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第54夜 弐
lll ゼルフィルドの遺産 2 lll




「ルヴァイド! ちょっと来てくれ、確認してほしいものがあるんだ!!」
 そうしてマグナに呼ばれたルヴァイドが、一時戦線を離脱し、隠し部屋の方へとやってくる。
 後ろが気になっているのだろう、急いた様子で。
 けれど、暗がりの中にあるそれを透かし見た瞬間、彼は目を見開いた。
 ルヴァイドが来る間に、レオルドからざっと事のあらましを聞いたマグナは、さもあらんと思う。
「……ジェネレイター?」
 そう。
 かつて、ゼルフィルドとともに発掘されたという、ロレイラルの機械技術を用いてつくられた剣。
「ぜるふぃるどノめもりーヲ、殿ノ了解ヲ得テ読ミ取ラセテ頂イタナカニ、コノ剣ニ関スルモノガアリマシタ」
 状況が逼迫しているのを、レオルドもまた感じているのだろう。
 一瞬硬直したルヴァイドへ、早口に告げる。
「ぜるふぃるどハ、アノ剣ノ所有者ニ仕エル機械兵士デシタ。本来ナラ貴方ニ託スハズノソノ剣ヲ、めるぎとすガ持チ去ッタヨウデス」
「だが、俺は、かつてデグレアで――」
「エエ」、迷いなくレオルドは頷く。それは、機械兵士として持つデータ以上の、確たる何かを持っているような。「貴方ガ見タノハ、柄ダケノハズデス。デスガ、アレガ本当ノじぇねれいたーノ姿」
 ぷろてくとヲ解除シナイ状態デハ、使ウコトハ不可能デスガ……
 そう云って、剣の光を示す。闇に蝕まれながらも、うっすらと、――懸命に、まるで何かを待ち望むように輝いている、それを。
「めるぎとすガ半端ニぷろてくとヲ解イタノデショウ」
 じぇねいれたーノ刃ハ、アノ光ナノデス。
「高密度のエネルギーを発生・変換して、刃にするんだってさ。俺も詳しいことは判らないんだけど……」
 云って、マグナはちらりと、キュラー等との間に開かれている戦端に目を向ける。
 意図を察したか、ルヴァイドは小さく頷いた。
「つまり、おまえならばプロテクトを解けるというのだな?」
 そうしてその剣ならば、奴を斬ることが出来るかも知れぬと。
「ハイ」
「ならば――」
「待った、ルヴァイド!」
 踏み出そうとしたルヴァイドの肩を、マグナは掴んで引き止める。
 不審感も露に振り返ったルヴァイドへかぶりを振ってみせ、もう一度、部屋の中を指差した。
 今度は、剣の周囲にわだかまる肉塊のような闇を。
「あれが厄介なんだ。剣のエネルギーを吸収してるらしくて」、しかも、それだけではない。「生きてるものの命も、奴は取り込むらしい。生物が触れるのは危険だって」
「しかし、手をこまねいているわけにはいくまい!」
「そ、それはそうだけどっ!」
 なおも部屋に踏み込もうとするルヴァイドを、マグナは必死で取り押さえる。
 ――うわー、やっぱりルヴァイド、の親だけあるよ……!
「デスカラ、私ガ行コウトシテイタノデス」
「……おまえが?」
 横手から立ち上がった機械兵士を見、ルヴァイドの力がわずかにゆるんだ。
 が、マグナにとっては、だからと安心できるものではない。
「だけど何があるか判らないんだろ? ……ルヴァイド、あれは本当にジェネレイターなのか?」
 そう思ったから、マグナはルヴァイドを呼んだのだ。
 もし違っていたなら、レオルドがそんな危険に踏み込まずにすむとも考えたから。
 けれどルヴァイドは、マグナの問いに、首を縦に振ってみせた。
「暗がりで、断言は出来んが……大まかに記憶と一致する。それに、ゼルフィルドの記憶を継いだそいつが云うのだ。間違いなかろう」
「……」
「主殿。機械ノ自分ナラバ、多少ノとらぶるニモ対応デキマス。ドウカオ任セクダサイ」
 重ねて、そう、告げられる――までもなく。
 戦況をこのままでは覆せないことくらい、判ってしまっては、いたのだ。
「……」
 だから、結局マグナは、頷かざるを得なかった。

 戦いの音を背に、レオルドが部屋のなかに歩みを進める。
 背後で炸裂している音も光も不思議と、レオルドの背を見守るマグナには届かなかった。
 一歩、また一歩。
 見守るルヴァイドとマグナの前で、レオルドが剣に――肉塊に近づく。


 ギャイイィイン!!
「――っ、ぐあッ!」
 シャムロックが剣ごと弾き飛ばされようとした刹那、入れ替わるようにしてアグラバインがキュラーと対峙する。
 その間に体勢を整えたシャムロックが、今度は鬼兵を撃退する側に回る。
 先刻から、その繰り返しだった。
 無意味なループだと判ってはいても、無理に動けば途端にそこを突かれて崩れかねない危機感がある。
「クックックックックック……! 無駄です無駄です! あの剣をとろうとすれば――」
「口上ばっかりやかましいわよ!」
 長々とした口上はいい加減うんざりしているのか、ルウが即座に、キュラーの脳天にプチメテオことロックマテリアルをかます。
 ごすっ、と、間抜けな音を立てて岩をぶつけられたキュラーは当然憤ったが、身体的なダメージはとんと受けていないようだった。
「思わせぶりなことを云う暇があるのなら、さっさとやられてしまわんか!」
「貴公もつくづく、しぶとく生き長らえますな……!」
 叩き込まれる斧を腕で受け止め、鬼人使いだった悪魔は悪態をつく。
「まったく――」
 二十年ほども前。
 たった一人生き残り、すべての鍵をそれと知らず連れ出した、獅子将軍へと。

「あのとき貴公が死んでおれば……ッ、あの方もああまで思い詰められることはなかったでしょうに――!!」

 ハサハ、ルウ。
 彼女らが干渉を仕掛けるより早く、魔力が炸裂した。その轟音に紛れ、キュラーの声は誰に届くこともなく。
 ただ。

 『とろうとすれば』

 先に彼が放とうとした、その答えは。一瞬後。
 つづけて響いた炸裂音が、もたらした。


「レオルドッ!!」

 至近距離まで近づいても、肉塊はなんら反応を見せずにいた。
 だから、これならば、と、慎重にレオルドが手を伸ばした瞬間。
 まるでその時を待っていたかのように、それは、信じられないほどの速さでレオルドに取り付いたのだ。
「レオルド!!」
 もう一度、叫んで。
 マグナは足を踏み出し、
「近ヅクナ!」
 かけて。鋭い制止の声で、反射的に凍りつく。
「コノ物体ハ、アラユルモノカラえねるぎーヲ奪ラシイ……」生命体、だけではない。動くものすべてが、その捕食対象。「近ヅケバ、貴方モ無事ニハスミマセン!!」
「……でも!」
「剣ヲ起動サセルぷろてくとハ解除シマシタ」
「え――」
 そのことばに、視線を少しずらす。そして目を見張る。
 ――たしかに。
 これまでのか細い光とはけた違いの、闇を貫かんばかりの光輝がそこにあった。
 輝きに一瞬目を奪われた、そこに、レオルドの声。

「自分ハコノママ、きゅらーヲ対象ニ自爆イタシマス! 皆サンハ脱出シテクダサイ!!」

 ――全員が、目を見開いた。
 戦いの手さえ一瞬止め、レオルドを振り返る。

「ほぉ……なかなかの忠義心ですな。助からないと知って、己を犠牲にしますか」
 やれるものならやってみろ、とばかりに。キュラーが攻撃の手を止めた。
 鬼兵たちの動きも止まった。
 ガシャン、と、レオルドが悪魔に向けて歩を進める。闇に、からみつかれたそのままで。
「レオルドっ! やめろっ!!」 
 走り寄ろうとしたマグナの足元に、軽い連射。
 当てるつもりはないのだろうが、足止めの役は果たす。
「コイツハ、自分ノえねるぎーヲ吸イ尽クスマデ、離レナイデショウ。コレガ一番……良イ方法ナノデス」
 そして、レオルドの目――その位置にある光が、一瞬、不規則に点滅した。
 人間のように云うなら、おそらく、目を伏せ、開いたのだろう。

「あるじ殿、今マデアリガトウゴザイマシタ」

 そしてまた、一歩。

 ハサハが叫ぶ。
「レオルド君っ! だめっ!」
 それがきっかけになったか、マグナの硬直も解ける。
「やめろ――――――ッ!!」
「まぐなッ!?」
 ただがむしゃらに。ひたすらに。懸命に。
 マグナは、剣を振り回す。
 だがそれは無駄だ。斬った端から肉塊は再生する。
 だけど。
「離レテクダサイ! コノママデハ貴方マデ、餌食ニ……ソレデハ、私ノ使命ガ!」
 ――だけど!
「貴方ヲ守ルトイウ、最優先命令ガ――」
「そんなものくそくらえだッ!!」
 脳裏によみがえる。
 いつかの戦い。ゼルフィルドの姿。
 泣いてた、あの子。

  まえへ

 大気震えず、耳朶も飛び越え。
 ただ届いた。
 遠ざかる黒い背中が砕けたあとに。
 ゼルフィルド。
 ――ジェネレイターを渡すべき相手に渡せなかった、漆黒の機械兵士。

 ジェネレイター。光の刃。
 が。レオルドに託した、ゼルフィルドの記憶。――思い。
 ゼルフィルド。
 ――彼女の家族。優しい、機械兵士。

「使命なんて関係あるかっ!」
 俺は認めない!! ――マグナは叫ぶ。
「大事な友達を犠牲にしてまで得た勝利なんか、俺は嬉しいなんて思わないッ!!」

 少なくとも俺はそうだ!
 もそうだったはずだ!

 これ以上、誰も、犠牲になんかさせちゃいけないんだ――!


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