話を聞いてくれますか?
そう問うたら、聞かないと思っているのか? と逆に返されて笑ってしまった。
「いや、一応出だしとしましてですね?」
イオスはまだ、と別れたあとの訓練から戻ってきてないらしく、彼ひとりの部屋は静かなものだった。
でもちょうど良かった。イオスには、ちょっと云えない話だから。
そんなこんな、枕ひとつ抱えてやってきたを、ルヴァイドは、苦笑して出迎えてくれた。
ちょんとベッドに腰かけたの前、椅子に座って向き合っている。
「戦いの不安か? メルギトスへの恐怖か?」
大きな物事の前、吐き出せば楽になる気持ちはいくらでもある。
が、養い親は列挙したそれにかぶりを振った。
「――どれでもなさそうだが?」
「さすがルヴァイド様」
そのとおりです。
にっこり笑って、彼のことばを肯定した。
それから、息をひとつ、吸って吐いて。
宣言。
「あたしはたぶん、今度の戦いで、すごい無茶すると思うんです」
判じ物めいたそのことばに、ルヴァイドは少し眉を寄せた。
それは意味が判らないというわけではなく、無茶をする、という部分に対してのものだろう。
「……命を捨てる気か?」
凄みのある声に、だけど、は笑ってかぶりを振る。
「決めてるんです。ルヴァイド様」
たったひとつだけ。
「この戦いの終わりは、きっとみんなで幸せになるんだって」
前後の脈絡もつながりも、ほとんどなさそうな、それは決意表明。
ルヴァイドは、少し考える素振りをして――ふ、と、口の端を持ち上げた。
「なるほど。では死ぬつもりはないということだな」
少なくとも俺は、そうとらせてもらうぞ。
「とっていただけると嬉しいです」
養い親と養い子は、改めて、視線を合わせ微笑んだ。
……この自分の幸せは、眼前の相手が幸せでなければ意味がない。
言外。会話ですらない、ただ、意思の確認。
ややあって、は少し、話の軌道を変えた。
「デグレアでの6年間、覚えてますか?」
「……おまえが俺の頭に落ちてきたときのことは、昨日のことのように覚えているが」
「うわ。意地悪」
だけど思い出話をするつもりではない。
もう一度、息を吸って――吐いた。
「全部が全部ウソだったとは、思えないんです」
「……レイムか」
「はい」
頷いて、
「たしかにルヴァイド様のお父さんのことや、デグレアのみんなへの仕打ちや、アメルたちに対してのそれは、許せないですけど」
でも。と、つづけた。
……でもね。
優しくしてくれた(ちょっと変態入ってたけど)
笑いかけてくれた(たまに鼻血出してたけど)
「全部、何もかも、虚構だったなんて思えないんです」
何よりあのひとは、……ウソをついていないんだ。
顧問召喚師ってことも(議会を腐らせてなったってのはナイショで)
悪魔ってことも(自分が人間だとも云わなかったし)
ただ、真実を云わずにいただけ。
黙っていただけ。
虚言と奸計をもって、人を弄ぶ大悪魔とまで云われる存在なのに――
の知っているレイムは、これまで、ウソをついたことはなかったのだ。
それは自分の奥がそう云うからではなくて、6年分の重みがそう教えてくれるから。
そうして、もうすぐ目を覚まそうとしているそれから伝わるものが、予感を確信に変えてくれる。
そう。もうすぐだよ。
そっと、奥に囁くの耳に、ルヴァイドの声が届く。
「……俺にとって、奴は憎むべき敵だが、おまえがそう思うのなら、おまえにとってはそれが真実なのだろうな」
「時空を越えた因縁持ちみたい、ですから」これくらいならいいかとばかり、茶化した感じが出るように、応じた。「たぶん、自業自得なんですけど」
だから、その責任はとるつもりなんです。
「だから、無茶させてください」
「……それが最初で最後だと云うのなら、俺も頷くにしのびないが」
少しからかい混じりに見返され、はことばに詰まる。
何かっちゃあ無茶する自分の性格を、この養い親は、よーく判ってくれているのだ。
第一この間の戦いで彼と戦ったときだって、相当無茶していたし。
だから、ちょっと視線を泳がせる。泳がせて――結局、真っ直ぐにルヴァイドを見つめた。
「ルヴァイド様もご存知のとおり、あたしが無茶やっちゃうのは、これが最初じゃないです」
でも、
「あたしは、絶対に、これを最後にはしません」
最初じゃない。
最後にしない。
だからお願い。頷いてほしい。
他の誰に許してもらわなくとも、この世界にやってきたときからずっと見てきてくれていた、この人にだけは。
「――――」
「…………」
頷いて、ほしかった。
の見つめる前で、ルヴァイドはひとつ息をつき、そうして。
訓練から直行湯浴みに向かったらしく、湿った髪をタオルで拭いつつ戻ってきたイオスは、が部屋にいることに一瞬驚いて、だけどすぐに破顔した。
「またか、君は」
しかも枕まで持参して。
「またでーす」
イオスが帰ってくるの待ってたんだよ。
抱いた枕をぱふぱふたたき、はご機嫌に笑ってみせる。
それから、「あ」と、出来ずにいた返答を思い出した。
「とりあえず、さっき云ってたことは、えーと、ちゃんと覚えておくから」
それで、いいんだよね?
「いいよ。とりあえず、今はね」
ちょっぴり気にかかるニュアンスがないでもないが、とりあえず、の答えにイオスは満足してくれたらしい。
くしゃっと焦げ茶の髪をなで、そのまま自分のベッドへと向か――おうとして。
「…………」
絶句し、とルヴァイドを振り返る。
「……どうしてベッドがふたつ繋がってるんです?」
「だって、ひとつのベッドに3人じゃつらいじゃない」
「答えになってないぞ、それ」
つまり何か。
もしかして、川の字で寝ようとか云うつもりか、君は。
うん勿論。
……
イオス、逡巡すること、しばし。
は当然全開笑顔で待機しているし、ルヴァイドに目を向けたところで、諦めろとばかりに首を横に振り、養い子の援護。
「いいじゃない。昔みたいにするのも」
ね?
がマグナを見習って、小首傾げてわんこもといお願いモードでそう云ったのが、トドメ。
最大級のため息ひとつと引き替えに、イオスは結局首を縦に振ったのである。