派閥で打ち合わせがあるから、と、出て行ったふたりを見送ったあと、一行は再び、同じ部屋に集った。
さあて、こちらも作戦会議。
といっても、まず、向かう先は、すでに決定事項だ。
デグレア本国を通過するだろう軍。
街道を西に向かう軍。
それから、いつか調べた岬の屋敷。屍人だ血識だ、厭な実験が行なわれていた場所。あそこも今のうちに様子を見て、叩いておいたほうがいいだろう。
つまり、3ヶ所。なんとかして、叩いてしまえばいいのだ。
それはすなわち、率いているであろう悪魔たちを倒すということとイコールだ。
操るものがいなくなれば、待っているのは、頭をなくした屍人どもの混乱だけだろう。
混乱のさなか、見たくもない光景が展開されるかもしれないが、そこはそれ……諦めようということで、そうなった場合の屍人たちへの対処法も、一応、話し合われた。
そうしていよいよ、本題である。
「……3ヶ所をそれぞれまわっていたら、たぶん追いつかないよな」
テーブルの上に広げた、聖王国周辺の地図を眺めながら、マグナが云った。
「だな。どう考えても、どこかを叩いてる隙に、残った軍が目的地に辿り着きそうだ」
「とすると……同時攻略でござるか?」
「じゃあ、3つに分かれて叩くの? ――勝てるかしら……?」
ルウのことばに、一瞬沈黙が落ちる。
それも当然。相手は軍隊。疲れ知らず、命知らずの屍人ども。しかも率いているのは、それぞれが一級の実力を持つ悪魔たち。
今度ばかりはあちらも、手加減などしないだろう。
だけど。
「勝とう」
何が何でも。今度ばかりは。
「だな。ここで勝たねぇと後がないからな」
「ええ。勝つつもりでいきましょう」
が云い、ゆっくりと双子が頷いた。
それを皮切りにしてか、部屋のなかに心地好い緊迫感が満ちるのが判った。
……覚えがある。戦いの前、こんな空気。
以前に一緒にいたのは、いまや屍と化してしまったデグレアの兵たちだったけれど――
「……」
遠ざかる。
黒い背中。
切り替えて、優しい笑顔たちと静かな佇まいを、思い出す。
そうして、戦いに赴くときの空気は、どこもいっしょなんだなぁ、と、とりとめもないことへとシフトした。
「しかし、3つに分けると云っても……どういうふうに?」
シャムロックのことばに、一同、顔を見合わせた。
どういうふうに――それは勿論、それぞれが、悪魔たちを倒せるくらいのバランスをとらなければならない。
けど、あまり戦力が偏るのは好ましくない。
たとえば召喚師だけで組んでもダメだし、剣士だけで組んでもやっぱりダメ。
となると。
「じゃあ、俺とトリスは二手に分かれるってことでいいかな」
「ええっ!?」
マグナのことばに驚いた声をあげたのは、当のトリスだった。
いつも一緒にいる兄に、まさかそういうことを云われるとは思わなかったんだろう。
ちょっと心細い顔になって――だけど。
うん、と、気を取り直したように、頷いた。
「そうだね。一人でも頑張れるようにならなきゃね」
「いい心がけだ。……これで2ヶ所のリーダーは決まったわけだが」
「リーダー!? ちょっと待てネス! 俺そんなつもりで云ったんじゃ」
満足そうだったネスティの表情が、そのマグナの叫びでかすかにひきつる。
「何を云っている。これはあくまで【君たちの】【見聞の旅の】延長だぞ」
君たちが率いないで、どうする?
っていうか、ことここにきても見聞の旅、ってアンタ。
いや、たしかに二人の旅はまだ、終わりってことにはなってないけど。
だけど、マグナとトリスがそれぞれを率いていくということ自体に、反対の人間はいなかったりする。
現にネスティが発言した時点でだって、何人か頷いていたくらいだ。
そうして、それを見た兄妹は、お互いを、実に複雑な表情で見つめあったのち、重々しく頷いた。
「「……頑張る」」
「そうしてくれ」
と、これで話はまとまったかと思いきや。
「じゃあもう1ヶ所はどうするの? リーダー決めないで行くわけ?」
ふたりの兄弟子であり、見聞の旅の【目付け役】と称するネスティは、たぶんそれに立候補はしないだろう。
別に相応しくないわけではないけれど、自分をそう位置付けている以上、彼らと並ぶ役割というものを当てるには、相当しぶりそうだ。
そんなことを考えたのか、ミニスが、首を傾げてそう云った。
が、彼女のことばに、赤紫の髪が左右へ振られた。
「決定権を持つ人間を決めておかないとまずいだろう。いざというときに行動統一が出来ぬのでは、敵の恰好の餌食だからな」
「……そういうルヴァイドは?」
黒の旅団の指揮官さんは、だけど、また、首を横に振る。
「俺は元敵方の人間だ。この場合は向かんだろう」
「となるとイオスも……」
「僕はもともと、指揮に携わるような人間ではない」
「……となると……」
…………
「……」
ちょっと待てあんたら。
「…………なんでそこであたしを見る…………?」
ずりずりずり。視線から逃れようと壁際に後ずさりつつ、は云った。
だがしかし。
ぽん!
やけにわざとらしい、かつ、でっかい音を立てて、フォルテが手のひらを打ち鳴らす。
「おおっ、そりゃあいい、ナイスアイデア!」
「どこがですかどこが!!」
「私、さんにでしたらどこまでもついていかせていただきますよ!」
「ついてこなくていいっ!」
「俺もについていくーっ」
「バカか君はッ!! ついていってどうする!!」
フォルテ、、パッフェル、、マグナ、ネスティの順で、叫びあいはとりあえず終了した。
打ち切らせたのは、くすくすと笑うシオンの声。
「……ですが実際、妥当な人選ではありませんかね?」
「大将までそういうこと云いますか……?」
もはや半分涙目のの訴えに、けれどシオンは耳を貸してくれる気などないようだった。それどころか、しれっと自説の強化に力をそそぐ。
「人数を率いるのなら、戦を指揮した経験のある者の方が適任です」云って、ちらりと、先ほど名の挙がったふたりを見、「そこにルヴァイド殿かイオスさんを持ってきては確かに角が立ちますが、その秘蔵っ子のさんなら」
秘蔵っ子違います、ていうか、あたしがいつ、軍を指揮した経験があると!?
そう云おうとしたものの、
「それに」、
先んじて、シオンはやはり、淡々と付け加えた。
「さんは、この旅の比較的最初からずっと、皆さんと行動を共にしています。気心も知れているでしょう?」
フォルテだってケイナだっているし、軍を率いるって云うならシャムロックや、そっちの方が適任なんじゃないかと。
――そう、反論しようとは、してたのだ。けれど。
を見る一同の視線は、たった今シオンが云ったセリフを、思いっきり後押しする色、濃厚。
そうしてトドメとばかりに、大将は微笑んだ。
「勝とう、と、云ったときのさんに勝る気合いの持ち主は、この場にいませんからねぇ」
気合いでリーダーやれりゃ誰も苦労しませんッ!
――そう、叫びたくも、なったのだ。けれど。
勝とう。と。ほんの数分前、自分は云った。
何がなんでも。今度ばかりは。
それは打ち倒してのみ得られる勝利をではなくて――
「……」
勝とう。
強く。定めたこの気持ち。
「当たって砕けるかもしれませんが」
「ええ。敵を砕いてしまいましょうね?」
ぎこちないため息混じりのことば、その奥を見抜いたシオンは、やはりというか、にこにこしたまま、そう云った。
がっくり。頭を下げて――
うん。でも。
正直、やる気がわいてきたのは本当だったりするんです。
いつかアメルに話したみたいに、戦いの場というのは、そこに在る空気は。……結構、好きな場所。
今回のような、泥沼状況の戦いだとしても。その場における緊張感は、意識を高揚させてくれる。気持ちを、確、高めてくれる。
戦い、そして、勝利しよう。
自分が。ここにいる、みんなが。
他の誰にも、この道は譲れない。
……うん。じゃあ。
わかりました、と、は頷いた。
「決定権、預かります」
顔を上げて告げる彼女を見て、ルヴァイドが満足そうに頷いていた。
そうして、3ヶ所分の決定権もちが決まったところで、次はメンバー分割の相談だ。
さしたる条件付けがあるわけではないが、最低でも、前衛、中衛、そして後方援護――それぞれを、バランスよく割り振るくらいはしなければいけないだろう。
「とりあえず――誰か、についてった方が良くないか?」
自分たちの護衛獣を眺めていたマグナが、まずそう云った。
そんな第一声の発された場所から少し離れた位置で、ミニスとルウとカイナ、それにアメルが顔つきあわせている。
「アメルとカイナは、のところには入れられないよね?」
「……えっ!?」
「そうですね」
もしかして、についていくつもりだったんだろうか。ルウのことばにショックを受けた様子を隠せないアメル。
「屍人たちを元に戻せる可能性があるのは、天使の力を持つアメルさんと、鬼道に通じた私――それに……」
ちらり、カイナは視線を転じた。
マグナとトリスと一緒に、どの護衛獣を連れて行くか検討中のを見る。
――白い。真白い、陽炎。
清冽な、鮮烈な。
デグレアで、大量の屍人を浄化してのけた、白い焔。
同じも光景思い出したのか、アメルが納得したように――それでもちょっと不満があるのは、感情的な方なのだろうけど――とにもかくにも、頷いて。
やっぱり、同じようにの方を振り返る。
「…………」
その双眸は、無事を祈るというよりは、どこかしら切ない色をたたえていた。
けれど、誰かがそれを問う前に、アメルはすぐに、視線を戻す。
「そうですよね。じゃあ、ミニスちゃんかルウさんが、の部隊に入るってことで――」
「うーん、そうね。それじゃ今回は……」
そして再び、割り振りの検討が始まった。
――とはいえ、ここまで決まれば、あとの決定は、そう時間がかかるものでもないだろう。
護衛獣4人。マグナとトリスとで3人。
「オレが行ってやらぁ。感謝しろテメエ」
と、全然感謝出来ないような云い方で名乗りをあげたのは、バルレルだった。
何の名乗りかというと、についていく役目のだ。
「……バルレル。いじめたら承知しないからね?」
「誰がするか」
真っ先に、召喚主に疑われる護衛獣ってのも、ある意味スゴイ。
けれどそれ以外、異論は誰もないらしかった。
レシィもハサハもレオルドも、彼が適任だとばかりに、うんうん、頷いている。
……もしかして、曰く共犯者の根回し済みか? なんて邪推を約一名に思わせるほどの、ストレートな決定っぷり。
邪推どころか、何気に真実性が高いのがちょっと恐かったりするんだが。
ま、こちらもまた、これが決まればあとの話は早い。
ハサハとレオルドがマグナ、レシィがトリス。元々の組み合わせを入れ替えるほどの酔狂は必要ないということだ。
何はともあれ、こちらも決定。
――――重い。
空気が。そして沈黙が。
というか、これで会話しようって方が間違ってるんじゃないだろうか。
ルヴァイド、アグラバイン、リューグ、モーリン、シャムロック、フォルテ、カザミネ。
デグレア組VSゼラム組。
別に対立しているわけではないけれど、おいそれと発言できない空気が、そこには漂っていた。
7人とも力押しの戦闘が得意なタイプだから、と、割り振りのために集まったのはいいけれど、会話より先に取り交わされたのは、実に微妙な雰囲気だったのだ。
だが、いつまでもこうしているわけにもいくまい。
分けるのは3組。で、人数は7人。
順当に考えるならば、ペアが2つでトリオが1つ。こんな組み合わせが出来るわけだが、はてどう分けたものか。
「よし、こうしよう!」
そして。ここで真価を発揮するのは、フォルテだった。何の真価だとかは問うな。
「親睦を深めるためにだ。シャムロック、おまえルヴァイドの旦那と一緒の組に入れ!」
「は? 何考えてるんだい、あんた?」
「何が親睦だ!? お遊戯会じゃねぇんだぞ!?」
モーリンが呆気にとられた横で、リューグががなる。名前を出された当のシャムロックは、ばっきりと音をたてて硬直していた。
ふたりのその剣幕に、他で話し合いをしている人間までもがこちらに注目する。
が、フォルテにとっては、そんなもん、へのかっぱらしい。握りこぶしでさらに力説。
「対メルギトス戦に向けて、メンバー内にしこりを残すわけにはいかねぇ! となれば! やはりここは涙を飲んで後輩を親バカ騎士――」
「……なんだと?」
「じゃないじゃないじゃない。えー、大変身内に対して情けの深いおまえさんの度量に期待しつつ預けようとだな」
真顔でぱたぱた手を振って云うフォルテは、そりゃあもう白々しかった。
「人間、こういうときに本音って出るもんだよな」
半眼になったリューグが、呆れ全開でつぶやいた。繰り出されるフォルテの拳骨を避けつつ。
そんな彼を見たカザミネが、「良い身のこなしでござる」と賞賛したのは、果たして当人に聞こえたのだろうか。
ちょっと未練がましい様子で手を振りながら、もとい、あからさまな素振りをしながら、ケイナがぽつりとつぶやいた
「……バカだわあいつ」
裏拳かましに行きたいのはやまやまだけれども、今は、話し合いが優先だ。
完璧にあきれ返った様子の彼女の前には、パッフェルとレナードが鎮座ましましている。空を薙ぐ白魚の手を見なかったことにしているあたり、さすがは世間慣れしているということか。
数度大気を震わせて、ケイナがそのまま、ふたりへと切り出す。
「さて、私たちはどうしましょうか?」
弓と銃を持つこの組が、いちばんまともに話し合いが進行しそうだった。
「私はさんにお供いたしますので、お二方はご自由にお決めくださいませ」
にっこり笑顔のパッフェルの、この主張さえなければ。
頭を抱えたケイナの横で、
「オレ様も、出来れば嬢ちゃんについてやりたいんだがなあ」
紫煙をくゆらせているレナードの、この主張もなければ。
どうもレナードは、故郷の娘とを重ねて見ている部分があるようだ。
それはいい。それはいいのだが、レナードとパッフェルの主張からすると、どうしても、中距離攻撃者がに偏ってしまう。
静かーに火花を散らすふたりの間で、ケイナは痛みだしたこめかみを軽く押さえたのである。
一方こちらの面々は、ロッカにイオスにユエルにシオン。
やっぱり、力押し組に負けないほどの沈黙が漂っていたりする。
例に限らずというのか、主に、ロッカとイオスに原因があるようだ。
「……」
「……」
「……話し合い、しないの……?」
とうとう沈黙に耐えかねたか、ユエルがぽつりとそう云った。
心なし声音に怯えの混じっている彼女の肩を、シオンがぽんぽんとなでてやる。
睨み合うふたりの表情は、片や笑顔、片や仏頂面。だけど放つ気配はまったく同じ。
ことばにするなら『と一緒に行くのは僕だ』だろう。たぶん。
そんなことを思ったシオンは、「とりあえず」と、槍使い二人組には後で好き勝手、決闘でもして同行権を奪い合ってもらおうと、ひとまず、残りであるユエルに向き直った。
「ユエルさんは、マグナさんとトリスさん、どちらと一緒に行きたいですか?」
「うーん、ユエルはねぇ……」
少しご機嫌がなおったか、ぴん、と耳を立てて、ユエルが視線を転じる。
「……」
その視線を追って、シオンは奇しくも、ケイナと同じようにこめかみに手をやったのだった。
「ユエルはね、と一緒がいいなっ!」
「……」「……」
眼前で行なわれている無言の対決など知ったこっちゃない、あまりに無邪気なその笑顔に、ロッカとイオスが、気の抜けた顔でユエルを見た。
まあ、これはある意味、怪我の功名かもしれない。
双方預り知らぬことだが、ロッカは子供好きで、イオスは泣く子が苦手だ。
でもってシオンに至っては、出来ればという気持ちはないでもないけれど、そこはそれ、大人として一歩ひかねばという考えがある。彼は理性の人なのだ。
つまり――この勝負、ユエルの一人勝ち。決定。
ぱりぱり。ぽりぽり。
ずずずー。
もぐもぐもぐ。
「……もめてるねぇ……」
「もめてるなあ……」
「もめてるよねえ……」
傍から見れば、実に複雑怪奇なオーラを発しつつ行なわれているメンバー決めを、たちは茶菓子などつまみつつのんびりと眺めていた。
原因がこちら側にあるなど、とんと判っていないを、トリスとマグナが呆れて見ていたことも、知らぬは本人ばかりなり。
紆余曲折あったものの、とりあえず、メンバーの3分割は終了。
そこからさらに戦力差の考慮や、くじ引きやあみだくじを駆使した結果――
「……」
出来上がった一団を見て、は思わず沈黙した。
その1。
マグナ、ハサハ、レオルド、ルヴァイド、イオス、シャムロック、アグラバイン、ルウ、カイナ。
その2。
トリス、レシィ、ミニス、アメル、リューグ、ロッカ、フォルテ、ケイナ、シオン。
その3。
、バルレル、ネスティ、パッフェル、レナード、モーリン、カザミネ、ユエル。
「……なんかビミョーに偏ってない?」
そもそも、なんでレナードさんとパッフェルさんが、こっちにまとまってきちゃうわけ?
ってゆーかあたしのところ、回復系の召喚術使えるのがバルレルしかいないってのがそこはかとなく不安なんだけど?
そこはかとない不安とともに、ちょっぴりぐちぐち云ってると、
「こら、。あたいだっているんだよ」
こつんと後頭部をこづかれた。
軽い衝撃感じた部分を手で押さえて見上げれば、モーリンが、傍らで笑っている。
でもモーリン、すぐに突っ込んで行くから、ちょっとストラお願いしづらいんだけどなあ。
そんなコトを考えはしたが、「そうだね」と謝罪。それから目を転じれば、何やらフォルテにツッコミかけられているネスティがいる。
「おいおいネスティ、いいのかよ? 弟弟子と妹弟子についていかなくて?」
「あーそれ、俺たちが頼んだんだ」
何が不満なのやらなフォルテのことばに、横手からマグナが応じた。
「やっぱりほら、心配だしさ。のこと見ててやってくれって」
な、トリス。ネス。
「うん。あたしたちならだいじょうぶだから。についててあげてほしいって頼んだの」
それを受けて、トリスがにっこり笑った。
「……とか云って、たまには、兄弟子の目から逃れたいだけだったりして」
「というか、九割方そうだと思うぞ」
ミニスのことばに、ネスティがため息混じりに頷いている。
それは実に現実味のがる憶測だったのだが、
「そんなことないよー」「うん、ないよー」
マグナとトリスはそれを否定も肯定もせず、顔見合わせて、にーこりにこり、笑うばかり。
ていうか、バルレルとネスがいれば、まずに変な虫つかないだろうしー。
ていうか、メンバー見たら要らない心配だった気もするけどー。
「なー」「ねー」
にこにこにこにこにっこにこ。
わんことにゃんこの笑顔の裏に隠された真意を読み取れたのは、どうやら極数人らしかった。
苦笑する蕎麦屋の大将、企んでますねぇと元暗殺者。
ひそかに拳を握りしめる聖女。
「……負けません……ッ!」
「どうした? アメル?」
小さなつぶやきが聞こえたのか、振り返った双子の片割れを、かつてのレルム村の聖女様は、ぐいっと力任せに引っ張った。
でもって、その隣の、もう片割れも引き寄せて、
「ふたりとも負けちゃだめよ? まだ、勝負はこれからなんだからっ」
唐突なそのセリフの真意を汲み取れず、あっけにとられた双子をよそに、アメルの背後には炎が燃え盛っていたのであった。
燃える聖女の横を抜けて、ルヴァイドがに歩み寄る。
なんだろうと見上げるその頭に、そ、と手を置いて。
「危険を感じたら退け。……無理はするな」
例によって無表情に近い、少し厳しさも感じられるその表情。
だけど、そのなかに暖かい感情があるのを、今ではとイオスだけでなく、全員がたぶん知っている。
だからこそ、最大の敵だとかなんだとか、一部で云われているのを、おそらく当人たちだけが知らないのだが。
――閑話休題。
大好きで、大好きな、よく知っている手のひら。
その重みが心地好くて、思わずゆるみそうになる表情を、は、なんとか引き締めた。
はい、と、大きく頷いて、
「ルヴァイド様も」
赤紫の双眸と向かい合い、それから、くるりと一同を見渡す。
「イオスも。皆も――ちゃんと帰ってこようね」
そう。
3悪魔たちの軍勢を叩くだけで、終わりになるわけじゃない。
御大が残っている。
レイム――メルギトス。
その彼が率いていると思われる軍勢は、聖王都の騎士団と蒼の派閥・金の派閥の召喚師たちによって火攻めの計画が立てられているのは承知の上だ。いかに大悪魔といえど、これを受けて無傷のままということもないだろう。
けれど、彼を相手にして、そこで素直に終わらせてもらえるとは、どうしても、思えないのだ。
だけど、後顧の憂いを絶たずには、メルギトスの方に集中も出来ない。
何より3つの軍勢を放っておいては、帝国やサイジェントにまで戦火が及ぶ。
だから、まずすべきこと。それを、間違えてはいけない。
出来ることは。するべきことは。
まずは、3悪魔たちとの決着からだ。
ふと、みんながみんなと顔を見合わせた。
決意は強く。
戦いの意志。欲しい明日を引き寄せる望み。
譲れない願いを、みんな、みんな抱いている。
戦いに。その先にある道に。明日に。
「――行こう」