ルヴァイドがメルギトス打倒のために一行と行動を共にする、というコトを聞いた人たちは、たいていが喜んでくれた。
何せ、客観的に見ても、数人が束になってかかっても五分五分の戦いを繰り広げる羽目になったほどの腕前だ。それは、これからの戦いにも、きっと大きな力になるだろう。
――というのもあるけれど。
主観的には――その、も少し、あれだ。
「〜♪ 〜♪ ♪♪♪」
ルヴァイドとイオスの間にちょこんと立ち、そりゃあもう素晴らしくご機嫌なを見て、思わず何人かが表情をほころばせている。
だって、ほら。ずっと見てきたから。
悩んで考えて苦しんで、最後には血まで流して。それでも歩いてきた成果のひとつをやっと手に入れたに、だから、向けられる表情は、とても優しい。
それは、さっきからなんとも云えない顔でルヴァイドたちを見ている、レルム村の赤青双子も例外ではない――のだけれど、こちらは、やや複雑そうだった。
そんな微妙な雰囲気もなんとやら、モーリンが笑顔でに話しかける。
「なにはともあれ、こっちの方に関してはめでたし、だね」
「うん!」
にこにこ全開、笑顔満点。
「……、子供がえりしてない……?」
「それだけ嬉しいんですよ」
「……それにしたって……のあんな全開笑顔、私、初めて見たわよ」
ぽかんとつぶやくユエル、にこにこ笑って頷くカイナ、横で腕組みして唸るミニス。
「はあ、こういうのを既視感と云うんでしょうね〜」
デグレア時代も知っているパッフェルが、うんうん、と、頬に手を当て自分こそ至福だと云いたげにうなずいた。
――そんなほのぼのしい空気ではあるけれど、真面目な話は真面目な話として、きっちしかっちし存在している。
なんと云っても、村を滅ぼされた側と滅ぼした側。
アメルとアグラバインは反対する気はなさそうだが、ロッカとリューグは、やっぱり云いようのない顔でやりとりを眺め――ややあって、
「……僕は」
つと、片割れこと、ロッカがつぶやいた。
その一言でそれまでの空気が一転して、緊張感を漂わせる。
「僕は、貴方を許したわけではありません」
淡々と、ロッカは告げる。これからも、きっと、そのときはこないでしょう、と。
「……ああ」
「ですが、貴方の決めた償いの形とやらは、最後まで見届けることにしますよ」
それに。
「……さんが嬉しそうですしね」
消していた表情はどこへやら。にっこりと、一転して告げられた、最後の一言は誰にとっても予想外。
さしものルヴァイドも、心なし目を丸くしていた。
憎しみも怒りも凌駕した、この感情の名をなんと云おう?
ロッカのことばにやはり呆れた顔になっていたリューグが、ちらりとルヴァイドを見た。
「俺も似たようなもんだ」
「が嬉しそうだから?」
「その前だ、前!!」
ぽつりと入ったツッコミに、全力で否定が返される。
思わずムキになった自分が恥ずかしいのか、どさりと投げやりに、身体を壁に預けて、黒騎士を睨みつける。
「……だが、バカ兄貴ほど甘くねえぞ」
今度腑抜けたツラ見せやがったら、俺が叩き殺してやる。
ちょっと聞き流せないそのセリフに、ぴくりと反応したのはイオス。
あーあ、と、額をたたくの横、ずいっと一歩進み出て、眼光一閃。
「そんなことは、僕がさせん」
「ハッ、数合でに負けたヤツが何云ってやがる」
「この子は別だ」
オイオイ兄さん、あんた恥ずかしげもなく。
きっぱりはっきり云い切ったイオスのことばに、は再度、別の意味で額を叩いたのだった。
でもって、そんなやりとりを見た数人が、
「――はは」
「あははははっ」
耐え切れなくなったのか、とうとう、笑い出す始末。
真っ先に笑い出したマグナが、ルヴァイドの肩を軽く叩く。
「これじゃよけい気がぬけないよな、ルヴァイド」
「……まったくだ」
もっとも、そう云って頷くルヴァイドの声は、とても穏やかだったけれど。
ぎゅう。ぎゅうううう。ぎゅー。
「……。」
「なんですか?」
「あまり俺にくっついていても、暇だろう」
買い物にでも出てきたらどうだ?
さっき誘われてはいたものの、『今日は一日ここにいる』と云い切ったを見て、ルヴァイドは軽く息をつく。
「そんなことありませーん」
ぎゅー。
「、猫みたいだぞ」
笑いながら、イオスが3人分の茶を持って来た。
ギブソン邸にて、改めて割り当てられた一室を、デグレア勢3人が占拠しての光景である。
は一緒の部屋になりたいなどと連呼していたが、やっぱりそれは道徳上問題だろうと却下した。周囲の面々も止めていた。
そんな些事もあったが、意だけは汲んで、部屋割りをしなおした結果、の使っている部屋からそう遠くない位置に、ということで決着したのが、この部屋だ。
当然2階であり、開け放たれた窓から入る陽の光と風は優しい。
――不思議なものだと思った。
もう、血の色をした闇から抜け出ることはないと、予感していたからなおさらに。
今こうして、光の下にいることが、まるで夢なのではないかと。
「ルヴァイド様〜」
けれど夢ではない証拠に、がしつこく抱きついてくる感触も、イオスの煎れた茶の香りもはっきりしている。
それになにより。
かつて傍にいた、もうひとりが、今はいない。
――この世界のどこにも。もう。
ふとルヴァイドの雰囲気が変わったのが、判ったのだろう。
が、しがみついていた手を放した、じっとこちらを見上げてきていた。
茶を出そうとしていたイオスが、その体勢のまま、やはり、気遣うように見つめている。
「――すまんな」
視線に応え、ルヴァイドはかすかに苦笑し、告げた。
部下にこうも気を遣わせるとは、上官失格か。
埒もなく考えていると、がごそごそと懐をあさり、なにやら手に乗せて差し出してきた。
「これ」
「……なんだ?」
淡く、優しく、うっすらと輝く何かの欠片。
「ゼルフィルドの、心臓、だったんだそうです」
「……ゼルフィルドの」
「心臓――?」
思わずそれを凝視するルヴァイドの傍ら、イオスもまた、の手元を覗き込んでくる。
それは、不規則にゆっくりと点滅していた。
何かを訴えるように、いや、そんな姿になっても、主を気遣うように。
単に、光から感じる、錯覚なのかもしれないけれど。――そう思った。いや、思いたかった。
「ゼルフィルド……」
イオスがつぶやくのを横目に、の手からそれを受け取る。
受け取って――語りかけた。
「……ゼルフィルド」
思いは万感。
感謝と敬愛は億を超え、ことばという枠にはおさまらない。
だから、告げるもの自体は、そう多くなかった。
「もう良いぞ」
おまえは、おまえの還るべき場所へ還れ。
そうしていつかまた、このときではなくとも、再び逢うことを祈る。
ふわ、と、光がひときわ、それまでよりも強く明滅する。
そうしてそれが最後。
すぅっと輝きは消え、固い金属の欠片だけが、ルヴァイドの手のひらに残ったのである。
それまで感じていたぬくもりが嘘のように、ひんやりとした感触のそれを、ルヴァイドは握りしめた。
「……心配、して、くれていたのか……」
イオスがつぶやき、ぎゅ、と手のひらを握りしめる。
「ゼルフィルド――――」
シルヴァ。ゼスファ。ウィル。
漆黒の機械兵士、そして、最後に視線を交わした3人の名をつぶやきながら、とっくの昔に涙をぼろぼろ流していたの頭を軽くなで、ルヴァイドはもう一度、欠片に目を落とす。
「――さらばだ。ゼルフィルド」
けれどいつかまた、きっと。
トントントン、と、軽く扉を叩く音。
「誰だ?」
誰何したのはイオス。
「トリスでーす」
「マグナでーす」
返ってきた元気な声に、何故だか知らないが妙に脱力を感じたルヴァイドとイオス。
「、いる?」
うっすら扉を開けて覗き込んできたふたりは、ルヴァイドの膝の上で熟睡しているを見つけて、口元をほころばせた。
それから一応了承をとって、部屋のなかへ入ってくる。
……何やら紙袋を大量に抱えて。
しかも、それらを床におき、ずずいとルヴァイドたちの方に押し出す始末。
「……なんだこれは」
「当面の生活用品。」
問えば、即行で返ってきたのはそんな答え。
「ルヴァイドたちって、今身ひとつでしょ? だからとりあえず、これくらいあればいいかなって買ってきたの」
生活習慣とか知ってるにもついてきてもらおうと思ったけど、離れようとしなかったから、独断と偏見で選んできたけど勘弁してね。
そう云って、トリスがぱたぱた手を振って笑った。
なんら含むところのない彼女の表情に、自然、ルヴァイドの口元もほころぶ。
「すまんな。……世話をかける」
「いいっていいって。俺たちだって、に目一杯世話になっちゃってるから。な」
「うん」
神妙に頭を下げたふたりを見て、マグナとトリスがまた笑う。
禁忌の森で明らかになった彼らの話を知らないルヴァイドとイオスは、いったいが何をしていたのかと、改めて疑問を抱いたのだった。
考えてみれば、聖女を擁してただ逃げていただけでもあるまい。
逢うたびに強くなっていた。
それだけの何かを、彼らは体験していたのだろう。
……なんとなれば、デグレアまで行って帰ってきたくらいなのだし。
「あとででもさ、時間があったら話をしよう」
疑問が顔に出ていたのか、イオスの方を見て、トリスが云った。
「話?」
「そう、話」
天使と悪魔と人間と――リィンバウムを変容させた、自分たちに連なる遠い過ちの。
それから、旅に出てこの子と出逢ってアメルと出逢って始まった、あの夜からの。
「長いながーい、お話をね」
「で、なんであたしは除け者なんだろう?」
ぶつぶつぶつ。
夕食後のことだ。
これまでのコトを話しておくからと、ルヴァイドとイオスを連れ去っていった兄妹を思い返して、はぼやいた。
レシィとハサハが、なんだかに申し訳なさそに振り返り振り返りしていたのが、ちょっと印象的だった。
「午後いっぱいくっついといて、まだ足りねえとかほざくんじゃねぇだろな、テメ。」
「いんや、それはもう充電完了」
「……なんなんですか、充電って」
「いやいや、久しぶりに甘えたなあって思ってー」
還りたかったあったかさが目の前にあって。
触れたかった養い親が目の前にいて。
「……ふふー」
「気色悪ッ」
これでくっつかずにいれるほうが変だし幸せに浸らないほうがおかしい、とかいうの力説に、居間にいた数人が一気に脱力した。
で、そこに通りかかった兄弟子さんが、呆れた目でそれを見る。
「あ、ちょうどよかった」
何をしてるんだ、とかいう意図のことばがつむがれるより先、彼に気づいたは、身を起こしてネスティに向き直った。
「トリスとマグナがね、ルヴァイド様たちにこれまでの説明するから、暇だったら部屋に来てくれって」
「――」
その瞬間。
ネスティの顔が、すんごく胡散臭げになった。
「……あのふたりが事情説明?」
こっくり。一同は見事に動作を揃えて頷いた。
そして響く叫び。誰のって、当然ネスティだ。
「……あのふたりにまともな説明が出来るわけがないだろう! どうして誰も止めなかった!?」
何気にひどいな兄さん。信用しとるんじゃなかったんかい。
とは口に出さない一行は、血相変えて怒鳴ったのち、ぱっと踵を返して走り出したネスティを見送った。
それから。
「いやいや」
「だって」
「ねえ?」
もう一度、みんなで顔を見合わせる。
ネスティは書庫にこもってたんだから、下りてきたらまず間違いなしに居間の前の廊下を通る。
それに懐かしい話だが、一度にやりこめられてるから、長時間こもるようなことはしないし。
故に。
そろそろかなーってときに、マグナとトリスがルヴァイドたちを拉致していったから。じゃあタイミングもいいし援軍は待つか、ってコトになったのだ。
「……とうとう私たち、仲間の行動まで読めるようになっちゃったのねえ」
クスクス、ケイナが笑って云った。
そうですね、と、カイナが応じ、それからふと、庭の方を見やる。
「……カザミネさんもそろそろ、剣術のお稽古を終わられる頃でしょうか」
「かもね。カイナちゃん、迎えに行ってあげたら?」
「え……でも……」
ぽっと頬を染める妹に、どうしたの? と、絶対判ってる感丸出しの笑顔でケイナが詰め寄る。
「ケイナってば。カイナばかりいじめてないで、自分はどうなのよ?」
「え? 私? 何が?」
ミニスの問いに、きょとんとケイナは顔を上げた。
おーいおい姉さん、本気で判ってないですかもしかして。それとも白切るのがスペシャル級に得意ですか。
そこまで考えて、ふと気がついた。
「……って、フォルテの旦那はドコ行ってるんだ?」
と同じコトを思ったらしく、レナードが怪訝な顔でそう問うた。
非喫煙者のメンバーを慮ってか、さりげに窓際、手にしたそれも外に向けてくれているトコロが心遣い。
っていうか、タバコ吸うのってレナードさんだけっぽいな。
「酒場ですって。なんでも、シャムロックの何かのお祝いらしいけど……フォルテはともかく、シャムロックは下戸だから心配なのよね」
「何の祝いだよ」
「春が来るお祝いとか云ってたわね、そういえば」
「……春……って……」
意味が判って脱力した人間数人、意味判らずにきょとんとした人間数人。
そうして意味が判った数人は、そのあと一様に首を傾げる。
春が来るのは別にいいが、相手はいったい誰なんだ、と。
もちろん、答えは誰も知らない。それは、本人とその先輩だけが知っているのであった。
「ほらほら、いつまでだべってるの? お風呂入っちゃいなさい」
そこにやってきたミモザが、呆れたように笑いながら、そう告げる。
『はーい』
声を揃えて返事して、また、みんなで顔を見合わせた。
今の光景を思う。
状況は逼迫してるけれど、穏やかな、今のこの時間を思う。
なんだかさ。――本当に、本当の家族みたいだね。