「ルヴァイド! ちょっと来てくれ、確認してほしいものがあるんだ!!」
そうしてマグナに呼ばれたルヴァイドが、一時戦線を離脱し、隠し部屋の方へとやってくる。
後ろが気になっているのだろう、急いた様子で。
けれど、暗がりの中にあるそれを透かし見た瞬間、彼は目を見開いた。
ルヴァイドが来る間に、レオルドからざっと事のあらましを聞いたマグナは、さもあらんと思う。
「……ジェネレイター?」
そう。
かつて、ゼルフィルドとともに発掘されたという、ロレイラルの機械技術を用いてつくられた剣。
「ぜるふぃるどノめもりーヲ、殿ノ了解ヲ得テ読ミ取ラセテ頂イタナカニ、コノ剣ニ関スルモノガアリマシタ」
状況が逼迫しているのを、レオルドもまた感じているのだろう。
一瞬硬直したルヴァイドへ、早口に告げる。
「ぜるふぃるどハ、アノ剣ノ所有者ニ仕エル機械兵士デシタ。本来ナラ貴方ニ託スハズノソノ剣ヲ、めるぎとすガ持チ去ッタヨウデス」
「だが、俺は、かつてデグレアで――」
「エエ」、迷いなくレオルドは頷く。それは、機械兵士として持つデータ以上の、確たる何かを持っているような。「貴方ガ見タノハ、柄ダケノハズデス。デスガ、アレガ本当ノじぇねれいたーノ姿」
ぷろてくとヲ解除シナイ状態デハ、使ウコトハ不可能デスガ……
そう云って、剣の光を示す。闇に蝕まれながらも、うっすらと、――懸命に、まるで何かを待ち望むように輝いている、それを。
「めるぎとすガ半端ニぷろてくとヲ解イタノデショウ」
じぇねいれたーノ刃ハ、アノ光ナノデス。
「高密度のエネルギーを発生・変換して、刃にするんだってさ。俺も詳しいことは判らないんだけど……」
云って、マグナはちらりと、キュラー等との間に開かれている戦端に目を向ける。
意図を察したか、ルヴァイドは小さく頷いた。
「つまり、おまえならばプロテクトを解けるというのだな?」
そうしてその剣ならば、奴を斬ることが出来るかも知れぬと。
「ハイ」
「ならば――」
「待った、ルヴァイド!」
踏み出そうとしたルヴァイドの肩を、マグナは掴んで引き止める。
不審感も露に振り返ったルヴァイドへかぶりを振ってみせ、もう一度、部屋の中を指差した。
今度は、剣の周囲にわだかまる肉塊のような闇を。
「あれが厄介なんだ。剣のエネルギーを吸収してるらしくて」、しかも、それだけではない。「生きてるものの命も、奴は取り込むらしい。生物が触れるのは危険だって」
「しかし、手をこまねいているわけにはいくまい!」
「そ、それはそうだけどっ!」
なおも部屋に踏み込もうとするルヴァイドを、マグナは必死で取り押さえる。
――うわー、やっぱりルヴァイド、の親だけあるよ……!
「デスカラ、私ガ行コウトシテイタノデス」
「……おまえが?」
横手から立ち上がった機械兵士を見、ルヴァイドの力がわずかにゆるんだ。
が、マグナにとっては、だからと安心できるものではない。
「だけど何があるか判らないんだろ? ……ルヴァイド、あれは本当にジェネレイターなのか?」
そう思ったから、マグナはルヴァイドを呼んだのだ。
もし違っていたなら、レオルドがそんな危険に踏み込まずにすむとも考えたから。
けれどルヴァイドは、マグナの問いに、首を縦に振ってみせた。
「暗がりで、断言は出来んが……大まかに記憶と一致する。それに、ゼルフィルドの記憶を継いだそいつが云うのだ。間違いなかろう」
「……」
「主殿。機械ノ自分ナラバ、多少ノとらぶるニモ対応デキマス。ドウカオ任セクダサイ」
重ねて、そう、告げられる――までもなく。
戦況をこのままでは覆せないことくらい、判ってしまっては、いたのだ。
「……」
だから、結局マグナは、頷かざるを得なかった。
戦いの音を背に、レオルドが部屋のなかに歩みを進める。
背後で炸裂している音も光も不思議と、レオルドの背を見守るマグナには届かなかった。
一歩、また一歩。
見守るルヴァイドとマグナの前で、レオルドが剣に――肉塊に近づく。
ギャイイィイン!!
「――っ、ぐあッ!」
シャムロックが剣ごと弾き飛ばされようとした刹那、入れ替わるようにしてアグラバインがキュラーと対峙する。
その間に体勢を整えたシャムロックが、今度は鬼兵を撃退する側に回る。
先刻から、その繰り返しだった。
無意味なループだと判ってはいても、無理に動けば途端にそこを突かれて崩れかねない危機感がある。
「クックックックックック……! 無駄です無駄です! あの剣をとろうとすれば――」
「口上ばっかりやかましいわよ!」
長々とした口上はいい加減うんざりしているのか、ルウが即座に、キュラーの脳天にプチメテオことロックマテリアルをかます。
ごすっ、と、間抜けな音を立てて岩をぶつけられたキュラーは当然憤ったが、身体的なダメージはとんと受けていないようだった。
「思わせぶりなことを云う暇があるのなら、さっさとやられてしまわんか!」
「貴公もつくづく、しぶとく生き長らえますな……!」
叩き込まれる斧を腕で受け止め、鬼人使いだった悪魔は悪態をつく。
「まったく――」
二十年ほども前。
たった一人生き残り、すべての鍵をそれと知らず連れ出した、獅子将軍へと。
「あのとき貴公が死んでおれば……ッ、あの方もああまで思い詰められることはなかったでしょうに――!!」
ハサハ、ルウ。
彼女らが干渉を仕掛けるより早く、魔力が炸裂した。その轟音に紛れ、キュラーの声は誰に届くこともなく。
ただ。
『とろうとすれば』
先に彼が放とうとした、その答えは。一瞬後。
つづけて響いた炸裂音が、もたらした。
「レオルドッ!!」
至近距離まで近づいても、肉塊はなんら反応を見せずにいた。
だから、これならば、と、慎重にレオルドが手を伸ばした瞬間。
まるでその時を待っていたかのように、それは、信じられないほどの速さでレオルドに取り付いたのだ。
「レオルド!!」
もう一度、叫んで。
マグナは足を踏み出し、
「近ヅクナ!」
かけて。鋭い制止の声で、反射的に凍りつく。
「コノ物体ハ、アラユルモノカラえねるぎーヲ奪ラシイ……」生命体、だけではない。動くものすべてが、その捕食対象。「近ヅケバ、貴方モ無事ニハスミマセン!!」
「……でも!」
「剣ヲ起動サセルぷろてくとハ解除シマシタ」
「え――」
そのことばに、視線を少しずらす。そして目を見張る。
――たしかに。
これまでのか細い光とはけた違いの、闇を貫かんばかりの光輝がそこにあった。
輝きに一瞬目を奪われた、そこに、レオルドの声。
「自分ハコノママ、きゅらーヲ対象ニ自爆イタシマス! 皆サンハ脱出シテクダサイ!!」
――全員が、目を見開いた。
戦いの手さえ一瞬止め、レオルドを振り返る。
「ほぉ……なかなかの忠義心ですな。助からないと知って、己を犠牲にしますか」
やれるものならやってみろ、とばかりに。キュラーが攻撃の手を止めた。
鬼兵たちの動きも止まった。
ガシャン、と、レオルドが悪魔に向けて歩を進める。闇に、からみつかれたそのままで。
「レオルドっ! やめろっ!!」
走り寄ろうとしたマグナの足元に、軽い連射。
当てるつもりはないのだろうが、足止めの役は果たす。
「コイツハ、自分ノえねるぎーヲ吸イ尽クスマデ、離レナイデショウ。コレガ一番……良イ方法ナノデス」
そして、レオルドの目――その位置にある光が、一瞬、不規則に点滅した。
人間のように云うなら、おそらく、目を伏せ、開いたのだろう。
「あるじ殿、今マデアリガトウゴザイマシタ」
そしてまた、一歩。
ハサハが叫ぶ。
「レオルド君っ! だめっ!」
それがきっかけになったか、マグナの硬直も解ける。
「やめろ――――――ッ!!」
「まぐなッ!?」
ただがむしゃらに。ひたすらに。懸命に。
マグナは、剣を振り回す。
だがそれは無駄だ。斬った端から肉塊は再生する。
だけど。
「離レテクダサイ! コノママデハ貴方マデ、餌食ニ……ソレデハ、私ノ使命ガ!」
――だけど!
「貴方ヲ守ルトイウ、最優先命令ガ――」
「そんなものくそくらえだッ!!」
脳裏によみがえる。
いつかの戦い。ゼルフィルドの姿。
泣いてた、あの子。
まえへ
大気震えず、耳朶も飛び越え。
ただ届いた。
遠ざかる黒い背中が砕けたあとに。
ゼルフィルド。
――ジェネレイターを渡すべき相手に渡せなかった、漆黒の機械兵士。
ジェネレイター。光の刃。
が。レオルドに託した、ゼルフィルドの記憶。――思い。
ゼルフィルド。
――彼女の家族。優しい、機械兵士。
「使命なんて関係あるかっ!」
俺は認めない!! ――マグナは叫ぶ。
「大事な友達を犠牲にしてまで得た勝利なんか、俺は嬉しいなんて思わないッ!!」
少なくとも俺はそうだ!
もそうだったはずだ!
これ以上、誰も、犠牲になんかさせちゃいけないんだ――!