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第51夜 六
lll だから云ったのに lll




 ――いったいどうやったのか知らないが、フリップは派閥の召喚師や兵士を何人か抱きこんでいたらしい。
 エクスの命令が発動されたと同時、こちらへの敵意も明らかに、そこかしこからわらわらと出てくる。
 鍵がかかっていたはずの牢からあっさりと出てきた理由は、これで判ったも同然だった。
 内部に手引きする人間がいればそりゃあ、鍵も開けてもらえるわ。
 そんな裏切り者たちによって、一行はあっという間に囲まれたが、生憎数ならば負けていない。
 どこぞ一角を突き崩してこちらの陣形を展開してしまえば、どうとでもなる。
 ――それに。気迫が違う。
 派閥を裏切る後ろめたさを抱えた彼らと(主犯約2名除く)、先刻からのフリップの発言にキレかけているたちでは、どちらに気合いが入っているか一目瞭然である。
「はあぁッ!」
 ドゴォッ!!
 モーリンの繰り出した拳は、すんでのところで飛び避けた兵士の足元の石畳を思いっきり抉って、下の地面を剥き出しにした。
 味方ながら怖ェ。
 その近くでは、無言のまま揮われるルヴァイドの大剣が、次々と兵士たちと地に伏していく。
「あー気分悪ィ!」まだ変声期前の声が、怒鳴る。「いくらオレが負の感情好きっつったってなァ、テメエの感情は質が悪すぎらぁ!!」
「何をぬかすか、悪魔風情が!!」
 あんまり敏捷そうにも見えないのに、フリップは結構な動きでバルレルの突き出す槍を躱す。
「その悪魔にいいように操られておいて、何を云う!」
 そこに、空気を唸らせ突っ込んでいくのはイオス。
 ――ついこの間まで、知らずとはいえ、自分たちがその立場だったのだ。嫌悪もきっと、人一倍だろう。
「誓約にもとづいて――「おっと失礼ッ!」
 今まさに召喚術を唱えようとしていた召喚師は、レナードが牽制する。
「ぐっ……!」
 リーチの長い武器を持つ兵士ふたりに苦戦しているリューグの脇から、ロッカが加勢に入った。
「兄貴!?」
「僕が牽制する! おまえは懐に潜り込め!」
 そこに、レナードのものではない銃弾が飛び込んで、敵を数歩退かせた。
 双子の援護をしたパッフェルは少し離れた場所で、さっきから、兵士たちの武器を狙って銃を連射している。なすすべもなくなった彼らを、集まってきた派閥側の召喚師たちが次々と取り押さえた。
 なんか結構、いい感じに連携してませんか? 部外者と派閥関係者。
 が。
 周りの雑魚一派をいくら取り押さえても、本命のフリップとカラウスをどうにかしなければ、この騒動は終わらない。
「ネス、サモナイト石っ!!」
 杖を揮って敵を退けながら、トリスが叫んだ。
 それを聞いて、呼びかけられたネスティがぎょっとした顔になる。
「持ってこなかったのか!?」
「だってテラスでのんびりしてたとこを走ってきたんだもん持ってないわよ!」
 ブレスも入れずに云いきる、トリスの肺活量にまず乾杯。
 だがその告白の、よりにもよってよりにもよった内容に、ネスティが一瞬ふらついている。
 後方で援護していたから良かったようなものの、万一前線に出ていたら命取りだったのではなかろうか。良かったね、召喚師で。
「君はバカかッ!」
「バカでいいからサモナイト石ちょうだいなんでもいいから!!」
「……知らんぞ!!」
 ――あとで思い返すに、このとき、ネスティも相当頭に血が上っていたのではないだろうか。
 だって、トリスに向けて投げたサモナイト石は、機界ロレイラルと誓約された石だったのだから。
 トリスが扱えるのは、サプレスとメイトルパ、それにシルターンの召喚術。ロレイラルは含まれない。
 以前の大平原での暴走を、まさか忘れたわけでもないだろうに。
 ともかく、投げられたそれを、ぱしぃっ、と軽い音を立て、トリスはその手に受け取った。
「ご主人様、それ暴走しちゃいます……っ!?」
 目ざとくそれを見つけたレシィが、顔色をなくして叫ぶ。
 けど。――けれどそれは、杞憂だった。
 彼が叫んだ、その瞬間。
 鋼色の光が、トリスの手のひらから溢れ出していた。
 ――門を開く光。
「……ろれいらるヘノ光……」
 ぽつりとレオルドがつぶやいたとおり、それはまさに、機界への門を開ける光。
 光の源たる手の主が、そして、声高らかに、呪をつむぐ。

「かつてなされた盟約によりトリス・クレスメントが汝に願う!」

 その熱量と光量のすさまじさから、高等召喚術なのだと、召喚師たちは察した。
「さ、させるな!」
「そりゃこっちのセリフだぜ!」
 敵はトリスの集中を妨害しようとするけれど、させてなるかと、フォルテたちが行く手を阻む。
 その隙に、トリスの詠唱は完成する。
 喚びかけが行われる。

「雷撃の網持つ機界の六芒! ――ヘキサボルテージ!!」

 ブォン、という音とともに、頭上に出現した何かによって、たちのいる一帯が影に覆われる。
 続いて、バチバチバチッ、と、ショートするような音。
「みんな伏せろ!!」
 マグナの叫びが聞こえた瞬間、

 ――バヂバヂバヂバヂィィッ!!

 耳をつんざくような音と光。余波のせいで、髪がぶわっと巻き上げられる。
 電撃、というか、雷撃もここまでくると、震動さえ巻き起こすのだと、は初めて知った。
 そうして閉じていた目を開けたとき、フリップに味方していた人間は殆どが麻痺しており、立っているのはこちら側一行と、フリップ、そしてカラウスのみという、実に燦々たる状況だったのである。
 ……トリスが機界の召喚術使えるっていうのも、初めて知った。
「すごい、トリス! ロレイラルの術なんて、いつ覚えたの!?」
 感激したらしいミニスが、ぱあっと表情を輝かせてトリスに迫る。
 トリスはというと、ちょっと照れたように頭に手をやって、
「うん。あたしもびっくりしちゃった」
 ……まて。
「ネスからサモナイト石もらったとき、どうしようって思ったんだけど、まあいいやって」
 いわゆる結果オーライって奴ね!

 違う。

 思わず一同遠い目になりかけるが、何にせよ(たとえ結果オーライにせよ)、結果は、こちらの勝利だった。
 フリップとカラウスだけはまだ余力を残しているようだが、この戦力差なら、召喚術を唱える構えを見せた瞬間に飛びかかれば押さえられる。
 呆然と、一瞬にして殲滅された兵士たちを見ていたフリップの身体が、小刻みに震えだす。
「フリップ様――」
 今度こそ、と思ったのか、ミモザが、彼に呼びかけた。
 だが、意志もつことばは返らない。
「は……はははははっ……」
「フリップ?」
「あはははははははははははッ!!」
「……壊れやがったか」
 ――いや、元から壊れてやがったのかもな。劣等感とやらがでかくなりすぎて。
 チッ。バルレルの舌打ちが、やけに大きく響く。
 ひとしきりフリップの笑い声が響く間、誰も何も云わなかった。
 笑いをおさめたあと、フリップは、ぎろりと一行を睨みつける。
「あのときと同じだ」
 憎々しげに、彼は云った。
「選ばれた者だけが常に、栄光を独占し、その輝きの下では凡人の努力など、なかったことのようにされてしまうッ!!」
 ……あのとき? 抽象的な表現に、は首を傾げた。
 なんぞ、派閥で昔何かがあったのだろうか。
 そういう特別な力を持つ者が、彼をさしおいて栄光を得たことがあるのだろうか?
 だけどその疑問も答えも、今は発するべきときではない。
 ちらり、
 ――首を傾げたために少し焦点が移動していた視界の端で、何かが日の光を反射して輝いた。
 なんだろう。そう思って、視線を向けようとしたとき、
「私は、私は絶対に敗北を認めたりせんぞ! 貴様らの情けなど、受けるものかッ!」
 往生際悪く叫ぶフリップの杖を中心に、召喚術の光が輝き出した。
「フリップ様!!」
 叫びつつ、それでも、させるわけにはいかないと、マグナたちも構えをとり――

「私は、死ぬまで貴様らと戦っ――ふぐッ!?」

 そのまま詠唱に繋がるはずだった、フリップの咆哮が途絶えた。
 途絶えさせたのは、その身体に突き立った短剣。
 カラウスの突き立てた。剣。――その刃。
「へへっ?」いやらしい笑い声が、その身体の陰からこぼれた。「だったら、あんただけくたばれよッ!」
 宣告し、カラウスは、尚も、剣をつきたてている腕に力を込めた。
 固まってしまったアメルの向きをロッカが変えさせる。
 マグナがトリスを抱き込んだ。ミニスとユエルはモーリンが一緒くたに抱え込む。
 イオスが気遣うように見ているのに気づきながらも、は、フリップをカラウスの姿を視界におさめる。
「へ……へへへっ……つきあってられるか……!!」
「カラウスッ……貴様…… あ、が、があぁぁッ!?」
 どぷっ、と、生々しい音を立てて短剣が抜かれると同時、どうやら内臓にまで達していたらしいフリップの傷から、一気に血が滲み出す。
 重い音を立てて倒れる彼の腹部から流れ出したそれは、じんわりと、地面を赤く染め上げ始めた。
 ぬるく、ゆるい風に乗って流れてくるのは、胸の悪くなるようなにおい。
 知っている。
 このにおいを、自分は知っている――けれどもたぶん、いつになっても慣れはしないだろう。
「な、な、見ただろ? 見ただろ?  私がコイツにトドメをさしたんだ。な?」
 ふらふら。ゆらゆら。
 まるで夢遊病者のように、血に染まった短剣を振り回し、カラウスは、のたまっていた。
「だからさぁ、頼むよ。勘弁してくれよ」
 弁明。命乞い。――それは、ひどく見苦しかった。
「私は悪くないんだ、脅されて、仕方なく手を貸してただけなんだよ!」
 ……フリップの惨状のほうが、まだ、見るに耐えると。そんな気分さえ、抱かせられるなか。
 誰も、彼に応える者はいなかった。
 応えられる者はいない、と、云った方が正しかったのかも知れない。
 息さえ苦しいほどの静寂に包まれたなか、カラウスだけが懸命に己の延命を懇願する姿は、ただ、滑稽だった。
「悪くないんだ、私は悪くないんだ。だから、殺すのだけは勘弁してくれよォ!?」
「……違法にとはいえ、かつて師事した相手を……」
「……なんてことを……ッ」
 蒼ざめたギブソンとミモザの声に、カラウスは、目を血走らせて反論する。
「何云ってるんだ? 私が殺さなければあんたらが殺されてたんだぞ? 私は脅されていたが、最後にあんたらを助けたんだぞ?」
 ほぅら――赤黒い血に塗れた刃が、燦然と持ち上げられた。
「私は悪くない、全然悪くないじゃないか!」
「――っ」
 血のにおいよりも、なによりも、ただ、目の前の男の狂乱に吐き気を覚えて、は口元を押さえた。
 刹那。

「……ですから、ニンゲンになど期待するなと云ったのですよ」

 風のように、そのことばだけが、の耳に流れ込む。
 はっとして顔を上げたけれど、声の主は、すでにその方向にはいなかった。


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