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第51夜 壱
lll 蒼の派閥の総帥 lll




 そんな朝の騒動もなんのその、今日は青の派閥本部に一同で馳せ参じる日である。
 早々に朝食を終え、身支度を整えて、一行は今まさに、派閥の門の真正面に立っていた。
「……」
 ミニスが、実に複雑な顔で、マグナたちとやりとりしている門番を見ている。
 なんでもずっと前、シルヴァーナのペンダントを捜しているときに、門番とひと悶着起こしたらしい。
 そりゃ、気まずくなる気持ちも判らないではない。
 ――しかし。シルヴァーナのペンダントか。
 それにしても、と、当時を思う。
 あの頃はまだ、こんな大事にかかわる事態になるなんて、夢にも思っていなかった。
 は、自分の記憶で手一杯だったのもあるけれど。
「お待たせ。入っていいってさ」
 そうして、門番とのやりとりを終えたマグナたちが戻ってきて、は――というか、一行の大半は、それぞれの人生において初めて、蒼の派閥という場所に足を踏み入れることになったのである。



 その第一印象。 ……嫌われてませんかあたしら。

 こんな形で戻るなんて思わなかったねー、追放みたいにして旅に出されたもんなー。
 そんなある意味聞き流せない気がする会話を、何気に交わしているトリスとマグナ、それにネスティ。その3人には、特に、この雰囲気を重く感じている様子はない。
 彼らにとって、蒼の派閥のこの空気は、それなりに馴染みがあるものなのかもしれない。
 しれない、が。
「……本当に私たちまで、一緒についてきてよかったのかしら?」
「なんていうか、周りの視線がものすごくイタイんだけど」
 と同じようなコトを考えているんだろう、ちょっと不安そうに周りを見て、ケイナとモーリンが云う。
「たしかに……剣呑な雰囲気じゃな」
 苦笑して、アグラバインが答えた。
 もっとも、彼自身はそう大したものと考えてもいないようだけれど。
「我々が一緒にいるせいではないのか?」
「ああ、違うの。派閥はもともとこういう雰囲気の場所なのよ」
「部外者に対しては、排他的になりやすいんだ。あまりいい気分はしないだろうけど、我慢してくれないかな」
「……本当に?」
「本当本当」
 つい先日まで部外者どころか敵方だったルヴァイドやイオスがそう云うけれど、ミモザとギブソンにとってもまた、この派閥の空気自体は、なんでもないものらしい。別にデグレア組を気遣ってるわけでもなく、事実、派閥は昔からそういう雰囲気なんだと。
 ていうかこの一行、派閥関係者に比べて部外者の数が圧倒的に多いんですが。
 もし、あたしがここに落ちてたら、いったいどーいう目にあったんだろうなー……
 思わずそんなことを考えて、あんまり楽しくない予想の浮かんだだった。
「……珍しい召喚獣って捕まえられて、研究の日々だったり……」
、どうしたの? なんだか暗いけど」
「……ちょっとね」
 悲喜こもごもあったけれど、デグレアに落ちておいてよかったです。ありがとう神様。この世界にはいないらしいけど。
 次第に思考が妙な方向に行き始めたの横では、フォルテが実に微妙な表情になって、マグナたちに話しかけている。
「おまえら、ずっとこんな雰囲気のなかで暮らしてたんだな……」
 結構同情の含まれたそのことばに、けれど、マグナとトリスは顔を見合わせて。
「「まあね」」
 と、笑って答えてる。
 そんな弟妹弟子を見て、
「こいつらは昔からこうなんだ」
 そう云いつつネスティが苦笑していたのが、なんだか少し印象的だったかもしれない。

 そうして進むうちに、押し潰されそうだった一行の雰囲気も、少しずつ持ち直す。
 さて、それじゃあとりあえず、行こう。
 蒼の派閥の一室、総帥と逢うための場所へ。
 真実の側面の一端を垣間見るために。
 ――行こう。今はただ。



 そしてやってきました。
 大人数収容出来るトコロらしく、結構広い空間を用いてつくられた、会議場のようなこの場所へ。
 もっとも、一般に云う会議場と違うのは、部屋の壁殆どを、高いでかい本棚が埋め尽くしているということだろうか。
 手の届かない場所にある本をとるためにだろう、あちこち、梯子が備え付けられている。落ちたら一巻の終わりかもしれない。
 派閥生であるトリスたちの説明によれば、ここは多目的ホールみたいなものらしい。
 彼らが、正式に召喚師となるための試験を受けたのもココだそうだ。
 戦いもあったといつぞや聞いたんですが、こんなトコロで戦って良いのか、周りの本はいいのか、蒼の派閥。
 物珍しげに周りを見渡しながら進むと、人影がみっつ。
「ありゃ?」
 そのなかの一人を見て、は首を傾げた。
「ねえパッフェルさ―― 「しー。」
 確認しようと振り返れば、ぱぱっと手のひらで口を押さえられた。
 あまつさえ、『他言無用です(ハートマーク付)』とばかりにステキな笑顔。
 だけど。ちらりと視線を前方へ戻す。そして確信。
 間違いない。
 たしかこの間、王城前でパッフェルと話していた、曰く【パトロンのおじさま】じゃないか?
「おや、お知り合いですか?」
 の視線に気づいたシオンが、ふとこちらを覗きこんできた。
「あ、いえ、知り合いて云うより――」
 ちらちらとパッフェルを見つつ、がそう答えようとしたときだ。
 正に今話題になってるおじさまが、一歩前に進み出た。

「よく来てくれたな、マグナ、トリス……クレスメントの末裔よ。そしてネスティ・バスク」
 それから――
「その仲間たちよ」

 うわ十把一絡げだ。
 いくら全員の名前知らないからって、そりゃないでしょ、おじさま。

 すかさず心中でツッコミを入れたの前で、ルウが首を傾げた。
「この人が、蒼の派閥の総帥さん?」
「いいや、このお方はグラムス・バーネット様と云ってな。幹部会の議長じゃよ」
「ラウル師範…… ――フリップ様」
 好々爺の笑みも変わらず、丁寧な紹介をくれたラウルに、まず一同礼。
 でもって、先日の顛末もあって、は嫌々だけれど、隣のフリップにも一同礼。
「……フン!」
 しただけ損した。
 大人気ないフリップの態度に苦笑しつつ、ラウルはギブソンとミモザを示す。
「このふたりの師匠と云ったほうが、おぬしたちには判りやすいかの」
「何でそんな人がパ―― 「ですから、しー。」
「この方が……」
 尊敬してるらしい先輩たちの師匠を目の前にして、ネスティが感極まったふうにつぶやいた。
 どうやらこちらのつぶやきは前方にまで届かなかったらしく、はまた、パッフェルに質問の口を押さえられてもごもご云う始末だったり。
「もうすぐ判りますから。ね?」
「……はぁい……?」
 そのことばの内容よりも、むしろ、パッフェルの表情に圧される形で、は頷いた。
 別に、怒ってるとか笑顔で脅すとかの類じゃないのだけれど。やばいとか、そういうものでもなさそうなのだけれど。
 なんだか――少し寂しそうな、申し訳なさそうな。
 それは、この人が見せるものにしては、ひどく珍しい表情だったから。
「そう持ち上げんでくださらんか、ラウル殿」
 たちの会話など知らぬげに、グラムスはラウルに話しかけている。
「私と貴方、それにフリップ殿の3人は、同じ師について学んだ同輩でしょうに」

 ……それにしちゃ約一名、毛色の違う人が混じってませんか?

 とか何とか思いかけて、あわてて頭を振って消し飛ばす。
 たしかに第一印象も見た行動も最悪だったけど、ろくにその人を知らない自分に、どうこう云う権利は、たぶんない。
 もしかしたら、彼を慕ってる人だっているかもしれないし。
「……?」
「なんでもないなんでもない」
 怪訝な顔になって見下ろしてきたイオスには、頭と手を一緒に振って答えた。
 重厚な雰囲気の室内でその仕草はどうかと思われそうだが、前に立っているマグナとトリスとネスティ、それにギブソンとミモザから、残りの一団はほんの少し距離を置いている。
 おまけに、のいるのはそのさらに真ん中あたり。
 人の壁のおかげで、真面目な話をしている彼らの方からは、幸運にも一連のやりとりは見えなかったようだった。
 そうして、トリスの質問している声が、聞こえた。
 それにミモザが答えている声も。
「じゃあ、師範たちはみんな兄弟弟子ってことですか?」
「ついでに云えば、わたしたちと君たちは、その孫弟子同士ってワケね」
「……なんだかすごいですね……」
 全員が全員そうではないだろうけれど、ここまで内部の繋がりが濃いのなら、外に向ける意識が低くなるのも頷ける気がする。
 そんな感情もこもった、独り言のようなアメルのつぶやき。
 そして本人、そのとおり独り言のつもりだったに違いないのだけれど。

「うん、そうだよね」

 これまでこの場では聞かなかった、第三者の声がそこに割り込んできた。
 姿を見せていなかった総帥が、遅れて到着したのだろうか?
 本命は少し遅れて登場するものだというお約束に倣うなら、その予想でいいのかもしれないが。
 なんだか随分、声が若い――てか、幼い気がしないでもない。
 疑問が身体を動かして、は、自分より背の高い人々の間を抜けて、ぽんっと前に出た。護衛獣の子たちに並んで、マグナたちの方を見――

 奥の扉を開けて入ってきた人物の姿を見て、文字通り、目を丸くしたのだった。

 象牙色の短い髪を品よくそろえて、服は召喚師らしくちょっとズルズル。青がメインなのは、蒼の派閥というのを意識してるのだろうか。
 いや髪形も服装もどうでもいいです。
 目を丸くした原因は、その外見。いや髪形でも服装でもなくて。
 ……見た目、完璧、【少年】なんですけど?
 ギブソンが、その人に対して軽く頭を下げた。

「ご指示どおり、彼らを案内してまいりました。総帥」

 ……は……?

 このタイミングで出てくるような人物だし、ちょっと予想はしていたけど、まさか現実になるとは思わなかった。
 そんな疑問も露に固まったたちを余所に、総帥と呼ばれた少年は、にこりとギブソンに頷きかけて。
「うん。ギブソンもミモザも、ご苦労様」
 ふたりが、深々と頭を下げる。
 ちょっと待て。
 待てったら待て。
「おい、待てよ! それじゃ、まさかこのガキが……!?」
「無礼だぞ、小僧ッ!!」
 が何か云うより先に、リューグが少年を指差して叫ぶ。
 それに覆い被さるようにフリップが怒鳴った。
 気持ちは判る。よーく判る。
 だけどリューグ、人を指差すのはやめろ。そこからすでに失礼だ。
 とはいえ、にしたって、驚きはリューグと同じくらい。もしかしたらそれ以上。
 だって、この顔をは知っている。
 もう随分前だけれど、たしかにあの港町で、一度だけ遭遇した。
「……あの……、海辺のお坊ちゃん……?」
「それは微妙に違うなあ」
 のつぶやきに、クスクス笑うエクスをはじめ、一同、気を抜かれたらしい。
 フリップのことばに対して怒気を漂わせていたリューグが、はあ、とため息をついてそれを霧散させた。たく、こいつはよ。とかぼやくそれは、まともにツッコミ入れるとまた脱線しそうなので、スルー。
 そうして、蒼の派閥総帥といわれるところの少年は、くす、と、小さく微笑んでみせた。

「まあ、誰だって、ボクのこの姿を見たら疑って当然だと思うよ」

 思いっきり疑わせていただきました。
 蒼の派閥の皆さんには人をかつぐ趣味があるんではないかとさえ、真剣に思いました。
 うんうん頷くを、エクスは楽しそうに見る。
 そうして、ほんの一瞬、憐憫にも似た感情を、その眼に浮かべた。


 知っているから告げられないんだと、いつか彼に告げた占い師を、蒼の派閥の総帥はふと思い出す。
 そうしていつか、その占い師とした問答を思い出す。
 鎖を用いるのに是か非か? ――答えは。
 ……だけど、メイメイ。
 今はまだ、その質問に答えるべきは、ボクではないと思うんだよ。
 運命を紡ぐ権利は、傍観しているボクたちではなく、その只中で歩きつづける彼らにあるんだから。
 だから、今はまだ。
 だから、今はただ。

 知られざる真実の欠片を告げるために、自分はこうしてここにいるのだ。


 本当だよ。
 まだ驚愕の抜けきっていない一同にそう云って、エクスはにこりと笑う。
「ボクが、蒼の派閥の総帥。エクス・プリマス・ドラウニーなんだ」
「この人が……」
 は蒼の派閥の総帥のフルネームなんぞ知らないが、トリスとマグナ、ネスティは、名前だけは知っていたらしい。
 エクス・プリマス・ドラウニー。
 その名を聞いた瞬間、硬直して、そんなことを口走っている。
 そうしてそれが、たちに対しての保証になるわけだ。
 が、それと驚愕とはまた別物で。
「……たまげたでござるそ、さすがに……」
 カザミネがそうつぶやく横で、カイナが小さく首を傾げて、
「エクスさん……貴方はもしかして、時を……?」
「さすが、シルターンのエルゴの守護者さんだね」
 そういうことですよ。と、エクス総帥は頷くが、さすがに、これは外野に判るものではない。
 また疑問符が一同の頭の上に浮かぶけれど、エクスもカイナも、説明する気はないようだった。
 ……余人に説明できることではないのかもしれない。
「私のことをご存知なのですか?」
 お逢いするのは、今日が初めてだと思うのですが、と。すぐに直前の話を片付けて、カイナが別の疑問を口にした。
 それに答えるのは、グラムスと名乗った男性。
「サイジェントの事件は、私の口から総帥に報告してあるのでな」
「……ああ。そういえば、そうでしたね」
 その節は、誠にお世話になりました。
 感謝だけではなく、なんだかちょっぴり、揶揄だかからかいだかに似た感情を含めて、シオンが告げる。
 受けたグラムスは、苦笑いをするばかり。
 ギブソンとミモザも、失笑をこぼす。
 そういえばサイジェントに飛ばされて話を聞いたとき、名前が出たような出なかったような……忘れてたけど。
 っていうか、ろくに思い出せないけど。そもそも、話されたのだって大雑把な輪郭のみ。たしか喚ばれてケンカ売られてすったもんだの末に連行されかけて魔王倒して誓約者だったっけ?
 つとバルレルに視線を移せば、『オレが知るか』とばかりに嘲笑いっぽい表情をつくってくれた。あのなあ。

 そんな、少し和らいだ雰囲気をまたも打ち破ってくれたのは、例にもれずのフリップだった。
「そんなことより、総帥。本題に入ってはもらえないでしょうか」
 こうしている間にも、我々にはやるべきことがあるというのに。仮にも己の上司に対して、揶揄めいた口調。
「……無駄な時間は使いたくないものですな」
 じゃああんただけ帰れ。
 思わずツッコミ入れそうになったの前で、エクスは、そうだね、と頷いた。
「フリップの云うとおり、本題に入ろうか」

 イヤな話は、誰だって、早く終わらせたいものだからね――

 嫌な話?
 前置きに、のみならず、周囲の殆どが眉根を寄せた。
 蒼の派閥の総帥、そして幹部が3人勢揃いという時点で、世間話などではないことくらい、薄々察してはいたけれど。
 エクスのことば、その表情の重さに、いったい何がと身構えてしまったのも、無理はないだろう。
 そんな彼らに向けて、エクスは告げる。
 視線は主に、ほぼ正面のトリスとマグナとネスティ。それから少し動かしてアメル、護衛獣の子たち、
「……わざわざキミたちに来てもらったのはね、真実を知ってもらいたかったからなんだよ」
「真実?」
「禁忌の森に関する、キミたちも知らない、本当の伝説を……」
「……え?」
 それは彼にとって、ひどく重い何かなのかもしれなかった。
 覚悟を感じる。
 いつかの自分に――デグレアの軍人であることを、皆に告げた、あの朝ののような。それよりも遥かに重い何か。
 いかに詰られようと、いかに罵られようと。
 決意も強く、けれど宿る痛みが双眸を揺らす。
「召喚兵器アルミネと」
 アメルの表情が、少し強張った。
「大悪魔メルギトス」
 全員の表情が強張る。
 この事件の要、すべての因。デグレアを壊し、召喚兵器を解放し、そしてリィンバウムを手に入れようとする大悪魔。
「彼らが相討ちになった後、調律者の一族は魔力を、ライルの一族はゲイルにまつわる知識を失うことになった」
 トリスとマグナ、ネスティが顔を見合わせる。
「……その原因は知っているかい?」
 少し云いよどむようにしながら、それにネスティが答える。
「……アルミネが、最後に呪いをかけたのだと聞いています」
「――」
「私たちも、そう聞いておりますが……?」
 何故今ごろ、このようなことを。
 そんな疑問も含まれた、ギブソンとミモザの問い。
 けれど、エクスはそれらにかぶりを振った。

「違うんだよ」

 それも、また、人間が都合よくつくった伝説なんだ。

 ――え?
 誰かがことばにしたかったそれは、誰もことばに出来なかった。

「機械遺跡を見たとき、キミたちは不思議に思わなかったかい?」
 予想外のことばによって固まった一同を見渡し、エクスは、心なし早口にそう告げた。
「あの文書を刻んだのは、誰なんだろう――って」
「あ……」
 そういえば。
「そうよ!」
 ルウが叫ぶ。この一瞬、全員の頭にひらめいたものを。
「結界がアルミネの死と同時に生じたのなら、そのときから、誰もあの中に入れるはずがないのよ……!」
 そうなのだ。
 結界があるからこそ、召喚兵器の存在も、封じられた悪魔の存在も、誰もその実在を知らずに時が過ぎたのだ。
 デグレアを訪れた召喚師の手にしていた天使の羽根があって、もしくは、アメルの存在があって。
 そうして初めて、あの結界はほころぶのだから。
 ――では。
 誰なのだと?
「総帥――それは、どういうことなのですか!?」
 ギブソンたちも、それは知らされていなかったらしい。
 この場で驚愕に包まれていないのは、話をしているエクス、そうして、傍に控える3人の幹部。
 迫るギブソンたちとは対照的に静かに、エクスはただ、話しつづける。
「天使の呪いなんていうのは、ウソっぱちなんだよ」
 蒼の派閥の総帥は、真実の欠片を、そっと紡いだ。

「ふたつの一族から知識と魔力を奪ったのは――」

 彼らと共に戦った、召喚師たちだ。


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