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第6夜 弐
lll 決断とお礼と植木鉢 lll



 そうして彼らは決断する。
 最終的に、マグナとトリスが全員を――ミモザとギブソンを除いて――庭に集めて告げたのだ。
「絶対に、アメルを黒の旅団に渡したりなんかしない」
「どんなことがあっても、守ってみせる」
 その頃にはもう、各々も自らの思うところを明らかにしていたのだろう。
 全員が同意を示す。
「……(こくん)」
「ケッ、こうなりゃつきあってやらァ」
 怖がっていたハサハも、しぶっていたバルレルも。
「だが、それはそれとしてこれからどうする? いつまでもここに隠れてるわけにもいかんだろ?」
「すでに、ここにいることはばれているわけだからな――悔しいが、奴らとの戦力の差は歴然としている」
 これからの方針を決めるべくフォルテが云うと、ネスティが続けた。
 判ってはいたものの、突きつけられる厳しい現実に、改めて一同の空気が重くなる。

「正面から戦っても勝てないって云うなら、相手があきらめるまで逃げ続ける……かなぁ」

 ぽつり、はつぶやいた。
 圧倒的な戦力差のある相手に狙われているとき、とれる行動はふたつ。
 玉砕覚悟で突っ込んでいくか、相手の消耗を狙ってひたすら守りに徹するか――
 今のの意見がどちらかは、云うまでもない。
「……今回は、それしかねぇんだろうな」
 意外にも、真っ先に賛成したのはリューグだった。
 驚いた顔の一同の視線を一身に浴び、何見てんだよ、と顔を背ける。
「だって、あんなに戦いたがってたのに……」
「……それじゃ俺がバーサーカーみたいじゃねーか」
 呆気にとられたままつぶやいたのことばに、リューグは眉根を寄せて疲れた表情。
 そのとおりだろ、と頷いた兄の姿は、幸い彼にとって死角の位置であったため、兄弟バトルの勃発はまぬがれた。
「そうね。少人数の利のひとつに、小回りが利くっていうのがあるし。徹底的に引っかき回してしまおうということね?」
 心得たケイナのことばに、は頷く。
「いくら大軍と云えど、完璧な包囲はできまい。そこをうまくつければ……」
「……それで、どこへ行きます?」
 方針は決まった。
 では向かう先は?
 ロッカのことばに、全員がしばらく考えて――
「あの」
 アメルが口を開いた。
「お爺さんから聞いたことがあるんです。村から山を越えた西に、小さな村があって……そこに、あたしの祖母にあたる人が暮らしてるって」
「なんだって? 初耳だぞ」
「どうして黙ってたんだ?」
「事情があって一緒に暮らせないらしいの。だから今まで……でも、もうそれを気にしてる場合じゃないと思うから」
 思いがけない事実に驚いた双子の問いにも、アメルは、はきはきと答える。
「じゃあ、まずはその村が目的地ってワケだな」
「そうだな。――マグナ、トリス」
 バルレルのことばに頷いたネスティが、不意に弟妹弟子に声をかけた。
「先輩たちに、このことは話していくか?」
 ふたりが、彼らを呼ばなかったことからも察しはついているだろうに、念のためとも云いたげに確認するネスティの慎重さに、は思わず笑ってしまった。
 予想どおり、
「ううん、先輩たちには不義理だと思うけど、黙っていくつもり」
「ここから先は、きっと俺たちだけの力で切り抜けていかなくちゃならない旅になるんだし」
 きっぱりとふたりは告げた。
 自分たちの気持ちをはっきりさせたことで、彼らの瞳に自信がほのみえる。
 ネスティもそれに気づいたのか、心なし表情をやわらかくして、
「そうだな」
 とだけ、頷いた。



「暗くなるのを待って出発しよう。先輩たちには気づかれないように」

 そのマグナのことばを最後に、解散して。
 部屋に戻ろうとしただったが、先を歩くリューグの背中を見つけて声をかける。
「なんだよ?」
 呼び止められた彼は、怪訝な顔で振り向いた。
「さっき、賛成してくれてありがと」
 それしかないと思って云ったコトに間違いはないけど、反対されたらどうしようという不安がないわけではなかった。
 だから、最初に頷いてくれたリューグのことが、とても嬉しくかったのだ。
 それを伝えたかった。

 それから、
「レルム村で拾ってくれて――今さらだけど、ありがとうね」
 そう云うと、リューグが目をちょっとだけ見張る。それから気まずい顔になって、
「俺が、おまえの記憶を取っちまったようなもんだろ。礼なんて云うんじゃねえよ」

 複雑な顔で返される答え。
 その気持ちも判るけど、今のには些細なコトだ。
「だって、そのおかげでみんなに逢えたもん」
 何を思って自分があそこにいたのかは、相変わらず判らないけど。
 もしも記憶をなくさなかったら、こんなふうにココにいることはなかっただろうから。
 たまに感じる、昔への気持ちは捨てきれないでいるけれど、今の自分にとって、この場所もすごく大切なものなんだと、は思っている。
「けっこう危険な状態だけど、あたしは今、ここにいれて良かったなって思うし」

 だから、ありがとう。

 にっこり微笑む少女を見て、心臓が大きく跳ね上がる。
 それをごまかすように、リューグはから目をそらした。
 なんだか、彼女の浮かべた笑みに、引き込まれてしまいそうな気さえ、した。

 それがなんだか、照れくさいような悔しいような。
「けっ、人を散々どついたくせに今さら殊勝にしてんじゃねーよ」
「うわぁ、そういうこと云う!? 人がせっかくありがとうって云ってるのに!!」
 誤魔化すように、そうかきまぜると、とたんに、表情を変えてがつかみかかってくる。
 今までに何度か痛い目に遭わされたものの、予想していれば避けるのは簡単。反撃も簡単。
 ぱしっと手をつかみ――
「…………」
「リューグ?」
 その、掴んだ腕の細さに、驚かされた。
 ……こいつ、こんな細っこい腕してたのか?
 困惑が動きを止めた。てっきりどつき返されると思っていたが、不思議そうに見上げるのにも気づかずに、じっと、つかんだその手を見る。
 それから改めてを見下ろす。
 ――見下ろせるくらい、小柄な少女。
「おぅい、リューグさーん?」
 ぱたぱた、が空いているほうの手を振った。
「おまえって……」
「何?」

 げし。

 どこからともなく飛んできた植木鉢がリューグの後頭部にクリーンヒット。
「バカ兄貴ー!!!」
 攻撃の主を悟ったリューグは、の手を放すと鉢の飛んできた方向に、殺気を放ちながら走っていった。
 は、それを呆然と見送って。
 それから、リューグの。なんだか妙に和いでいたさっきの瞳を思い出して。
「…………よく生きてるなぁ…………」
 足元に転がった、人の頭ほどの植木鉢を見て、しみじみとつぶやいた。

 なんでそーいうとこしか見ないかな。


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