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第51夜 八
lll 判じ物と昔話 lll




 一行が後味の悪さを抱いて蒼の派閥を後にしたときには、すでに太陽が傾きかけていた。
 夕暮れのなかをギブソン邸に向かって歩く一行の人数は、若干、行きよりも数を減らしている。
 はあ、と息をついて、ルウが繁華街の方を見やった。
「……、だいじょうぶかしら」
「ちょっと、不吉なコト云わないでよ」
「そうじゃなくって……」
 ばっと振り返って告げるミニスに、困った顔でルウは答える。
「やっぱり一人くらい、ついていくべきだったんじゃないかなって思うのよね……、たしか一度繁華街で迷ったんでしょ?」
 蒼の派閥を出た早々、繁華街の某所に行ってくるからと走り出した少女の微妙な方向音痴を思い出したのか、一行が複雑な顔になる。
 ルヴァイドもイオスもそれについてはフォロー出来ないようだ。事実だし。
「一度行ったとこならだいじょうぶだろーよ」
 手をはたはた振って、バルレルが云った。
「……おねえちゃん、ひとりが良い、って、云ってたし……」
 こくりと頷くのはハサハだ。
「…………」
 護衛獣たち、なんか結託してないか?
 最近かけあいがスムーズになった彼らを見て、そんな予感にとらわれた人が数名、顔を見合わせた。
「……ま、遅くなりそうだったら迎えに行きゃいいさ」
「行き先は判っているんですから」
「うん……そうよね。帰ってくるわよね」
 フォルテとシャムロックのことばに、ケイナも同意。
 それはそうだ、と。
 それならば、と。
 一同それぞれ気を取り直し、小さく、息をついたのだった。

 あとでそんな会話があったと聞かされたが、そんなに自分の方向感覚には信用がないのかとしょげるのはまた、別の話。
 なにしろ今日は、とりあえず、無事に目的地まで辿り着いたのだから。



 目の前にはいつかも見た占いの卓。
 運試しのスクラッチカード。
 室内にアルコールのにおいが充満しているけれど、酒の質が良いのか、さして気分悪くなったりもしなかった。
「いらっしゃーい♪」
 そろそろ、くると思ってたわ〜。
 相変わらず朱に染まった頬で、杯をかかげて、メイメイは素晴らしい勢いで特攻してきたを、いつもと変わらぬ笑顔でもって、迎え入れてくれた。

「歌を聴きにきたのよね?」

 そして第一声がこれだ。判じ物のような、そのことばに、けれどはこくりと頷いた。
 勧められるまま椅子に腰かけ、メイメイが自分の椅子に戻ると同時、そうしてた時間も惜しいとばかりの気持ちで、話を切り出す。
「頭の中がぐっちゃぐちゃです」
「でしょうねぇ〜」
「で、質問したいことがあるんですけど」
「私が答えられるコトならね?」
 答えられる=知っている、ではないのだと。暗に告げつつ、メイメイは応じた。
 だけど、この際それでもいい、というのが、の本音。
 いや、知らないことまでテキトーに答えられでもしたら、よけいに困る。
 というわけで、まず第一問。
 ごくりと生唾飲み込んで、いつからか、ずっと気になっていた問いを形にした。

「あのペンダントって誰のなんです?」

 派閥での騒動後、ここに来ようと思ったのは、そのせいだ。
 ファナンで泣いていたとき出逢ったこの人が、ひっかけまでして自分に渡した、今はレイムの手にある銀細工。
 しっくりきて、そうして共鳴もして――今日、泣いていた銀のペンダント。
 それをくれたのが、そもそもは目の前にいるメイメイなのだと、今さらながら思い出して、自分はここにきたのだ。
「そう来るかー」
 直球ねえ、と、メイメイは笑う。
 それから、うん、と頷いた。
「……むかーしむかし」、
 懐かしそうに答える彼女。
「守り手にね、悪魔がプレゼントしたの。それをあたしが預かってたわけ」
 つむがれた、それは判じ物。謎かけ。
 だけど答えの欠片は、十分につかめる。
 ……欠片でいいのだ。すべてはきっと、この自分のなかに眠ってるから。
 そのために解きたい外側が、だから、第二問。
「守り手って、守護者?」
「そうよ〜、私のオトモダチなの♪ にゃははっ、私ってばスゴイでしょ〜」
「ノーコメントです」
「……ノッてくれたっていいじゃないのよぅ」
 むぅっと頬を膨らませたメイメイは、まるで少女のような印象だった。
 普段ならそこで気分も和んだろうが、生憎、は現在結構切羽詰った思考状態にあるわけで。
「いやそういう気分じゃないし」、
 彼女。守護者。オトモダチ。――悪魔。
「……もう……本当に何してんですか、あの人は」
「あの人って、だぁれ?」
「判ってるんでしょう、メイメイさん」
 人が悪いです。
 くすくす笑うメイメイへ、今度は逆に、がむくれてみせる。
 何が楽しいのか、メイメイは、笑みを浮かべたそのままで、
「なぁに、本当はもう目が覚めちゃってるわけ?」
「判りません」はっきりと答えることを、自分のどこかが避けた。「でも、たぶん、まだ、それを起こしていいときじゃないような気がする」
 メイメイのことだ、これだけ云えば答えなんて、すぐ読み取るだろう。
「だけど」、
 続けるそれは、答えというよりは、迷い。
「……起こしてあげたほうが、あの人の望みは叶う気がする」
 そんな、矛盾した気持ち。
「……今起こしちゃうとね、彼の望みは、叶うけど叶わなくなっちゃうわ」
 そして、矛盾した答え。
 絡まる糸。それぞれの願い。様々に入り混じる思惑。パラドックス。
「難しすぎます、あたしには。荷が重い」眉根を寄せて頬をふくらませ、「……たぶん自業自得だけど」
 云って、はぱたりとテーブルに突っ伏した。
 その肩を、メイメイの手のひらが優しくたたく。
「ああ、ちゃんはだいじょうぶよ。うん、このメイメイさんが保証するわよ〜♪」
 だってほら、ちゃんは何も知らないから。

 ……微妙に嬉しくないんですがそれ。

 フォローのつもりなんだろう一言が、逆にを撃沈させたことに気づかず(いや気づいてて無視してるんだ絶対)、メイメイはことばをつむぐ。
「私みたいに、なまじいろいろ知りすぎちゃうとねぇ、身動きしづらいってのがあるのよねぇ〜」
「知らないでざっこざこ進んで穴に落ちるのも、ヤなんですけど」
「落ちちゃいなさい落ちちゃいなさい、いっそ」
 どん底まで一旦落ちちゃうってのも、人生の歩き方としてはアリよ、アリ。
 のーてんきにぱたぱた手を振る占い師へ、この場合、迷える子羊はいったいどう反応すべきなのやら――
「あーうん、でもねぇ?」
 じとっとしたの目に慌てたか、それとも。
 不意に笑みを優しげなものに変えたメイメイは、手を肩から移動させ、つい、との髪を梳いた。
 落ち着かせるように、二度、三度。
「私もねぇ、やっぱ幸せになってもらいたいわけよ」
 告げる口調は、少し、慎、としていた。「だから」と続けたそれは、すぐに今までの調子に戻ったけど。
「肝心なコトは教えてあげないし、ちゃんだって、こうしてけしかけちゃうんだわ〜」
「はいはいはい。」
 投げやり至極な返事だったけれど、メイメイは、それを聞いて満足そうに笑った。
「で、その精神に則って、このメイメイ様の助言を授けましょう♪」
「はー、なんですか?」

「走って走って突っ走れ♪」
「…………」

 ……やっぱ酔ってんじゃないだろうかこの人。
 そんな、そこはかとない不安がの胸中をよぎったが、それは云わぬが花というものだろう。
 ここに来ただけのことは、――うん、あったわけだし。



「残り、ふたつだ。――タブンな」

 わざわざ迎えに来てくれたらしい(一瞬雹が降るんじゃないかと空を仰いでしまった)バルレルが、帰りしな、ぽつりとそう云った。
 同じく一緒に来てくれていたハサハとレオルドとレシィが、こっくり頷く。
 なんでも、その他の面々――の一部において、誰がを迎えに行くかで危うく召喚戦争に発展しそうだったため、公平を帰して護衛獣たちということになったんだそうだ。
 その経緯を詳しく聞こうとしたら、4人ともが黙って目をそらしていた。
 これは、さきほどに負けず劣らずで、訊かぬが花なのかもしれない。

 しかし、元々なにやら知っていたらしいバルレルはともかくとして、そちらの3人も何ぞ握ってるぽいのはなんでだろうか。

 そんなの疑問を察したのか、バルレルは、3人をそれぞれ指差して、
「きょーはんしゃ。」
 そう、あっさりのたまってくれた。
 て。ちょっと待て、そこな悪魔。
「共犯者……?」
 不穏な響きのその単語に、思わずの顔がひきつった。
 だけどレシィもハサハもレオルドも、こくり。同意する動作は、至極当然と云いたげ。
 無理矢理、その、共犯者なるものにされたのではないのは判るけど、それにしたって――やっぱ、云うにことかいて、共犯者はないだろう。共犯者は。トリスやマグナが聞いたら泣くぞ。
 だがしかし。
 には、表立ってツッコミや批判も出来ぬ心当たりがあったりもする。それって、と切り出して問うは、心当たりの確認だった。
「それって――やっぱし、あたしが眠らせてるぽいもののことで?」
「ハイ」
 うっわ即答。
「ちょっと待ってよ? それじゃバルレル、その正体知ってるってことじゃないの!?」
「……うん……教えてもらった……」
「聞いたときはびっくりしました〜」
「…………」
 各々頷く彼らを見やって、はしばし沈黙したが、相手も相手でそれ以上、ことばを紡ぐ気はなさそうだった。

「で」、
 仕方なく、もうひとつ確認。
「肝心のあたしにはナイショですか、君たち?」

「たりめーだ」
「……うん」
「は、はい」
「ハイ」

「…………」

 こんにゃろう。
 ジト目でそれぞれを見渡すと、目がお魚になったり明後日の方を向いたり逆に真っ直ぐに見つめ返されたり。
 実にそれぞれらしい反応のあと、バルレルが、おもむろに口を開いた。
「――オレはなァ、後悔してるコトがあんだよ」
「は?」
 いつになく真摯なその様子に、は、茶々を入れることも忘れてしまった。そうして見下ろしたバルレルは、口調が示すとおりの表情で、こちらを見上げている。
 いつもの、人をバカにしたような表情じゃなくて、透明な、静かな痛みを伴ったカオ。
 何を云おうというのか、うっすらと唇が持ち上げられる。

「むかーしむかし、一匹の悪魔がいました」

 また昔話かッ!? メイメイさんに引き続きッ!?

 今度こそは思わずといわずツッコミかけたものの、レシィもハサハもレオルドも何も云わないし、第一バルレルの表情が真面目すぎて、これもやっぱり不発に終わる。
 かすかに持ち上がった腕を下ろして、は、バルレルのことばを待った。

「――悪魔は、最初で最後かもしれない一人を見つけたのですが、そいつは別の奴をそのたった一人と定めていました」

「ですがそいつは、他にもいろいろ大切なものを持っていました。というか、縛り付けられているような部分もありました」

「その別の奴は、それが気に入りませんでした。だもんで、そいつの大切なモノを、壊してしまおうとしました」

「……」

  ……バルレル

 奥深く、何かが。呼応するように、その名を紡いだ。
 夜気に交えてつむがれる物語。
 それは、真実たりえる歌の、一欠片だった。


「そいつは、大切なモノたちを壊されたくなくて、別の奴が壊そうとしたとき、間に入って――自分が壊れてしまいました」

「悪魔はそれを見ていました」

「その悪魔だったら、壊れてしまったそいつを助けることが出来たかもしれません。だが、悪魔はそうしませんでした」

「何故なら、そんなことしたら、そいつが別の奴のところに行ってしまう。それが悔しかったからです」

 そうして手をこまねいているうちに、その魂は遠くへ行ってしまった。もう二度と戻れない場所、けして手の届かない場所へ。
 だから――もう終わってしまったのだと、思った。

 そのときは、それを受け入れた。
「だがよ」、
 今、そのことを悔いている自分がいる。

「あのとき――」
 消滅を傍観した、あの瞬間。
「助けてりゃ、は、こんなふざけたコトに巻き込まれたりしねぇですんだんだ」

 その人は奴の所に行ってしまうけれど。それは、やっぱり、悔しいけれど。
 そうしていたら、その人の魂が世界を越えて飛ばされることは、なかった。
 そうしてきっと、このオンナは、きっと、あっちの世界でそれこそ普通に、幸せに暮らしてられた。

 ――そう思ってしまったら。そう思う自分に、気づいてしまったら。

 滅多に覚えない罪悪感が芽生えてしまうくらいには、このニンゲンを気に入ってることを、自分でも判ってるから――


 そのまま黙ってしまったバルレルに代わって、ぽつりと。
「ハサハも……ね……?」
 今度は反対隣から、妖狐の少女の声がした。
 振り返れば、ハサハはいつものように、静かな青い光を放つ水晶を胸に抱えて、足元へ視線を落としている。

「……たすけて……あげたかったの……」


 一度だけ出逢った。
 シルターンから、どういうはずみでか、界の狭間の迷子になってしまったときに。
 ちょうど戦いの途中だったらしいその人は、今度は気をつけてね、って笑いながら、ハサハを助けてくれたのだ。
 だから、いつか。
 いつか人化できるようになって、界の狭間にもひとりで行けるくらい強くなったら。――強くなって。
 そうしてその人の手助けをしてあげたい、と。まだ幼かった心に、強く定め、誓った。
 だけどそれが叶う前に、昔話の出来事は起こってしまったのだ。


 ボク、お母さんから聞いたことがあるんです。
 そう云って、レシィが笑う。
「リィンバウムにはね、魂のきれいな人がいっぱいいるって。今は行き来できないけど、昔はそんな人たちが、いっぱい、メイトルパにも遊びにきてたんだって」
 そんなせ界を守ってる、一番きれいな人がいたんだ、って。
「似タヨウナ話ガ、私ノでーたべーすニモ存在シマス。りぃんばうむノ守護者タル方ノ――私ニハ不要ナハズノ、伝説、トイウ分類ナノデスガ」


 知っていたよ。貴女を。
 知っているよ。貴女を。

 ずっとずっと前から、きっと。
 その哀しい一度目の終わりも。

 ずっとずっと最初からきっと。
 こうして傍らを歩くしあわせ。

 貴女のことが、大好きです。

 この世界でこうして出逢って、少しずつ積み重なった気持ちは強く。
 ――貴女のことが、大好きです。

 しあわせになってほしい。今度こそ。
 しあわせになってほしい。このまま。


「と、いうわけでだ」
 しんみりとした空気を吹き飛ばすかのように、バルレルが云った。
 口調も態度も、すでにいつものふてぶてしさに戻っていた。
「オマエが巻き込まれた責任の、4分の1くらいはオレにある」
「……残り4分の3は誰よ」
「だから、だな」、
 ツッコミシカトですか、と、少しばかりむくれるから視線をそらすようにして、バルレルは、真正面に向き直った。


 真正面。進む方向。
 帰る方向。月が山の端から離れて、光が満ちてくる方向。
 帰る場所。やかましい召喚主とその兄と兄弟子と、他一行が待っている場所。

「オマエの力になってやる」

 護衛獣として、ではない。
 誓約を結んだ相手はもういるし、その彼らを裏切るつもりはない。
 ただ、それとはまったく別の部分で、自分の心がそうさせようとするから。
 たまにはそれに従ってみるのも、悪くないと思うから。

 ……見てみたい、明日がある。
 辿り着いて欲しい、道がある。


 それはたぶん、笑いあってる優しい日々。


「ボクも頑張りますから、さんっ!」
「命令権ハ主殿同等デスカラ、イツデモドウゾ」
「ハサハ……いっしょうけんめい、やるから……」

「あ、共犯者どもは好き勝手使え。ってゆーかパシれ。オレには一番ラクなのまわせ」

「おいおいおい。」

 そりゃないでしょー、そう云って笑いながら、先を行くバルレルの首根っこひっつかんだ。
 両脇を歩いていたレシィとハサハを引き寄せた。
 そのままレオルドによりかかった。
 そして得られた感覚は、3人分のぬくもりと、背中の大きな金属の安心感、懐かしさ。

 ――ああ。なんて優しい子たちだ。本当に。
「……ありがと」
 ひっつかまれたときに息苦しかったのか、『ぐげ』とうめいていたバルレルが、文句云おうとしてか振り返る。
 振り返って――
「ったくよォ……」
 とか、ぼそぼそ云いつつ、視線を明後日に泳がせる。
「あ、わ、わわっ、ごめんなさいっ!? さんボクたちそんなつもりじゃ」
 おたおたしているレシィには、
「おらほっとくんだよこういうときはッ!」
 後頭部をどつきつつ、お説教。
 ハサハの紅葉みたいな手のひらが、おずおずと頭を撫でてくれた。
 が倒れこまないようにと、レオルドは、さりげなく支えてくれた。

 あー、もう。
 大好きだ君たち。本当に。

 まだ情報の海はおさまらない。
 奥のは全然目覚めようとしない。
 それでもさ。
 それでもいいや、突っ走ろうか。
 知っていて、手を貸してくれようって子たちもここにいるし。
 知らなくても、手を差し伸べてくれる人たちがいるし。


 よし、それじゃあ。

 ここはひとつ、全身全霊全力でもって。
 ――突っ走って、みましょうか。


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