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第52夜 壱
lll 双子と聖女とお爺さん lll




 屋敷に帰ると、ちょうど別方向――派閥のある方から戻ってきたばかりらしい、アメルと双子とはちあってしまった。
「あ、おかえりなさい」
 彼女らの方が先に玄関を開けようとしていて、たちはその後ろから追いついた形。
 ノブに手をかけたまま、アメルは振り返って笑った。
 少し、疲れているように見えるけれど。
「……治療、終わったの?」
 そう。
 アメルと双子は他一同を先に帰し、蒼の派閥に居残っていたのだ。
 理由は、――フリップの傷を治すため。
 まあ、だからして、リューグとロッカまでもが残った理由は、治癒を行なうアメルの付き添いのためだ。そうしろ、と云ったのが、ギブソンやミモザ、及び総帥他二名様。なんかやっぱり、研究者集団だけあって、アメルを純粋に知的好奇心だけで突っつく性質の輩もいるとかなんとか。
 ともあれ、の問いに、アメルは、ええ、と頷いてくれた。
「なんとか間に合いました。しばらくはベッドから起き上がれないと思うけど、だいじょうぶ」
 心からそれを喜び、そうして少しだけ力不足を嘆く彼女を見て、は少しばかり苦笑い。
「……アメルは優しいね」
 云うと、アメルはきょとんと首を傾げた。
「どうして?」
「……だってさ」、
 あたしだったら、フリップ師範に癒しの力を使おうなんて思わなかったかもしれない。
 突きつけられた暴言も、ネスティに対しての暴行も、行き場を失って肥大させていた劣等感も――思い返すたびに、胸のあたりがもやもやしてしまうから。
 そう云ったら、アメルは少し微笑って、かたげていて首を元に戻した。

 ――そのときは、それだけで話は途切れた。

 ともあれ立ち話もあれだ、と屋敷へ上がって、トリスとマグナのところへ戻る護衛獣たちと別れ、レルム村組と廊下を歩く。
「さっきの話だけど……」
 まだ晩御飯までには時間があるし、と(今日の当番はシオンとパッフェル。蕎麦決定だろうか)、双子の部屋にアメルと一緒にお邪魔し、そうして持ち上がったのは、玄関での話のつづき。
「あたしは、優しくなんかないんです。そうしなきゃ自分がいやだから、結局そうしてるだけなんだと思うの」
 なんて云うのかなあ。
 顎に指を当てて、一生懸命にことばを探しているらしいアメルを、双子と一緒に見守った。
 ……ふと思い出す。
 最初の日を。
 何もかもが始まったあの日も、こうして、4人で顔を合わせていたことを。
「なんだか、思い出すな」
 同じことを考えていたのか、ロッカが小さく笑った。
 そのことばにアメルも思考の海から意識を戻し、そういえば、と、頷く。
 だけどリューグだけは、ちょっと顔をしかめて視線を落とした。
「どうしたの?」
 アメルが覗き込んだら、彼は、やっぱりしかめっ面のまま、視線を明後日に逸らす。
 それから、手のひらで顔を半分覆って、
「いや……をここまで引きずり込んだのは原因俺だってこと、忘れかけてた」
「今ごろ思い出して自己嫌悪か?」
「そりゃそうだろ? 俺が驚かせなかったら、今ごろ――」
「どうなってたんだろね?」
 後悔混じり、真剣なリューグのことばを遮ったの口調は、茶化す意図が大半を占めていたりする。

 さて、それじゃあシミュレーションだ。

 リューグと出逢わない→そのままアメルを説得にかかる→
 仮説A:晴れて説得出来て一緒に逃げる→黒の旅団とはなんとかなったかもしれない→でもレイムたちの正体が悪魔→自分たちだけじゃたぶん勝てない
 仮説B:説得出来なかった→諦めてデグレアに帰る()→そのまま黒の旅団としてマグナたち含めた一行と戦闘→目標達成するにせよしないにせよレイムたちが悪魔なので顛末は見てのとおり

 ……仮説AB、ともにゲームオーバー。


「うわー、怖い」
 提示されたそれは、ぞっとしない考えだったが、だけど、は笑う。
 なにしろ、今、そんなことにはなってないから。と。
「リューグありがと、記憶消させてくれて切実感謝!」
「……嬉しくねぇ」
 結局そのせいで、おまえは黒の旅団とぶつかって、ルヴァイドたちのために泣いて、傷ついた。
「うん、でもほら、済んだことだし」
 の笑みに少しかげりが入ったのは、きっと、あの黒い機械兵士や、他の兵士たちを喪ってしまったせいなんだろう。
 それでも笑うんだな、おまえは。
 じっとを見ていたら、視線に気づいた彼女が、首を傾げてリューグを見た。
「どうかした?」
「いや、別に」
「それにしてもリューグ……」
 ふと、隣に座っていた兄が呼びかけて、リューグはそちらに視線を移した。

「おまえにも、過去を思い返すくらいの余裕が出来て僕は嬉しいよ」


 ……は?

 一瞬呆気にとられた3人を余所に、ロッカはにこりと微笑んでいる。
「昔のおまえときたら、そりゃあ気性が激しくて、何かと云ったら飛び出して毎回傷こしらえて帰ってきたっけ。でも次の日になったらそんなこと忘れてまた飛び出していってたよな」
 それが今や――
「おまえも、大人になったんだな」
 しみじみと、かつ、実に爽やかな笑顔で肩を叩く兄の手を、リューグは、しばしぽかんと見つめていたけれど、やがて小刻みに震え出した。
「……兄貴……あんたバカににしてんだろ、それ」
「いや、見直したんだ。いつの間に突進するばかりじゃなくなったんだろう、ってな」
「ふざけんなっ! あんたが慎重論しか出さなくなったから、俺が痺れ切らしてたの判らねぇのか!?」
 弟の怒声に、兄は、ぽん、と、手を打ち鳴らした。
「今判ったよ」
 おまえのことばで。
「〜〜っの、バカ兄貴!!」
「はは、なんだい愚弟」
 怒り丸出しに睨みつけるリューグ、それを軽く受け流すロッカ。
 そんな双子を目の前にしたとアメルは顔を見合わせ、ほぼ同時にふきだした。
「こんな兄弟がいたら毎日楽しそうだねー」
「ええ、楽しかったですよ。本当に」
「ははははは、まったくだな」
 それまでは沈黙して会話を見守っていたいたアグラバインも、会話に参加してきた。
 おやおやと振り返れば、そこには黙々と剣を手入れしていたはずの獅子将軍はおらず、豪快な爺さんがひとりいるばかり。
 その爺さんは、今にも取っ組み合いに発展しそうな双子の間に割って入り、ロッカもリューグのことばかり云えんだろう? とツッコミを入れた。
 でもってロッカが慌てたところに、リューグがさらに追い打ちをかける。
 だけど黙ってやられてばかりじゃない兄は、弟にさらに攻撃し返し。
 ……なんか、すごく楽しいじゃれあいに見えるんですが。一部の殺気を除けば。
 そんな彼らを見渡して、アメルが、笑みを深める。
「あたしは、みんなが大好きなんです」
 改まった彼女の口調に、は当然のこと、アグラバインもリューグもロッカも、視線を彼女へ向けなおした。

「誰もが、誰かを好きだと思います。……フリップさんだって、彼を慕うお弟子さんがいたかもしれない」

 いなかったかもしれない――なんてのは、邪推。
 さっき途切れた話を繋ごうとするアメルのことばを、は静かに待った。

「だからあたしは、フリップさんをあのままにしておけなかった。助けられる力があたしにはあるし、見殺しにしてしまったら、そんな人たちが哀しむって思ったから」

 誰かが哀しむのも、嘆くのも、ないほうがいい。
 あるにしても、避けられないことだとしても、それは、少なければ少ないほどいい。
 誰だって、哀しむためや辛くなるために、生きているわけじゃないのだ。
 どんな辛酸を舐めても、それでも進もうとするのは、先に待つ未来が優しいものだと信じてるから。
 それを求めてるから。
 ――大好きな人たちと一緒に笑いあっていた過去はもうないけれど、そんな未来が、きっとまた、訪れると信じたい。
「……だからね」
 強く優しい声。
 握りしめた手のひら。
 それはアメルの決意の現れだ。
「みんなで、しあわせになりましょう」
「そりゃあもう勿論!」
 ぶんぶんと、真っ先に頷いたを見て、アメルはくすっと笑った。
 双子とアグラバインが、同じように微笑して。
 そうだ、と、思いついたのは、その3人のうちの誰だったろう?

「落ち着いたら、の故郷を見に行きたいな」
「へ? デグレア?」

 唐突なその発言に、は目を丸くする。
「でもこの間――」
「あのときは、見るも何もなかっただろーが……第一俺たちは、城に直行して戦ってトンボ帰りしたようなもんだぞ」
「あー」
 そりゃそうだ。
 一度だけ戻ったあの日。白い陽炎が顕現した日。
 中に入ったのは、マグナとトリスとシオンとだけ。
 その突入組にしたところで、ろくに中見る暇もなく、目的地に直行したのだ。
 外で待っていた彼らにしてみれば、それよりももっと、見る時間は――いやさ、そんな心境の余裕さえ、なかっただろう。
 ……や、それにしても。
「なんで?」
 観光にたえれるようなものは、別になかったと思うけどあの国。寒いし。
 そうですね、と、答えるのはロッカ。

さんの育った場所を、見てみたい。理由といえば、それだけなんです」


 たとえば、ルヴァイドとかイオスあたりに。
 面と向かって云える感情では、ないけれど。
 ――ありがとう、と。
 を自分たちのところに寄越してくれて、ありがとう、と。
 6年の間、を育てたその国に、礼を云いに行きたいと、思ったからなのかもしれない。
 彼女を受け入れてくれてありがとう。
 彼女と出逢わせてくれてありがとう。

 だから、自分たちはここにいる。

 嘆いてばかりじゃなく、
 復讐にとらわれてばかりじゃなく、
 前を向いて歩こう。

 彼女と一緒に歩いてきたから、得ることが出来た気持ちがある。

 だからこれからも、一緒に歩いていきたいね。


 だから。
「……、あのね」
「なに?」
 ふと何か思いついたらしいアメルのことばに、
「やっぱりリューグかロッカと結婚しちゃう気、ありませんか?」
「は?」
 なんでそういう話の展開になるんですか。思考はことばとして形にはならず、ただ、は、思いっきり固まった。
「アメル、無理を云ってはだめだよ。さんの気持ちもちゃんと考えないと」
 さすがに哀れんでくれたのか、ロッカが、苦笑混じりに彼女をたしなめる。
 が、アメルは「……だって」と拗ねた表情。
「あたし、とずっと一緒にいたいんだもん」
「別に、こいつらを伴侶にせねばならんわけでもあるまい? 逢おうと思えば逢えるじゃろうて」
 ――無事に、この戦いが終われば、の、話だけど。
 固まったまま、そんな冷静なことを考えていたの横。
 ったく、とぼやきながら、リューグが肩を揺さぶってきた。
「ほら、目ェ覚めたか?」
「……なんとか」
 お礼を云って、それから、アメルに向き直ると、彼女はちょっと不安そうにこちらを見てた。
「――じゃあ、。約束して?」
「約束?」
「……」
 ことばを探して、数秒の沈黙。
 ややあって、アメルは双子とアグラバインの手をとると、それを、と自分の手に重ねた。
だけじゃない。……みんな、みんな。無事で、帰ってきましょう」
 約束がほしいの。とアメルはつづけた。
 けっしていなくなったりしないって。
 また、みんなで一緒に笑えるようになるって。

 ……それはあとで思えば、予見か確信か。そのときはまだ、そこはかとなく漂う、不安としてのみ表層にあったのだけれど。

「うん」
 が確り頷くのと同時、リューグもロッカもアグラバインも、頭を上下させた。

 約束をしよう。
 きっと、一緒に。傍らでないとしても、また共に、歩き出そう。

 ……そうして。
 リューグとロッカは、じっ、と。重ねられた手を見てしばし。
「……まあ、時間はまだあるしな」
 ちょっと視線を明後日にそらして、リューグがぽつりとつぶやいた。
「……それはどういう意味だリューグ?」
 ちょっと黒い笑顔になって、ロッカが弟ににじり寄る。
「……どうしたの」
 今度はまた何やってるんだと問うに、けれど、双子は同時に目をやって。
 ――はあ、と、息をついた。


 見込みがないとは思いたくないし、今はこんな状況だから、考える暇がないんだと解釈したい。
 したいけど。
 手が触れて、ちょっと心臓跳ねた自分たちの立場ってもんがないんだけど。
 その平然としきったの反応は、ちょっとかなしい。
「どしたの?」
「……不憫じゃの」
 も一度きょとんとしたの横、アグラバインがさすがに苦笑いをこぼした。
 それに、双子が同時に食ってかかろうとしたときだ。

 ――ごす。

 実に力のこもったノック、というか撲撃音が、扉を伝わって一行の鼓膜を振るわせた。
 今度は全員が固まったところに、なんだか不機嫌そうな声が、扉越しに聞こえてきたのである。
「食事が。出来たそうだ。」
 ……イオスの声だった。


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