やっと、そもそものお目当てだった食卓に着いた頃には、もう、ほとんどの人間が食事を終わらせていたようだ。部屋に置いてきてしまったレルム村の面々も、
当番らしいシオンとパッフェルが自分たちの食事をしようとしていたのが、そのいい証拠。
たぶん隣室の流しには、山と食器が積まれてるんだろう……あとで洗うの手伝うべきかな。わざわざ暖めてきてくれた食事を目の前に、は心の中で手を合わせながら考える。
ちなみに、夕食は蕎麦かと思っていたら、違っていた。
日本風、というかシルターン風の和食をメインに、実にバラエティに富んで……いたんだろう。
大皿のものは申し訳程度に残ってるだけで、ほんの数時間前の姿をしのばせてもくれない。メンバーの食欲のすさまじさを、改めて実感させられた。
「もう少し早く来ていただいたら、まだ残ってたんですけどねえ」
ユエルさんが食べたりない様子でしたから、差し上げてしまったんですよ。
「簡単なものでよければ、つくりましょうか?」
「あ、いえいえ。足りますだいじょうぶです」
「拙者も、これで充分でござるよ」
ひとつ頷くカザミネ。きっと、鍛錬にはげんでいたんだろう。
遅れて戻ってきて、と同じ時間に食堂に入った彼も、そう、に続けて云った。
それからしばらくは、かちゃかちゃと食器の触れ合う音だけが響いた。
「……あ。」
「え?」
「はい?」
「む?」
唐突に。ぽんと手を打ったを、パッフェルたちがいっせいに見る。
「なんか、しっくりくるなぁと思ったら」
「ああ……箸ですか」
「うむ、こちらでは『ないふ』や『ふぉーく』が一般的でござるからな」
示されたふたりは、それぞれ手に持った食器を見て、得心いったように頷いた。
そのとおり、含めた彼らは、利き手にお箸、反対の手に食器、と、実に、にとっては懐かしい食事の仕方だったのである。
「がーん。私だけのけ者にされるのですねさんっ!?」
てか、わざわざ『がーん』まで口にしないでいいですパッフェルさん。
ナイフもフォークも丁寧に皿の上に置き、両手を頬に当てて苦悩している姿は『いかにも』なのだが、あいにく、目が笑っている。
ショックを受けた素振りをしてみせるパッフェルに、じゃあ、と、は立ててあった割り箸を差し出した。
「使ってみます?」
「あら、ありがとうございます♪」
パッフェルは割り箸を受け取って、きれいに割り――
「もしもし、パッフェルさん。それでは食べられませんよ?」
シオンの苦笑混じりの指摘に、パッフェルは、二本まとめて握りしめた自分の手をおもむろに見下ろした。
「……」
それから、隣に座っているに、すすすっと近寄る。
「ささ、どうぞお食べになってくださいませ」
目一杯観察して学ばせていただきますから!
「……いや、それはやめてくださいお願いぷりーず」
人様に凝視されて食事できるほど、神経太くありません。
懇願しつつ――それにしても、と思う。
あれこれこなしているパッフェルにさえ、やはり苦手なものはあったのかという発見が面白くて、つい笑いがこぼれてしまった。
ひとしきり、パッフェルに箸の使い方を教えるにわか教室が出来上がる。
だけでなく、シオンやカザミネも参加して、4人だけの食卓だというのに、実に賑やかな時間が過ぎた。
なんとなれば、ひととおり習ったのち、さっさと使えるようになったパッフェルは、やっぱすごいのかもしれない。
そのまま食事を終わらせて、片付けの手伝いに移行。
カザミネに洗い物は無理だろうから、食器を持ってきてもらうのと、洗った分の片付けが彼の仕事だ。だもので、彼は、こちらとあちらを行ったりきたり。忙しなさそうなのに、足音がほとんどしないってあたり、職業人。
そんな剣豪を背に、洗いもの組はことばを交わす。
「楽しかったですねぇ」
「まったくです。まさか、パッフェルさんに箸の扱いを教えるとは思いませんでしたよ」
いや、人間長生きはしてみるものですね。
そう云うシオンに、あんたいくつだと思わずツッコミたくなったパッフェルとは、顔を見合わせてなんとか飲み込んだ。
「ははは、こんなものでござるよ。だからこそ皆、生きているのが楽しいのでござろう」
予想外の出来事が、次から次へと巻き起こるでござるからな。
カザミネのことばに、3人揃って頷いた。
そういうことだ。とどのつまり。
苦しくって辛くって、何度泣いてももう生きていたくないと思っても。
それを覆す何かがあるのを知っている。闇の只中にいると泣いても、その向こうには光があるのを知っている。
だから、生きてくことが出来るんだ。
大げさな云い方をするなら、その名前はきっと、希望って云うんだろうね。
「……ええ、本当に楽しいです」
ふと。
その笑顔を優しい色に変えて、パッフェルが云った。
「元々さんから始まったご縁でしたけど、こうして皆さんと出逢えて、過ごせて」
私、本当に今が大好きですよ。
「最近、つくづく実感してるんです。どんなに強い鎖や呪縛があったとしても、断ち切れないものなんて、きっと、ありませんですよ――」
……紛れもなく、それはパッフェルの本心だったんだろう。
穏やかに優しく微笑って、彼女はつぶやいた。
「ええ――そうですね。私はどちらかというと、皆さんを見ているとサイジェントの愛弟子を思い出して、胃が痛むんですけれど」
どじばかり踏んでサボり癖のある、しょうのない子なんですが。
そう云いながら、シオンの表情は優しい。
和んでいると、くるり、パッフェルがを振り返る。
「ですからですね。このたびの戦い、私目一杯頑張らせていただきます!」
ええ、蒼の派閥がバタバタしているこんなときに、総帥蹴っ飛ばして出てきた分の働きはしてみせますとも!
20000バームのお給金もかかっておりますし!
「……覚えてたんですか、ケルマさんとの契約」
「ええ、しっかりはっきりくっきりと」
……てか、悪いコト云わないから、あとで、蹴っ飛ばしたことは総帥にちゃんと謝りましょうね。
爽やかに微笑むパッフェルに、一応そう云うべきかどうか、はしばし悩んだのであった。
そしてその総帥はというと、
「……くしゅっ」
「ほらほら〜、夜中に出歩いたりなんかするから、風邪ひいちゃうのよ〜」
もはや恒例となったメイメイとの密会の最中にくしゃみして、彼女にからかわらていたりした。
鼻、かむ? と差し出された布を丁寧に断り、エクスは姿勢を正す。
「それで、メイメイ。彼らにボクの知っていた真実は伝えたけれど」、
――本当に、これで良かったのかい?
改まった問いかけに肩をすくめるメイメイの仕草は、いたってお気楽。
「さぁ?」
「……さあ、って」
「私は〜、エクス坊ちゃんがどうするか悩んでいたから、それくらいなら話して殴られてこいって云っただけよ〜う。にゃはは〜」
ほんとに殴られてきたときには、笑っちゃったけど〜
示された、未だほんのり赤いままの頬に手をやり、エクスは苦笑した。
「うん、まあ……ね」
「ならそれでいいんじゃなあい?」
……もう。と、メイメイは表情を改める。
「私たちに出来るコトなんて――残ってないんだし」
傍観者は傍観者らしく。
これからは、これからを、見届けよう。
最後の最後に道を決めるのは、ここまで懸命に歩いてきた彼らなんだから。
どんな決着をつけるの?
結局、何も告げないままに進ませた少女への問いが、その耳に届くことはないけれど。
見ているよ。
君たちが何を選ぶか、どんな結末を迎えるか。
それがどんなに辛くとも重くとも、傍観をしかしなかったこの身が、故に後悔と慙愧に押しつぶされるかしれなくとも。
――見ているから。
見届けるから。
君たちの歩みを、その辿り着く先を。
だけど。
それがいかなるものであろうと――帰っておいで。ね。
君たちは、君たちとして。