「くるな! 召喚師じゃない君が手を出すことじゃない!」
 強いネスティの叱責が飛ぶが、の勢いは弱まらない。それどころか、ますます速度を増して、彼らへと肉迫する。

 ――後になって。何故あのときそうしたんだと訊かれ、どう説明すれば良いのか、本人でさえも延々と悩んだ。
 だって、理屈じゃなかった。理由なんて、あるようでなかった。
 ただ、あたしの気持ちが、そうしなさいって告げたんだ。
 それが唯一の理由。

 自分を心配してか、近づくなと云うネスティに、にっこり笑ってみせる。
 それから、マグナとトリスの制止の声も無視して、

 光へと。
 その源たる若草色の石へと。
 属性外の魔力を吸収して、暴走しかけている、サモナイト石へ。
 ――その手を、添えた。


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