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第52夜 七
lll 最初で最後にはしない lll




 話を聞いてくれますか?
 そう問うたら、聞かないと思っているのか? と逆に返されて笑ってしまった。
「いや、一応出だしとしましてですね?」
 イオスはまだ、と別れたあとの訓練から戻ってきてないらしく、彼ひとりの部屋は静かなものだった。
 でもちょうど良かった。イオスには、ちょっと云えない話だから。
 そんなこんな、枕ひとつ抱えてやってきたを、ルヴァイドは、苦笑して出迎えてくれた。
 ちょんとベッドに腰かけたの前、椅子に座って向き合っている。
「戦いの不安か? メルギトスへの恐怖か?」
 大きな物事の前、吐き出せば楽になる気持ちはいくらでもある。
 が、養い親は列挙したそれにかぶりを振った。
「――どれでもなさそうだが?」
「さすがルヴァイド様」
 そのとおりです。
 にっこり笑って、彼のことばを肯定した。
 それから、息をひとつ、吸って吐いて。
 宣言。

「あたしはたぶん、今度の戦いで、すごい無茶すると思うんです」

 判じ物めいたそのことばに、ルヴァイドは少し眉を寄せた。
 それは意味が判らないというわけではなく、無茶をする、という部分に対してのものだろう。
「……命を捨てる気か?」
 凄みのある声に、だけど、は笑ってかぶりを振る。
「決めてるんです。ルヴァイド様」
 たったひとつだけ。

「この戦いの終わりは、きっとみんなで幸せになるんだって」

 前後の脈絡もつながりも、ほとんどなさそうな、それは決意表明。
 ルヴァイドは、少し考える素振りをして――ふ、と、口の端を持ち上げた。
「なるほど。では死ぬつもりはないということだな」
 少なくとも俺は、そうとらせてもらうぞ。
「とっていただけると嬉しいです」
 養い親と養い子は、改めて、視線を合わせ微笑んだ。
 ……この自分の幸せは、眼前の相手が幸せでなければ意味がない。
 言外。会話ですらない、ただ、意思の確認。
 ややあって、は少し、話の軌道を変えた。
「デグレアでの6年間、覚えてますか?」
「……おまえが俺の頭に落ちてきたときのことは、昨日のことのように覚えているが」
「うわ。意地悪」
 だけど思い出話をするつもりではない。
 もう一度、息を吸って――吐いた。
「全部が全部ウソだったとは、思えないんです」
「……レイムか」
「はい」
 頷いて、
「たしかにルヴァイド様のお父さんのことや、デグレアのみんなへの仕打ちや、アメルたちに対してのそれは、許せないですけど」
 でも。と、つづけた。

 ……でもね。

 優しくしてくれた(ちょっと変態入ってたけど)
 笑いかけてくれた(たまに鼻血出してたけど)

「全部、何もかも、虚構だったなんて思えないんです」

 何よりあのひとは、……ウソをついていないんだ。

 顧問召喚師ってことも(議会を腐らせてなったってのはナイショで)
 悪魔ってことも(自分が人間だとも云わなかったし)
 ただ、真実を云わずにいただけ。
 黙っていただけ。
 虚言と奸計をもって、人を弄ぶ大悪魔とまで云われる存在なのに――

 の知っているレイムは、これまで、ウソをついたことはなかったのだ。

 それは自分の奥がそう云うからではなくて、6年分の重みがそう教えてくれるから。
 そうして、もうすぐ目を覚まそうとしているそれから伝わるものが、予感を確信に変えてくれる。
 そう。もうすぐだよ。
 そっと、奥に囁くの耳に、ルヴァイドの声が届く。
「……俺にとって、奴は憎むべき敵だが、おまえがそう思うのなら、おまえにとってはそれが真実なのだろうな」
「時空を越えた因縁持ちみたい、ですから」これくらいならいいかとばかり、茶化した感じが出るように、応じた。「たぶん、自業自得なんですけど」

 だから、その責任はとるつもりなんです。
「だから、無茶させてください」

「……それが最初で最後だと云うのなら、俺も頷くにしのびないが」

 少しからかい混じりに見返され、はことばに詰まる。
 何かっちゃあ無茶する自分の性格を、この養い親は、よーく判ってくれているのだ。
 第一この間の戦いで彼と戦ったときだって、相当無茶していたし。
 だから、ちょっと視線を泳がせる。泳がせて――結局、真っ直ぐにルヴァイドを見つめた。

「ルヴァイド様もご存知のとおり、あたしが無茶やっちゃうのは、これが最初じゃないです」

 でも、

「あたしは、絶対に、これを最後にはしません」

 最初じゃない。
 最後にしない。

 だからお願い。頷いてほしい。
 他の誰に許してもらわなくとも、この世界にやってきたときからずっと見てきてくれていた、この人にだけは。
「――――」
「…………」
 頷いて、ほしかった。

 の見つめる前で、ルヴァイドはひとつ息をつき、そうして。



 訓練から直行湯浴みに向かったらしく、湿った髪をタオルで拭いつつ戻ってきたイオスは、が部屋にいることに一瞬驚いて、だけどすぐに破顔した。
「またか、君は」
 しかも枕まで持参して。
「またでーす」
 イオスが帰ってくるの待ってたんだよ。
 抱いた枕をぱふぱふたたき、はご機嫌に笑ってみせる。
 それから、「あ」と、出来ずにいた返答を思い出した。
「とりあえず、さっき云ってたことは、えーと、ちゃんと覚えておくから」
 それで、いいんだよね?
「いいよ。とりあえず、今はね」
 ちょっぴり気にかかるニュアンスがないでもないが、とりあえず、の答えにイオスは満足してくれたらしい。
 くしゃっと焦げ茶の髪をなで、そのまま自分のベッドへと向か――おうとして。
「…………」
 絶句し、とルヴァイドを振り返る。
「……どうしてベッドがふたつ繋がってるんです?」
「だって、ひとつのベッドに3人じゃつらいじゃない」
「答えになってないぞ、それ」
 つまり何か。
 もしかして、川の字で寝ようとか云うつもりか、君は。

 うん勿論。

 ……

 イオス、逡巡すること、しばし。
 は当然全開笑顔で待機しているし、ルヴァイドに目を向けたところで、諦めろとばかりに首を横に振り、養い子の援護。
「いいじゃない。昔みたいにするのも」
 ね?
 がマグナを見習って、小首傾げてわんこもといお願いモードでそう云ったのが、トドメ。
 最大級のため息ひとつと引き替えに、イオスは結局首を縦に振ったのである。


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